↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/111

86.ガーディアン

「ではみなさまぁ、左手をご覧くださいぃ」

「おほぉぉぉ!」


 そう言ってエリカはガラス張りになった通路の側面を手で指し示した。


 ガラスの向こうに見えるのは種々様々な動物たち。種ごとにある程度纏まって生活しているようで、同じ色の集団が散見された。それら集団は周囲に柵のようなもので囲まれており、外部に抜け出られないようになっている。

 灰色の体毛を持つヒヒやイノシシの親子。狐に似た動物や犬に近しい動物。それら動物を囲う柵の間を縫うように小道が伸びており、まるでサファリパークのように見学できるようになっている。


 現在俺たちはエリカの案内に従って、魔王の書斎へ向かっていた。そこに辿り着くまでにいくつか部屋を経由する必要があるらしく、今はその間の通路を進んでいるところだ。

 しかもこの通路、何と床が動くのである。なので俺たちはただじっと立っているだけで、労せずに目的地へつけるというわけだ。

 一段高い視点で呑気にガラス窓から覗く景色を眺めながら、さながら観光バスツアーのようにエリカの案内に耳を傾ける。


「次に右手をご覧くださいぃ」

「すごいでござるぅ!」


 アミミがはしゃぎながら窓へと飛びついた。

 反対側には水棲の環境が整えられており、大小様々な魚が泳いでいる。さながら水族館といったところだろう。

 こちらも魔獣ではなく通常の魚が泳いでいる。


 俺はその光景を見て直ぐに違和感を覚える。なぜなら、そこには普通の動物しかいなかったからだ。


 この世界は動物が少ない。元の世界にいるような、普通の動物が。動物より寧ろ魔獣が多く生息しているのがこの世界だ。

 そういう点では、ある意味野生の動物は幻獣並みに希少だと言えるだろう。

 何故そんなことになったのかと言うと、大昔に瘴気が世界に蔓延る事象が発生したことによる。瘴気を浴びてしまうと生物は死亡、或いは順応すると魔化する。

 魔化とは、その生物が持つ魔力の器を超える量の魔力を受けることで、魔獣や魔物になることだ。瘴気の源は魔力であるため、長時間触れていると器を壊され理性を失うことにつながる。

 そのせいで当時生息していた動物は多くが数を激減させ、元々の動物と魔獣との個体数が逆転する結果となった。

 当然、その狂暴性や力も魔獣化した個体は桁違いに高いため、ただの動物が成す術などないのは明白。

 動物たちは抗うことすら許されず蹂躙され、あっという間に個体数を減らした。


 勿論人間も動物の保護に動こうとしたそうだが、それも結局適わなかった。なぜなら、魔獣が食用に出来ると分かったからだ。

 そもそも動物を活かすのは、多くの動物を食用として利用していたからである。しかし動物よりも魔獣の方が一個体から獲れる量も多く、栄養価が高い。さらには味も美味だ。

 となると、人間が普通の動物を保護する必要がなくなってくる。今までより狩猟が難しくなり家畜とすることは難しくなったが、それだけだ。

 動物を育て畜産するより魔獣を狩った方が圧倒的に利益が出る。

 だからこそ、この世界では魔獣よりも動物の方が個体数が少なく、絶滅危惧種となっているのだ。


 しかし今この空間には、個体数が少ないはずの普通の動物たちしか生息していない。

 ここは意図的に動物たちを保護するために作られた、そんな場所だと言える。

 そこでふと、エリカが最初に言った言葉を思い出す。


『魔王の箱庭』


 その言葉が本当だとしたら、つまり魔王がここを作ったことになる。魔王が、普通の動物たちを保護するためにここに動物たちの箱庭を作り上げた。生き物を護るために。

 或いは、ただ観賞用にしたかっただけなのかもしれないが。


 どちらにしろ、この事実が知れたら、この世界の概念が覆されることになりかねない。

 何故なら、魔王とは絶対悪だからだ。


 魔王は世界に絶望と終焉をもたらし、人間を、生きとし生けるものすべてを蹂躙しつくす。生は与えずただ死だけを振りまく慈悲のかけらもない冷徹な存在。

 だがそんな魔王が動物の保全に尽くす、慈愛の心を持ち合わせた存在だとしたらどうだろうか。

 今まで悪だった存在が、一転して善に変わる。


 勿論その当時のことは分からないので、ただ単純に善なる存在なのかは不明だが、この情報が知れるだけでも世界の認識を揺るがすことになる。さらに魔王と聖女が夫婦だったと分かれば、それが確信に変わりかねない。

 もしそんなことになれば何が起こるか。

 魔王崇拝者が台頭することになるだろう。


 この世界は決して平等ではない。

 富を持つ者がいれば当然持たない者もいる。元の世界よりもその差は顕著だ。

 持たない人間は持つ人間を羨み、妬み、嫉み、負の感情を生み出す。そういう人間は勇者に救いを求めるより、魔王に救いを求めてしまう可能性が高い。

 今まで憧憬を抱いていた勇者は何も救いを与えてくれないとなれば、対する魔王に縋りつくのも頷ける話だ。

 特にそれが実際に見たこともない人間であれば、畏敬の対象が勇者であろうと魔王であろうと、どちらでもいいのだ。何に希望を抱くか、救いを求めるか、それは人それぞれなのだから。神でも勇者でも魔王でも、救ってもらえるものに縋りつく。それが人の性だ。

 そんな人間に魔王信奉者が施しを行えば、間違いなく感情は魔王サイドへと傾くだろう。


 今直ぐに何か起こるとは思えないが、いずれ燻ぶった火種は大きくなり、世界に大火をもたらすだろう。

 勇者派と魔王派。2派に分かれた畏敬の対象が、それぞれの信念を掲げて激突するのは想像に難くない。


 ヘクスもそれを理解している……のだろうが、相変わらず初めて知る事実に目を輝かせている。俺が何か言ったところできっとこいつを止めることはできないだろう。


 それ以上に打ちのめされているのはアルティスの方だ。先ほどから肩を落として俯いている。

 聖女として悪を打ち倒すという彼女の信念は、先ほどの言葉で確実に揺らいでいる。

 自分の出自に魔王が関係していると言われたのだ。今まで悪だと断じてきた存在が自分の祖先であるという事実は、自身の存在意義を根底から覆されるような話だろう。


「アルティス、大丈夫か?」

「……トール。うん。大丈夫。ちょっとショックだったけど。でも今いない魔王どうこうより、私にとっては目の前の出来事がすべてだもの。だから何が善で悪かは、自分の目で確かめるわ」


 どこか力ない笑みを浮かべるアルティスだが、その瞳はしっかりと意思が宿っていた。きっとアルティスは、いつかこの大きな問題の答えを自分で見つけるだろう。

 その結論がどのようなものだったとしても、俺はその答えを受け入れようと心の中で思った。


「しかし、先ほどから衝撃的な話と光景ばかりが広がっているね。エリカ君、ここは魔王によって作られたと言ったね。つまり、魔王はここで動物たちを活かしていたということかな?」

「そうですねぇ。私も魔王様の考えは分からないんですよぉ。私に下されている命令はぁ、あくまでこの施設の管理・保全とぉ、お客様に対するお世話となっていますのでぇ」

「ふむ。君もこの施設の用途については知らないということか。まあそれはこれから向かう魔王の部屋に答えがあると思っていいのかな」

「そうですねぇ。ここはもうぅ、魔王アルティス様のものですからぁ」

「ちょっ! 私は聖女よ! 魔王じゃないっての!」


 憤慨したアルティスがエリカへと突っかかっていく。エリカは微笑みを浮かべるだけでアルティスの反論を軽く受け流していた。


「ねぇ、トール」

「ん? どうした?」


 わちゃわちゃと盛り上がっているエリカ達を余所に、俺の背後にいたベルベッタが険しい顔で問いかけてくる。

 ちなみに今この場に爺さんはいない。

 ゲロカスコンビに世話を任せて置いてきたのだ。


 エリカの話では、魔王の居室にたどり着くために通る各部屋には先へと続く扉を守護するガーディアンが待ち構えているそうだ。

 爺さんは魔王の居室に行きたがっていたが、そのガーディアンが中々強いという話なので、安全を考慮して待機してもらうことになった。

 ただ爺さん一人を残していくというのもあれなので、ベルベッタかリエッタが残る話も出たのだが、2人はどうしてもついてくると聞かなかったので、結局ゲロとカスが爺さんと一緒に残ることになったわけだ。


 ベルベッタはおずおずと言葉を発する。


「さっきの魔王の話、ほんとだったらとんでもないことになるんじゃないかしら?」


 どうやらベルベッタも先ほどの魔王の話について、その危険性を危惧しているようだ。リエッタもその背後で眉間に皺を寄せていた。

 いや、これは単純に俺に対して警戒しているだけかもしれない。


「確かに魔王と聖女が夫婦だったとか、こんな施設を作ってるとか、短い間に俺の中の魔王感が大きく崩れてきてる気がするよ。外の連中が知ったらもっとひどいだろうな」

「そうよね。本当に魔王が悪人だったのかって、疑問に思っちゃうくらいには衝撃的だったわ。聖女様の話だけでも、教会は大混乱でしょうね。絶対に認めないでしょうけど」

「それは間違いないだろうな。ちなみにベルベッタとリエッタは大丈夫か?」


 もしベルベッタ達が教会に属していたとしたら、信仰が揺るぎかねない事実だ。

 心配して聞いてみるが、ベルベッタは笑って答えた。


「私みたいなのが教会に行ったらそれだけで大問題よ。下手したら拘束されちゃうかも。だから別にその話を聞いても何とも思わないわ」


 ふふんと胸を張って威張るように言う。

 だがむさい男が胸を張って威張っても可愛くないので遠慮したい。


 リエッタにもちらりと視線を向けるが、彼女も特に気にしていないのか何も言わなかった。


「みなさまぁ、そろそろひとつめの部屋に着きますよぉ」

「いよいよでござるかぁ」


 アミミ、いつの間にかエリカの語尾が伝染してるぞ。


「アミミ君。そういう話し方は一度癖がつくと中々戻らないから、覚えない方がいいよぉ」

「そうでござるか。気を付けるでござるぅ」

「おい」


 なんで2人ともに伝染してるんだ。エリカの語尾には何か魔力でも宿っているのか……。


「ふざけてないでちゃんと戦闘準備しておけよ。いきなり襲われても知らんぞ」

「ふふ。そんなヘマはしないさ」

「分かってるでござる」


 それからすぐに動く歩道が終点を迎え、通常の床へと乗り移った。そのすぐ目の前には巨大な石造りの扉が鎮座している。

 3、4メートル程度の高さはあるだろうか。装飾は施されておらず、石を積み上げたような武骨な見た目をしている。扉は固く閉ざされているのだが、内部からは何とも言えない迫力が漂ってくる。


「えいぃ」


 エリカが無造作に扉に手を掛けると、そのまま力任せに押し開けた。

 すると、勢いに負けた巨大な石扉が砲弾となって一直線に部屋の中へと吹き飛んでいく。そのまま対面の壁に激突したのか、ドズンと重い音が室内から響いた。

 呆気に取られる俺たちをよそに、暫く掃除されていなかったのか、扉が激突した衝撃で室内から大量の埃が噴き出してくる。

 俺は風の魔法で障壁を張ると、埃が嵐のように俺たちを避けて背後へと吹き抜けていった。


 暫くすると、室内からの衝撃も収まり埃も落ち着いてきた。が、このまま室内に入ると埃まみれになるのは目に見えているので、取り合えず埃やごみなど軽いものだけが集まるように極小の竜巻を室内に放り込んでおく。


「……みなさまぁ、開きましたよぉ」

「おい」


 不自然な間がエリカも意図しない状況だということを物語っていた。

 果たして内部はどうなっているのか、俺たちは恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れる。


 部屋は何の光源もないため暗闇に包まれていた。

 竜巻のおかげで埃っぽさは微塵も感じない。


 流石に暗すぎて室内が見渡せないため、魔法で光源を打ち上げようかと思っていると、前方、10メートルほど先に赤い2つの光の点が見えた。

 直感的に俺たちは武器を構える。


 それが何か、正体は分からなくとも、閉ざされた扉の中にいる存在。敵であろうことは確実だ。恐らくエリカが言っていたガーディアンであろう。

 両の瞳をじっとこちらに向け、その場から微動だにしない。

 この暗闇の中ずっと待っていたとなると、暗視などに長けている可能性が高い。攻め込まれる前に光源を打ち上げておく。


 俺は光の玉を部屋の天井目掛け打ち上げると、それが強烈な光を放って室内を明るく照らし出した。


 部屋は10メートル四方で高さが5メートルほどの四角形だ。周囲にはエリカが吹き飛ばした扉の残骸が散らばっており、細かくなった瓦礫が至るところに散乱している。

 その瓦礫を超えた先に、こちらに赤い瞳を向ける1体の機械がいた。


 猿のような顔をしており、銀の頭部に銀の体。至る所から配線が伸びており、見た目からして強そうだ。全身機械の猿は、どこか某有名映画のムキムキマッチョサイボーグを彷彿とさせる意匠である。

 恐らく、それをモデルに作られたのだろう。


 その機械の猿が、赤く光の灯った鋭い眼光を俺たちに向けてくる。

 じっと、身じろぎひとつせず、ただ視線を向ける。その威圧感から目を逸らすことができない。

 俺たちも武器に手を添えて相手の出方を待った。


 ふいにがらりと、俺たちと猿を隔てる瓦礫が音を立てて崩れ落ちた。

 それが合図となったのか、機械の猿は少しだけ体を前に動かすと、そのままその場に崩れ落ちる。


 機械の猿の姿を見ると、どうやら最初にエリカが吹き飛ばした扉によって体を押しつぶされたようで、俺たちの目に見えていた上半身しか無事な部分はなかったようだ。

 岩に圧殺された体を構成するフレームはひしゃげてぐちゃぐちゃになっており、最早まともに動くことはできないように見える。


「…………」


 俺たちの視線が一斉にエリカへと注がれる。

 エリカはただほほえみを浮かべたまま、パンと両の手のひらを合わせて音を鳴らした。


「みなさんすごいですぅ。早速最初のガーディアンを倒しましたねぇ」


 白々しい物言いだが、エリカは俺たちをとっととおいて横たわる機械の元へと向かっていった。

 仕方ないので俺たちも彼女の後を追う。


「これが一体目のガーディアンですねぇ。後3体ぃ、魔王様の部屋まで各部屋にガーディアンが待ち構えていますぅ。それらも倒してサクッと言っちゃいましょうぅ」

「それ、俺たちいらなくない?」

「そんなことありませんよぉ。みなさんの力があってこそですぅ」


 エリカ以外の全員がじとーっとした目を向けていたが、彼女は全く堪えることなくニコニコとほほ笑んでいた。

 すると、すぐ側で横たわっていた機械の猿が目を数回点滅させ、機械の音声で言葉を発する。


『ク、ククク。ワレハシテンノウノナカデモサイジャク。コノサキニマチカマエルホカノシテンノウハ、ワレヨリモサラニツヨ――――』


 機械の猿は最後まで言葉を発する前に、エリカの足に踏みつぶされその頭部を四散させた。

 そのあまりにもあまりな光景に皆が言葉を失っていると、


「さてぇ、先を急ぎましょうかぁ」


 そう言って次の部屋へと続く扉を押し開けると、エリカは俺たちを手招きする。


 果たしてこのままエリカについて行っていいものか。

 一抹の不安は拭えないが、今更戻っても仕方ないので、取り合えず先に進むことにしよう。そうすれば何か魔王に関して分かることもあるだろう。

 俺たちはまだこの場所についても、魔王についても何も分かっていない。

 まずは情報を集めなければ。


 皆も先に進むことに同意したので、不安を抱きながらも、俺たちはエリカについて次の部屋へ向け足を進めた。


ワレハシテンノウサイジャクノ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。