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83.VSレヴィアタン

「うぉぉぉぉぉぉぉ」

「トール殿、ナントカするでござる!」

「あほぉ! 予想外の大物過ぎるわっ!」


 突如襲来したあまりに巨大過ぎる海獣に、俺は全力で風魔法を行使し船体を操った。船が右に左に揺れ動き、乗員は皆掴まれる部分に必死にしがみつく。

 時折レヴィアタンの起こす波とぶつかって船体が大きく傾ぐが、それでも何とか沈没は免れていた。


 海水が甲板に打ち上がり容赦なく皆の体を濡らす。水を吸った着物は存外重く、塩水のせいで服がベタベタと体に張り付き気持ち悪さを覚えた。


 先ほどの咆哮で数人が一瞬で意識を刈り取られた。そいつらはベルベッタによって慌てて船内へ放り込まれ、船内と甲板を繋ぐ扉は今は固く閉ざされている。

 船外に残っているのは俺とアミミ、ヘクスと、ベルベッタ、リエッタの他は爺さんと数人のマッチョだけだ。


 ベヒモスと並び称される幻獣レヴィアタン。あまりの巨大さにその全貌が見えず、海面から出している頭部と首だけでも俺たちが乗る船よりでかい。

 海中にはゆらゆらと、まだ姿を現していない胴体部分が影となって揺蕩っていた。


 今俺たちの視界はクリアだ。先程のレヴィアタンの咆哮は、俺たちの戦意とともに周囲の霧すらも晴らしていた。


 それにしても、ベヒモスと比べてそのスケールが桁違いだ。

 あちらも人間と比べると巨体だが、それでも30〜40メートル程度だろうか。しかし今目の前にいる海の主は、海中の見えない部分を足せば100メートルを越えているかもしれない。

 種族や環境の違いはあれど、両者がまともにぶつかればレヴィアタンが勝つと言われた方が遥かに納得できる。

 もしかすると、この海域の瘴気がレヴィアタンを通常以上に育ててしまったのかもしれない。


 過去の経験からも、ベヒモスは苦労して倒せるといった感じだが、目の前のこれは、もはや勝負を挑む気にもなれない。

 少なくとも、海上ではまず勝ち目がないだろう。


「とにかく今は逃げるぞ。ヘクス、空壁張れるか?」

「ふっ。トール、誰にそんなこと言ってるんだい? もちろん、出来るわけないじゃないか」

「…………」


 アミミじゃないが、なぜか偉そうに胸を張って答えるヘクス。威張りながらもしっかりと俺の腰回りにしがみ付いているのが非常に格好悪い。


「ふふ。トール、君はもう少し自分の魔力量を自覚した方がいい。君と同じことを他人に求めても大抵できないよ。そうだね。ボクの魔力量では、空壁を張ったとしても半径10メートルがせいぜいってところだろう」


 威張りながらも何故か俺が責められる立場になっている。

 まあ今回はそもそもお願いした俺の方が悪いというものだ。ヘクスの言う通り、俺と同じことを求めても絶対的な魔力量の差はいかんともしがたいのだから。


「はぁ。分かった。俺が空壁を張る。……魔法の同時行使は疲れるんだよなぁ」


 そんな俺にヘクスは親指を立てて笑顔を見せる。

 アミミもそれを見て同じような仕草をした。絶対よくわかってないだろこいつ。


 そんなふざけた会話をしながらも、レヴィアタンは攻撃の手を緩めない。

 一瞬覗かせた尻尾を海面に叩きつけると、その衝撃で巻き上げられた飛沫が弾丸となって襲い来る。遅れてたどり着いた波が船体にぶつかり大きく船を揺らした。


 前後左右にと振り回される船に、誰もが落ちないようにと必死の形相で掴まれる場所にしがみ付く。

 ヘクスとアミミが俺の腰にしがみ付いているのは分かるのだが、なぜかリエッタまで俺の足にしがみ付いて吹き飛ばされないようぎゅっとその手に力を入れている。

 先ほど大戦斧を抱えていたことからも分かるように、リエッタは力が強い。

 片手だというのに強い力で足首が締めあげられ、俺の骨が悲鳴をあげる。抗議の視線を向けるが、それが逆に癇に障ったのか、ついと目を逸らすと手の力が強まった。

 痛い痛い痛い。


 と、気にしている場合でもないので、さっさと魔法を展開する。


 俺が魔法を発動すると、船から離れた海面がざわざわと波立ち始めた。船を中心にその波が伸びると、やがて一周して円を形作る。

 その外周上から上方を包み込むようにドーム型の無色透明な幕が広がっていった。幕が広がりきると周囲は透明なドームに完全に覆われる。


 レヴィアタンの攻撃が来る前に何とか空気の幕を張り終えることができ、俺は安堵の息を吐いた。

 幕を通して見えるレヴィアタンは少し歪んで見えた。空壁のせいではあるが、その表情は、まるで笑っているかのようだ。


 次の瞬間、レヴィアタンは最初に現れた時に発した咆哮を周囲へとまき散らした。


「のわっ! ……? 最初よりもましになったでござる」

「……あんたの仕業?」


 リエッタの問いに俺は頷く。


 俺が使用した魔法、空壁は、簡単に言えば空気の壁を作り出す魔法である。球状に広がった空気の壁が周囲の風などを隔絶し防ぐ効果がある。

 込める魔力によってその強度は変動するが、今はかなりの強度を持たせて空壁を張っている。だからレヴィアタンの咆哮や巻き起こる波程度は防げてしまうのだ。

 さらに、この空壁の優れているところは、内部の温度変化を抑えることができるのだ。冬のキャンプなどでこの空壁を使えば快適な気温で過ごすことができ、非常に便利だ。


 キャンプはさておき、つまりレヴィアタンの咆哮を防ぐ以上に波を防いで船体の安定を図るというのが目的である。

 今現在、空壁外の波は非常に畝って荒波になっているが、船の周囲、空壁内に位置する海面は凪いでいる。だからレヴィアタンの起こす波の影響を受けていない。


「……あんた、結構すごいのね」


 波がすっかり収まり穏やかな甲板の上で、リエッタは呟いた。

 その甲板に落ち着いて立ち上がったリエッタは、今まで見せたことがないほど素直な感想を述べていた。


「感心してもらえたのはありがたいが、まだレヴィアタンの脅威は去ってないぞ。空壁を張ったにしても、突撃されたら耐えられる保証はない。俺はこれから風魔法でこの空壁を操作するから、暫くは支えになる場所に捕まっていろ」


 その言葉を聞いてリエッタは再び表情を険しくする。そしてしっかりと俺の太もも辺りに捕まった。


「て、オイ。なぜそこに捕まる」

「そうだよ。ここはボクの特等席だ」

「ヘクス殿だけの特等席ではないでござるよ。拙者の特等席でもあるでござる!」

「……嫌」


 いや、嫌じゃない。なんかさっきとキャラ変わってないか?そもそも俺の体は誰の特等席でもないのだが……。

 何故か彼女らはお互いの主張を叫びながら俺の腰辺りにがっしりと捕まる。

 誰もそんなこと許した覚えはないのだが。と言うか、リエッタは男の俺に捕まっても大丈夫なのだろうか。

 あ、今は女装してるから俺を女だと思っているのか。


 すっかり自分が女装していることを忘れながら、しかし目の前の相手はそんなことを鑑みてはくれない。

 ざぱんと頭頂部から水中に潜りこむと、小さな揺れを残して一気呵成に水面へ向けて飛び出した。そこはちょうど、俺たちの船が存在する場所だった。

 空壁を張っていたためレヴィアタンの一撃は何とか空気の壁で防がれたが、勢いは殺しきれず船体が空中へと放り出される。


「くそっ」


 俺は丁寧に風魔法を調整しながら船体を安定させ、勢いを殺して海面へ静かに着地する。周囲に展開された空壁が海水を押しのけたが、内部に存在する海水は水位を維持したままなので船は特に変化が見られない。


 レヴィアタンは先ほどの攻撃で俺たちを沈められなかったことが気に障ったのか、頭を上部に伸ばして海面に叩きつける。うねりと共に巨大な波が巻き起こった。

 船体を余裕で飲み込めるほどの津波が襲い掛かってくる。


 普通なら目の前の津波をよけることなどできないが、空壁の外側から魔法で風を当てることで俺たちの船はありえない動きを見せた。すーっと津波から逃げるように船が、空壁に包まれた空間自体が動き出す。

 それでも津波からは完全に逃げ切ることはできず、僅かに弱まりながらも空壁に追いすがる。


「のおおおおお! こんなところで死にたくないでござる!」

「ふふ。大丈夫だよアミミ君。死ぬときはみんな一緒だ」

「縁起でもないこと言わないで欲しいでござる!」

「カァ!」

「……うぅぅ」


 巨大な壁が空を覆いつくし、一瞬にして周囲を黒く塗りつぶしてゆく。それはまるで世界の終焉のようで、船上の人間は一様に絶望を覚えた。

 そのままなすすべもなく、俺たちのいた空間は巨大な質量に押しつぶされる。


「……ふふ。一瞬死んだかと思ったよ」

「空が青いでござるなぁ」

「カァ……」

「うん。よかった……」


 津波が通り抜けた後の空は、まるで嵐が去った後の空気のようにすがすがしく、アミミ達はみな晴れやかな表情を浮かべていた。


「落ち着いてるところ悪いが、まだ目の前にレヴィアタンいるからな」

「「ぎゃああああああああああ!」」


 レヴィアタンはまだ俺たちがその場にいることに驚いたよな反応を見せていた。


 先ほどの津波は空壁がすべて防いでくれた。あの程度の質量や衝撃であれば、この空壁で耐えられる。だがレヴィアタンが直接ぶつかってきたときに、果たして耐えられる強度があるかは不安だ。

 一撃、二撃は耐えられるかもしれないが、それが何度も続けばいずれ破られるだろう。


「このまま島までついてこられても困るしなぁ。ヘクス、何とか倒せない?」

「んー。いくつか保存している魔法を使えば倒せるかもしれないけど、あのサイズだからね。正直不発に終わる可能性もあるかな」

「そっか。じゃあアミミ、斬ってみろ」

「ふむふむ。て、あんなでかいもん斬れんでござる!」

「別に両断しろとは言ってないだろ。ある程度手傷を与えれば諦めて帰ってくれるかもしれないし」

「むー。ならやってみるでござるが」


 現在空間を切り取った形になっているので、俺たちのいる船の揺れは小さい。

 アミミは俺から体を話すと、抜刀の構えを取った。


「彼我一刀」


 振りぬいたアミミの攻撃は、彼我の距離を無視してレヴィアタンに届く。その表皮がスパッと切られた。

 が、レヴィアタンはまるで虫に刺された可能用に顔をきょろきょろと動かすだけだ。


「意外と皮膚が分厚いのか? まあ通常個体と大分違ってそうだからな」

「拙者は全く効いてないことがショックでござるよ……」


 結局原因が分からずレヴィアタンは再び俺たちに狙いを定める。今までの攻撃が効果がないと判断したためか、攻撃方法を変えるようだ。

 レヴィアタンの周囲に海流が渦巻き、それが空へと伸びていく。まるで海上に発生した竜巻が海水を吸い上げているように、周囲に渦巻いた水の槍が8本出来上がった。

 それが穂先を変えて俺たちに向けられる。


 するとアミミが再び抜刀、一閃を放った。


「彼我一閃」


 周囲に出来上がった8本の水の槍がアミミの一閃で半ばから断ち切られる。俺は成長した我が弟子の建議に称賛の拍手を送った。

 だが暫くすると再び上空へと水が吸い上げられ、槍へと形を変えていく。


「全然効いていないでござるな」

「まあ水は実体がないからな。今のお前には、あれを斬るのは難しいかもしれん。しかし、ちょっとあれは食らいたくないな。空壁貫かれたら船がばらばらにされそうだ」

「ギュルギュルーってなってるでござるな」

「確かにあれで船を貫かれたら大穴があきそうだね」


 ヘクスも俺の意見に同意してくれる。アミミはよく分からん。


「仕方ない。この後の島の探索はアミミとヘクスに任せるぞ」

「?」


 俺は船首へ向けて跳躍すると、前方に何もないことを確認する。そのまま空間から抜き身の刀を取り出すと、それを後ろへと引いた。

 取り出した刀の刀身は非常に長く、4メートル程度はあるだろうか。普通の人間であれば取り扱いすら難しいだろう。

 俺は腰を落とし、深く息を吐いて闘気を練り上げる。丹田から全身の血管を通って体の隅々まで気が充実していくイメージ。


 レヴィアタンも俺の気配に感づいたのか、小さく唸り声を上げると8本の槍を完成させる。切っ先が俺たちの方へ向くと、それが弾丸のような勢いで発射された。

 アミミが言うようにギュルルルといった効果音を出しそうな回転を伴って、水の槍が切っ先をこちらに向け距離を詰めてくる。


「桜刀斬」


 振り切った刀から巨大な闘気の刃が放たれる。闘気の刃はアミミの服と同じ桜色で、まるで花びらを散らすかの如く小さな闘気の破片を引き連れてレヴィアタン目掛けて飛来した。

 刃を低めに打ち込んだことで、高速回転する水の槍はすべて上部を通過して空壁へと近づいてくる。


 ほとんど時間を要さない速度で襲来した8本の水の槍は、空壁をまるでガラスを突き破るように粉々に砕いた。

 水の槍はそのまま空壁と船の半ばあたりまで到達する。が、急に槍の姿が不安定になり崩れ去った。

 俺の放った桜刀斬が、槍が届く前に根っこから8本の水柱を切り裂いたのだ。

 さらにその奥に鎮座するレヴィアタンすらも、桜色の花弁の集合体が襲い掛かる。


「ギュオオオォォォォォ!!!」


 桜刀斬はレヴィアタンの体表面に無数の切り傷をつけた。ひとつひとつは決して大きくないが、それでもその圧倒的な数の暴力に、苦悶の滲む咆哮を発する。

 ひとつついた傷口に、さらに幾筋もの切り傷が刻まれ、それが何度も繰り返される。次第に傷は深く、まるで抉られたかのような傷跡を作り出した。


 レヴィアタンは俺の攻撃を受けて怯む。ぐるると唸り声をあげて、俺たちから距離を取った。


「て、さっきのなんでござるか!?」


 慌てて近づいてきたアミミが俺の袖を引っ張りながら質問してくる。


「桜刀斬だが?」

「いやいや、大きいにも程があるでござるよ! 拙者の桜刀斬が悲しく見えるでござるよ!」

「まあお前も修行したらあれくらいできるようになるさ。しかし、今ので引いてくれればありがたいんだがな……」


 レヴィアタンは巨大な瞳を細めて俺たちを睨みつける。細かな、と言っても人間からすれば巨大な、乱雑に並んだ牙が口元に覗いていた。

 まるで歯ぎしりするかのようにギリリと音が鳴る。


 どうやらさっきの一撃で引いてくれ……そうにないようだ。

 俺はアミミを後ろに下がらせると、もう一度、先ほどと同じように構えを取る。流石に常時結界の展開と、空壁の同時展開、そこからの気闘法の行使となれば俺の精神力もガシガシ削られていく。そうそう桜刀斬の連発はできないだろう。

 次の一撃で後退させられなければ全力で討伐に出る必要があるかもしれない。


 俺の構えに反応したのか、レヴィアタンも身構える。


 そのまま暫くお互い動きを止め間合いを窺っていると、しかしレヴィアタンは何もすることなく後方へと身を引くと、海の中へ潜り消えていった。

 周囲からレヴィアタンの気配は完全に消える。


「どうやらさっきので引いてくれたみたいだな。助かった」

「トール殿。拙者にもさっきの桜刀斬教えて欲しいでござる。教えて欲しいでござる!」


 目をキラキラさせながら、期待に満ちた表情でアミミは俺を見上げてくる。こうなったらアミミは梃子でも動かないだろう。

 とは言え今はそんな暇もないので、教えるのはまた今度だ。


「分かった分かった。また今度教えてやるよ」

「約束でござるよ」


 アミミはふんすと小指を差し出してくる。意外にも、こちらの世界では指切りの文化があるようだ。まあ東方の国限定かもしれないが。

 俺は差し出された小指に自分の小指を絡めると、アミミが少し強引に上下に動かして指切りを行った。やがてお互いの指を外すと、儀式が完了したことにニコニコと笑みを浮かべている。

 その様子に、思わず苦笑が漏れてしまった。


「あの化け物は、追い払ったのかい?」

「ん? ああ。何とかな。全く災難だったな」


 リエッタはおずおずと俺に尋ねてくる。

 その間も視線は俺をじろじろと値踏みするように動かし、それ以上何も言わず戻っていった。


「ふふ。照れてるみたいだね」

「……あれでか?」


 ヘクスにそう言われても俺には全くそう思えないのだが。

 まあ睨みつけられたり文句言われたりしなかっただけましと言えるのかもしれない。


「まあまあ。今はそんなことより、ほら」


 ベルベッタが俺たちに声を掛け、指し示す。ベルベッタが指し示す方向、その先には、霧が晴れ青々と茂った草木が生い茂る島が見えた。

 それは俺たちが探していた目的地で、この海域に存在する唯一の島。古の謎が詰まった、魔王と勇者の痕跡が残るかもしれない場所。


「ふふ。やっと到着したようだね。じゃあ、冒険を始めようか」


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