77.船出の準備
すみません。少々忙しく、1回分更新空いてしまいました。
リーンデルと出会って翌日、俺たちは彼を訪ねて南区にある市庁舎へと向かった。
市庁舎の近くには水路が通っていないようで、ゴンドラで最寄りの船着場から歩きで移動しなければならない。ちょうど昼時ということもあり、腹をすかせたアミミは周囲の店舗を物色していた。
「南区はどんな食べ物があるでござろうか」
「お前の頭には食べ物のことしかないのか……」
「ふふ。アミミ君はいつも元気でいいね」
が、周囲を見渡しても雑貨屋などの店舗はあっても飲食店が見当たらない。
一向にお目当ての店が見つからないことに、少しずつアミミの表情が曇り始めた。
「トール殿……。話が違うでござる」
「いや、誰も食い物の話なんてしてないぞ?」
アミミは一体何を期待してここまで来たのか。こんなことなら宿に置いてきた方がよかったかもしれない。
徐々に歩みが鈍くなるアミミだったが、終いには俺の腰辺りにしがみ付きずるずると引き摺られる形になる。
するとアミミが突然ピンと立ち上がり、くんくんと鼻を鳴らす。
直ぐに方向を定めると、一直線に目当ての方向へと駆け出した。
慌ててその背中を追うと、アミミは一軒の屋台の前で立ち止まる。遅れて辿りついた俺たちも、直ぐにそこが飲食物を扱う屋台だと気づいた。
屋台からは香ばしい肉の焼ける匂いが漂っており、あたりの空間を満たしている。
特性のタレなのだろうか、あまり嗅ぎなれないが食欲を刺激するうまそうな匂いに、思わず口の中に涎が溢れてくる。
ミルとアミミはすっかり屋台に張り付いており、涎を垂らして陳列された肉串に視線を注いでいた。
「らっしゃい! 今日もいい肉入ってるよ!」
「おお。これは美味しそうでござる」
アミミよ。その言葉の後に何故こちらを向く。
「お嬢ちゃんたち、オリオールには観光かい?」
「そうでござる。今日で滞在3日目でござる!」
「おお、元気なお嬢ちゃんだ。そんないい子にはこの串をあげよう」
「ありがとうでござる!」
遠慮のかけらもなくアミミは素直に串を受け取る。
そんな天真爛漫な気質がアミミの良いところでもあるので、俺も特にはそれを咎めないようにした。
「すまない。いくらだ?」
「構わんさ。こちとら、朝からあまり客が来ないもんでな。楽しませてもらったお礼と思ってくれ」
「それじゃあ一方的過ぎて申し訳が立たないな。なら後10本、追加で貰ってもいいか?」
「そりゃありがたいね。それだけ買ってもらったら今日は店仕舞いしてもいいくらいだ」
「まだ昼に入ったばかりだぞ? これだけいい臭いを漂わせていたら、直ぐに客がやってくるだろうさ」
「ありがたいこと言ってくれるねぇ。よし、今残りの串焼いてやっから待ってなよ」
そうしてタレの焼ける香ばしい臭いを振りまきながら注文した本数の串が焼き上げられる。
焼けた串を受け取るや否や、アミミがひったくっていくので、結局残りは6本まで減らされてしまった。
そのうちの1本をヘクスに渡し、もう1本を方に載ったワシに差し出す。ワシはお礼に一声鳴くと、ガツガツと串に食らいつく。
「うむ。これは甘辛いタレがよく絡んで美味しいね。歩きながらでも気軽に食べられるし、観光ついでにはとてもいい商品だ」
「はは。こんなキレイなお嬢さんに褒められるたぁ、今日はなんだかいい日になりそうだ」
「ふふ。店主はお世辞もうまいね」
ヘクスも上機嫌で肉串に齧り付く。と言っても小さな口でハムハムと小動物のように肉を食べるさまはどこか愛くるしさを感じさせる。
一方のアミミは大口を開けて豪快に肉に齧り付いていた。
そんな和気あいあいとした俺たちの様子に、串焼き屋台の店主は口を開く。
「もしかして家族旅行かい?」
「いや、違うが」
「そうかい。てっきりキレイな奥さんと可愛いお嬢ちゃんでオリオールへ旅行に来たのかと思ったよ」
「店主は見る目があるね」
「なっ! せ、拙者はトール殿のつつつ、妻でござるよ!」
店主の言葉にヘクスが俺の腕を抱き寄せると、それに対抗したアミミが飛んでも発言をかます。アミミの発言に店主の瞳がまるで犯罪者を見るような目つきに変わった。
が、誤解なので一応弁解しておく。
「別にそういうんじゃないから。こいつは俺の弟子で、こっちは同じクランの冒険者仲間」
「そうかいそうかい。そんなんじゃないかと思ったよ」
いや、絶対さっきの目は本気のそれだった。その証拠に片手を串焼きから訪朝へと持ち替えていた。
一先ず店主の誤解は解けたので、俺たちは店主と別れて再び市庁舎を目指して歩きだす。
傍らのアミミが口を開いた。
「それで、トール殿はなぜ市長の元へ向かっているでござるか?」
「え、そこから説明必要?」
「ふふ。やっぱりアミミ君は面白いね」
「えへへ。褒められたでござる」
「いや、褒められてないから」
何だろう。だんだんアミミが残念な子になっている気がするのは気のせいだろうか。
俺たちはそのまま雑貨屋の立ち並ぶ大通りを抜ける。結局飲食店らしき店は1件も見つからなかった。きっと南区のこの辺りにはそういった店が存在しないのだろう。
街路を抜けると遠くに見えるのは、4階はあるだろう巨大な建造物。この世界には珍しい、白いモルタルのような壁面が太陽を反射して輝いていた。
「あそこが市庁舎のようだね」
「目立っているでござるな」
アミミが言う通り、市庁舎の入口には石造りの門がアーチを作っており、そのアーチに沿うように『ようこそオリオール市庁舎へ』と、この世界の文字でデカデカと書かれていた。木板に黒い文字で書かれており、目立つことこの上ない。
いくら何でも主張が強すぎる気がするが、それだけ市長を敬う人間が多いということなのかもしれない。
市長から要望が来ているのだから、俺たちは気にすることな門を潜って市庁舎へと足を踏み入れた。
受付には既に話が通っていたのか、直ぐに担当者に声が掛けられる。
暫く待って姿を表したのは、昨日リーンデルを引き摺り去ったエミィという女性職員だった。
「エミィ殿、こんにちはでござる」
「アミミ様、こんにちは。皆さま、ようこそおいでくださいました。市長より話は伺っていますので、お部屋までご案内いたします」
表情を変えることなくアミミへと、そして俺たちへと挨拶を返すエミィ。
そのどこか淡々とした無機質な反応に、俺は思わずヘクスに視線を向ける。いつも無表情なところが何となく似ている気がしたのだ。
俺の視線に気づいたヘクスは少しだけ唇を歪めた。きっとエミィとは違うと言いたかったのだろう。
俺たちはエミィについて歩き出すと、暫く歩いて市長の部屋へと案内される。
エミィが扉を開いて部屋の中へ招かれると、中には誰もいなかった。一先ず目の前にあるソファに掛けるよう促され、俺たちは横並びに席に着いた。
エミィはそれを見届けると、恭しく礼をして部屋から出ていった。
部屋にポツンと取り残された俺たちは、部屋の中を見回す。
部屋の中は豪華な家具や調度品などはないが、掃除が行き届いておりきれいに整えられていた。対して執務机には大量の書類が山と積まれ、整然とした室内と比べそこだけ雑然としている。
その光景がリーンデルの業務の忙しさを物語っている。
「市長はどこに行ったのでござろうか」
「まあ昨日の今日だから動き回ってるのかもな。正直1日で議会の承認が下りるとは思っていないが、果たしてどれだけ話が進んだことやら」
俺たちが席について程なく、部屋の扉がノックされる。
現れたのはエミィで、手には盆に載ったグラスが4つ並んでいた。この世界では珍しい氷で冷やされた飲み物で、ストローまで差してある。
エミィはそれらを音もたてず机に置くと、追加でクッキーの盛られた皿をアミミの前に差し出す。当然アミミは目を輝かせながらクッキーに飛びついた。
「んまいでござる。おお、こちらの飲み物も冷たくて甘くて美味しいでござる!」
アミミの喜ぶ顔に、エミィが一瞬ほほ笑んだように見えた。ひょっとしたら彼女は子供好きなのかもしれないな。
一瞬後にはいつも通りの無表情に戻っているので、ひょっとしたら気のせいかもしれないが。
エミィは再び恭しく頭を下げると一歩その場から退いた。
それと同時、部屋の扉が大きな音を立てて開かれ、俺たちを呼びつけた本人、リーンデルが姿を表す。
「おやおや、待たせたようで済まないね」
リーンデルは俺たちの向かいのソファに腰を下ろすと、机に並べられたグラスを眺めてエミィへと視線を向ける。
「エミィくん。私の飲み物はどこかな?」
「ありませんが」
そう言うエミィの手にはしっかりとカップがひとつ握られていたが、何を言っているんだこいつという表情でリーンデルを見ていた。そして手に持ったグラスのストローに口をつけ静かに啜る。
リーンデルは複雑な表情を浮かべながら、直ぐに俺たちの方へと向き直った。
「トール。昨日君から提案された内海探索の件、何とか議会に承認を通したよ」
俺はリーンデルの言葉に驚く。
てっきりお役所仕事だと思ってかなり時間がかかると踏んでいたし、そもそもこの話に許可が下りないのではと考えていた。のだが、まさか昨日の今日で議決されるとは、リーンデルの行動力を褒めたたえればいいのか、オリオール議会の柔軟さを称賛すればいいのか。
いや、きっとそのどちらもだろう。
リーンデルも言っていたが、内海探索はある意味でオリオールにとっての悲願である。過去多くの人間がその偉業を成し遂げようと、度重なる航海に挑戦し、失敗してきたのだ。
今回もし俺たちがこの探索を成し遂げれば、それは先人の想いに報いることにもなる。そういう意味でもオリオールという都市国家にとっての、積年の想いが積み重なった目標でもあるのだ。
本来なら自国の人間でその偉業を成し遂げたいと考えていたのだろうが、しかし前回の航海にてその期待は裏切られ、結果計画はとん挫した。だから自国のプライド以上に結果を求めた上の決断だったのだろう。
「正直このスピードでの議決は驚きが勝っているが、許可が貰えるのならありがたいよ」
「はは。私もこれ程簡単に議会が承認してくれるとは思ってもいなかったがね。実際前回の遠征部隊が出航したのは40年とかなり昔だ。当時のことを覚えている人間も少なくなってきている。ただ議会の人間には、少なからず当時からこの計画に関りを持っていた人間も残っていてね。そのお歴々が今回の話を推してくれたんだよ」
「ふふ。Sランク冒険者と言う称号はやはり効果が高かったのかな」
俺の冒険者ランクが影響したのではとヘクスが言う。
しかしリーンデルはその答えを否定した。
「いや、トールがというよりも、ヘクス殿の名前を出したら通してくれたよ。どうやらお歴々の中にもファンが多いようだ」
「ヘクス、よかったな」
「…………」
俺の冷やかしにヘクスは心底嫌そうな顔をしていた。
いつも無表情なヘクスがそんな表情をするなんて、非常に珍しい。そんな表情もまた美しいと感じてしまうのだから、改めてヘクスの美貌に関心してしまう。
「ちなみにトール殿は影響なかったのでござるか?」
「ははは。それで出航の準備なのだけれど――――」
「せめて何か言えや」
そうしてリーンデルから準備に関しての話を一通り聞く。
それによると、船での出航はできるだけ早く行いたいとのこと。どうやらもう少し季節が進むと外海も含むオリオール周辺の海域で霧が発生するそうだ。そうなると船で航行しても、目的地に着くのが非常に困難になる。出来れば霧が出る季節になる前に計画を実行に移したいようだ。
船についてはオリオールが用意してくれるらしいし、船乗りの手配なども併せてやってくれるそうだ。
つまり俺たちはただ出港準備が整うのを待っていればいいということだ。
予想以上の好待遇に、それだけオリオールが掛ける期待の大きさを、否が応にも感じさせられてしまう。
俺たちも準備期間の間、どのように海獣に対処するか、そしてどのように目的地に着くか、手はずを整える必要がありそうだ。
それにあまり時間を掛けられるわけでもないようだ。先ほどの霧の話もそうだが、やはり食料の問題が大きい。
俺たち3人の食糧程度なら空間収納を使えば幾らでも用意できるのだが、全員分の食料となるとそうはいかない。恐らく収納の容量自体は問題ないだろうが、無闇矢鱈に能力を開示することは冒険者にとって致命的だ。弱点を晒すことにもつながる。
それに俺に何かあった時に食料が無くなるというリスクを抱える以上、食料は船に積み込むのが得策だろう。そうすると保存食を用意することになるだろうが、長期航海は体力を奪うし食べ物から得られる栄養面でも不安が大きい。
距離が離れている訳でもないため、出来るだけ速やかに行って帰ってくるのが得策だろう。
だがどうやら問題はそれだけではないらしい。リーンデルが少し困ったような表情を浮かべて不安を口にする。
「もうひとつ問題があるんだが、あの海を知るものがいないんだ。勿論航海士などは最高の人材を用意しようと考えているが、実際あの海は常識が通用しなと言われている」
「常識が通用しない? 海獣が狂暴とか、そういう話じゃなくてか?」
「ああ。実は前回の航海でただひとり生き残った人間がいて、その証言が残っているんだ」
「そう言えば図書館の本でもそう書かれていたな」
そう言うと、リーンデルは首をかしげる。
「図書館の本に? あそこの蔵書には航海が実行された事が書かれた書物はあるが、その詳細までは記載されていないはずなんだが。誰が生き残ったかを詮索されれば、その者にも危害が及ぶ可能性があった。だから敢えて全員死亡とし、生存者はいずれの挑戦でもいなかったと公には発表しているんだ」
リーンデルの口調から、どうやら嘘は言っていないらしい。となると、俺が見たあの『オリオール興亡禄』とは一体何だったのか。
疑問に思うことは多いが、今は気にしても仕方がないだろう。
「すまないが、話を戻す。それで、その生き残った人間の証言によると、あの海では羅針盤などが狂ってしまい、方位が分からなくなるらしい。さらに波も高く、海水に瘴気が含まれているそうだ。そのため船体がじわじわと瘴気の影響を受け、傷んでいくそうだ。2週間もすれば船底に穴が開いてしまい、沈没するとも言われている。その他にも色々と問題があったそうだが、それらの証言が紛失してしまい、正確には伝わっていないのだよ」
「つまり、あの海では何が起こるか分からないことが多すぎるってわけか」
「その通りだ。だから不測の事態に常に備える必要があるし、出来るだけ事前情報を把握しておく必要もある。そちらに関しては我々の方で、当時生き残った人物を知る者に当ってみようと思うが、無理だった場合はトール達に対処を頼むことになるだろう」
「まあ冒険者知識を総動員して当たらせてもらうさ」
「すまない。だがこちらも相応に覚悟を決めて、今回の遠征に臨むつもりだ。そのための人材も集めるし、必要な資材を準備する。だからトールにも、この遠征を成功に導いてほしい」
リーンデルは真剣な表情で俺に向き合うと、深々と頭を下げた。
オリオールは都市と呼ばれているが、どこかの国に属している訳ではない。オリオールという都市を中心とした、都市国家なのだ。その長であるリーンデルは、つまり王国で言うところの国王にあたる。
そんな一国の主が一介の冒険者に頭を下げるなど、本来であればありえないことなのだが、その態度が今回の遠征が国を挙げての切願であることを表していた。
俺は慌ててリーンデルに頭を上げるようお願いをする。
「別にそんなことしなくても、出来るだけのことはするさ。そもそもこちらから言い出したことだしな。魔王をどうにかっていうのもあるし。だからオリオールのバックアップに、こちらから礼を言いたいくらいだ」
「そう言ってくれると、少しだけ肩の荷が下りる気がするよ」
リーンデルは笑みを浮かべた。
やはりこちらの方が接しやすいな。
相手は国の長なので、不敬罪に問われれば俺たちは裁かれるだろう。勿論オリオールにはそういった法はないので問題ない。それにオリオールの人間皆が、市長に対して近しい距離にいるように感じる。
不思議とリーンデルには、人を引き付ける魅力があるように思える。きっとそういうところがこの都市に住む人間にも伝わっており、彼をオリオールの代表たらしめているのだろう。
「じゃあ、俺たちも出航まで色々と準備を整えるよ」
「お願いする。ではまた準備が整い次第、トール達の宿に使いの者を寄越そう」
「ああ。よろしく頼む」
そして話し合いを終えた俺たちは、リーンデルに挨拶をして席を立つ。
「ではエミィくん。トール達をお見送りしてくれ給え」
「分かりました」
頭を下げたエミィは、つかつかとリーンデルの方へと歩いていくと、手に持った盆とグラスを差し出す。
「彼らをお見送りするので、市長はこれを片付けておいてください。では皆様、行きましょうか」
そうしてエミィは俺たちを引き連れ部屋を出る。
部屋を出る直前にリーンデルへと視線を向けると、この日一番複雑な表情を浮かべていた。




