火種
器用な手付きで、魔物を解体している男が1人。
「蒼弓のサジ」と呼ばれた弓の名手である。
名うての弓手として名を馳せた男だが
現在は解体屋紛いの事をしていた。
カエルの持ち帰る獲物の量は
日に日に多くなり、1日にオーク10頭フェイクドラゴンというドラゴンのような見た目の亜竜5頭
クレイジーボアという巨大猪が3頭
中級のパーティが遠征に出て
ひと月かけて狩り集める量を、1日で集めていた。
その結果、弓の名手であるサジが1日中解体に追われるような自体となっている。なんせ、最近は買い手がついたのだ。
「冒険者のユニフォームケロケロ」
如何わしい店名だが、有名店となりつつある、その店の仕入れを、現在はこの村が一手に担っている。
村は一気に豊かになった。
商人が持ち込む交換の品は香辛料や、脂の乗った食材が揃い、村の食文化を彩った。
商人の輸送拠点となる宿屋や酒場が出来、旅人達も訪れるようになった事で、貨幣で物品をやり取りする貨幣経済へと村が変貌しつつあった。
全ての村民が恩恵を受けたわけではない。だが、村にとって、カエルは幸運のカエルと言って良いだろう。
(釈然としない)
サジはそう思っていた。
村は豊かになったし
妻子は俺が帰って来て喜んでくれてる。
だが、家に帰ってみれば
「カエルさん凄い!カエルさん大好き」
「あんた本当にすごいね言葉も殆ど理解出来るようになったし、村には欠かせない存在だよ」
妻子は口を開けばカエルカエル
村人も「カエルのおかげ」
カエルさまさま。その通りだ。
だが、サジはアホだった。
(俺こそがチヤホヤされるべきなのに、なぜ解体作業のような裏方の仕事ばかりしなければいけないのか!)
サジが居なければ、これほど解体作業は進んでいないし、他所から解体屋を連れて来なければいけないだろう。
そういう意味では、影の功労者なのだが、英雄願望があるサジは不満で仕方なかった。
実際は村人達は、サジの魔物に対する知識や、解体の天才的な腕前を評価はしていたのだが、昔馴染みということもあり、口には出さないだけだ。
そんな不満を持ちつつ、広場で休憩していると、カエルが娘を乗せて、門の方に向かっている背中をみた。
「サニャ!どこ行くんだ?」
「カエルさんと散歩!
ドラゴンさんやオークさんを倒しに行くんだって!」
しめた!ここは親の威厳を見せるチャンス!
「俺も行く。お前達だけじゃ不安だからな」
キメ顔でサジは言った。
そして通り名の蒼弓を背負い、颯爽とカエルに跨った。どうだサニャ?父はかっこいいんだぞ?
前に乗っているサニャを見ると、頬が紅潮して手をワキワキさせている。考えてみれば、こうして親子で出掛ける事も無かった。
たまには父親らしい事をしよう。
「さぁ行くぞジョージ!」
そう呼ばれたカエルはブンブンと首を振り
抗議の仕草を見せるが
「お父さん違うよ。カエルさんはカエルさん」
と娘の声を聞き
「そうだよなぁ!カエルさんだな」
とデレデレした声でサジがいうのをみて
馬鹿馬鹿しくなった。
◆
カエルと親子は野原を行く。
林を抜け、山岳地帯の麓が今回の目的地だ。自然の洞窟が多くオークやフェイクドラゴンの巣になっていた。その中のオークの巣へとたどり着いた。
サニャは、父の勇姿を見たことが無い。
手紙で英雄的な父の活躍を文字として見たが
戦うサジの姿は見たことがなかった。
「どれ、一つ俺の技の冴えを見せてやるか。カエル!洞窟内に【ファイアーボム】をぶちかませ!」
そんな事をすれば、藪を突いたように、オーク達が大量に飛び出して来るであろう。が、サジもそんな事は知っている。
(何か考えがあるようだ)
そう思い、【ファイアーボム】を洞窟へと撃ち放つ。
すると数十秒後、地鳴りのような音と共にオーク達が駆けて来る様が薄っすら見えた。
「一つ!」
カエルの背後で、弦の擦れる音がした。そう思った時には、オークの頭蓋に、矢が突き刺さっている。
先頭のオークの死体を踏みつけ
二体のオークが飛び出してくる。
「二つ三つ!」
今度は2本同時。精度、威力の落ちる2本撃ちであるはずだが、サジの腕には関係無いようだった。
一本は頭蓋に、もう一本は心臓に、それぞれ違うオークへと到達し、オークは息つく間もなく絶命する。
蒼弓はあっという間にオークの先遣隊7匹を屠った。
「まっ、こんなもんかな」
そして、チラリと今回の真の標的を見る。
そのサニャは、プルプルと震えていた。
「おとうさんすごーいぃ!」
と抱きついて来る。
その瞬間サジの全てが報われた。
(村人や嫁が幾ら認めてくれなくてもいい。俺にはこの娘から、何よりも褒めてもらいたかったんだ..!)
感極まって、危うく泣きそうになったが、堪えて
「おいおい。お父さん手紙で書いてたろ?こんなもんで驚いてちゃダメだぜ」と、震える声で言った。
「それにな。おとうさんには誰にも見せてない《とっておき》があるんだ。サニャになら見せてあげてもいいんだけどなあ」
「えっ!?見せてみせて!!」
「うーん。そうだな。サニャとママがピンチになったらな。約束する。俺は2人のヒーローだからな」
「えーっおとうさんのケチンボ!」
「おっと、お話はココまでだ。本隊が出てきたぜ」
オークの巣から、死体を踏みつけて軽鎧と甲冑をつけたオークが現れる。
「珍しいな。この規模の巣に、ファイターにリベレイターまで居るなんて。カエル。力貸せ。脚で揺さぶるんだ」
「ケロッ!」
戦闘の口火を切ったのは、氷の刃【アイシクルエッジ】と蒼い剛弓から放たれる矢だ。氷の刃が突き刺さった場所に寸分たがわず矢が刺さる。凍った矢先は抜こうとして抜けるものではない。
「グオオオオ!...ウグッ?!」
力任せに抜こうとしていたファイターがもがきだす。
「残念だったなぁ。毒だよ。特製のな。
抜けなきゃ死ぬぜ!」
もがく同胞をチラリと見たかと思うと、リベレイターが煌めく刃をファイターに向けて一閃する。
ザクッと患部だけをくり抜き、ファイターに袋から薬草を放り投げ、食べるように顎で促す。
「チッ厄介な。あのクラスになると知能を持って動いてる。しかも...」
シッ!とサジが歯の間から独特の音を出して、早射。
「ブオオウ!」
しかし、リベレイターは、その矢を両刃の大剣で軽く弾き飛ばしてしまった。
「上級モンスターにもなると、正面から馬鹿正直に射っても、あぁなるだけなのさ。さあ、カエル。脚の見せ所だぜ」
チラリとお互いの視線を交わしたと思えば、カエルがリベレイターの周囲を跳躍し高速で跳ね回る。ファイターは、混乱し、足を前後左右にバタつかせるのみ。
が、リベレイターは、瞳を閉じ、カエルの「ペチャ」という着地音に反応し、そのタイミングにだけ体をピクリと動かしていた。
(なるほど。たしかに着地のタイミングってのは、弓が射ちやすい。だがな!)
カエルが跳ねる。
乗っているサジの眼からは、景色が高速で流れているように見える。
「相手がオレだったのが不運だったな!【ホークアイ】!【ペネトレイトアロー】!」
流れる景色の中、《武技》を発動する。命中率を上げ、貫通力を増した矢は、流れる景色の中からオークリベレイターの頭部をくりぬいた。
しかも「二体同時」である。オークリベレイターとオークファイターが重なる瞬間を狙いすました一射。
2対のオークが同時に地に振動をもたらしながら倒れ込む。
「...ふぅ。どうやら俺たちいいコンビらしいな相棒。なかなか2人でオークリベレイター倒せるパーティは居ないぜ」
「ケロッ!」
加減しているとはいえ、カエルの移動に着いていけるだけの「眼」をサジは持っていた。そして、それを実現させる腕前も。
「...おとうさんすっごおい...」
高速での移動に、乗せられていたサニャは目を回しながら、感動していた。
「な?お父さんはすごいって言ったろ?」
サジは自慢気に娘に言う。しかし
(あのままであれば、あの一矢は払われていただろう)そうも思った。
リベレイターは、矢が空を切る音を聴いていた。そして、鋭い一矢が飛来する、が。素早く武技【即応】を発動していた。
飛び道具に対しての斬りはらいの武技。それはサジの一矢を一刀の元に切り払う「はずだった」
下段に構えたリベレイターの剣尖の先に、氷の壁【アイスウォール】が現れなければ。リベレイターの剣は氷の壁を容易く切り裂く。だが一瞬の遅れが、矢への対応を鈍らせたのだ。
そしてリベレイターは地に倒れた。
(このカエル。底が知れない)
冒険者として、そう感じた。
騎乗する魔物としての価値、魔術師としての価値。
どちらも、一級品になる可能性がある。
黄金の価値が...。
そう思うと、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
家族として接してはいるが、目の前に金塊がドンと置かれているようなものだ。「コレ」を売れば。そう考えてしまうのも、無理からぬ事だ。
「.....まっ。回収して今日は帰るとしようぜ。リベレイターもファイターも頭以外は綺麗に残ってる。これは高く売れるぜ」
ふとサジがリベレイターの甲冑に目をやる。その甲冑は、土気色の独特の風合いを帯びていた。
「驚いたな。コイツはメタスメタルで出来てやがる」
(なんだそれは?「なにそれ」)
サニャとカエルは、同じように首を傾げて、サジに続きを促す。
「修復機能のついた鉱石の名前さ。希少金属だよ。最前線で戦う戦士達には垂涎の品だな。なんせ幾ら鎧が削れても、数分後には元通りだ」
「オマケに鋼並みに硬いと来てる。こいつに少しでも当たっていたら、同時とはいかなかっただろうな」
「ケロォー」
「へぇー」
2人して分かっているのか、いないのか、気の抜けた返事を返して来る。
「まあ硬くて丈夫って事さ。商人が来たら売っちまおう。今日はもう十分だろ?帰るぞ」
若干サニャが、もっとお父さんの戦いを見ていたい、とグズったが、ここはとっとと退散する事とした。
(あの鎧。人間が着込んでいたのを、奪い取った訳じゃなさそうだ。と、なると専属の「鍛冶屋」がいると考えて良い。鍛冶屋を抱え込める知能を持つって事は...)
サジは最悪の場合を考えるが
それこそ万に一つの可能性だ。
(これ以上藪を突く必要はない)
【エアロウォーク】で浮かせた獲物と共に、カエル達は帰路についた。
小さな火種は燻ったままだ。




