90.ラビリンス
やばいですね。だいぶなご無沙汰ぶりの更新になりました。ほんとはもう少し更新頻度上げようと思ってましたが、まあ色々あって全然更新できず。
ペース落ちるかも知れませんが、今年はもう少し頑張っていきます。
「話を一旦整理しようか」
そう言ってヘクスはふーっと深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。
「まず、我々は魔王について、ひいてはその当時についての情報を調べるためここへやってきた」
「うんうん」
「そしてこの書斎で発見したのは魔王の机から出てきた私でも読めない言語で書かれた本。トール曰く、それは日記だった」
「ああ」
「当然、魔王の日記だと思っていざ開いてみると、どうやら勇者の日記のようだ。......何故?」
「いや知らんがな」
びしりと俺を指さすヘクスに思わずツッコミを返す。
当然俺がそんな理由を知るわけもない。魔王なんて遥か昔の人物なのだ。まして世界に混沌をもたらした存在。このような形で蔵書が残っていること自体が奇跡に近い。
まあこれを守ってきたエリカたちがすごいということかもしれない。
「むしろその答えを問うのは俺ではなくエリカの方だと思うぞ」
俺の返答にヘクスとアルティスの視線が一斉にエリカへと向けられる。
その視線に晒されたエリカは、ぽっと頬を染めた。
「そんなに見つめられるとぉ、恥ずかしいですぅ」
もじもじとアンドロイドらしからぬ艶かしい動きで腰をくねらせる。
ふぁさふぁさと丈の長いスカートが左右に揺れた。
「冗談は置いといて、ちょっとこっちにきてくれるか?」
俺の呼びかけにエリカはとてとてと急ぎ足で近づいてくる。
そばまできたエリカは『何でしょうかぁ?』とのんびりした声をあげて小首を傾げた。
「エリカは当時の魔王に仕えていたんだよな。直接話を聞こうかと思って」
「そうですかぁ。でもダメですよぉ。そんな楽して情報を得ようなんてぇ、ズルっこですぅ」
めっ!と両手の人差し指を交差させてこちらに突き出してくる。
「それは私がお願いしても教えてくれないの?」
「そうですねぇ。魔王様のお願いでもぉ、魔王様のことはお教えできませんねぇ」
両方魔王様だからややこしいな。
ひょっとしたら何か機能的に他者に情報を教えられなくなっているのかもしれない。
そんなふうに考えた俺を見て、エリカは口を開いた。
「ちなみにぃ、別に魔王様の情報を他人に教えられないような機能がつけられているわけではありませんよぉ」
「人の心の中を読むな。そしてそれなら教えろよ」
「ダメですぅ」
ニコニコ笑顔を浮かべながら指でペケする。
「仕方ない。続きを読むか」
これ以上エリカからは情報を得られそうにないため、再び勇者の日記に目を落とす。
そもそもなぜこれが勇者の日記だと俺が判断できたのか。それは表紙をめくってすぐに、『勇者、アカツキ・オウミのすべて』と書かれていたからだ。
次のページを捲るとそこには勇者が描いたものだろうか、自身の全身図と、身長、体重、肺活量などが両開きのページに細かく記載されていた。
いや、身体測定か!
勿論そこまでは日記と呼べるものではないのだが、次のページからは何やらつらつらと日本語で文字が書き連ねられている。
そこには勇者アカツキがこの世界に来てからの様々な出来事が書かれていたのだ。
勇者として召喚されたことや、魔王を倒して世界を救って欲しいと言われたことや、世界救済の旅に出たことなど。
記載されている内容から勇者は複数人でこの世界に呼ばれ、世界救済の旅に出たようだ。
他の勇者については細かく記載されていないが、旅の冒険譚となっている。
「とまあ、簡単にいうとそんな感じだ。勇者の旅日記みたいなもんだな」
俺は本に記載されている内容を簡単にヘクスたちに説明した。勿論異世界召喚などは省いた上で。
俺がこの世界に来て異世界なんてキーワードはほとんど耳にしたことがない上、師匠にその話は口外しないよう言われている。
おそらくその事実が知れると厄介なことになるのだろう。
まあここで俺の秘密を教えてもヘクス達なら問題はないだろうが、逆にヘクスには質問攻めにされる気がしてならない。
そう考えるととても面倒なので、その件については触れないことにした。
「トールがそれを読める事情は置いといて、それが勇者の旅日記だとしたらたいそう価値があるものだ。歴史的発見だよ! ここから持ち出すことができないのは残念だが、勇者の名前が知れただけでも非常に有益だから良しとしようか」
ヘクスが興奮気味にふんすと鼻息荒く捲し立てる。
そう。実は勇者、魔王と俺たちが呼んでいるが、現代まで名前が伝わっていないのだ。
だから誰も勇者の名前を知らないし、魔王の正体もわからない。
どこかの国の王族か、はたまた平民か。或いは異世界からの召喚者か。
だからこの日記から名前が知れただけでも、それは非常に歴史資料としての価値がある。
「しかし、問題は他の部分だね」
「なぜ勇者の日記を魔王が持っていたか、ってことね」
アルティスの指摘にヘクスが頷く。
確かにこれが勇者の日記だとしたら敵対している魔王がそれを持っているのはおかしい。
もしこの状況を説明できるとすれば、
「有りそうな理由を上げるとすると、
①魔王が勇者から日記を強奪した。
②魔王と勇者は実は仲が良かった。
③勇者の正体が実は魔王だった。
と言ったところかな?」
いずれも何故、と言う理由ではあるが、可能性としてはそんなところか。
するとアルティスがヘクスの仮説に疑問の声をあげた。
「けどこの周囲一帯は魔王と勇者の戦いで今みたいに汚染された海域になったんでしょ? それに魔王討伐の旅をしていたのなら、3つ目の勇者が魔王だったって言うのはおかしいんじゃない?」
なかなか鋭い指摘だ。
ヘクスがその質問に答えを返す。
「勇者が魔王討伐のために戦ったことが真実であればそうだね。けどそれが真実でなければ、勇者=魔王が一番簡単な解決だ。本人が持っているわけだから何もおかしくないさ。尤も、それを言ってはそもそもこれが本物かどうかも分からないから堂々巡りになるわけだが」
「或いは、勇者が魔王を倒した後に新たな魔王となったかだな。そうであれば勇者と聖女が結ばれてから魔王へ転身したことで、魔王と聖女が夫婦になったと言えなくもない。まあ魔王という存在が簡単になれるのかと言われれば全く分からんが」
「んー。確かにそうかもだけど、あまり納得したくないわね」
結局この場でいくら仮説を述べたところで、それを証明できるだけの証拠がない。
今わかっていることはここが魔王の書斎で、そこに勇者の日記が置かれていたという事実だけ。だが事実が真実だとは限らない。
いくら考えたところで結論が出せるはずもなく、俺たちは頭を悩ますだけだった。
それから数時間して俺たちは探索を終了した。
アミミは他にも様々な地図が見られたのかほくほく顔だ。
ベルベッタとリエッタは大量の本をせっせと運んだからか少し疲れているようだった。
2人からしたら古代語なんて、外国語の本を見せられるに等しい。結局最後にはヘクスや俺に本を運び、元に戻すをひたすら繰り返す要員と化していた。
ヘクスも途中から目で見るのではなく魔法で本の中身を読み取りスピードアップを図った。走査魔法というヘクスのオリジナルだ。
魔法をかけた対象の内容を頭に刷り込む魔法。一応俺も走査魔法を使えるが、余りに大量の情報に頭がすぐパンクしてしまうため、ヘクスでなければ使いこなせない魔法だ。
本人はちゃんと中身を読みたいようだったが、時間の都合を考え渋々魔法を使ってくれた。
「さて、みんなに色々と探してもらったが、特に当時の状況や魔王に関することが記載された書物はなかったようだね。どちらかと言うと娯楽小説の類が多かったように思う。まあ当時の書物というだけでも歴史的に見て大変貴重だし、今と遜色ない、むしろ今以上に品質の高い製本技術には素晴らしいという言葉に尽きる」
「満足そうで良かったわね」
「ふふふ。非常に満足だよ」
ヘクスはにんまりと、今まで見たこともないような崩れた笑みを浮かべていた。
本当は本を持って帰りたくて仕方がないのだろうが、流石にエリカからも釘を刺されているのでそれは諦めたようだ。だからこそ今のうちに感動を味わっておきたいのかもしれない。
「で、ここからが本題だ。この部屋を調べていてひとつ、興味深い書物が出てきた。勇者の日記と同じく机に入っていたものだが、読んでみるとこの施設について記されたもののようだ」
「この施設って、結局何なのよ。四天王がいたり動物がいたり。エリカは何か知ってるの?」
「はい。最初にご説明しました通り、ここは魔王様の箱庭でございます」
「そう言えば言ってたわね。そんなこと」
「そう。エリカくんの言う通り、ここは箱庭なのだよ。動物達を保護するための、ね」
ヘクスはそのまま本の内容を続ける。
「ここはその当時問題になっていた瘴気から動物を護るため作られたと書かれていたよ。どうやら瘴気の問題は当時かなり深刻だったようだね。それこそ海を除いた陸地で人が住める場所の方が少なくなるくらいに汚染が進んでいたようだ。解決の糸口も何もない状態で、ただ瘴気が蔓延り、動物や人の命を刈り取り、あまつさえ魔獣化しその個体数を爆発的に増やしていった。そのままだと世界が滅びかねないということで、魔王はこの施設を作り最後の砦としたんだ」
「つまり動物の絶滅を防ぐためにここが作られたってこと?」
「ふふ。物分かりがいい娘は好きだよ。その通りだ。仮に瘴気で世界中の全てが絶滅しても、残されたここにいる動物達だけは生き残れるようにしたんだ。結局世界が滅ぶことはなかったようだが、その危惧があるほど世界は追い詰められていたということだね」
「つまり、魔王は良い人だったということでござるか?」
その指摘に皆が声の主へと視線を向ける。アミミはキョトンと首を傾げた。
誰も、その先の言葉は口にできなかった。
当然だ。言えるはずがない。
魔王とは世界の敵で、勇者と戦い、最後には滅ぼされる存在。人類にとっての大悪。それが動物を保護するような慈愛を持った存在であるなどと言ってしまっては、多く伝わる物語や歴史を真っ向から否定することになる。
幼い頃から持っていた価値観が自分の一言で崩れ去るのだ。それがどれだけ怖いことか、この世界の価値観に染まりきっていない俺であっても、伝え聞いている限りの魔王と勇者の印象が変わるのはあまりに衝撃的だ。
勇者が悪と言うわけではないが、もし魔王が俺たちが思うような存在でなければ、果たして史実として伝わる行いが正しかったと言えるのかどうか。人間の感情を一方的にぶつけただけではなかったのか。
結局何の根拠も持たない以上、これらの考えも類推に過ぎない。
だがこの世界に伝わる歴史を真正面から受け止めるには、些か俺たちは知り過ぎてしまったのかもしれない。
真実であろうとなかろうと、これからもずっと頭の片隅にこの事実は残り続けるはずだ。
無言になった室内で、その空気を払拭しようとヘクスが手を叩く。皆の注目が彼女へと集まった。
「一先ず魔王が善か悪かは置いておこう。ここにある情報だけではそこまでの議論が展開できないからね。分かった限りの事実だけ述べるとすれば、魔王がこの施設を作り、その目的が動物の保護であったと言うことだけだね」
「確かにその話だけ聞けば良いように聞こえるが、むしろ魔王が瘴気をばら撒いて人間を根絶やしにしようとしたってこともあり得るからな。動物まで絶滅させるのは本意じゃなかっただけかもしれん」
「トール殿が言うと魔王がとんでもないゲス野郎に聞こえるでござるな」
「トールは結構ゲスだからね」
「おい」
「まあ結局、裏事情を知らない今のボクたちではいくら考えても分からない。為政者が歴史を捻じ曲げるなんて、往々にしてあることだからね」
『嫌な話だ』と独りごちながらヘクスは肩をすくめた。
「つまりヘクスちゃんが言いたいことは、変な先入観を持たないようにしましょうってことね。まあ私もそんな大昔のことを聞かされても、正直どう受け止めればいいか分からないし、そっちの方が気が楽よ」
ベルベッタがバチンと豪快なウインクを飛ばした。いつも無表情のヘクスの顔が少しだけ引き攣っていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
ヘクスがくいとメガネを押し上げる。
「確かな成果は得られなかったが、それでも得難い多くのものを得られたような気がするよ。ベルベッタ君達も、オリオールの事情があったとはいえ、危険な旅に付き合わせてしまってすまないね。それとアミミ君も、こんな私の冒険に付き合ってくれてありがとう。アルティス君は……まあ、ありがとう」
「私だけなんかついでみたいな言い方なんだけど」
「それを言うなら俺なんて名前呼ばれてないぞ」
「あらぁ。私も呼ばれてないですねぇ」
「お前はいらんだろ」
不満げな俺たちを無視してヘクスは続ける。
「さて、すべての書物に目を通せなかったのは残念だが、長々とこの場に留まっていても仕方ない。船で待機している船員達にも状況を伝えないといけないだろうしね」
ちらとヘクスがベルベッタ達を見るとこくこくと頷いていた。
「では一先ず最初の部屋に戻って皆と合流してから船に戻ろうか」
おう、と皆が頷き俺たちは魔王の書斎を後にした。
書斎から出た俺たちはひとつ手前の何もない部屋にたどり着く。行きと同じく何もない。
一応何か見落とした罠などないか気を配るが、特に何もないようだ。
この部屋を過ぎれば確か最後の四天王グラコスが待っているはずだ。
問題なく部屋を通り過ぎた俺たちが、目の前の木製扉を開くと再び狭い一本の廊下が伸びていた。その先は暗さで見えないが、しばらく歩けば扉にたどり着くだろう。
気負うことなく先へ進むと再び木製の扉が姿を表した。
またグラコスに会えるのが嬉しいのか、どことなくアミミがウキウキしているようだ。可愛かったしなあいつ。
そして俺は両開きの扉に力をかけた。
「…………」
「あれ? グラコス殿はどこかへ行ったでござるか?」
アミミの言う通りそこにグラコスの姿はない。
何もない空間がただ広がっていた。
あんな巨体、隠れようと思ってもそう簡単に隠れられるものではない。或いはこの施設の機能で移動したか。
しかしそのどちらでもないと俺の直感が告げる。
それはヘクスも同じだったようで、俺に目配せした。
「ここはグラコスのいた場所とは別の場所みたいだ。あいつのいた部屋は、あの巨体が動きやすいようもっと広かった。だがここはどう見ても小部屋のサイズだ」
自分でそう口にして思い出す。
そう言えばこの部屋に入る時に潜った扉は木製だった。それは魔王の書斎へ続くひとつ手前の部屋を閉ざす扉。
グラコス含む四天王の部屋は出入り口が重厚な金属でできた扉だった。急に変化した時に違和感があったが、だとしたらグラコスの部屋に続く扉は金属の扉でなければおかしい。
つまり俺たちは別の部屋の扉を潜ったことになる。
「エリカ。ここは一本道かと思っていたが、違うのか?」
「さぁ、どうでしょうかぁ」
その笑みは穏やかで、どこか妖しげだ。確実に、何か知っている。
しかし確信が持てない以上、エリカから答えを引き出すことはできそうにない。
「取り敢えずもう一度先に進んでみよう」
そうして俺たちは、再び廊下を抜けて木製の扉を潜った。
そしてーーーー
「やっぱダメか」
そこにグラコスの姿はない。
木製の扉という時点で予想はついていたが、やはり先に進めなかったようだ。
そしてもうひとつ分かったことがある。
「どうやら同じ部屋のようだ」
部屋の中央には魔獣の牙が置かれていた。
これは先程俺が置き土産として残していったものだ。このタイプの罠は部屋の扉が別の部屋に繋がっているというものだ。
正しい順序で進めば出口にたどり着ける。その可能性があるかどうか、見た目が同じだけで別の部屋や先に進めているのか。それを確かめるために設置した目印だ。
結果は同じ部屋を堂々巡りしているだけという最悪のパターンだったが。
それから魔王の書斎に向けて逆に進んでみるも、やはりたどり着いたのは同じ部屋。変わらず部屋の中央に牙が置かれている。
俺たちは、進むことも戻ることも出来なくなった。
「これは……正直参ったね。だが全く進めないとなると、何かの鍵がこの部屋にあるはずだよ。あるいは条件か。それさえ分かれば元の部屋に戻ることも可能かも知れない」
「そう願いたいわ。じゃなきゃ仲間を船に置いたまま放置することになるしね。あの子達もトールがいなきゃ帰れないでしょうし」
「…………」
ベルベッタの言葉にリエッタもこくこくと頷く。
確かに爺さんやゲロカスも残ったままだが、俺が結界を張らなきゃ船は魔獣に襲われ一溜りもないだろう。
つまり俺たちがこの場を切り抜けなければ、皆が共倒れになるしかない。
この場に連れてきた時点でわかってはいたが、改めて命の重さがのしかかる。
「だったら悠長にしている時間はない、か」
俺は静かに腰から刀を抜き放ち、切っ先をエリカ に突きつけた。
「と、トール!?」「トール殿!」
アルティスとアミミが慌てるが構わない。
俺の予測が正しければ、この状況はエリカが作り出している可能性が高い。
俺の瞳に空間に仕掛けられた魔法の残滓がうっすら漂う光景が映る。
「これはお前がやったんだな。空間魔法を使って」
「あらぁ。なにか証拠でもあるんですかぁ?」
「俺は魔力が見えるんでね」
俺の答えにエリカの細められた瞼から僅かに瞳を覗かせた。
口元は穏やかだが瞳は対極的だ。
「やはりあなたが一番厄介ですねぇ」
「ほ、本当にエリカがこれをやってるの?」
「あらぁ。魔王様ぁ、これは私の責務ですからぁ。ですので仕方のないことなのですよぉ」
「本当なのね。なら早く、私たちを解放して」
「その命令はぁ、ダ・メ・ですよぉ」
ふわりと部屋の壁際へとエリカが跳躍する。
重さを感じさせないその動きで、音もなく着地する。
「改めましてぇ。魔王様筆頭侍従長。アンドロイドのエリカが、お相手いたしますよぉ。お覚悟をぉ」
気の抜けた挨拶とはかけ離れた絶大な魔力が、エリカの体から迸る。それは公国で出現した魔王の右腕をすら上回る迫力だ。
そうしてエリカがうっすらと瞳を覗かせた、その双眸がキラリと光った。




