81.海は広いな大きいな〜
今回はいつもよりちょっと短めです。
「う~み~は~広い~な~、大き~いなぁ~♪」
甲板から望む雄大な海に、アミミは歌を口ずさんでいた。
「い~か~は~うまい~し、タコう~ま~い~♪」
「何だその雑な替え歌は」
「替え歌ではないでござる。これは『海』と言って、東方に伝わる童謡でござるよ。しかしタコってなんでござろうか?」
おいおい、一体どんな伝え方をしたんだ昔の異世界人よ。
そんなこんなで、海の見学もひと段落したところで、俺たちは船内に戻ることにした。
すると船内から出てきたベルベッタが姿を表す。ベルベッタの背後には彼女の姉であるリエッタがおり、その背中に隠れるようにしてこちらをきっと睨みつけていた。
出港前、ベルベッタから姉を説得すると聞かされていたが、どんな経緯かリエッタも同行することとなったらしい。
周囲には彼女の店にいたマッチョ達の姿もあり、今はなぜか上半身裸になって船の航行の作業をしていた。
汗で全身が黒光りしているのが何だか気持ち悪い。
ベルベッタに事情を聞くと、どうやらベルベッタだけを危険な海に向かわせるわけにいかないということで、無理やりついてきたそうだ。その際マッチョたちも船長が行くなら自分たちも、ということで乗船したとのこと。
ちなみに船長とはリエッタのことである。リエッタはヴィンディール船団の頭なのだ。
「しかし本当に海獣に襲われないのね」
ベルベッタは感心したように息を吐く。
周囲は一面海景色。
既に港から遠く離れ、周囲に霧が立ち込めていることもあり、オリオールは影も形も見当たらない。明瞭な視界はせいぜい数十メートルがいいところだ。
しかしその中のどこを見ても、海獣の泳ぐ姿は見えない。同時に普通の海に生息するような魚類も1匹たりとも見当たらなかった。これは結界が正常に働いているということと、この海域にまともな生物がいないということを意味している。
ちなみに周囲数十メートルの霧が晴れているのは、これも結界の影響である。ということは、周囲に立ち込める霧もまともな成分ではないということだ。結界は瘴気など邪悪なものを弾くので、恐らく海面から立ち上った水蒸気が瘴気を含んだまま広がり霧を成しているのだろう。
結界なしに飛び込んだら一体どのような被害を受けていたか、考えるだけでも恐ろしい。船がダメージを受けるほど瘴気が濃いと言われるだけあって、噂通りかなり危険な海域のようだ。
「トールの結界、とんでもない性能ね。この海、霧と海獣に囲まれてまともに航行できないって言われてるのに。これをいつも野営地で魔獣除けに使ってるなんて、ほんと贅沢よねぇ」
「まあ結界は聖属性の魔法だからな。そうそう使える冒険者はいないだろうよ」
「こんなの使える人間がいっぱいいたら宿屋がいらなくなりそうね。アミミちゃんたちが羨ましいわ」
「照れるでござる」
「なんでお前が照れるんだ」
そんなこんなで和気あいあいと話している間も、常にリエッタの鋭い視線は俺たちに向けられたままだった。
すると甲板から階段を上った所にある位置から、老翁が姿を表した。
この船は甲板の前方に階段が設置されており、上ったところが船首になっている。船首からは前方の景色が一望でき、障害物などがないか確認できるようになっていた。
また、船の後方も階段が設置され登れるようになっており、その先に船長室が位置している。一応名目上、この船の船長はリエッタなので、リエッタの部屋ということになている。実際はベルベッタと2人部屋だが。
元々ヴィンディール船団を引き継ぎマッチョたちの船長をやっていることもあって、参加を表明した時点でリエッタが自動的に船長に抜擢された。まあ市長の方で探していた他の乗組員が結局見つからなかったからというのもあり、今この船に乗っているのは俺とアミミとヘクス、後はベルベッタ達ヴィンディール船団の面々と老翁だけである。
オリオールの冒険者も結局誰一人参加を申し出なかったそうだ。
老翁は甲板へと降りてくると、俺たちの近くまできた。
「よう爺さん。何かあったか?」
出港する前、老翁に名前を尋ねたのだが、名前は40年前に捨てたということで教えてもらえなかった。そのため俺たちは単に爺さんと呼ぶことにしている。
ちなみにベルベッタ達には爺さんの正体を明かしていない。本人から口止めされたので、ベルベッタ達には爺さんが市長からの推薦で参加したと伝えている。
詳しく話してはくれなかったが、爺さんはきっと40年前の事件で、ヴィンディールと何か関りがあったのだろう。恐らく恩を感じるような何かが。だからなのか、2人に対して罪滅ぼしのようなことを考えている節がある。
今回の遠征も、ベルベッタが参加することを伝えたら参加を表明したし、自分の知識を使って2人を護ろうとしているようだ。
爺さんが表れると、リエッタはそそくさとその場を離れ、船長室の方へと姿を消した。やはり男性に対して苦手意識があるようだ。
これで船長だというのだから、少し心配になってくる。
「船旅は楽しんどるか? 何て言葉が吐けるなど、夢にも思わんかったがな。この海は本来霧と海獣に囲まれてまともに進めないと言われておる。それを……。お前さんの結界、本当にとんでもない性能だな」
「それ私がもう言ったわ」
「そうか。しかし……、この力があれば過去の遠征ももっと楽にすんだのだろうな」
「かもしれないわね。けれど、それはないものねだりよお爺ちゃん。今までこんなことできる人間は世界広しと言えどどこにもいなかったんだから」
「……そうだな。すべては今回の遠征に繋がっておったということか。これまで犠牲になった人間も、今回の遠征を成功させれば少しでも報われるだろう」
「ま、初めから失敗するつもりはないからな」
「口は達者でござるよな。トール殿は」
「うるせー」
俺とアミミのやり取りにベルベッタが野太い声を上げて笑う。
爺さんも声こそ上げなかったが、僅かに表情が柔らかくなったように見えた。
「で、もうひとりの嬢ちゃんは大丈夫か?」
爺さんの言葉に俺とアミミは顔を見合わす。もうひとりとはヘクスのことだ。
ヘクスは現在船室で横になっている。馬車でもそうだったが、より揺れのきつい船旅では完全にダウンしてしまったようだ。
「まあ大丈夫だろう。あいつはちょっと乗り物に弱いんでな。単純に船酔いだ」
「そうか。今はまだ波が穏やかだが、これから海が荒れるぞ。それを乗り切れればいいんだがな……」
「…………」
揺れの小さい現状で動けないくらいダウンしているのだ。これ以上の揺れが来たら、ちょっとした大惨事になりかねない。
現在結界を張っているので、魔力節約のためヘクスに酔い止めの魔法は使っていない。だがここから海が荒れるのだとしたら、酔い止めを使っておいた方がよさそうだ。
後で部屋に行って魔法をかけてやろう。
爺さんはそれだけ伝えると、再び階段を上って船首へと戻っていった。
一先ず航行は順調。このまま暫くはゆっくりできそうだ。
爺さんの言葉もあるし、俺とアミミはヘクスの部屋へと向かうことにした。と、その前に、ベルベッタにリエッタのことについて質問する。
「リエッタだが、いつもあんななのか?」
「いつもって言うと……船長としてどうかってことよね」
俺の言いたいことに気づいてベルベッタが溜息を吐く。
「勿論違うわよ。うちの船員たちはみんなあんなでしょ? だから姉さんも、普段の航海では普通なのよ。でもどうしても男性、もっと言えば好みのタイプの人間に対しては、どうしても恥ずかしさが先行しちゃってね。こればっかりは、どうしようもないわね」
「好みって……。だが船長があんなで大丈夫なのか? 何かあった時に対処できないだろう」
「まあそこは、ウチの船員たちが経験豊富だから何とかなるでしょうね。それに、あのお爺ちゃん、かなりすごいし」
ベルベッタは船首にいる爺さんへと視線を向けた。
爺さんは船の前方を見定めながら、隣のマッチョ船員と何やら会話している。この短時間でもう船員たちと打ち解けたようだ。経験が為せる技かもしれない。
「最悪姉さんが無理なら、あのお爺ちゃんに任せるしかないわね。と言っても姉さんがずっとあのままってのも、困りものだけれど……」
ベルベッタは深い溜息を吐く。
顎を手に乗せ片肘を立てて、もう片方の手で肘を支える。女性っぽい所作だが、いかつい体格のベルベッタがそれをすると何とも言えない迫力があった。
そんな中、傍らにいるアミミが手の平に拳をポンと叩いた。
「ベルベッタ殿! リエッタ殿が男性を苦手としているなら、トール殿が女性になればいいでござるよ!」
「……ん?」
一瞬アミミが何を言っているか分からなかったが、ベルベッタはその案を聞いて目を見開いていた。俺の胸に嫌な予感がじわりと広がっていく。
「天才……。天才よ、アミミちゃん!」
ベルベッタは熊が襲い掛かるような迫力でアミミに近づくと、小さな手を自分の両手で包み込んだ。
アミミもニコリと笑みを浮かべている。
そして、2人の顔が笑顔を浮かべたまま、ギギギとこちらへと向けられた。その4つの瞳は爛々と怪しげに輝いている。
……ちょっと待て。先ほどのアミミの言葉、そのまま受け取ると嫌な予感しかしないのだが。というか完全に俺にとって罰ゲームでしかないんだが!
アミミとベルベッタは不気味な笑い声を上げながら、俺ににじり寄ってくる。俺は2人の迫力に気圧されじりじりと背後へ下がるが、やがて背中が固いものにあたった。
背後に視線を向けると、ちょうど腰の高さあたりまで伸びた側壁と、その向こう側に海が広がっている。
視線を再び前に向けると、アミミ達との距離はほとんどなくなっていた。
「大丈夫でござる。痛くない、痛くないでござるよ」
「そうよ。先っちょだけ、先っちょだけだから。ぐふふ」
「ベルベッタ! お前、変なことするつもりじゃねーだろうな!?」
「さぁ観念するでござる!」
「お縄につきなさい」
「ぐぉ、お前らぁ~~~~~~~~~!」
船の上ということもあり、あまり2人を強引に振り解けなかった俺は、どこからか取り出したアミミの襷に縛り上げられ、そのままベルベッタに担ぎ上げられると船の中へと連れ去られた。
その際俺は悲鳴を上げたが、誰一人としてそれを気にするものはいなかった。




