I will be back
広場を駆け抜ける女の子。
鼻歌交りで上機嫌な彼女こそ虹色のカエルの
「飼い主」サニャである。
サニャの朝は早い。
毎朝母を起こすのはサニャの仕事だ。
寝惚け眼の母を叩き起こすと、今度は近所の1つ下の友達を叩き起こしに行き、秘密基地に出かけたり、カエルと遊んだりするのが日課だ。
普段なら、その日課を欠かす事なく行う
彼女だが、今日は違う。
(今日はお父さんから手紙が来る日だもんね)
父からの手紙。サニャが何より楽しみにしているソレは、広場に設置された「伝書箱」と呼ばれるマジックアイテムにより届けられる。
箱に設置された「魔導石」と呼ばれる石に
それぞれ紋様を彫り込み、その紋様が、その場所の住所のような役割を果たす。
世界中の何処にいても、手紙や、小さな物品であれば、運搬出来るソレは、この世界において最速の通信網である。
サニャの父は、週に一度、必ず母とサニャ宛てに手紙を送っていた。
サニャは、父が書く手紙が大好きだ。心踊る大冒険や、破天荒な友人達の話。虹色のカエルの話。
田舎育ちのサニャには新鮮で、何よりそんな「偉大な冒険者」である父を誇らしく思っていた。
(今日のお手紙なんだろなー♪)
いつも通り伝書箱に母宛ての手紙と
サニャ宛ての手紙が別れていた。
いつも通り、サニャは自分宛ての手紙を開けてみる。サニャはこの瞬間が、1番好きだ。
しかし、手紙を開いたサニャの顔が一瞬歪んだ。
そしてすぐに満開の笑顔の花が咲いた。
カエルは、家に居た。今日は「休暇日」と称した、子供達の遊び相手になる日なのだ。
ただし、その休暇は狩りより疲労が溜まるのだ。
サニャとターニャが決めた、この休暇日制度は、日頃狩りをして、疲れているであろうカエルの慰労が目的だが、自然と生きるカエルにとっては、寧ろ逆のものであることを彼女達は知らない。
今日も口や舌を引張られたり、子供達を乗せて、遠乗りに出掛けなければいけないのだろうな。
そう思って、ターニャの手伝いをしていると
サニャが家に駆け込んで来た。
「お母さん!カエルさん!見て!
みてみてみてみーてー!!」
先日9歳になった彼女は時々自制が効かず、はしゃぎ過ぎる。それでも、今日は特別のようだ。
彼女は手紙を見せてくる。
サニャの父から宛てられた、サニャへの手紙。小脇にはもう一枚手紙が挟まれている。
見せられた手紙は
ターニャから見て、随分短い物だったらしく
「あら?今日は一枚だけ?」
と驚いていたが、見せられた手紙を読んでいくうちに、別種の驚きへと変わって行く。
私も読んでみる。
...考えてみたら、文字は分からないということに、今更気付いた。今度サニャに教えて貰おう。
なんて書いてあるのだ?と思いを込めて、首を傾げてサニャを見る。するとサニャが息を切らしたまま、口が張り裂けそうな勢いで応えた。
「お父さん!!帰ってくるの!!
このおうちに帰って来るんだ!」
それは、この家にとって大事件だ。
ターニャも驚いたまま固まっている。
喜び過ぎて、感動しているのだろうか?
そしてサニャに聞こえない声で、こう呟いた。
「...めんどくっさ...」
(えぇー...)
サニャの父が帰ってくるというニュースは
サニャの口によって、30分も経たない内に村全体に広がった。
なんせ、興奮しきったサニャが一軒一軒ドアを叩きながら訪ねて、大きな声で喧伝していくのだ。
早朝に他所の家からすると、いい近所迷惑ではあるが、既知が帰ってくるという事、そしてサニャの満開の笑顔をみたら、怒る気にもならなかった。笑顔は伝播する。
母のターニャの手紙には、より細かい日取りが書かれていた。1週間後の午前中には、こちらに着くらしい。
サニャが「笑顔の迷惑行為」を行なっている間、ターニャはバタバタと動き始めていた。
3年間も帰って来ていない旦那の衣服の整理や、居住スペースの確保など、大慌てである。
カエルも、粘着性の唾液で荷運びの手伝いに駆り出された。しかも愚痴聞き役のオマケ付きだ。
「うちの旦那ったら、3年間も家のこと放りっぱなしにしたと思ったら、急に帰って来るだなんて。しかも1週間後よ。帰るなら、もっと早く連絡しなさいよね。どう思う?子供と私放ったらかしで、自分は街で女に贈り物したり、私に似た女見つけたとか報告して来たり、わっけの分からないことばっかり手紙に書いて来て、ほんっとに。かと思ったら、1週間で帰るから宴の用意しておけですって!?冗談じゃないってのよ!あの唐変木!」
言葉のマシンガンだ。
この勢いで魔法を唱えれば、きっと強力だろうな、などと半ば呆れ、やれやれと思いカエルは聞き流していた。
ただターニャが時折マシンガンの中に、ふとした拍子に穏やかな顔をみせていた。
(...本当にやれやれだ)
人間の男と女には、複雑な感情が入り混じるらしい。そこに理解は出来ないが、どうやらそう悪い感情ではないらしい。
1週間後か。宴の準備は私が大いに動こう。この辺りでは、とてもお目にかかれない魔物を獲って来て、その旦那を喜ばせる。
そうすれば、9歳になった、サニャに対する祝いにもなるだろう。
巨大で、肉の美味い魔物...。
今現在のカエルの行動範囲では
そういう魔物は存在しない。
敢えて言うなら大蛇だが...。
あんなものに関わるのはゴメンだ。
巨大な牛か豚、鳥もいいだろう。
(巨大な牛か...あの頃は魔法を使えなかったが、今ではどうだろうか?)
勝てるかもしれない。だが、あの牛は筋肉質過ぎて、とても食用にはならないだろう。
と、すれば豚。林の向こうには、山の麓が広がっている。あの辺りに居るかもしれない。
山の近くであれば
羊やヤギも生息地にしている可能性もある。
よし、明日から探索だ。
待っていろ顔も知らない旦那。
娘の「ペット」がオマエを歓待してやる!
◆
うちの旦那から、手紙が届いた。
「1週間後に帰る」ただそれだけの手紙。
それだけの手紙で我が家の日常風景が一変した。娘のサニャは、朝早くから友達と何やら出掛けて、旦那を驚かそうとしているらしい。
なぜかうちの「稼ぎ頭」まで、朝早く出掛けて、夕刻に帰って来る事が増えた。オマケに食卓に見たこともない食材が並ぶようになった。
カエルが嬉々として、色々な物を獲って来るのだ。そして、食事中ずっと私の側から離れず、私の顔色ばかり伺っている。
どうやら、何かを企んでいるのは
娘だけではないようだ。
ただ、青い色したゴブリンや、でっかい口した蝙蝠なんかの食べる場所の無い物、果ては腐臭のする人間の死体のような魔物、骸骨まで拾って来たときは、頭を引っ叩いた。
埋めて来なさい!と大声で叱ると、しゅんとした仕草で野原まで埋めに行っていた。
ただ美味しい物も混じっていた。
見た目はグロテスクだが、脂身を程よく含んでいた、手足のいっぱいついた豚(のような物)
後ろ足の付近のお肉が異常に美味しい鳥(のような物)
それらを食べて、私が美味しいと思った時、カエルの顔は輝いていた。
その日から5日間同じ物ばかり獲って来られた時は、流石にゲンナリしたものだけれど。
さて、そろそろ井戸で水を汲みに行って、レシアに話を聞いて貰おう。
もうすぐだ。明日面倒臭い旦那が帰ってくる。
(あぁ面倒臭い)
でも少しだけ楽しみだ。少しだけね。




