ユニケロ
「特産物なし」
「見所なし」
「利益なし」
「はぁーあ」
溢れ出る溜息を、男は隠そうともしない。
駄馬に荷袋をわずか2つ付けて、野原を進んでいく。商家の4男として妾の町娘との間に生まれた男は、唯一の腹違いということで実家から疎まれていた。
商才はある。かと言って、大商家の実家から飛び出そうと思うほど、男は剛胆では無かった。
コツコツ貯めたお金で、小さな一軒家を買い、愛する妻と子供は2人。そういう家庭を築ければ、幸せだろう。そんなささやかな願いだ。
相手が居ないのが目下の悩みだ。
男の主な取引先は、小銭稼ぎにしかならない片田舎の村。地図によっては名前さえ載っていない。
ホーンラビットの角や、薬効のある野草など、金銭で買い取ったり、物々交換し、街に持ち帰る。街では、この辺りの素材は割と需要がある。
ホーンラビットの角は、滋養強壮に効果があり、野草は、傷薬に使用される。苦労して長距離を移動し、やっと多少の儲けが出る程度だ。
「兄貴達のシマじゃ商売出来ないし、親父も兄貴達の目を気にして、シマよこさないしで、こんな辺鄙な土地まで来なきゃいけないなんて、ツイてない。そうだろキャシー?」
話しかけられた駄馬のキャシーが「ブルル」と嘶く。男は母から貰ったこの駄馬を可愛がっていた。
嫁が見つからなければ、キャシーと山の中ででも暮らそうか、とまで。
(今日も何も変わらない商品を買って
美味くもない飯を食べて帰るんだろうな)
いつものように門をくぐる。
ほらいつものように2メートルの
虹色のカエルの魔物が...魔物が...?!
「うわあああぁああ!?」
「ケロォオオォオオ!?」
「ヒヒィイイイイン!?」
駄馬、カエル、人間。村にブレーメンのような面々の叫びが響き渡った。
「ななななんな、なんだコイツは!
門番!大変だ!街中に魔物が!!」
面倒臭そうにボリボリ頭を掻きながら、門番が向かってくる。
(やる気あんのか!)
心の中で悪態をつくが、そこは商人の端くれだ。相手に不快な思いをさせてはならないと教育係に散々叩き込まれた。
「は、早くなんとかしてくれ」
「なんとかしてくれってよ《ジョージ》」
見回してみても、周囲に人は居ない。
「ジョージって誰だ?」
「そいつだよそいつ」
と、カエルを指差す。
「この魔物が!?ジョージ!?」
「ケロケロッ!」
ジョージと呼ばれたカエルが、必死に首を振って否定している。
「...違うって言ってるけど?
...っていうか、違うって言ってるんですけど!?魔物が!!」
「そりゃジョージだからな」
「ジョージすげぇ!?」
「ケロケロッ!」
否定するカエルを他所に、会話を続行する。
「で、このカエル真面目に何なんですか?
村の新しい名物?」
「いいや?新しい住民だよ。以前アンタが惚れて、フラれたターニャの所のペットさ」
「フラれた情報は余計でしょ...。しかし、ペットですか。これ街で売れば凄い価格つきますよ。会話を理解する大型の魔物だなんて」
恐らく貴族連中は、こぞって買い求めるだろう。みたところ大人しく、賢そうだ。見た目も満点だ(好事家には、だが)
「声をかけたって、あの一家は売らないよ。
それ以上の価値がコイツには有るのさ」
「価値?恐らく売れば豪邸を買えますよ」
「なんのなんの。コイツ1匹の稼ぎで、村の衆がまとまっても敵わないくらいさ。なんせオークや、フェイクドラゴンを倒して、村まで何匹も悠々と運んで来るんだからな」
(...お、オークとフェイクドラゴンを一匹で。とてもじゃないが信じられない)
オークという魔物は、中級の魔物の指標として知られている。単独で討伐出来る冒険者は「そこそこ腕の立つ」冒険者と考えられる。
それを数匹、オマケにフェイクドラゴンまで。
「とてもじゃないが、信じられない。そもそもあんな大きな魔物を、どうやって持ち帰ったんです?ソイツより大きいですよ」
当然の疑問だ。背負うには、幾らカエルでも大きすぎる。その疑問に対し、門番はクイッとカエルに向かい、顎で何かを合図した。
(なんだ?)
そう思っていると、駄馬のキャシーと、商人の足元が突然フワリと浮いた。
「ま、魔法か!?」
「ヒンッ!?」
唐突に浮かんだ感覚にキャシーは嘶きバタバタと足を動かす。
「そいつで村まで運んで来るのさ。【エアロウォーク】だっけか?ここに以前来た魔術師が教えて行ったんじゃないか?」
【エアロウォーク】は、自分を宙に浮かせる魔法だ。罠を避ける為や、足場の悪い沼などで使われる魔法として知られている。
それを運搬で実用している例を
商人は初めて見た。このカエル。本当にとんでもない掘出し物かもしれない。
「ジョージは売らんぞ。幾ら積まれても。オークや、フェイクドラゴンの素材で、食えない物は置いてるから、村長に言って貯蔵庫開けて貰いな」
(俺がオークや、フェイクドラゴンの素材を...
兄貴達や親父をだしぬける!)
「全部買おう。村長の所に行ってくる。
ありがとう!門番さんカエルくん!」
「ピレモンとジョージだ!!俺の名前くらい何度も来てんだから、いい加減覚えておけよ!それでも商人か!」
カエルが懸命にジョージを否定する中、商人は駆け足で村長宅へと向かう。
(俺に追い風が来た!一軒家なんてみみっちい事言ってられない!家を乗っ取ってやるさ!)
商人が鼻息荒く決意を固める中、カエルは未だに首をブンブンとピレモンに向かって振っていた。
無論「ジョージ」とは勝手にピレモンが名付けたものであって、ジョージでは決してない。
ある街で、鳴かず飛ばずの商家の4男坊が、突然街の武具屋を買収し、質の良いオークやフェイクドラゴンの素材を使った防具を提供し始めた。
しかも、価格破壊とも言える値付けでだ。そこそこ質が良く、安い武具店には、大量の顧客がついた。
店名は「冒険者のユニフォームケロケロ」虹色のカエルの看板と、驚異的な新商品の開発力を引っさげ、僅か半年で続々と店舗を増やしていった。
後に武具屋のトップランナーとなる店の誕生である。愛称は「ユニケロ」と呼ばれた。
その噂は、虹色のカエルの都市伝説の街である「アディホス」にも届いた。
酒場では、その話題が挙がらない日は無かった。なぜ、うちの街の「伝説」が、他所の街の武具屋の看板になっているのか、と。
「聞いたか?ハピネスフロッグの看板の店の話」
「詳しくは知らないが、結構いい商品売ってるらしいな。近隣の店はあらかた買収されたらしい」
「それなんだけどよ。聞いた話じゃ、虹色のカエルが、仕入れを手伝ってるんだとよ」
酒場の隅。この世の終わりを体現したかのような男が、ピクリと身体を動かしたのを、誰も気付かない。
「ハッハッハ!ハピネスフロッグが!?仕入れを!面白い冗談だな。手伝ってるって、口の中にでも入れて運ぶのかよ」
「いや、それがハピネスフロッグが全部狩ってるんだとさ。魔物を。田舎の連中だから、肉以外価値が無いってんで、他の素材安く仕入れてるんだと。従兄弟が雇われてるから、確かな話だぜ」
「本当かよ...魔物使いでも居るのかね?」
「分からんが、でかい虹色のカエルが、魔物を運んでるのをマラウィって村に仕入れに行った従兄弟が...」
ガタンッ!!
その音に店中が静まりかえる。
その店の隅には触れてはならない男が居た。
痩せ細り、眼だけが異様な光を持って虚空を見つめている男。
「...おい。その話...詳しく...」
痩せ枯れた声。フラつく足取り。
異様な眼光だけが2人を捉えた。
「なんだお前。俺がその話を相棒に聴いてるんだ。邪魔すんじゃ...」
そこまで口にした所で、体格の良い男が吹き飛び、酒場の床に転がった。誰1人、何が起きたのかも理解出来ない。
フラフラとした足取りで、ハピネスフロッグの話をしていた男に向かい、その胸倉を掴んだ。
痩せ細った身体からは、想像も出来ない膂力に、男の身体が宙に浮く。そして、男は知っていた。その鋭い眼光の持ち主の名を。
「で、デヴォネア...」
「...話せ」
沈静のデヴォネアと呼ばれたその男は
その夜街から姿を消した。




