84.箱庭
最近週1話更新になってしまっているので今週は2話投稿します。
金曜か土曜のどっちか。
ガサガサと腰元まで茂る雑草を掻き分け俺たちは島を進んでいた。
船は近くに錨をおろして停泊させており、俺たち3人+ベルベッタ、リエッタ、爺さんがついて来ている。
勿論トール(男バージョン)はこの場にいない。今は女装中だからだ。
先程リエッタがキョロキョロと視線を彷徨わせていたが、ひょっとしたら男の俺がいないか警戒していたのかもしれないな。
本来ならどんな危険があるかも分からない島で、爺さんが上陸するのは止めたかったのだが、本人たっての希望で同行することとなった。
その時の表情があまりにも真剣だったため、誰も止めることができなかったのだ。
そんな訳で、現在俺たちは6人パーティーを組んでこの島を探索中である。
上陸してまず目に飛び込んできた光景は、見たこともないような鮮やかな色彩を帯びた木々だ。
枝葉は赤で、幹は青、地面に張った根は黄色と、一本の木の中にバラバラな色が組み合わさっている。季節による色づきとは少し違った印象だ。
色が切り替わる部分はグラデーションを描いており、生えている木によって微妙に色合いが異なっている。
まるで子供が絵の具を塗りつけた木を無理やり再現したようだ。
あまりに鮮烈な色合いから、ずっとみていると目が痛くなりそうだ。
「カァ」
バサバサと羽ばたきながら、アミミの肩へとワシが戻ってくる。
アミミにはワシと視界を共有してもらい、上空からこの島の全景を観察してもらった。
報告によると、まずこの島は円形をしており、俺たちが上陸した浜以外の周囲は岩礁に守られている。瘴気の霧はまるでこの島を避けるように展開しており、この島の周囲一体だけがぽっかりと霧の影響を受けていない。
それほど広い島ではなく、半径はおおよそ2キロほど。島の全体に色鮮やかな木々が群生していて、方角によって色味が異なるので上空から見ると綺麗だそうだ。
島の中央部には開けた空間があって、その場所を囲うように木々が並んでいる。そして、中央部には明らかに人工物と思われる何かが存在していたそうだ。
「四角くて無機質な感じでござったが、上から見ただけではよく分からなかったでござる」
「カァ」
「そうか。まあそれは行って確かめるしかなさそうだな」
俺たちがそんな話をしていると、爺さんはあからさまにしょんぼりと肩を落としていた。ベルベッタが肩を貸して慰めている。
「どうしたんだ?」
俺は側にいたリエッタ、正確には爺さんから距離を取り俺の後ろに隠れているそいつに尋ねた。
リエッタは緊張しているのか、おずおずと口を開く。
「資源が……なかったのが残念らしい」
そうか。爺さんにとっては、この航海は40年前の雪辱戦だ。今やっと、自らが何もなし得なかった航海の、ある種ゴールに辿り着いたのだ。
しかしそこに待っていたのは鮮やかな木々だけで、資源となるものは何もない。木々が資源、と言えばそうかもしれないが、果たしてここから持ち出す労力を考えると、有益と言えるのかどうか。
海産物にしても、道中で既に現実を理解している。
結果的に、オリオールの立場からすると、この遠征は無駄骨だった訳だ。それはつまり過去の遠征についても同じことが言える。
今まで歴史の中で繰り返された挑戦は、果たして意味があったのか。ひょっとすると、爺さんは自分の中でそう問いかけているのかもしれない。
まあ学術的な価値はあるし、一応の結果が得られたということについては意味があったと言えるだろう。
俺は意気消沈の爺さんに声をかける。
「船に戻ったほうがいいんじゃないか?」
「……いや、このままお前さんらに同行するよ」
そう言って気持ちを奮い立たせ、再び歩みを進めた。きっと気丈に振る舞っているのだろう。
しばらくの間、誰も何も言葉を発す事はできなかった。
周囲から鳥や虫の鳴き声は聞こえてこない。俺たちが草を踏む音だけが響いている。
木は相変わらず鮮やかだが、食べられそうな実はひとつも見当たらなかった。
ひょっとすると、この島に生物はいないのかもしれない。食べ物がなければ動物も魔獣も居つかないからな。
生き物の気配を感じ取れないまま歩いていると、さほど時間も掛からずにアミミから聞いていた島の中央、開けた土地に到着する。
鬱蒼とした森の中に突如出現した広場の中央には、光沢の少ない灰色の立方体が鎮座していた。
何かの金属のようでもあるし、よく磨かれた石のようでもある。その立方体を中心に木々は等距離に辺りを囲っていた。
あまりにも整った空間。まるで誰かが手入れをしたように整然としており、地面には木の葉ひとつ、雑草一本すら見当たらない。
敵対的な存在は感じないが、あまりに違和感のあるその場所に俺は警告を発する。
「みんな気をつけろ。何か出てくるかもしれない」
その言葉に皆が身構えた。
依然として生き物の気配はないが、それでもこの空間が異様なことは分かる。辺りを満たす静寂に、誰かが唾を飲み下す音が鮮明に聞こえた。
一歩一歩、砂粒を踏みしめる音だけが響き、少しずつ謎の立方体へと近づく。
ザリ、ザリ。
そのまま何事もなく、気づけば目と鼻の先まで俺たちは立方体との距離を詰めていた。
緊張の糸が解けたのか、ふっと息を漏らす。
「しっかし綺麗にカットされているね」
「そうだな」
その立方体はまるで金属加工されたかのように傷一つない平面が広がっている。触った感触からも凹凸は感じられない。非常に滑らかだ。
鏡面仕上げのように磨かれたという感じではなく、少しくすんだ鈍色をしている。
一通りその物体の周囲を回ってみるが、どの面も同じように綺麗な平面をしており切れ込みひとつ見られなかった。
一応上部も確認してみるが、結果は変わらない。
それからみんなで手分けして立方体を調べてみたが、結局どこにも怪しげなものは見当たらなかった。
諦めかけたその時、背後から突然声が上がった。
「あらあらあらぁ~。最近はお客様が多いですねぇ~」
その声に全員が一瞬で警戒体制を取る。
声のした方へ振り向くと、そこにいたのは給仕服を身に纏った女性だった。
黒地のワンピースに真っ白なエプロン、白のヘッドドレス。どこかの貴族の屋敷に仕えているというよりは、むしろ元の世界のメイドカフェのメイドに近しい印象の格好だ。
両手で竹箒を携えていることから、掃除帰りなのかもしれない。
あまりに突拍子もない登場に、俺は一瞬放心する。すぐさま気持ちを立て直していつでも攻撃に移れるよう身構えた。他の面々もタイミングに差はあれど、警戒の色を強める。
メイドはそんな俺たちの様子を気にすることなく、一歩を踏み出した。接地面からは足音ひとつ聞こえてこない。だが歩くたび短く切り揃えられた銀の髪が小さく揺れ動く。
アミミ達が武器に手を掛けると、メイドが元々細い目をさらに細めて笑顔を浮かべた。
「あらあらぁ。そんなに警戒なさらなくてもぉ、手は出しませんよぉ。そもそもぉ、私に戦闘力はありませんからぁ」
メイドはにこりと笑みを浮かべて無抵抗を表すためか両手を上げた。その手に持っていた箒は支えを失い倒れるかと思いきや、なぜかその場に直立している。
暫く俺たちはメイドの様子を眺めていたが、結局彼女の言葉から悪意は感じられなかったため、皆武器を収めた。
その様子を見たメイドが、安全だと判断したのかこちらへと足糸を立てずに近づいてくる。
俺たちの眼前までくると、綺麗な礼を見せて自己紹介をした。
「初めましてぇ。私はエリカと申しますぅ。皆様はぁ、どのような御用でこちらにぃ?」
どこか気の抜ける話し方をする彼女に、咳ばらいをひとつ、ヘクスが用件を話す。
「ボクの名前はヘクスだ。実は大昔の地図を手に入れる機会があってね。その地図にこの場所に島があると記載されていたんだよ。聞けば勇者と魔王が争った場所だというじゃないか。好奇心に駆られて、ここまでやってきたと言う訳だ。まさか本当に島があって、そこに人が住んでいるとは思わなかったけど」
「あらぁ、それは違いますよぉ。私は人間ではありませんからぁ」
「人間では……ない?」
メイドの言葉にヘクス含め、皆が疑問を浮かべる。
俺も気配から人間ではないと思っていたが、だからと言って彼女が何かと問われれば、その答えを持ち合わせてはいない。
すると、その答えは直ぐに彼女の口から発せられた。
「私はご主人様に作られた存在ぃ、俗にいうアンドロイドと言うやつですぅ。なのでぇ、正確には私は生きているとは言えないんですよぉ」
「アンドロイド……とは、よく分からないが。どうやら普通の人間ではないようだね」
「そうですぅ。人間ではなくぅ、機械ですからぁ」
「機械?」
ヘクスが疑問を浮かべるのももっともだ。
この世界は魔法が発展しているため、科学や機械技術が進歩していない。それに近いものは魔法工学や魔法具の類だ。
だから機械と言う言葉にピンとこないのも頷ける。
逆に言えば、このエリカと言うアンドロイドがこの世界に存在すること自体が異質。つまり、彼女はこの世界由来の存在ではない。少なくとも異世界から来た何者かの手が加えられていることは確かだろう。
どうやらこの島はただの島ではないらしい。勇者と魔王に連なる島でありながら異世界ともつながりがある。勇者か魔王のどちらかが、異世界から来た人間である可能性が高い。
或いは近しい人間に異世界人がいたか。
いや、ここで考えていても結論は出ないだろう。
「機械という言葉にはとても興味が湧くね。君はボクの知らないことを色々と知っていそうだ」
「あらぁ、そうですかぁ。そんなお褒めの言葉をいただけるなんてぇ、メイドとしてありがたいことですぅ」
「ふふ。君は面白いね。ちなみに、この島には他に人間がいるのかい?」
「そうですねぇ。今はご主人様とお客様が2名おいでですよぉ。その他に人間はおりませんねぇ」
「お客様?」
「はいぃ。少し前にこの島に来られた方たちですぅ。よろしければぁ、皆様もご主人様の元へご招待いたしましょうかぁ?」
「招待? 勝手にそんな事を決めていいのかと言いたくはなるが……。だが、招待してくれるというのならぜひとも――――」
「まてぃ」
バツンとヘクスの脳天にチョップを加える。
「どんな罠があるとも限らないんだぞ。それをお前の一存だけで決めるんじゃない」
「むぅ。確かに、今のはボクが浅はかだったよ。ならこのまま進む者と戻る者で別れようじゃないか。勿論ボクは彼女の招待に応じようと思っているよ。ふふふふふ」
ヘクスが怪しげな笑みを浮かべてぐへへへとなっている。もう頭の中はエリカの招待の先に待つもの、この島の主人の存在で一杯になっているのだろう。
「ヘクスひとりだと危なっかしいから俺もついていくよ」
「流石トール! そう来なくっちゃ」
そう言って僅かに口元を綻ばせながら、俺の腕に抱きつくヘクス。ほんと調子いいなこいつ。
続いてアミミも反対側の腕に飛びついてくる。
「トール殿が行くなら拙者も行くでござるよ!」
「あらモテモテね。勿論、私たちだけ除け者にするなんて言わないわよね?」
「……いく」
「わ、儂も行くぞぃ」
皆船に戻るつもりはないようだ。どいつもこいつも未知なるものに飛び込むのが好きなのだろうか。
「と言うことで、エリカ君。ボクたちをこの先に案内してもらえるかな?」
「そうですかぁ。分かりましたぁ」
エリカは俺たちの横を通り抜けると、怪し気な立方体の前まで移動する。
先ほど調べた限りどこにも入口のようなものは見当たらなかったが、ひょっとすると何かしらカギとなるモノがあるのかもしれない。
彼女は立方体に対して手をかざし、そして口を開く。
「ひらけーぇ、ゴマぁ」
まさかの開錠の呪文。これは明らかに異世界の人間が関わっているに違いない。それにしても気の抜けた呪文の言い方だな……。
シーン。
暫く待ってみるが、何の変化も見られない。時間差で反応する扉なのだろうかと考えていると、エリカはその場にしゃがみ込み、立方体の下に手を差し込んだ。
「よいしょぉ」
そのまま立方体をサイコロのようにごろんと回転させる。
ドズンと立方体の回転が大地を揺らす。
「いや、さっきの呪文は!?」
「? 呪文で扉が開くなんてそんな機能ないですよぉ。これはただの重しですぅ。それではぁ、行きましょうかぁ」
何となく納得できない俺に、ヘクスが肩をポンと叩く。首を左右に振って気にするなと言ってきた。
確かにあのふわふわしたエリカに文句を言ったところで話が進まなさそうな気がする。ここは気にしないようにしよう。
そうして立方体の下に現れた地下へと続く階段を、エリカの後を追って下りてゆく。
階段は少し進むとらせん状に変わり、ずんずんと下に降りてゆく。周囲は何を光源としているのか分からないが、仄かに明るく照らされており、足元が視認できるようになっていた。
暫く階段を進むと、やがて平らな床が見えてくる。
そこまで俺たち全員がたどり着くと、エリカは指をパチンと鳴らした。すると周囲の明かりが一斉に灯される。
いきなりの光源に皆が目を顰めると、徐々にその明るさに目が慣れてくる。
エリカの立つ背後には立方体と同じ色の金属でできた廊下が奥まで続いており、壁に設置しされた魔力灯が周囲を明るく照らし出していた。
俺たちの全員の目が慣れたことを見計らったエリカは、スカートを指でちょこんとつまみ上げると、頭を下げて挨拶をした。
「皆さまぁ、改めまして自己紹介をぉ。私はぁ、魔王様直属の侍従長ぅ、エリカと思うしますぅ。魔王の箱庭へようこそおいでくださいましたぁ。歓迎いたしますよぉ」
エリカは線のように細い目をさらに細め、妖しく微笑みを浮かべた。




