88.試しの扉
最後の四天王を下した俺たちは、次の部屋へと続く長い廊下を歩く。
これまで来た道と同じような光景もいい加減見飽きた気がするが、これが最後だと思うと期待を隠し切れない。
どこか弾んだ調子で皆が歩みを進めると、やがてこれまでとは違う木製の扉の前に突き当たった。
ここに来るまでは一本道。他に曲がり角や部屋の類も見当たらなかった。
背後を振り返ると既に俺たちが通ってきた道は暗がりに沈んでおり、ひとつ前の部屋は全く見えない。
再び前方に視線を戻す。
簡素な木扉で、安宿のそれに近いような見た目をしている。
四天王すべてを倒してたどり着いた、文字通り最後の部屋へと続く扉だ。
何か感じるものがあったのか、皆が互いの目を見合わせて、再び扉へと視線を移す。
その場にいる全員の視線を受けながら、エリカが扉に手を掛けると、ゆっくりと押し開けた。
そこに広がっていたのは――――。
「また、同じ部屋ね」
アルティスがぽつりつ呟く。
そこにあったのは何もない空間。俺たちがここに来るまで通り過ぎてきたのと同じ形の部屋だ。
部屋の広さこそグラコスの部屋に及ばないが、第1~3の四天王がいた部屋と同程度の広さだ。
しかし肝心の守護者の姿はどこにも見当たらない。
元々何かが設置されていた様子もない。もぬけの殻、と言うよりは伽藍洞と言った感じだ。
そして部屋の奥にはしっかりと扉が設えられている。
つまりこの部屋が最後の部屋、と言う訳ではないようだ。
「少なくともここが魔王の部屋でないというのはありがたいかな。探索の末に何もない、となれば、その時の絶望感は比類ないものだろうからね」
ヘクスの言葉に皆が同意する。
オリオール組にとっては既に調査結果が手に入ったので目的が達成されたと言えるが、それでも何かしら得るものがあった方が心理的にも健全だろう。
今回の遠征で犠牲はないが、それでも労力はかかっている。無駄骨となった日には目も当てられない。
まあ資源の獲得という面ではほとんど無駄骨と言えなくもないが。
「一応聞くが、エリカ。ここは魔王の部屋じゃないよな?」
「さぁ? 私も魔王様の部屋には入ったことがありませんのでぇ、わかりませんねぇ」
「でも四天王のことは知ってたじゃない」
「それはぁ、一応同僚ですからぁ。面識はありますがどんな風に護っているかまではぁ、分かりませんよぉ」
「役に立たないわね」
「あうん! 魔王様ぁ、もう一度言っていただけますかぁ?」
「……」
エリカの反応に顔を引きつらせながらアルティスは後退る。
今までの反応から、まさかそっちの属性までもっているとは完全に予想外だ。
まあ彼女が従うのは魔王に対してだけなのだろうから、実質アルティスしかその褒美を与えることはできないだろう。
すると俺の視線に気づいたのかエリカが妖し気な笑みを浮かべて尋ねてくる。
「残念ですかぁ?」
「なにがだよ」
何を勘違いしたのか、俺の答えを聞いてさらに笑み深めた。突っ込むと面倒くさそうなので取り合えず放っておこう。触らぬ神にたたりなしだ。
それが正解だったのか、反応が返ってこないことにがっかりしたようにエリカは頬を膨らませていた。
「取り合えず次の部屋への扉がある以上、ここが魔王の部屋だったとしてもまだ終わりじゃないということだね。なら未知なるものの発見の可能性がなくなった訳じゃなさそうだ」
「とにかく先に進んでみるでござる」
先先とアミミが次へと続く扉を開ける。
そこに見えたのは、またこれまで同様の通路だ。
左右の壁に灯りがともされ真っ直ぐ一本道が続いている。
俺はアミミに近寄るとその頭に拳骨を落とした。
「イタイでござる」
「勝手に扉を開けるな。もし罠があったらどうするつもりだったんだ」
「そ、それは……ごめんでござる」
「よろしい。今度からは気を付けろよ」
「分かったでござる」
俺たちが扉を開けたことで他の面々も集まってきた。
「ふふ。トール、ほんとにちゃんと先生しているね」
「こいつは危なっかしいからな。こうやってちょこちょこ教えないとどこで何するか分からんのさ」
「確かにアミミは強いのに危なっかしいわよね」
「アルティス殿。危なっかしいは余計でござるよ!」
「トールには言わないの?」
「ふひゅ~~~~♪」
「全然吹けてないから」
息しか出ていない口笛にアルティスのツッコミが入る。
取り合えず2人の馬鹿なやり取りは置いといて、まだ先が続くのであれば進むしかないだろう。
「トール。罠の類はあるかな?」
「ん~。いや、大丈夫そうだ」
「みなさん心配し過ぎですよぉ。ここはダンジョンじゃないんですからぁ」
「でも四天王いるよな」
「ふひゅ~~~~♪」
「…………」
全く変なところをマネする機械だ。
ある意味とんでもない学習能力と言えるのだろうか。
「取り合えず先に進むぞ」
そこから暫く先に進むと、再び扉の前にたどり着いた。
これまでが武骨なデザインの扉だったのに対し、明らかに今までと違う意匠の扉だ。高級な木材を切り抜いて作られており、煌びやかな金属で縁取りされている。
取っ手も金細工でできており、余計な装飾などはされておらず簡素ながらも高級感を漂わせる。
恐らく作られて千年以上は経っているだろうか。それなのに全く汚れなどはなく、経年劣化も見られない。
古代の遺跡にはよくあることだが、保存の魔法などが掛けられているのだろう。
普通の扉にそのような魔法をかけているだけでも、非凡な財力や権力などを感じさせる。
この先が魔王の部屋とみて間違いないだろう。
「ここがぁ、魔王様の部屋の扉ですぅ」
「さっき知らないって言ってなかったか?」
「…………何か?」
「間が怪しすぎるんだが……」
しかしこれ以上口答えしてもきっと答えは返ってこないだろう。
俺は溜息ひとつ、再び扉に視線を移す。
何か罠が仕掛けられていないか一通り扉を見てみると、その装飾がただの意匠ではないことに気づく。
扉の上部には円形の装飾品が取り付けられており、その中に何かの花が象られている。その花の装飾から金の縁取りが左右に線となって伸びている。
その線の先には同じような別の花の装飾が設置されており、扉の最下段にも左右に花の装飾が取り付けられていた。
扉の縁に沿って計5つ、金の線が伸びて花の紋様を繋いでいる。
そしてこれがただの装飾でない理由は、その金の紋様と金の線に微細で精緻な魔法回路が埋め込まれていたからだ。
「何かしらの魔法回路が設置されているが、これが罠なのかは判別できないな」
「ふふふ。古代の魔術回路。とても興味深いね。ちょっと見てみようかな」
「不用意に触れるなよ」
「アミミ君じゃないんだから大丈夫さ」
「なんでそこで拙者の名前が出るでござるか!」
アミミが喚き散らすのも気にせず、ヘクスが扉の前でまじまじと魔法回路を確認する。
ヘクスの目が細められ眉間に皺を寄せていることから、ぱっと見ただけでは答えが出そうにはなかった。
何か手掛かりが得られないかエリカに質問してみる。
「お前は何か知らないのか?」
「そうですねぇ。簡単に言えば血の確認でしょうかぁ」
「血の確認?」
「これ以上は教えられないですよぉ」
エリカは不敵な笑みを浮かべながら、それ以上言葉を紡がなかった。
さて、どうしたものかと考えると、アルティスがエリカに尋ねる。
「エリカ、教えてちょうだい」
「はいはいぃ~。実はですねぇ、あれは魔王様の血を確認してぇ、一致すれば扉が開く仕掛けなんですよぉ。別名試しの扉と言われてましてぇ。だから別に罠とかそういう類のものではないんですぅ」
「ほー。だそうだが」
「……せっかく調べたんだけどね。まあ労力を返せなんて言わないよ。貴重な魔法回路を眺めることができたし、その機能も大方理解できたから。確かにエリカ君の言っていることは正しそうだ。罠の類はなく、あくまでこれは認証機能のようだね」
「と言うことは、この扉を開くことができるのは魔王の血統だけってことか。じゃあ俺やヘクスじゃ開けられなくて、アルティスだけが開けることができると」
「恐らくそうだろう。取り合えず、えい」
ヘクスが取っ手を掴んで力を籠める。
押したり引いたり、しかし扉はびくともしない。
魔法回路を見ると取っ手からヘクスの魔力が吸い上げられており、それが直上の花を象った金紋へと伸びていた。しかし金紋へたどり着いた魔力は、それ以上先には進まない。
どうやらこの花の紋が扉の鍵になっているらしい。取っ手を通して魔力を認識し、魔力が合致すれば開錠される仕組みのようだ。
第一の紋で認証し、左右の紋で第2の認証、そして最後に扉の下にある紋を通って魔力が循環した時に初めて扉が開くという寸法だろう。
ヘクスの魔力が第1の金紋以降進まないことから、金紋の中に魔力を判別する機構が組み込まれていると感がられる。
「血、と言うより魔力を認識しているのか」
「確かにそうですがぁ、元来魔力とは血から生み出されるものですのでぇ、当たらずとも遠からずですよぉ」
「え? 初めて聞いたんだがそんな話」
俺ですら知らない知識。
ゆっくりとヘクスへ視線を向けると、その目が爛々と猛禽類の如く光っており、口元は涎を垂らさんばかりに三日月状に歪められていた。
取り合えずヘクスの頭をチョップして止めておく。
「イタイじゃないかトール」
「お前絶対エリカに根掘り葉掘り詰め寄る気だっただろ。終わらないから後にしろ」
「ふふふ。ボクもそれほど身勝手ではないさ。1、2時間で終わらせるから」
「えい」
「イタイ。ひどいな君は。でもそんな所も嫌いじゃないよ。ふふふ」
笑みを浮かべて愛おしそうに痛みの残る頭を撫でている。
何でこう俺の周りにはまともな女性が寄ってこないのか。どいつもこいつも中身が残念過ぎる……。
「つまり私がこの扉を開ければいいってわけね」
「まあそうなるか」
ずいと歩み出るアルティス。俺たちは後ろに並んでその姿を見守る。
俺たちに見守られながら、金の装飾に彩られた左右の取っ手をそれぞれの手でつかんだ。
まだ不安が残るのか、華奢な肩が小刻みに震えている。
アルティスはすーっと深く息を吸い込み、長い息を吐いた。
ふっと体の震えが止まり両の手に力が籠められる。
全身から魔力が発散され、その魔力が取っ手を伝って直上へと伸びていった。そのまま花を象った金紋に到達すると花が光を灯す。
まるでつぼみが開花するかのように、生き生きとした色合いの花が咲き誇る。
さらに左右の回路を通って水路を水が流れるかのように魔力が金の縁取りに沿って通っていった。
先ほどヘクスが試した際は金紋から先に魔力が進まなかったが、やはり魔王の血統がカギとなるようだ。それはつまり、アルティスが魔王の血筋だということを示していた。
それが正しいという証拠はないが、否定する材料もない。エリカが話していた通り、魔王と聖女が夫婦だったという話の信憑性が一層高まった。
アルティスから発せられた魔力は金紋に花を咲かせた後もさらに進み、左右の金紋にも別の色合いの花が鮮やかに咲き誇った。
随分と凝った作りだ。この扉ひとつがまるで美術品のようだ。
現にこれを取り外して売るだけで、その貴重さから一生遊んで暮らせるかもしれない。
それだけ古代の遺産、とりわけ魔王や勇者が関わったようなものは高い価値が生まれる。
さて、アルティスの魔力の流れは淀みなく進み、最後の両の金紋に達するとき、それがピタッと止まった。
「あれ?」
アルティスが力を籠めて魔力を送る。しかし一向に魔力が回路を進むことはない。
それでも暫く魔力を流し続けるが、結局それ以上金紋に光が灯ることはなかった。
「どうして? 折角ここまで来たのに!」
まるで叩きつけるように扉に力を掛けた。しかし先にヘクスが試したように、扉はびくとも動かない。
なおも諦め切れないのか力を籠めて魔力を流そうとするが、俺はそっと肩を掴んで彼女の体を扉から引きはがした。
このまま続けても魔力を浪費するだけで何も変わらない。寧ろアルティス自身に悪影響が出る可能性もある。
「何でよぉ。何でいつも肝心な時に役に立たないのよぉ。今回は折角役に立てると思ったのにぃ」
アルティスはその場に蹲ってぐすぐすと泣いてしまった。
いつも思うようにいかないが、今回ばかりは面目躍如と挑んだ魔王の扉の開錠。自信満々で挑んだだけに、それが叶わなかった事実が彼女にとってとてもつらかったのだろう。
けどアルティスだってそんな失敗ばかりではないはずだ。ただマント燃やされたり奴隷に落ちたり敵に攫われたり盗賊に襲われたり……。
俺と出会った短い期間だけでもさんざんやらかしてるなこいつ。不可抗力なことも多いが、確かに自信を喪失するには十分失敗続きかもしれない。
まあ最初のは俺のせいだけど。
俺はアルティスの頭を撫でてやりながらエリカに理由を問いただす。
「エリカ。アルティスならこの扉を開けられるって話じゃなかったのか? 確かに途中までは進んだが、最後になって止まったぞ」
「そうですねぇ。これはぁ……」
「これは?」
「一体何だい?」
「何でござるか?」
ヘクスやアミミもエリカに問いかける。
ベルベッタとリエッタも、静かに様子を見守った。
「ただの魔力不足ですねぇ」
「魔力不足?」
「はいぃ。単純に魔王様の魔力が足りないのですぅ」
「そ、それって、つまり……?」
「要はぁ、ルティス様が弱いってことですねぇ」
「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」
「おーよしよし」
俺はあやすようにアルティスを慰めてやる。
それでもエリカの一言がショックだったのか、アルティスは俺の胸の中で嗚咽を漏らした。
「事実かもしれないが聊かストレートが過ぎるぞ」
「いや、トールも大概ストレートだよ」
「ゔぁぁぁぁんん!!
「ひどいでござるなトール殿」
「え? 何か俺が悪者になってる感じ?」
「トール。流石にひどいわよ」
「……」
ベルベッタや、リエッタまでもがうんうんと同意する。
リエッタはちょっとくらい声を出せと言いたいが、今それを問うのはきっと藪蛇だろう。
「ほんとですぅ。トールさんはぁ、もう少しデリカシーと言うものを持った方がいいですよぉ」
「お前にだけは言われたくねーわ……」
きっかけとなったやつに何故か諌められている。
どうにもエリカは俺を揶揄うのが好きなようだ。
しかし改めて考えると俺たちは絶望的な事態に直面している。
唯一鍵を持っていると思われたアルティスが扉を開けられなかった。それはつまり、俺たちはこの先へ進めないということだ。
「……この扉、誰が開けられるのでござるか?」
アミミの呟きに皆が黙り込む。
アルティスがダメだった時点で、皆気づいているのだ。他に開ける方法がないと。
目の前で扉が反応したからこそ、余計にそう思わされたのもあるだろう。
「取り敢えず、全員試してみたらどうかな。ボクは無理だったけど、魔王の血がアルティス君にだけ流れているとは限らないよ。それこそ1000年以上昔の話だ。意外と多くの人間が魔王の因子を持っているかもしれない」
「確かにヘクス殿の言う通りでござるな」
「ダメ元でやってみる価値はありそうね。じゃあ私が試すわ。私がダメなら姉さんも無理だろうし、一度に確かめられるもの」
確かに兄弟で血が繋がっていれば、魔力が足りないと言う事態を除けば一度で答えが出るだろう。
ベルベッタは扉の前に立つと、大きな手で取っ手を握りしめる。ベルベッタの巨体を見るとそのまま扉を外してしまいそうに見える。
「ふんっ!」
頭に血管を浮かび上がらせながら両の手に力を込める。
グググと両腕の筋肉が盛り上がり、取っ手が曲がりそうな迫力で魔力を流し込んだ。
魔力が取っ手を伝って上へと伸びていく。そして金の紋様に達するが、しかし紋の中の花は光を灯さなかった。
しばらく力を込め続けるが、結局何も変わらず諦めて手を離す。
「ふぅ。ダメねぇ」
ベルベッタは一歩二歩後退り、徐に斧を手にすると、そのまま全力で扉に叩きつけた。
ずがんっ!
まるで硬質で質量のある金属の塊を鈍器で殴りつけたかのような音が響く。
あまりに突然の出来事に、皆が唖然とした様子でぽかんとその光景を眺めていた。
「わーーーーーー!!!」
ヘクスが慌てて扉に飛びつく。
ベルベッタが殴りつけたあたりに傷がついていないか、目を血走らせながら丹念に確認していた。
「うーん。ダメねぇ。傷一つつかないわ」
「いやいやいやいや。何やってんだ。ヘクスがご乱心だぞ」
「ぶっ叩いたら壊れるかしらと思って」
「ぶっ叩く前に言えよ」
俺たちの背後ではエリカが笑顔を浮かべながら、しかし本当に人を殺しそうな殺気を放ってベルベッタを見ていた。
「俺は知らんぞ」
「…………」
あまりに強烈な殺気に大男であるベルベッタが青い顔をして体を震わせていた。
側から見ているだけでその気持ちが分からなくもない。それくらいエリカの殺気は凄まじかった。
敬愛する主君の持ち物を傷物にされたのだ。その気持ちも分からなくはない。
「ふ、ふふふ。流石だよこの扉は。先程の攻撃でもほんとに傷一つ付いていないね」
「そりゃよかったな。ベルベッタ」
扉に傷がないことが確認されたからか、エリカから発せられた殺気が霧散する。
それを見てベルベッタはぶんぶんと首を激しく上下させた。
「多分俺は無理だから、ベルベッタが無理となると後はアミミだけか」
「あ、開いたでござる」
「え?」
アミミの言葉に続いてゴガンと何か重厚な錠前が開けられたような音が響く。
五箇所全ての花が咲き誇り、まるで花弁を散らすように周囲に光を振りまいている。
扉自体が絵画に描かれたような幻想的な光景だった。
その扉がゆっくりと奥へと開いていく。
そうして、これまで千年以上開かずとなっていた魔王の居室へと続く扉が解放されたのだった。
その状況に、エリカが目を輝かせながらアミミの足へと抱きついた。
「あなたこそ真の魔王様ですぅ」
「ゔぁぁぁぁぁぁぁんん!」
一瞬でエリカに見限られたアルティスは、暫くの間泣き声を狭い廊下に反響させるのだった。




