79.ブロンスミス姉弟
そんなこんなで俺たちはベルベッタの姉のいる食事処へとやってきた。ベルベッタをオリオールの人間代表として今回の遠征へ誘うためである。
俺たちが店内に入ると、直ぐ先のテーブルにベルベッタと店員らしきガチムチの男たちが座っていた。
暇なのか皆でカード遊びに興じているようだ。
店内を見渡すと客らしき人間はひとりもおらず、開店休業状態だ。だからこそカード遊びをしても問題ないのだろうが、果たして飲食店としてこの状態はどうなのか。
ベルベッタは俺たちの気配に気づいたのか、カードを捲る手を止め視線を店の入口へと向けた。
「あらぁ、トールじゃないの。今日はどうしたのかしら?」
中世のバイキングのような巨体をのしりと持ち上げると、重みから解放された椅子がぎしりと傾ぐ。ひげもじゃの巨体が床板を踏みしめるたび、靴と床がぶつかる鈍重な音が響いた。
俺は満面の笑みを浮かべながら、手を上げてベルベッタの名前を呼ぶ。
「やぁ、数日ぶりだな。アレックス」
「…………え?」
ベルベッタもとい、アレックスは、笑顔を張り付けた表情のまま固まった。体もこちらに向かってくる途中の動きで、腕を不自然に上げた状態で固定されていた。
俺は笑顔を向けたまま暫くの間その場に静寂が満ちる。
「…………え?」
ベルベッタは状況を理解できていないのか、再び呟きを漏らす。いかつい巨体のおっさんが引きつった笑顔を浮かべて固まっているのは中々に新鮮な光景だ。
俺は相変わらず無言でニコニコと笑顔を向けたまま。
話が進まない状況に嘆息をして、傍らのヘクスが口を開いた。
「すまない。ベルベッタ君の話を市長から聞いてしまってね。その時君たちの事情と、本名を聞いてしまったというわけだ。勝手に君たちの情報を詮索してしまったことを詫びよう」
「えーっと……。まあ、構わないわ。年齢のいってる人たちは知っていることだし、それに事件自体私たちが生まれる前のことよ。特に深い感慨何てないから気にしてないわ」
「それはこちらとしてもありがたいよ。今後の相談もしたかったからね」
「相談?」
「そう。君と、君たちに特別な依頼をしたいと思っているんだよ」
ヘクスの言葉の意味を理解し、周囲のマッチョたちもこちらに視線を向けた。自分たちが関わるとなって様子を窺っているらしい。
「依頼、ね。分かったわ。そっちの席で話を聞きましょう。ちなみに、姉さんもつれてきた方がいいかしら?」
「そうだね。その方が話が早くてありがたいかな」
「そう。ちょっと誰かー。姉さん読んできてくれるかしら?」
「分かったわん」
語尾にハートを付けて、セーラー服を着たマッチョが店の奥へと消えた。
それを確認して、ベルベッタが俺たちを席に案内する。
「の前に、トールはその顔を辞めてもらえるかしら?」
「ん? どうした、アレックス?」
にこにこと表情を浮かべた俺に、額に青筋を浮かべてベルベッタが問いかける。
拳が小さく震えているのは怒りを押し殺して殴るのを我慢しているのだろう。
「トール殿、もうそろそろ悪ふざけはよした方がよいでござるよ」
「そうだね。今のトールはアミミ君よりも子供っぽいよ」
「拙者は子供でないでござる!」
「カァ」
ヘクスからの辛らつな言葉が突き刺さる。流石に女性陣からの一斉口撃を受けてそれ以上悪ふざけをする勇気はない。
彼女たちを怒らせては、エミィに絞られるリーンデルと同じ末路を辿りそうだ。
「すまん。ベルベッタ。単なる悪ふざけだ」
「あなた嫌な性格してるわね。でも許してあげるわ。一発で」
「一発?」
「ふん!」
俺が疑問符を頭に浮かべた次の瞬間、ベルベッタの剛腕が俺の頬に突き刺さる。
頬から首に、体にと順に衝撃が伝わり、一瞬で体が床を離れる。そのまま店の入口まで体が吹き飛ばされ、扉から突き出て表の地面へと砂埃を巻き上げながら転がった。
「姉さんが怖がるから、トールは表で頭でも冷やして待ってなさい!」
店内からベルベッタの大声が届いた。
流石にちょっとからかい過ぎたようだ。ベルベッタにとって、本名を呼ばれるのはかなり期限を損ねるようだ。今度からはちゃんとベルベッタと呼ぶことにしよう。
通りに大の字に倒れ、晴天の青空を見上げながらそんなことを考える。
店の中から後を追ってきたワシが、俺を慰めるように舞い降りてきた。そのまま翼をはためかせ、俺の顔面へ着地する。
顔面の上でワシの鋭い爪をもった足が足踏みするのは地味にイタイからやめて欲しい。
「カァ」
心なしか、ワシから避難がましい視線が向けられる。
……うん。今後女性陣をからかうのは絶対によそう。
「で、私への……いえ、私たちへの依頼っていうのは何かしら?」
テーブルの周りに腰かけるのはヘクスとアミミとベルベッタ、そしてリエッタの4人。他の男たちはよそのテーブルに腰かけ4人の会話に耳を澄ませている。
「その前に、改めてトールが嫌な思いをさせてしまって済まかった。あれもまだまだ子供っぽいところがあるんだよ」
「無邪気というより阿呆でござるな」
「違いないわね」
アミミの言葉にベルベッタも笑顔を浮かべる。
リエッタだけ状況が呑み込めておらず、他3人の顔を見回していた。
「さて、早速だが本題に入らせてもらおう。まずボクたちの目的から話すと、オリオールの内海の中心部にあると思われる、島へ行くことだ。そのために市長に協力を仰ぎ、遠征の許可を貰った」
「私たちのことを市長から聞いたってことね」
ベルベッタは腕を組んで唸る。
リエッタは嫌そうな表情を浮かべ、小さく舌打ちをした。先日トールが店内にいた時はほとんど無言だったことを考えると、今の態度は随分と高圧的に見える。
少しだけヘクスは警戒度を上げた。
「で、依頼はここからだ。リーンデル市長がいうには、オリオールの矜持として内海への遠征はボクたち外部の人間だけに任せるわけにはいかないらしい。そこで腕の立つオリオールの人間を連れて遠征に行くということでまとまったのだが、白羽の矢が立ったのがベルベッタ君と言う訳だ」
「……なるほどね。私にオリオールの代表として船に乗れってわけ」
「あの海域が危険なのは君も知っての通りだろう。だからこそ、ボクたちは腕の立つ人間を求めているし、それに君はトールやボクたちの実力を知ってくれているからね。話が早いと考えたわけだ」
「まあ、あんたたちの実力は分かってる。海獣にも後れを取らないでしょうね」
「なら、どうだろう? 実は市長にも君たちの事情を聞いていてね。だからこそ、これはベルベッタ君にとってヴィンデール殿の想いを成就するいい機会になると考えている。勿論、その考えを強制するつもりはないから、最終的な判断は君次第だけどね」
「…………」
ベルベッタは腕を組んで考え込んだ。直ぐに否定しないところを見るに、この話に興味は持ってくれているようだ。
すると隣で聞いていたリエッタが勢いよく立ち上がり、机を拳で叩いた。その拍子に分厚い木板のテーブルがへし折られる。
女性として美しいと呼べる容貌を歪め、眉間に深く皺を刻み込むリエッタ。背後に結わえた赤茶の髪が跳ね、キッと鋭い双眸がヘクスを睨みつける。髪の毛と同じ赤茶の瞳の奥が怒りのせいか、激しく揺れていた。
「お前はあの危険な海に、ウチの弟を連れて行こうってのか。ジジイのやらかしなんてウチらには何も関係ねぇ。それを、ジジイの想いの成就だと!? ふざけんな! ウチらはただ平和に生きてるだけだ。魚取って、メシ作って、それで十分なんだ。名誉だなんだで腹はふくれねぇんだよ! 栄誉を得ることの、何が偉いんだよ! そんなもん、なんの意味もねぇ。勝手におっ死んで、その後も人様に迷惑かけるだけかけやがって、何が英雄だ。ただの糞野郎でしかないんだよ、あんなヤツ。それを説得の材料に出すあんたも、糞野郎と同じだ!」
リエッタはヘクスに唾を吐きかけ、そのまま厨房へと引っ込んでしまった。他のテーブルにいた男たちが数人、リエッタの後を追って厨房の中へと姿を消した。
リエッタのあまりの剣幕に、その場にいた人間は誰も何も言わない。
しかしその静寂を一瞬で終わらせたのは、唾を吐きかけられたヘクス自身だった。
「はぁ。これは申し訳ないことをしたね。机は弁償しよう」
懐から取り出した手拭いで唾を拭き取ると、クリーンの魔法で浄化する。
何事もなかったように再び手拭いを懐に仕舞った。
「こちらこそ、姉さんが申し訳ないことをしたわ。謝らせて頂戴」
「いや、それはこちらのセリフだ。ボクの方こそ、配慮に欠けていた。君たちにとって、ヴィンディール殿の件がどれだけ重い事かも考えず、実に浅慮だった。謹んで詫びさせてもらうよ」
ヘクスは立ち上がると、深々とベルベッタに頭を下げた。
思わずベルベッタも立ち上がりヘクスの肩を掴む。
「いいのよ。姉さんは私を護るために、ずっと世間と戦ってきてくれたの。確かにヴィンディールは私たちに大きな置き土産をしていったわ。不名誉という置き土産を、ね。顔も知らない身内の失敗に、きつい非難の言葉を浴びせかけられたのなんて、一度や二度じゃないわ。そのせいで母も体調を崩して倒れたしね」
「それは……ひどいでござる」
「うふ。ありがと、アミミちゃん」
ベルベッタは気落ちしたアミミの頭を優しく撫でる。アミミは、それでも不安げな表情を浮かべていた。
そんなアミミの表情にベルベッタも困った顔を見せる。
「アミミちゃんがそんな顔することないわ。これは誰も悪くないんだから。それに今じゃ、そういった言葉を浴びせかける人もほとんどいなくなったしね。逆に私のこと見て、怖がって逃げちゃうもの。……まあだからこそ、姉さんが今回のことで、またその感情が蒸し返されることを恐れているんでしょうね。私がオリオールの人間として、矢面に立たされるから」
「「……」」
アミミとヘクスは、ベルベッタのその言葉に何も言えなかった。
リエッタとベルベッタが味わってきた苦痛を、2人は理解することができない。どれだけ逃げても、この都市にいる以上彼女らの祖父が関わった出来事は、いつまでもついて回るのだ。
たとえそれがヴィンディールが起こしたことでなかったとしても、そんなことは関係ない。被害を受けた人々は、その感情の向け先を探すのだ。
それは集団か、或いは個か。たまたまその時矛先に選ばれたのが、彼女らの祖父だったというだけだ。
そして今回、その孫が再び遠征に繰り出す。
きっとそのことが知れただけで、多くの反対感情が出るだろう。それを一身に受けるのは、オリオールの代表となるベルベッタだ。
リエッタはきっと、それが許せないのだろう。そんな場に大切な弟を引きずり出そうとしている、ヘクスのことも。
今まで受けてきた苦痛を知っているから、リエッタはこれ以上を望まない。名誉も栄誉も望まない。汚名を雪ぐことも望まない。事件が風化してきた平穏な今があれば、それで十分なのだと。
今回の件はヘクスの個人的好奇心に他ならない。
リーンデルにとっては今後の都市の発展や、オリオールの過去のトラウマの払拭といった想いが込められているだろうが、現実的に考えて藪をつついて蛇を出すに等しい行いだ。
そんな理由でまた過去の出来事を蒸し返す。リエッタが否定する気持ちも理解できてしまう。
事ここに至り、果たして自分の好奇心を満たすためだけの行いで誰かを不幸にしてもよいのかと、ヘクスの胸中に不安と疑問が去来する。
勿論世界の謎を解明するという大義はあるが、だからと言って誰かに痛みを強いて良いわけがない。世界のために死んでくれなんて、犠牲を強いるようなことはヘクスだってするつもりもない。
だとしたら、果たしてこの遠征を進めることが正しいことなのか。辞めた方が、皆のためになるのではないか。誰も、幸せになんてならないのではないか。
不安そうな顔を浮かべるヘクスの服の袖を、そっとアミミが引き寄せた。
「大丈夫でござるよ、ヘクス殿。成功すれば、みんな幸せになれるでござるから」
紡いだ言葉は、ヘクスが求めて止まない言葉だった。答えであり確証、この探求心を満たすための意義。
ベルベッタも、アミミのその言葉に頷いてくれる。
「姉さんは、きっとすごく反対すると思うわ。でも、私はやっぱり、ヴィンディールの、祖父のことは嫌いになれないの。自分が冒険者になったから、余計にそう思うのかもしれないけれど……。でもやっぱり、未知に対する興味って、どうしても抑えきれないじゃない? あなたもそうでしょ、ヘクスちゃん」
ベルベッタは笑ってそう言った。その反応に、ヘクスは目を見開き、やがて笑みを零す。
一度目を瞑り、ゆっくりと、呼吸をする。すーっと息と共に、心の中に渦巻いた暗いものが晴れていくような気がした。
その感情を全部出し切って、瞼を上げる。
「そうだね。大義や名誉や意義なんて、別に必要ない。未知に対する興味。これは至極単純で、原始的な欲求だ。生きることは識ることだ。人は常に新しいことを知り、識ることで今日まで繁栄してきた。生を謳歌するために、ボクは知りたい。識りたい。だから、オリオールに住む人間にとって身勝手だと言われようと、ボクはこの感情を止めようとは思わない。勿論、ひとつの被害も出すつもりはないよ。それがボクだからね。ベルベッタ君。こんな身勝手なボクに、協力してくれないだろうか?」
ヘクスの言葉を聞いて、ベルベッタは無言で手を差し出した。その表情は、どこか晴れやかで、瞳は爛々と光り輝いていた。
ヘクスはその瞳の中に確かな覚悟を見て、差し出された手を強く握り返す。
「あなたの自分勝手なとこ、気に入ったわ。船出の日取りが決まったら、また教えて頂戴」
「ふふ。感謝するよ。安心して欲しい。後悔はさせないから」
その手を握るベルベッタの力がぎゅっと強まった気がした。
ヘクスは自己満足のために多くを巻き込んでいる自覚がある。トールもアミミも、ベルベッタも。
けど、きっとトールなら好きにしろと言うだろう。だってこれが自分なのだから。目の前の謎に飛び付かずにはいられず、3度の食事よりも未知を求める。
傲慢だとしても、身勝手だとしても、これが自身の原動力であり生きる糧だ。それは他の何にも譲れない。
だから、実現するのだ。文句の一つも出ないほど、完膚なきまでに完璧な、そんな遠征を。
ヘクスはハードルの上がり続けるこの遠征が、しかし楽しみで仕方がなかった。
難しいことに挑戦する喜び。それを達成した時の満足感。想像しただけでワクワクする。
必ずこの遠征を成功に導き、最良の結果を得よう。
人知れず熱い思いを胸の奥にしまい、そして不敵に笑うのだった。




