泣き上戸
「ヤロウ!ぶっころしてやらぁ!」
突然、宴の主役が「自分の娘のペット」に襲い掛かった。驚いたのは村人達である。村人の男衆全員が、帰って来た主役を抑えつけにかかった。
それが、宴の始まり。
腕利きの冒険者だった彼だけに、周りの大人達はおろか、腕自慢のピレモンでさえも、彼を抑えられなかった。
「離せ!お前ら!コイツは魔物だ!コイツがいなきゃ、俺は街で!金持ちで!幸せだったんだよっ!!」
縋り付く村人達を千切っては投げ、千切っては投げ。徐々にカエルに向かって来る。
「お父さんやめてー!!」
サニャの叫びでさえ届いていない様子だ。
(どうも旗色が悪いな)
カエルには手が出せない。宴の主役で、ターニャの夫。サニャの父だ。
彼が何をそんなに自分を憎んで居るのか分からないが、殴られれば甘んじて受け入れようとさえした。
それを止めたのは1人の女性だった。
「アナタいい加減にして!」
「黙ってろ!このアマ!」
サジが声の方に振り向くと同時に「拳」が飛んで来た。小さく細い女性の拳。
ゴッとアゴに鈍い音がして、サジの脳が揺れた。ペタンと尻餅をついたサジが見上げると「仁王」が居た。
「誰に向かってアマって言ってんだこの唐変木!?」
「タ、ターニャ...」
ターニャは、村では比較的おとなしい女性として知られていた。だが、彼女は、この場に居る誰よりも、彼に怒りを覚えている人間である。
「アンタが街で女に贈り物送ったり、酒場のウェイトレス口説いたり、女のケツ追いかけてる間、誰がこの家守ってたと思ってるんだい!」
その場に居る全員が唖然として状況を見守っていた。詳しい事情を知るのは、仲の良いレシアと村長のみ。
ターニャがあれほど怒り狂っているのを見るのも無論皆初めてである。
「この何ヶ月も、家を守って支えてたのは、アンタが言うそこの魔物なんだよ!!」
サジが驚いてカエルの方を見る。
「夢とケツばっか追っかけて、クソの役にもたたねぇテメェが、街で女にうつつ抜かしてる間に、このカエルの方が、サニャやアタシを食わせて、守ってたのさ!とんだお笑い種だね!」
(え?...何?...俺が悪いの...?)
サジは狼狽えた。最初は唖然と見守っていた周囲の視線までもが、冷たい物に変わっていく。
ターニャは一頻り怒鳴り散らした後、泣いた。号泣である。
「う”あぁわあぁあ!!」
娘のサニャに抱きつき、これ以上ないくらい泣いた。
終いには、サニャまで貰い泣いた。
「ゔぇええぃあぇあああ!」
大号泣である。
親子の涙は効いた。聴衆にも、サジにも。これ以上ないくらい。沸いた温泉が凍りつく程の冷気が、興奮していた頭に吹きすさんでいる。
(...よく分からん。よく分からんが、俺が悪い事だけは分かった)
そう理解すると、単純なサジだ
「俺が悪かったああ!許してくれえええ!!」
と叫んだ。叫んで、それから泣いた。号泣・極である。
「あなたぁ...!」
「お父さん...!」
「悪かったぁ!」
ヒシッと音がする程の抱擁。
親子3人の心が繋がった(?)瞬間であった。
.....パチパチ....
パチパチパチパチパチ!!
周囲からは自然と拍手が起こっていた。皆人目も憚らず泣いたり、目元を拭ったり、後ろを向いて涙をみせないで泣く男も居た。
村は、暖かな雰囲気に包まれた。
鼻水と涙まみれになっている1匹を除いて。
◆
(なんなんだこれは...)
親子3人は、なぜかカエルの顔面をはさんで泣きあっているのだ。鼻水と涙がスコールのように降り注いで来る。
(人間の事は理解したつもりだったが、まだまだらしい)
5分ほどカエルが、追加の鼻水と涙でグシャグシャになった後、宴は再開された。
「うまい!こんな旨味があって、しつこくない豚の脂は食べたことない!これがオークってやつか!いい仕事してんねぇ!」
「この鳥もホロホロと身が解けて、皮目の脂がトロけるように絡み合ってる。オマケにこのソース!まだ若い果物の酸味と、この辛山椒の刺激が混ざり合って絶品!それでいて鳥肉本来の味を邪魔していない!サジ。良い嫁貰ってんなぁ!」
「いやいや、こっちの謎の肉も食べてみろ!形は珍妙だが、謎に美味いぞ!まるで、あのそのー...とにかく美味い!」
酒の入った男達が「食事解説大会」を開いたり、
「サジあんたねぇ..こんないい奥さん貰っておいて、よその街でほかの女口説いてたって、オマケにソレ本人に言う!?バッカじゃないのって思ったわよ!」
「最低よねー」
「あんたに昔惚れてたけど、今の旦那にして良かったって心底思うわ」
と、「主役」が女性陣の一斉放火を浴びて、料理を口に入れながら消沈していたりした。
ともあれ、村での小さな騒動は、一旦収束を迎えたのである。
サジは、この3年間の村での出来事、カエルが村に来てからの数ヶ月の事を村長から聞いた。
カエルが話を理解する事
村に益をもたらしている事
家族を大事にしてくれている事
その話を聞いて、カエルに謝罪しようと思った。たとえ、彼を狩れば、家族皆で、大きな街で遊んで暮らせる大金が手に入るとしてもだ。
天使と悪魔がサジの中で大戦争を起こしていたが、「今は」天使が勝ったようだ。
謝罪の仲介は娘に頼んだ。
目の前でペットを殺そうとした事で、娘には一旦謝りはしたが、カエルに謝罪する事で、娘の信用も取り戻す腹積もりだ。
カエルの前に娘とともに進む。
顔を真近で見たのは初めてだが、気の抜ける円らな瞳をしている。
「先程はすまなかった。覚えているか?俺の事。お前の仲間を殺そうとしてたパーティに居たんだが」
カエルは首を傾げた。
どうも覚えていないらしい。
カエルが水球で攻撃したのは、サジの後頭部だ。顔が見えないのも当然だった。
「覚えていないなら居ないでいい。お前は知らないかもしれないが、俺みたいな奴は、これからも現れると思う。だが、俺は自分の「家族」として、お前を守る。お前が許してくれるならの話だが」
カエルが頷く。
どうやら許してくれるらしい。
「よかったねおとうさん」
「あぁ」
一先ず娘の機嫌は取れたようでホッとする。腹の奥底に「暗い物」がフツフツと湧いているが、それに蓋をする。
(デヴォネアが知ったら殺されるな)
と、カエルに執心していた旧友の事をふと思い出した。
ひとつ彼は忘れていた。
デヴォネアとの別れ際、彼は何の気なしにこう言ったのだ。
「お前疲れてんだよ。落ち着いたら俺の田舎に来て、休んで行けよ。「マラウィ」って村だ。もてなしてやるから」
言ってしまったのだ。




