80.いざ出港
1日遅れになりました。。
「で、次は亡霊か」
俺は頭にワシを乗せながらアミミたちと港までたどり着いていた。ワシは時折バサバサと翼をはためかせ、そのたび顔に当たる羽がこそばゆい。
ベルベッタの所で俺はほとんど会話に加わらなかったが、取り合えずヘクスたちが協力を取り付けてくれた。ベルベッタは残ってリエッタの説得を試みるようで、たとえ無理でも協力はしてくれるらしい。
一応ベルベッタにもこの後40年前の事件の当事者に会いに行くという話をしたらしいが、同行は断られたようだ。リエッタの説得という理由もあるだろうが、やはり事件を知る者に会うというのはベルベッタからしても複雑なのだろう。
ちなみに市長には既にベルベッタの協力が得られたことを連絡済みだ。
そんなわけで、俺たちはそろって40年前の亡霊がいるという港まで来たわけだ。
「市長からもらった地図によるとこの辺、というか……」
俺たちの視線が一様に一つの建物へと向けられる。
それは数日前、俺たちに刺身を食べさせてくれた老翁のいる店。つまり、俺たちの目的の人物とは、その老翁だろうということだ。
地図を見た時点で合点がいったが、いざ店の前まで来ると改めてそれが事実だと確かめられた。
「またお刺身食べたいでござるな」
アミミだけが少しずれたことを言っていたが、今は突っ込まないでおこう。アミミは楽しくしているのが一番だ。短い間だが、俺もヘクスも同じ見解に達しており、アミミの奔放さを温かい目で見ていた。
暫く地図と目の前の店とを見比べ、目的地が間違いないことを確認する。
そうしていると、店の前で突っ立ったままの俺たちに、港で働いている人間や学術研究所の研究者たちがチラチラと視線を向けて各々の目的地へと向かっていった。恐らく冒険者がこの辺りをうろついていることが珍しいのだろう。或いは男一人に女子供の3人組が物珍しいのか。
いつまでも突っ立っている訳に行かないので、一先ず店内へと足を踏み入れる。
夕方まで少しある午後の時間帯。ちょうど店は休憩に入ったところのようで、店内に客の姿はなかった。客の名残を感じさせる食器類がいくつかテーブルに並べられたままだ。
来客の音に気付いたのか、店内の空いた席に座っていた老翁が俺たちの存在に気づき声を掛けてくる。
「なんだ? もう店仕舞いだぞ……って、あんたらか。今日は一体何の用だ? また生魚の切り身でも食いに来たのか?」
老翁は嘲るような笑みを浮かべながら話す。
未だ生魚が大衆的でないオリオールにとって、俺たちが刺身を食べたことは奇妙な光景として映ったのだろう。老翁の視線からもそのような感情が見え隠れしていた。
当然用件は違うので、老翁の質問に丁寧に返答する。
「いや、今日は別件でここに来たんだ。少しあんたと話しても?」
「俺に用か? はは。そりゃまた珍しいこった。……まあ構わねぇよ。ただし、今日の晩飯を食っていってくれるってんならだがな」
アミミに視線を移すと、爛々とした瞳で涎をじゅるりと啜っていた。どうやら晩飯をどこで食べるかは確定したようだ。
念のためヘクスにも視線を向けるが、否はないようだった。
「分かった。その代わり俺たちの話を聞いてもらうぞ」
「構わねぇよ。金を落としてくれりゃ何でも構わねぇさ」
そうして老翁に案内され彼が座るテーブルの空いた席へと俺たちは腰を掛けた。
俺たちが席に着いたことを確認すると、老翁は手に持ったパイプを口に含んで紫煙を燻らせた。
話を聞く準備は整ったようだ。俺は遠慮なく口を開く。
「あんたが亡霊だって聞いた」
「!」
俺の言葉に老翁は一瞬で表情を険しくする。鋭い目つきで俺を睨みつけ、その身に殺気を纏った。
勿論冒険者に対して効果のある脅しではない。
俺は気にせず言葉を続ける。
「あんたのことは市長に聞いた。安心しろ。あんたをどうこうしようってわけじゃない。ただ、俺たちの頼みを聞いてほしい」
「……頼み?」
「俺たちと共に、もう一度海に出て欲しい」
「……」
老翁はたっぷりと口にパイプの煙を含むと、ゆっくりとそれを吐き出した。
どこか遠い目で、吐き出され、散ってゆく煙を眺めている。
それだ何度か続き、やがてパイプに灯る火が消える頃。
「すまんが、それはできん」
「……そうか。分かった」
簡単に引き下がった俺を見て、アミミとヘクスは俺に視線を向ける。
「トール。いいのかい?」
「ああ。市長からも無理に連れてけなんて言われてないからな。無理だってやつを連れて行っても、足手まといになるだけだ」
「……」
俺の言葉に老翁はパイプを持つ手をもう片方の手でぎゅっと握り込む。その手は微かに震えていた。
「……要は済んだか? ならもう帰ってくれ」
「帰る? 晩飯を食っていくんじゃなかったのか?」
「……そうだったな。ならもう少しゆっくりして行け」
「そうさせてもらう」
老翁は席から立つとそのまま厨房の奥へと引っ込んでいった。
その場に俺たちだけが残させる。
客の一人もいない店内は、妙に静かだった。
「ほらよ。晩飯だ」
「ありがとうでござる!」
それから夕食時になるまで、俺たちは店内で今後の予定について話した。
アミミの腹が鳴ったのを聞きつけ、老翁は晩飯を振舞ってくれている。
テーブルに置かれたのは大皿に盛られた料理。一口大に切られた魚の身を素揚げにして、野菜と炒めたてある。少し強めの香辛料の香りが食欲をそそる。
それと魚の身の入ったスープに魔獣肉のステーキが並べられた。
俺は大皿に盛られた料理を指さしその名前を聞く。
「これは何て料理なんだ?」
「フィーラタンっていう料理だ。すまんがこの店は酒に合う料理しか出してないんでな。嬢ちゃんたちには少し食べにくいかもしれん」
「拙者は何でもおいしく戴けるでござる」
「ボクだってこう見えて冒険者だからね。粗末な料理なんて日常茶飯事さ。それに比べれば高級レストランの逸品だよ」
「はは、ありがたいことを言ってくれる」
老翁はそのまま俺たちと同じテーブルに腰かけた。そして懐から酒瓶を取り出し直接呷る。
喉を鳴らして数度嚥下すると、酒精のこもった熱い吐息を吐き出した。
「そういえば客は来ないのか?」
スープを啜りながら、俺は疑問を口にする。
今はちょうど食事時。しかし周囲のテーブルにはひとりの客もいなかった。俺たちが来た時から変わらず、後から入ってきた客はひとりもない。
老翁はもう一口酒を煽り、口を開く。
「あぁ。今日はもう店仕舞いだ。お前さんらが来たんで閉めたんだよ」
「おいおい、そんなんで商売やってけんのか?」
「ふん。こちとら人気店なんだ。気にされるほど落ちぶれちゃいない」
売り言葉に買い言葉。しかし老翁はそのやり取りに少しだけ笑みを覗かせる。
だがすぐにそれに気づき、元の厳めしい顔つきを取り戻した。
「おじいちゃんはどうしてご飯屋さんをやっているでござるか?」
「……おじいちゃん?」
老翁はアミミの呼びかけに顔を顰めると、しかしそれ以上いい言葉を思いつかなかったのだろう。諦めたように息を吐いた。
「……そうだな。海に近い場所にいたかったから、ていうのが理由だ」
「海に近い場所?」
「ああ。お前さんらは儂が亡霊だってことを知っているんだったな。儂は、あの時の出来事が今でも頭から離れんのだ。朝起きてから寝るまで、四六時中あの時の光景が頭を過る。海に沈んでいった仲間たち、港にたどり着いた海獣に蹂躙された港の人間、勇敢に立ち向かい命を散らした冒険者たち。儂が、儂のせいで、彼らを殺してしまったと言うのに、儂ひとりだけこうしてのうのうと生きている。それが、許せないんだよ。儂に何ができるわけでもないが、だから少しでもあの事件の被害者たちと近い場所にいて、償いたいと思ったのさ」
「……もう海には出ないのかな?」
「ははは。儂もそう考えたさ。海に向かい、仲間たちを直接弔ってやりたいと。何度も考えた。だが、無理なんだ。足がすくんで動けなくなる。船に乗ろうとすると、その場から一歩も進めなくなる。ダメなんだ。……どうしても、ダメなんだ」
老翁は両手で自分の肩を掻き抱いて、身を縮こまらせた。
全身から脂汗を吹き出し、目を大きく見開いて、歯をカチカチと鳴らしていた。よっぽど当時の出来事がトラウマで、心に刻み込まれているのだろう。
確かにこんな状態の老翁を、海に連れ出すのは酷な話だ。連れ出したとしても動けないまま危険にさらしてしまいかねない。
恐らく海の状況など詳しい話を聞こうとしても同じような反応になるだろう。無理にトラウマを思い出せと言っているのだから。
「無理に思い出させてすまなかった。これを食ったら俺たちは行くよ。出来れば、無事に帰ってくることを祈ってくれるとありがたい」
「お前さんら、本当に海に出るつもりなんだな。儂は、やめろと言う言葉しかかけられない。あれは、人間の手に負える場所じゃないぞ」
「まあ自然の猛威に対して人間の力なんてちっぽけだからな。それでも俺たちは行くよ。まあ大義名分があるわけでもないし、興味本位ってのも否定できないがな」
「ふふ。すまないね、トール。ボクの我が儘に付き合わせてしまって」
「……お前さんら、随分変わったやつらだの。覚悟が変わらないのなら、お前さんらの無事を祈ってここで待っておこう。しかし、市長が儂のことを話したということは、オリオールを上げての事業ということか」
「大々的に公表されてるわけじゃないがな。一応、市長や議会の賛成を得たうえで、船を出す許可は貰ってる」
「ほぉ。またよく議会の連中を説得できたものだ」
「まあな。一応企業秘密だ」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた俺に、老翁は苦笑する。そのままごくりと酒を呷ると、しかし中身はすっかり空になったのか、最後の一滴を口の中に落す。
「……お前さんらは船の操船はできるのか? 内海はかなり波が荒れている。進行方向も分からない。かなりの操船技術と波を読む力がなければ踏破することはできんぞ。まあ、海獣に襲われるからそんな技術があったところで、意味はないがな」
「船は市長にお任せだ。俺たちに専門的なことは分からない。海獣に関しては、一応対応策を考えている。それが成功すればそっちの心配は緩和されるはずだ」
「対応策? あの化け物どもを知らんから、お前さんらはそんなことを言えるんだ」
僅かに語気を荒げた老翁は、ぎりりと歯を鳴らした。また嫌な記憶を思い出したのだろう。
確かに老翁の言葉ももっともだが、一応俺たちも相応の実力を持った冒険者だ。まあ結界が上手く動作しなければ、出航は見送ろうかと考えているが。
「確かに俺たちはそいつらを目にしていないからな。だが俺たちもそれなりに修羅場を潜ってきている。火の中水の中、相応の魔獣や魔物を相手に生活してるんだ。危険は承知の上だが、無理だとは思っていないさ」
「……そうか。お前さんがいうなら、きっとそうなのだろうな。当時の遠征でも冒険者が雇われたが、それでもBランク冒険者がせいぜいだった。お前さんらがAランク冒険者であれば、無理でないのかもしれん」
まあ実際はそのひとつ上のSランクですが。ヘクスはAランクだけど。アミミに至っては、未だFランクだけど……。
老翁には何も言わず、取り合えずニコニコと笑顔だけ浮かべておいた。
「だが市長も議会も、外から来たお前さんらによく許可を出したな。オリオールの汚点を雪ぐ機会だ。オリオールの代表を出してくるかと思ったが、船員だけとは」
「いや、一応代表はいるぞ。ベルベッタって冒険者だ」
俺の言葉を聞いて、老翁は考え込む。
「ベルベッタ……。初めて聞く名だ。オリオールの冒険者なのか?」
「ああ。Bランク冒険者だが、Aランクに近い実力を持っている。大柄でひげの生えた力持ちの男だ。まあ本名はアレックス・ブロンスミスって言うらしいがな」
「ブロン……スミス!?」
ブロンスミスの名前を聞いた老翁は、一気に表情を変えた。
そういえばこの老翁もベルベッタの祖父、ヴィンディール・ブロンスミスが率いる船団にいたんだったな。その名前を聞いて懐かしく思うのも無理はない。
しかし、ただ単に懐かしさから驚いたという反応にしては、いささか大げさなようにも感じる。
「あんたはヴィンディールと親しかったのか?」
その言葉に、老翁はびくりと肩を跳ねさせた。突然声を掛けられ驚いたのだろう。
老翁は俺の言葉の意味を頭の中で反芻しているのか、少し間を空けて答えた。
「いや、親しいという中ではなかった。ヴィンディールは船長で、儂はいち乗組員に過ぎなかったからな」
「そうか」
それにしては、と思わなくもないが、老翁が話したくない以上気にしても仕方がない。
さて、話はこの辺にして、出された料理をさっさと食べて帰ろうかと思ってテーブルを見ると、大皿に盛られたフィーラタンも、魔獣肉のステーキも跡形もなく消え去っていた。
目の前には口の端にステーキのソースとつけたアミミの姿。そして貴族よろしく、丁寧に口を拭うヘクス。
俺は何度か空になった皿と2人との間で交互に視線を彷徨わせたが、アミミとヘクスの鉄壁の守りを崩すことはできず、小さくごちそうさまをした。
「じゃあ俺たちはそろそろ帰るわ。勘定はこれで足りるか?」
「……ん? あ、ああ。十分だ」
「そうか。ごっそさん。うまかったよ」
「おいしかったでござる。また来るでござるよ!」
「ボクも、この都市に滞在している間にまた寄らせてもらうよ」
「そ、そうか。ああ、ぜひ来てくれ」
老翁はさっきまでの緊張した表情を崩し、朗らかな笑顔を向けてきた。そうして老翁に見送られた俺たちは店から出る。
すると、その背後に老人の声が掛けられる。
「ま、待ってくれ。……やはり、儂もお前さんらに協力しよう。お前さんらと海に出る」
その突然の一言に、当然俺たちは困惑する。あれほど嫌がっていた老翁が、一体どういう風の吹き回しなのかと。
先ほどまでの会話がまるで嘘のように、答えは全く翻った。それを素直に受け取っていいものか、判断しかねる回答だ。
「どうして協力する気になったんだ? それよりも、海に出ても大丈夫なのか?」
「……ああ。海に出るのは、何とかする。気合を入れれば、きっと我慢できるだろう。それに、海獣の心配もないんだろ?」
「まあ予定だけどな。だが可能性は高いと思うぞ」
「それは、僥倖だ。だから、儂があの海のことを案内しよう。それで構わないか?」
「俺たちとしては構わない。喜んで協力を受け入れよう」
「そうか。すまないな。……ひとつだけ、協力するための条件を付けてもらっても構わないか?」
「条件?」
老翁は少しだけ口を閉ざし、やがてその条件を口にした。
「ブロンスミスの血縁者には、儂の正体を話さないでくれ。それが条件だ。それが飲めるなら、儂はお主らに協力しよう」
ブロンスミスの血縁者、つまりベルベッタに自分の正体を明かすな、ということか。
きっと老翁は、怖いのだ。自身は被害が及びにくいように存在を伏せられたが、それによって船団を率いたヴィンディールに非難が集中することとなった。そしてその子供や孫たちも同様に。
つまり、老翁に向けられる非難のこもった視線をベルベッタ達が肩代わりしたわけだ。
そんな人間に、一体どんな言葉を掛ければいいのか。俺が老翁の立場だったとしても、同じ選択をしたかもしれない。とてもじゃないが、自分の代わりに傷ついた人間に掛ける言葉を、俺は知らない。
だから老翁のこの選択は、とても勇気のいるものだったに違いない。
トラウマに怯えて一歩も動けなかった人間が、その渦中に飛び込んでまで、相手を見守ろうとしているのだ。
当然老翁がベルベッタを力で守れるわけではない。だが力ではなく、自らの経験を活かすことで少しでも危険を減らそうと考えているのだろう。
俺はその覚悟をしっかりと受け入れ、老翁の提示した条件をのむことを了承し、協力を取り付けることに成功したのだった。
そして出航当日。
大型船に乗り込んだ俺たちは、甲板から港に佇むリーンデルとエミィを見下ろしていた。
今回の遠征は大々的に行われるわけではない。だから港で俺たちを見送る人間は、事情を知っている最低限の人間だけだ。
それがリーンデルとエミィだ。
その他に、ヘイスールもこの場に立ち会っていた。
今回遠征に赴く船を用意したのはヘイスールらしい。どうやら市長から秘密裏に依頼を受けていたそうだ。流石この都市No2の商会を運営するやり手なだけはある。
そんなヘイスールも、俺たちに向かって手を振っていれていた。
船には既に物資の積み込みも完了しており、船員たちは船内でそれらの荷物をまとめているようだ。俺たちも未だ、しっかりとその姿を目撃したわけではない。
やがて停泊中の船の怒りがあげられ、重しとなるものがなくなる。帆を広げると、ゆっくりと風御受けて岸から離れていった。
港に建つ人間は、誰も別れの言葉を口にしない。きっと、帰ってくることを信じているからだろう。
俺たちは無言でお互いを見合い、手を振りあい、徐々にその姿が小さなものになっていく。やがて耳に届くのは波の音と、波をかき分ける船の行進だ。
潮風を全身に受けながら、目視できなくなった港を横目に、目指す進路へと視線を向けるのだった。
あまり見直しできてないので誤字脱字等々、多くなってしまっていると思います。
気づいたらちょこちょこ直していこうと思ってます。




