それぞれのモテ事情【クレイス・2】
「クレイスくん。あらためて、お帰りなさい。あっ、あと勝手に入っちゃってごめんなさい」
入浴を済ませて自室に戻ると、ルルが出迎えてくれた。ユリーシアと過ごしていたのではないのだろうか。そんな疑問に気付いたらしく、ルルが答える。
「あのね、クレイスくんが疲れてそうだったから。ほら、クレイスくんって私のこと大好きでしょ。だから、先に待ってたら喜んでくれるかなー、とか、癒やしてあげたいなとか、思ってですね」
嬉しい。可愛い。抱き締めて際限なくその唇にキスをしたいが、自制心でぐっと堪える。まだ、唇と唇の先が触れるようなキスしかしたことがないのだ。あまり強引なことをして嫌われたくない。部屋の扉を少し開けたまま、ルルに近付く。
「えっ、ドア開けとくの? その、いちゃいちゃするかなって予想していたんですが……」
「俺もそのつもりだ。だが、扉を閉めたら、それ以上のことをしていると勘繰られてしまうかもしれない」
ルルからすれば、開け放った扉の隙間から、通り掛かった誰かに見られるのかもしれないことが、恥ずかしいのだろう。だが、もし扉を閉めてしまえば、実際に行われている以上の大層な行為の最中であるかもしれないという疑惑を与えてしまう。
「う、ん……、なるほど?」
「ルル。甘やかしてくれ」
「あっ、はい。珍しいですね。クレイスくんが甘やかしてほしいなんて。いいこいいこで良いですか?」
それも良いが、今はとにかくルルの温もりを感じたい。抱き上げて、ソファに腰掛けて。そのままルルを膝に乗せた。向かい合った顔が、きょとんとしている。
「可愛い。好きだ」
「あの、これじゃ私が甘えてる感じじゃないですかね」
「甘えてほしい。ルル、好きだ。可愛い」
「どっちなのっ。またbotになってるし、もう」
ぼっと、というのが何か分からない。シュシュ嬢なら理解してやれるのだろうが、そんな嫉妬も感じないくらい、ルルがこの腕の中に居ることが嬉しい。
膝に乗せたいという願いも叶ってしまった。甘えてほしいという言葉を汲み取ってか、ルルが身体を預けてくる。
「……社交界って、大変なんですね。好きでもない人と身体をくっつけて、くるくる回ったりしなきゃなんでしょう? お姉さん方は綺麗な人ばかりでしょうけど、あんなにきつい香水の匂いがついちゃうほど何人も相手しなきゃいけないなんて。今はいつもの良い匂いですけどっ」
先程まで俺から発せられていたであろう香水の匂いについてだろうか。拗ねているわけではないと思うが、ほんの少しの嫉妬も感じる。マイナスの感情なんて感じさせたくないから、嫉妬など無縁そうな普段のルルの様子には寂しさは感じてもそれ以上に安心していた。
だが、されてみると嬉しい。自分のものなのに、と言われているようだ。
「ルル以上に可憐な存在なんて居ない」
「んー、あっ、別に怒ってないですからねっ。仕方ないことだし。ただ、いくら私が可愛くっても、歳上のお色気おねーさんたちにばいんばいんさでは勝てないなあと」
いつも自分の機嫌は自分で取ろうとするルルだが、発言とは裏腹に今日はほんの少しいじけた様子だ。いじらしくて、可愛らしい。
「ルル、俺にはルル以外とどうにかなるつもりはない。ルルは嫌がるだろうが、どうしても退けられなかった場合はこの部屋の説明をして諦めてもらっている」
不安があるなら取り除きたい。世界で一番大事なルルを世界で一番幸せにしてやりたい。この部屋は、俺の世界はルルで出来ているのだという証明でもある。
「んぐ……、クレイスくんの疲れを取るためにきたのに、これじゃ逆効果ですね。あの、クレイスくんが私以外に興味ないのは知ってます。でも、社交ダンスってやつがですね、私の感性では受け入れ難いくらいの密着率だったよなあとか、思い出してしまって、クレイスくんが私以外の女の子を触るの嫌だなぁって……、いや、でも、態度悪かったです。反省します、ごめんなさい」
ルルの感性というのは、この世界ではない別の場所で生きた記憶から来るものだろう。それにしても、可愛い。俺の背中に腕を回して、甘えてくる。先程までの疲れが、いつの間にか吹き飛ばされていた。
「癒やされたから、良い。もっと甘やかしたいし、我儘を言ってほしい。してほしいことでも欲しいものでも、何でも言ってくれ」
「我儘というか、質問なんですが……、あのぬいたちは一体どういう経路でお迎えした子たちなんですか?」
ぬい、というのはぬいぐるみのことだろう。最近迎えた三体のことだ。どれもルルに似せたたものをと特注した。
「リリィ氏に依頼した」
「…………クレイスくんは、あの時のリリィさんの言葉の意味を履き違えているのではないでしょうか」
文化交流会前にいざこざのあったリリィ氏は、今は田舎にある実家に帰っている。大層お怒りだった侯爵夫人への執り成しは成功し、罰が与えられるようなことはなかった。
だからといって元の店に再度、なんてことは出来るはずもなく、田舎に帰り平民用の衣類を取り扱う店で針子として生計を立てている彼女は、最後に俺たちに向かってこう言った。
『もう信用はないでしょうが、わたしに協力出来ることがあるのならばいつでも協力いたしますので』
と。
恐らくユリーシアのアイドル活動に関することに対しての発言のつもりだったのだろうが、ぬいぐるみ製作を依頼すると快く請負ってもらえた。ついでに、夜会用の手袋の製作も。
「他の女性との接触を少しでも減らせるよう、厚手の手袋も製作してもらった」
「さっき着けてたやつですね。結構癖に刺さったというか、似合っていて格好良かったです。流石リリィさん……じゃなくて! ぬい、三体もあるなんてきいてないですっ」
「ルルの存在を感じられるものはあればあるだけ良い」
「限界オタクって呼びますよっ」
怒ったような口調のくせに、膝から降りて離れようとはしない。
いつか、ルルが祭壇と呼ぶあの一角を片付ける日は来るのだろう。
けれども、そんな時が訪れたとしても。
ルルは、この腕の中に居るはずだ。
読んでくださってありがとうございます!
目がしぱしぱします〜。リリィさんのその後も説明出来ました。他の小僧たちはユリーシア編と、二部を投稿することがあればそちらで。
また読んでいただけたら嬉しいです。




