78.40年前の亡霊
それから数日。
予想以上に物資や人の準備に時間がかかっているようで、俺たちのところにリーンデルからの使いの者は来ていない。
そんな訳で、俺たちは今日も今日とて、僻な一日オリオールの観光に精を出しているのであった。
「次は何を食べるでござるかな〜」
「お前、数日でこの町の食い物大半食べ尽くしたんじゃないか?」
「失礼でござるな。まだ半分程度でござる」
滞在数日で都市の半分を食べ尽くしたとか、十分異常だと言うことを分かって欲しい。
隣でヘクスは無表情のままぷるぷると肩を震わせていた。何がツボに入ったか分からないが、笑いを堪えるなんて珍しいことだ。
俺は目の前に並ぶ貝のひとつを手に取り、中身を啜りながら問いかける。
「一応魔獣たちへの対応は考えたが、先に実地試験でもしといた方がいいと思うか?」
「やめておいた方がいいんじゃないかな。近場で試してもし失敗してしまったら、海獣を刺激して過去の二の舞になりかねないよ。それでオリオールに被害が出てしまっては、出航どころではなくなってしまうからね」
「確かにな。ならぶっつけ本番か」
「それか、トールがオリオールに被害のでない場所まで飛んで、試してみるというのも手だけど」
確かにヘクスの案もありか。
今現在考えている案は、聖属性魔法で結界を張るという方法だ。
この結界は魔獣の本能に訴えかけることで、術者より実力の劣る魔獣を近づけさせないという優れ物だ。俺がいつも野営地などで使用しているものである。
今回はその結界の規模を船全体に広げて航行を実施しようという考えである。
ただこの結界も万能なものではない。
まず術者より実力のある、つまりレベルの高い魔獣には効果を及ぼさないのだ。内海に生息する魔獣は海中に漂う大量の瘴気を取り込んで大きく成長していると考えられる。そうなると、俺以上にレベルの高い魔獣がいれば、そいつには結界が効かず突破される可能性がある。
また、相手が魔物であった場合も結界が効かない可能性がある。結界はあくまで相手の本能に訴えかけるもので、意思を持つ魔物は本能を抑え込んで行動することがある。無論本能に従って危険を避ける場合が多いだろうが、万一の可能性は否定できない。
もうひとつの懸念としては、結界の効果範囲だ。普段結界を発動する場合、地面の上で使用することが多い。今回は海上で使用することになるため、果たして水中にまで結界の効果が及ぶか分からなかった。少なくとも野営地では、自身を中心に半球状に効果が及んでいるため、恐らく地面の下もカバーしていると思われるが、念のため確認しておくに越したことはない。
これらの懸念点の確認が俺の一先ずのタスクというわけだ。
「まあ効果範囲に関しては今日の夜にでも確認してくるさ」
「お願いするよ」
ヘクスは柔らかな笑みを浮かべて目の前の貝に手を伸ばした。
貝はムイと呼ばれる巻貝で、オリオールの特産だ。そのムイを酒蒸しにし、調味料を振りかけただけの単純な料理が俺たちのテーブルに並んでいる。
簡単な味付けだが、貝の濃厚さと苦みが混ざり合って、まるでカニ味噌のようなコクを醸している。巻貝の入口に口をつけ、すっと息を吸い込むように貝殻の中身を啜った。
ヘクスは舌に全神経を集中しているのか、目を瞑りトロンとした表情を浮かべてムイの身を噛み締めていた。
「うまうまでござる」
その隣でまるでわんこそばのように次々貝を啜るアミミの姿があった。別に大食い選手権でもないのに、急かされるように次から次へとムイの身を口の中へ放り込む。
一応本人はちゃんと味わっているようで、ヘクス同様顔を綻ばせていた。
俺はムイを手に取り、その中身をほじくり返す。数個身をさらに並べると、隣の空いた席に差し出した。隣にはワシがテーブルの上に乗っかっており、俺から差し出された貝を見て律儀に頭を下げた。
「カァ」
礼の言葉を述べたのか、一声鳴くとガツガツと皿に並んだムイの身を漆黒の嘴で啄んだ。
「オリオールの魚介は本当に美味しいね。まあ内海の魚は瘴気にまみれていて食べられないだろうけど」
「瘴気は生物に毒だからな。そもそも魚がいるかどうかすら分からんぞ。大半の魚が魔物に変異していると思って構わないだろうな」
「だろうね。果たして地図の差す場所には一体どんなお宝が眠っているのか。今からワクワクが止まらないよ」
まだ見ぬ未知に思いを馳せているのか、ヘクスはふふふと不気味な笑い声をあげる。
口角を上げた様はまるでマッドサイエンティストのごとしだ。
するとムイに満足したのか、アミミが口を拭って食事の終了を告げた。
高く積み重なった皿と山のように積まれた貝殻に、食器を下げに来た店員が目を丸くしている。俺はそっと店員にチップを渡すと、店員は満面の笑みを浮かべた。片手に堆く積まれた皿を乗せると、もう片方の手にチップを握りしめながら、驚異的なバランス感覚をもって厨房の奥へと姿を消す。
「ところでこの後はどうするでござる? 新しい食べ物を探しに行くでござるか?」
「お前は何で食べ物前提なんだ。とは言え大体の有名な観光地は回った気がするしな。水霊の塔や港、ベルヌア公園にも行ったし、リーンデルの計らいでアッシュフォード練兵場なんかも見学できたしな」
「練兵場は面白かったでござる。流石騎士団の方々は動きが統率されていたでござるな」
「冒険者とはまた違った強さを感じるね。アミミ君が王都に寄ったときは騎士団の詰め所に連れて行ってあげるよ。知り合いがいるから、見学くらいならさせてもらえるはずだよ」
「おお、それは楽しみでござるな!」
「カァカァ」
何故かワシまで喜んでいるが、果たしてカラスが騎士団の訓練を楽しめるのだろうか。まあワシは体が真っ二つになってもくっつくようなびっくり霊獣だから、普通の鳥とは感性が違うのかもしれない。普通の鳥の感性は分からないが。
「まあ王都はさておき、実際この後どうするか。いっそこっちからリーンデルのとこに行って、途中経過を聞くってのもありだが」
「そうだね。どれくらい時間がかかるか知りたいし、そうしてみようか」
「んじゃ市庁舎へ向かうか」
俺たちは会計を済ませて店を後にする。
今俺たちがいるのは中央区なので、流れに任せてゴンドラに乗れば、きっと2、30分もあれば南区につくだろう。
近くのゴンドラを止めてそのまま南区へ向かい、予想通りの時間で到着する。ゴンドラを降りて暫く歩くと、数日前に見た現代的な建築物である市庁舎が見えてくる。
市庁舎の受付は俺たちのことを覚えていたのか、特に身分を問われることもなく中に案内された。暫く入り口横のソファで待っていると、エミィがやってくる。
「皆さま。ようこそお越しくださいました。お部屋に案内いたします」
「ありがとな」
エミィについて俺たちは先日訪れたリーンデルの執務室へと案内された。
ノックもなく中へと通されると、リーンデルの姿はどこにもない。遠征の準備がよっぽど忙しいのだろうか。
エミィに促されるまま俺たちはソファに腰かける。
「今リーンデルは脱走しておりますので、もう少々お待ちください。直ぐに捕まえて引き摺って参りますので」
「「……」」
言葉が最後の方に向かうにつれ、エミィの声は猛獣が唸るような野太いものへと変わっていった。怒りの表情を浮かべるエミィに俺たちは何も言えず、彼女が部屋から出ていった後も暫く無言だった。
「いやぁ、待たせたようで悪かったね」
軽い感じで俺たちに謝るリーンデルの顔は、片側の頬に大きなモミジが出来ていた。きっと誰かさんに強烈な平手打ちを見舞われたのだろう。
傍らに控えるエミィは無言で佇んでいる。
「で、今日は何の用だい? ていうのも人が悪いね。直ぐに君の所へ使いを寄越すと言っていたのにすまない。少し準備にごたごたしていたんだ」
「まあリーンデルの立場もわかるし、俺たちの滞在も問題ないから構わないさ。どうせ期間なんてリーンデルがいれば関係ないしな」
「はは。言ってくれるね。まあちょちょいと伸ばすなんて朝飯前さ」
ごほんと背後に佇むエミィが空咳をだす。
びくりと一瞬、肩を震わせたリーンデルは、今日は供されたアイスティーで唇を湿らせた。
「さて、本題に入ろうか。今の進捗だけど、正直芳しくない。議会からも賛同されて、もう少しスムーズに事が運ぶかと思っていたんだけどね。どうにも、内海へと船を出してくれる船団が見つからなくてさ。やっぱり海獣への恐怖が強すぎて、誰も請け負ってくれないんだよ」
まあそれは予想していたことだ。
流石に誰も好き好んで危険に飛び込もうなんて思わないだろう。それが過去何度も精強な先達が失敗してきた航海であればなおさらだ。
海の上という逃げ場のない状況で、海獣に襲われる危険があるとなれば、流石に平静ではいられないだろう。
「船を用意してもらって俺たちだけで出るっていうのでも構わないぞ。一応風魔法を使えば進路を調整することはできるだろうからな」
「議会はそれでもいいっていうけど、やはりオリオールの代表としての矜持があってね。トール達だけに任せて安全な場所で見ているというのは、どうにもむず痒いんだ。私が一緒に行ければいいが、流石にそんなわけにもいかないし、けれどだからこそオリオールの誰かにこの遠征に参加してもらいたいと考えている」
リーンデルの言うことも分からなくはない。オリオールの人間が誰も介在せず、しかし内海への遠征と調査はオリオールの悲願。それを外の人間だけに任せてしまって手柄にありつこうとするのは、リーンデルのプライドが許さないのだろう。
かといって、このまま手をこまねいていても状況は進展しない。
どうしてもという場合は、俺たちだけで臨むことも考えた方がよさそうだ。
するとアミミが意外なことを口にする。
「ベルベッタ殿はだめでござろうか?」
ベルベッタ。
なるほど、あいつの姉は確か船乗りをしていると言っていた。加えてあれだけマッチョな野郎たち、もとい女性?乗組員が多ければ、海獣犇めく大海原でも耐えきれるかもしれない。
俺の結界で海獣の不安がなくなることを説明できれば、頷いてくれる可能性も上がるだろう。同じように他の人間でもちゃんと説明できれば引き受けてくれるかもしれないが、それには俺自身の力を知ってもらう必要がある。肩書だけで命を預けられる程お人好しな人間はこの世界に少ないのだ。肩書だけならいくらでも詐称できるからな。
もしベルベッタ姉が無理でも、ベルベッタ自身が参加してくれるとなれば、オリオールとして面目は立つだろう。ベルベッタは高位ランクの冒険者であるので、戦力としても申し分ない。
リーンデルもアミミの言葉に食いついてくる。
「ベルベッタという者はオリオールの人間なのかな?」
「そうらしいぞ」
「エミィ君」
「はい。ベルベッタこと、アレックス・ブロンスミスは、オリオールのBランク冒険者ですね。実力だけならAランクにも匹敵すると言われています。彼には姉がいて、リエッタ・ブロンスミスと言います」
「リエッタ……。あのヴィンディールの娘かそれにアレックス、が、ベルベッタ? ちょっとよくわからんが、つまりはヴィンディール船団の関係者ということだな」
ベルベッタという名前は知らなかったようだが、どうやらベルベッタの姉と、ベルベッタの本名は知っているようだ。というよりベルベッタの本名がアレックスだったのが驚きだが。次会った時にからかってやろう。
「そのヴィンディール船団には声を掛けてないのか?」
「ヴィンディール船団か……」
リーンデルは俺の言葉に顔を顰めた。何やら事情があるらしい。
「その、ベルベッタ、と知り合いであるトールに、私の口から話すのが正しいのか分からないが――――」
リーンデルは再び口を噤む。俺に話すべきかどうか、迷っているらしい。それだけベルベッタにまつわる秘密は重大なものなのだろう。
確かに人の事情を勝手に聞くというのも気が引ける。俺はあくまでリーンデルの判断に任せることにした。
「話すかどうかは任せるよ。俺も無理に知り合いの秘密を聞き出そうとは思わないさ。どうしても気になるなら本人に確認してみるしな」
「そう、か。……いや、きっと直ぐに知ることになる。この都市の代表として、私の口から話すのが一番正しいかもしれないな。先ほど話したヴィンディール船団というのは、最後に遠征に参加した船団の名前なんだ」
「最後の。つまり、オリオールに海獣を引き連れてしまい被害を出した船団ってことだよな? ベルベッタ達はその船団の関係者ってことか」
「ああ。ヴィンディールは彼らの祖父の名だ。リエッタとベルベッタ、いや、アレックスは、40年前オリオールに大きな被害をもたらした原因を作った男の孫なのだよ。生き残った人間の情報は秘匿されたが、流石に船団主の名まで伏せることはできなかった。その事件のせいで、ヴィンディール船団は事実上解体され、現在ではほとんど運営がなされていないんだ」
「一応船は所有し漁業を行っているようですが、ほぼ食堂として存続している状態のようです」
エミィが補足する。
そういう経緯であの食堂が運営されていたのか。ひょっとすると、あの店にいたマッチョたちもただの従業員ではなく、船団の関係者なのかもしれない。
「そういう訳で、その、ベルベッタ君、たちに協力は要請していない。けれど、先ほどの話でベルベッタ君個人に依頼、或いは高位の冒険者に依頼を出すのはいいかもしれない。自由を求める冒険者たちがどれだけ賛同してくれるかは分からないが」
「ベルベッタに依頼するなら俺たちからお願いしてみようか?」
「本当かい? そうしてもらえるとありがたい。ならこちらは冒険者ギルドに依頼を出してみよう。ただオリオールの冒険者で高ランクの人間は少ないし、海に出るとなると依頼を受けてくれる冒険者はほとんどいないだろうね。だからあまり期待しないで待っていてくれ」
「了解。じゃあさっそくベルベッタに話してくるよ」
「ああ。よろしく頼む。と、その前に一ついいかい?」
リーンデルは一枚の地図を差し出す。それは港の地図で、ある個所に×印がつけられている。
「これは?」
「ベルベッタ君に話をしたら、ここに向かってほしい」
「港に何かあるのか?」
リーンデルは一瞬言い淀むが、意を決したように力強く頷いた。
「ここにはある人物がいる。それは40年前の当時の海を知る人間だ」
「それって……」
「そう。40年前の亡霊。最後の遠征の、ただひとりの生き残りだ」




