94.合流
「あ! ちょっ、アミミ危ない!」
「あーもう、姿が見えないなんて反則じゃない!?」
「わ、すごいわアミミ!」
モニターに映るアミミの姿を並んで見つめながら、その展開に一喜一憂するアルティス。
真剣に画面を覗き込む様はまるで映画に熱中している観客のようだ。
モニター越しにはオートマタの動きが全てわかるが、その場にいるアミミにとっては何も見えないはず。
攻撃を受けてから躱すなど、やろうと思って出来ることではない。我が生徒ながら、この場で賛辞の言葉を叫びたくなるほどだ。
途中攻撃を受けた時は思わず飛び出しそうになったが、エリカの様子を見て踏み止まった。
居場所もわからなければ、たとえ辿り着けてもエリカの方が何枚も上手だ。簡単に遇らわれて終わるだろう。
ぐっと拳に力をこめながらアミミの様子を見守る。
すると突然アミミの動きが、まるで相手が見えているかの様に変わった。
今までは攻撃を受けてから回避していたが、しっかり安全マージンを確保した上で避けている。
恐らくアミミの持つ魔眼が発動し、視界共有が発生しているのだろう。
機械相手にもそんなことが可能なのかと正直驚いたが、それ以外に考えようがない。
動きからも、姿が見えているというよりは相手の大まかな動きの流れが見えている感じだ。
エリカもアミミの変化におや、という表情をする。
「……うふふふぅ。アミミさんはぁ、とても良い目をお持ちなんですねぇ」
この一連の動きだけでアミミの力を看破したらしい。
アルティスはその言葉に首を傾げる。
だが俺にとっては、この少ない情報だけで答えに辿り着いたことに、驚嘆と警戒を抱かせるに十分だった。
その後危なっかしい場面も多かったが、最後はアミミの決死の掌底がオートマタの腹部へと突き刺さり、そのまま体を弾き飛ばした。
見事な一撃にオートマタも地面に横たわるだけだ。
アミミの勝利にアルティスもソファから立ち上がり喜んだ。
「や、やった! やった、やったわ! アミミが勝ったー!」
俺の隣でぴょこぴょこと飛び跳ねる。その度ポニーテールが俺の顔にバシバシ叩きつけられた。
アルティスを無理やりソファに押さえつけながらもうひとつの画面を見る。
画面の中央にはヘクスが映っており、側に幾つかのパーツに分解されたオートマタが転がっていた。
これはこれで、何だかオートマタがかわいそうになってくるな。
別の画面には大の字になって倒れるベルベッタとリエッタ。
初撃でオートマタに昏倒させられてからは放置されていた。
殺すつもりがないとの言葉通り、戦闘不能にした時点で勝負は終わりらしい。
アミミの場合は手傷を負わせて戦闘不能にしようと判断したんだろう。
さて、ここで問題なのが俺たちの勝利条件だ。
エリカから出された条件はみんながオートマタに勝利すること。
もし全員がと言う事であれば、既にベルベッタたちが敗北した時点で決着がついている。
だが半数以上の勝利で俺たちの勝ちになるなら、アミミが勝ったことで決着がついた形になる。
だから今俺がすべきことは、エリカから俺たちの勝利をもぎ取ること。
「エリカ、これで俺たちの2勝1敗で勝ち越しだ」
「あらぁ、まさかアミミさんがここまで強いとは思いませんでしたぁ。私の想定ではぁ、トールさん達の1勝2敗で仲良しこよしぃ、だったんですがぁ」
エリカは肩を落としてガッカリした様子だ。
しかし、その表情から笑みは消えない。
「ですがぁ、誰も多く勝利した方が勝ちとは言ってませんよぉ。それは勿論トールさんも分かっていますよねぇ」
やはりそう来たか。
事実明確な勝利条件を決めていない以上、言い合いではこちらが不利になるのは至極当たり前だ。
だが俺の予想とは裏腹に、続けてエリカから出た言葉は意外なものだった。
「なんてぇ、そんな屁理屈みたいな事は言いませんよぉ。私は素直なアンドロイドですからぁ」
ふふふと声を漏らして笑む。
細められた瞼から覗く瞳が、しかし妖しげな光を放っており不気味さを引き立てた。
「ですがぁ、焦ってはいけませんよぉ。ちゃんとした勝敗を決めるのはぁ、きちんと決着がついてからですぅ。だってほらぁ」
そう言って指し示した画面には、アミミの背後に立つオートマタの姿があった。
眼前にまで迫ると、機械人形は聳えるような威容を感じさせた。
決して体躯が大きいわけではないが、無感情で冷徹な印象がアミミにそう感じさせる。
後ろに引いた片腕が、まるで引き絞った弓のようにピンと張り詰め、直ぐにでも爆発しそうだ。
事実、一瞬後にはアミミに向けて繰り出されたのだから、その表現は正しかった。
間一髪攻撃を避けられたのは、目を瞑った事で背後の機械人形の視界を盗み見、攻撃に気付けたからである。
でなければ、まともに攻撃を受けて胴体に風穴が開いていただろう。
アミミの太腿ほどはある槍のような腕が体を掠める。
風圧がボロボロになった衣服を揺らした。
反動で後ろに引いたもう片方の腕に力を込めるのが視界に映る。
慌てて刀を前にして追撃を無理矢理に逸らすが勢いを殺しきれない。
逆にその勢いを利用して飛ぶと、機械人形の真横へと距離をとって後退した。
心を落ち着けるため大きく息を吐いて刀を構え直す。
勝負は仕切り直し。
とは言え既にアミミに残された攻撃手段は数えるほどしかない。
そしてそれが届きうるとは到底思えなかった。
内部への衝撃は確実に効いたはずだ。だからこそ消える能力が解除された。
だが先ほどの一連の攻防で大したダメージが与えられていないことを理解する。
掌底を放ったところでこの相手は倒せない。
ならばどうするか。
ゆっくりと機械人形はアミミへと体を向ける。
鏡のように磨かれたつるりとした体表に自身の姿が映り込んだ。
距離が縮まるほどに自分自身の姿が大きくなる。
その中の自分は、打つ手を無くしたことでひどく情けない表情を浮かべている。
ああ、自分はこんな表情をしているのか。これでは勝てるべくもない。
もう諦めてしまっているではないか。
勝つという選択肢を放棄しているではないか。
『それでいいのか?』
目の前の自分が言った。
『もう諦めるのか?』
再び口を開く。
しかし何も言い返すことができない。
悪態が頭の中に溢れ出すが、口からは反論のひとつも漏れなかった。
『また負けるつもりか?』
いやだ!
負けたくない。
『また奪われてもいいのか?』
いやだ!
今度は絶対に奪わせない。
『また地面に這いつくばって見ているだけか?』
いやだ!
もうあんな惨めな思いはしたくない。
『なら、私を斬ってみろ』
目の前の自分が、酷薄な笑みを浮かべて両手を広げた。
ああ、分かった。
望み通りに斬ってやろう。
アミミは納刀から抜刀の構えを取る。
頭に浮かべるのはイメージ。
自分が今まで見た中で、最も強い攻撃。
この旅の中で自分が勝てなかった相手を全て思い出せ。
その全ての中で、誰が一番強かった。
どの攻撃が最強だと思えた。
ヴァルテンの剣技か。ノノのネクロマンスか。蜘蛛の糸か。魔王の光線か。
いや、比べるのも烏滸がましい。
自身の知る最強の一撃。それは――――
「彼我一刀・黒烏」
アミミの刀から黒い閃光が走る。
と同時に、機械人形の体がぐにゃりと曲がり、次の瞬間空間が割れた。
まるでガラスが砕けたかのような光景に、一瞬世界が刻を止め、そして機械の体が二つに分かれる。
ズシャンと地面に音を立てて崩れ落ちた機械人形は、やがてその目に灯った光を数回点滅させると、2度と光を灯す事はなかった。
目の前の景色を見届けすっと刀を鞘に収める。
アミミは大きく息を吐き、そしてそのまま倒れて気を失った。
アミミが倒れた後、部屋の扉が音を立てて開かれた。
「んー。ここは何処でござるか?」
アミミは眠い目を擦りながら目をしばしばとさせた。
視界に映るのは見知らぬ天井。
以前毒で倒れた時のことを思い出し、何となく気恥ずかしさを感じた。
周囲を見回すとすぐ隣でアルティスが座っていた。
うとうとと意識を手放しそうになっており、体が大きく傾いで危なっかしい。
自分は夢でも見ているのかと一瞬考えるも、続けて聞こえてきた声に意識を引き戻される。
「お目覚めですねぇ。気分はいかがですかぁ?」
のほほんとした表情のエリカがアルティスの後ろからアミミを覗いていた。
直ぐに刀を抜いて斬りかかろうとするが、そこで初めて自分の体が動かないことに気づく。
固定されているというよりは単純に体に力が入らない感じだ。
打つ手なしのこの状況にため息をひとつ漏らすと、変わらぬ態度で話しかけた。
「エリカ殿。これはどういう状況でござろうか。拙者は先ほどまで戦っていたはずでござるが」
「ちゃんと見ていましたよぉ、アミミさんの勇姿ぃ。おめでとうございますぅ、あなたの勝利ですよぉ」
パチパチと手を鳴らしてエリカは柔和な笑みを浮かべる。
その表情からは嫌味などなく、素直にアミミを称賛していることが伝わってきた。
正直最後はどうなったのか自分でもよく覚えていない。
だからこそ他者からそれを認められたことで、自分の勝利が確かだと実感が湧いてくる。
アミミは改めて自分が負けなかったことに対して安堵し、胸の中が熱くなるのを感じた。
「まあ良かったんじゃないか?」
アルティスとは反対側から聞こえたのはトールの声。
状況を理解するのに時間がかかり、今まで隣にいることに気づけていなかった。
一瞬トールからの言葉にポカンとした表情を浮かべたアミミだったが、じわじわと言葉の意味を頭で理解すると照れ臭さと共にはにかんだ笑みを浮かべた。
アミミの笑みに釣られてにトールも優しげに微笑む。
「そう言えばベルベッタ殿達はいずこに?」
「ああ、あいつらは向こうで寝てる」
アミミの足元から少し離れたあたりに2つのベッドが用意されており、そこにベルベッタとリエッタが寝かされていた。
2人とも目は覚ましていないようで、小さく寝息を立てている。
2人が無事だったことに何処かほっと胸を撫で下ろした。
そんな中パンパンと大きく手を鳴らしたのは、エリカだった。
びくりと大きく肩を跳ねさせてアルティスが目を覚まし辺りを見回す。
その様子に困ったような表情を浮かべながら、エリカが口元に垂れた涎を拭った。
アルティスの意識がはっきり戻ったことを確認して、気を取り直して言葉を続ける。
「さてぇ、魔王様とトールさんにお約束した通りぃ、皆様は解放させていただきますぅ。私としては誠に残念ですがぁ、どうやら私はゲームに負けてしまったようですからぁ」
「エリカ……」
エリカは明るい表情を浮かべながらそう言い放つ。
その言葉に、アルティスが小さくエリカの名を呟いた。
自分を魔王と慕ってくれ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたことに負い目もあった。
そんな彼女をまるで裏切るように、このまま別れてしまっていいのだろうかと。
いくらエリカから提示された条件に従ってのこととは言え、やはり何処か心に引っ掛かりを覚える。
だが彼女の望みに従うなら自分たちはここから出ることができなくなってしまう。
それはアルティス自身にとっても、容易に頷くことなどできない事だ。
ましてトール達は確実に反発するだろう。
だからこそ、アルティスは口を噤むことしか出来なかった。
「一番重症のアミミも1日あれば治るだろう。エリカには悪いが、俺たちは明日には帰らしてもらうよ。一応市長に報告の義務もあるし、外で待ってる奴らもいるからな」
「そうですかぁ。寂しくなりますが仕方ないですねぇ。皆様の旅の無事を祈っておりますぅ」
そう言ってエリカは恭しく頭を下げた。
そうして戦いは終わり、一日が過ぎてゆく。




