生徒会長の犬、転生する(後編)
「お、生徒会長の犬が来たぞ」
「賢太、やめてくれ。俺は」
「分かってる。冗談だ」
登校して早々に気分がゲンナリしてしまった。
どうでもいい人間に何と言われようと気にする事も無いけど、友達となってくると話は別だ。窓際最後尾の席へ先に座って睨んでくる静を見て、それでいて何度も何度もポケットで震えているスマホの音を聞いて聞いておいて尚、そんな事が言えるなんて本当に縁を切りたくなるレベルだよ。
「でも、嫌がっていないじゃねぇか」
「犬じゃなければな」
「ふーん、そういう事にしておくわ」
そのニヤケ顔はどういう意味なんだろうかな。
綺麗な女の子が相手なら誰だって微かながら好意を持つだろ。それを引っくり返してしまうだけの要素があるから嫌なだけだ。……ってか、震える頻度が少しだけ緩くなったあたり、聞こえているんだろうな。
「仮に他の男が狙ったらどうすんだよ」
「返り討ちに会うだろ……まぁ」
さすがに……その続きは言えなかった。
静の父さんから良くしてもらったから、そんな事はきっと言い訳にしかならないだろう。推薦を貰えた時だって何だって目的が無ければ人は動けないからな。凡人の俺がここまで努力出来たのは間違いなく彼女のおかげだ。
「高梨君と何の話をしていたの」
「知らん。勝手に考えろ」
「ふぅん、いけずね」
その割には嬉しそうに頬を染めているな。
いつも、このレベルで抑えてくれていれば可愛いで済むというのに……どうして俺の周りの女性というのは度が過ぎているんだか。とりあえず、機嫌を取るためにメモ用紙に放課後のプランだけ書いて隣の静に渡してやる。
そろそろ、担任が来る頃だ。
滅多にない、好きな物に打ち込める大切な時間でもある。本というのは良いものだ。多くの思想や空想を文字として眺める事が出来る。生きた時間の短い俺が先輩から直で学べる掛け替えのない機会だとも言えるだろう。その中で俺は学んだんだ。
今ある時間は今しか味わえないものだ、と。
きっと、それは間違っていないのだろう。こうして馬鹿な事で笑い合える事も、放課後からは自由に生きれる事も……指輪を渡してからは味わえなくなる楽しみ方だ。左から来た紙切れを受け取って軽く眺めたが考えに変わりはない。
決まった未来を、どう楽しめるようにするか。
他人を変える事が難しいのならば自分が変わるしか無いだろう。適当な褒め言葉程度で喜んでくれる相手ではない、となれば、喜ばせ方を学んでおくべきだ。相手のレベルが高いのならば手が届く程度の高みに立たなければいけない。
ステージに立つという事は、そういう事だ。
ただ、毎日を疎かにしているだけでは表舞台に立つ資格すら無いのだろう。今はそれを学ぶ短な期間だと考えると愛おしくて堪らない時間だ。多少の訂正の入ったプランの下に小さな愛の言葉を書いてから渡す。
陽が進む、近くにいる人達が変化していく。
俺だって席に座り続けている訳ではない。必要となれば席を立って他の教室へと動くだろう。一緒に進む人に違いはあれども変わらないのは目的があるという事だけ。そんな事を本から学んできたんだ。
「あれれぇ……書記ちゃん、元気無さげかなぁ」
「副会長、私語は厳禁ですよ。会議の内容を」
「ウッソだぁ。そんなタマじゃないっしょ」
「野谷副会長、それを私語と言うのですよ」
はぁ……考えが他へ向かい過ぎていたか。
いつもと変わらないとはいえ、その日常に対して疑念を持てない程に愚かでもない。こうすれば何かが変わるかもしれない、そんな夢物語のような空想が頭を過ぎってしまうんだ。今ある幸せ以上の何かを求めてしまうのは人の性だろう。
「からかい癖が無ければ優秀なんですけどね」
「おお、書記ちゃんがデレた! 皆! 見たか!」
俺以外の八人が首肯したけど確実に俺の言葉に対してだろうな。タイミングが悪かったせいで副会長には届いていないだろうけど……まぁ、こういう天然な可愛らしさも彼女の良さだ。実際、話し方は馬鹿っぽいけど学年で十番以内に入る程の秀才だし。
一先ず、生徒会役員からの意見をまとめておく。
今日は各委員会から上がった議題と行事に関しての話だ。特に俺達が関われる最後の行事である学園祭と合同宿泊行事に関しては花が咲いた。もう二度と味わえない体験を楽しませようと、普段なら口を閉ざしていた一年生や二年生も沢山の意見を出してくれたんだ。嫌な気持ちがする訳もない。
「ほら、帰るわよ」
「静ちゃーん、今日くらいは」
「悪いわね。予定があるの」
「……ウィッス」
こんな状況でお一人で、とは言えないよな。
まぁ、機嫌取りとはいえ、プランを考えたのは俺の方だ。脚色されてただの遊びとは言えなくなってしまったけど悪くは無いだろう。それに生徒会長の犬と言われてはいるが……変な虫が寄ってこない訳でもない。
「行くぞ。腹減った」
「……うん!」
静の右手を強く握って外へと向かう。
ワガママなのはお互い様だ。他の女性に気を向けながらも嫉妬してしまう自分がいる。自分に執着してくれている女性に変わらないでいて欲しいと願ってしまう俺が確かにいるんだ。……最初は金のための約束事だったはずなのに、な。
「んー! 美味しいー!」
「そりゃあ、他よりも少し高いからな」
ハンバーガーを頬張る姿は本当に可愛らしい。
マ〇ク派か、モ〇派かと聞かれれば後者だ。こうして口いっぱいに頬張る女性の姿は前者では味わえないものだからな。それでいて恥じらいも無く口元に残るマヨネーズも可愛らしさを助長させてくれる。
「付いてるよ」
「……ん、ありがと」
「いいよ」
普段は完璧な女性の弱々しさは特権だろう。
俺にしか味わえない大切な思い出なんだ。最初は気にもしていなかったというのに……いつからか、俺にだけ弱さを見せてくれる彼女へ少しだけ好意を持つようになっていた。でも、きっと、それは彼女を裏切る感情だろう。
唯に対して抱く感情に近しいものだろうね。
静の気持ちを理解していようとも、朝倉家は俺を許してはくれないだろう。それ程までに立場が違い過ぎるんだ。そんな事は幼い時から嫌という程に学んできた事でもある。学んできた剣道も空手も彼女を笑わせるためのものでしかなかった。だから、微かに残る夢のために笑う。
「今日も、可愛いよ」
「今日も、カッコイイよ」
左手を軽くぶつけてカツンと音を立てさせる。
将来の夢、どうすれば叶うか分からない敷かれたレールの数々……進む道が分からないからと掻き集めてきた毎日だった。それも目の前にある笑顔のためだと思えばストレスでもあって、何にも変え難い幸せでもあったんだ。
「あのさ」
「なに、かしら」
「ちょっとだけ、行きたいところがあるんだ」
その言葉に静は頬を赤くして首肯して見せた。
長年の関わり合い、彼女には全てバレているのだろう。残り一年で社会人に片足を突っ込んでしまうんだ。だからこそ、今のうちに覚悟を決めておかなければいけない。最悪は彼女の幸せを願って連れ出す事だって必要だろう。そのために手にした大金は通帳に貯めてある。
硬く結ばれた左手を強く引いて会計を済ませた。
唯は悲しく笑うかもしれない。期待に応えられなかった俺を馬鹿にするかもしれないけど……それでも幸せを願ってくれると信じている。だって、横にいてくれるのは俺が本気で笑わせたいと思えた存在なんだ。
でも、そんな願いは叶わなかった。
視界が定まらない、頭だって上手く回らない……何が起こったのかだって俺には分からなかった。ただ理解出来たのは静が泣いているという事だけ。人前では見せなかったというのに稀有な景色だ。その涙を拭うために左手を伸ばした……が、上手く動いてくれない。
そうだ。静を庇ってトラックに轢かれたんだ。
普段なら冗談交じりに損したとでも嘯いていたかもしれない。だけど、こうして泣きながら抱き締めてくれる静を見ると嫌な気がしないな。悲しいのは抱き締めてくれる感触も、彼女の声も、慰めるための力すらも残っていない事くらいか。
守りたかったものは守れたというのに……。
こんな顔を見たくて頑張ってきた訳では無いんだけどな。ごめんとか、嫌だとか……年頃の女の子みたいに泣きじゃくってどうするんだか。明日には朝倉家の一人娘、男を抱いて涙を流すなんてニュースが高校に知れ渡るぞ。ああ……そうか……。
俺、静の事を本気で───
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