それぞれのモテ事情【クレイス・1】
ユリーシアが一番格好良いと宣言する友人の横で、ルルが頷く。確かにライブでのユリーシアは凄かった。その輝きで何人の闇を祓ったことだろうか。納得はしても、少しだけ複雑な気持ちで居るとルルと視線が合った。
「あっ、ファンの観点からで、えっと、ガチ恋勢じゃないですから! だって、あの、ユリーシア様が格好良いのはそうなんですけど、クレイスくんと似てるから、余計に……」
少し恥ずかしそうにする姿がとてつもなく可愛い。膝に乗せて頭を撫でたりしてみたいが、シュシュ嬢の前だ。きっと嫌がられてしまうだろう。シュシュ嬢はといえば、彼女もはっとした顔をしている。
「わ、私もガチ恋勢ではないです。夢女子一歩手前と言われてしまえば否定は出来ないんですけれど……、お姉様の貞操を狙ったりはしていないので、安心してください!」
こちらは何の心配をしているのかよく分からない。時折俺やユリーシアの分からない単語が出てくるのだが、ルルとシュシュ嬢の間では伝わっているようで、ほんの少し嫉妬してしまうこともある。けれど、前世の記憶というのはきっと二人にとって大切なものだ。楽しそうに笑うルルを見られることが嬉しい。
「あ。そろそろ午後の授業始まっちゃいますね。片付けてから行くので、お二人は先に戻ってください」
「良いの? ごめんね、シュシュちゃん。ありがとう」
「シュシュ嬢、すまない」
立ち上がろうとするルルの前に掌を差し出すと、その細い指が添えられる。以前は複雑な顔をされたものだが、最近は素直に受け入れてもらえることが嬉しい。
そのまま歩き出すと、その翡翠の瞳が気まずそうにこちらを見つめていた。大事にしたいからと毎日は使っていないようだが、今日は俺の贈った髪留めがその前髪に着けられている。
「あの、ツッコミ疲れることもあるけど……、楽しいですよ。クレイスくんと居るの」
先程の発言を気にしていたのだろう。軽口であるのは理解していたので落ち込んだりはしていないのだが、自らの発言を振り返って俺を気遣ってくる姿がとても愛おしい。
「ルルは可愛いな」
「知ってますけど、でも、他の人たちがいる場所では手を離してくださいね」
そんなわけで、俺にはルルしか居ないのだが。
「公爵家のクレイス様なら将来第二夫人やお妾を持つことも許されますよね? お血筋を残せる可能性を少しでも上げなければいけませんもの」
なんとなく嫌な予感はしていた。これからのために人脈を拡げて来いというジジイの命令で夜会への出席を少し増やしていたのだが、その日は下品な顔触れが多かった。
学園生ならば規範の名のもとに引き際を弁えた者が多く、好意を告げられても俺はルルシアが好きだからと返せばそこで話が終わることが殆どだった。だが、社交界にはたまにこういう輩が居る。
一曲だけでも、と懇願され、渋々手を取った末がこれだ。本当は断りたかったが、貴族社会の付き合いの中でどうしても相手をしなければいけない場合もある。本当はルル以外と手を触れ合わすことすらしたくないのに。特注した厚めの手袋を着けてきたのは、せめてもの抵抗だ。
ルルが社交界に顔を出すようになれば、彼女以外と踊るつもりはないとこのような状況からは逃れられるのだろうが、それはそれで他の男の目に晒してしまうことになるし、あの可憐さに心を撃ち抜かれる者が出てこないか心配だ。
「クレイス様。我が家は伯爵家といえど資産は侯爵家にも劣りませんわ。婚約者と噂されるグラシュー侯爵家の御息女は随分と幼い部分のある方のようですし、わたくしの方が色香もあるでしょう」
資産がどうのだとか、そんなことは知っている。だからこそ、この先の家同士の付き合いも考えて無碍には出来なかったのだ。けれど、色香がどうとか自分で言うのはどうかと思う。ルルも自身が可愛いということを理解し申告してくるが、実際に誰よりも可愛いから良い。
「申し訳ないが、私はルルシア嬢しか愛せないのです。十年前から自室には彼女の肖像画を並べているのですが、それを眺めて眠るのが何より幸せで」
ルルが嫌がるのでこの話は最終手段だったのだが、どんなにしつこい相手でもこれで大概は引き下がる。その後も何件か同じことを繰り返して、疲れ切った身体で漸く帰路に着いた。
「あ、クレイスくん。お邪魔してます」
公爵邸に着くと、何故かルルが居た。夜会の間もずっとルルのことを考えていたので、嬉しい。疲れてぼやけた思考が、これはきっと都合の良い夢なのだろうなと告げてくる。
だから、覆い被さるように抱き締めた。普段ならばもっと優しく触れるところだ。
「えっ、なになに。わ、香水の匂いすごっ」
「クレイスっ。やめなさい!」
頬擦りをする直前で、首の後ろを掴まれる。先に帰宅していたらしいユリーシアが俺を睨みあげている。どうやら、これは夢ではないらしい。
「ルルは今日泊まっていくのよ。次のライブをいつ何処でするかとか、そういう話をしたかったから。だからわたくしも早めに夜会を切り上げてきたの。聞いていなかったの?」
「えっ、クレイスくん、知らなかったんですか? てっきりクレイスくんたちのパパから聞いているものだと」
「聞いてない」
だが、嬉しい。ルルが視界に居るだけで擦り減った精神がみるみる回復していく。
「なんだか疲れてます? いいこいいこしてあげましょうか?」
「……してほしい。だが、先に匂いを落としてくる」
「え、本当にするの? あ、いえしますけどっ」
「クレイスが戻ってくるまではわたくしのルルということね! 行きましょうっ」
相変わらずルルのこととなるとユリーシアは少し刺々しくなる。けれど、いくら大事な姉といえどこればかりは譲れないのだから仕方ないと思いつつ、浴場へと向かった。
読んでくださってありがとうございます!
長くなったのでクレイスの分は二分割します。
ユリーシアまで書いたら再度閉じますが、多忙な時期が終わって毎日か隔日くらいの頻度で投稿ができそうなら、もしかしたら二部を書くかもしれないです。番外編ではほんのりそこに続けられるような要素も入れてます。
また読んでいただけましたら何よりの幸せです。




