76.交渉
ひょんなことからオリオールの市長、リーンデルと知り合う事になったが、しかし折角のチャンスを利用しない手はない。
湾内の航行禁止についての経緯は既に理解したが、それでもヘクスの依頼を達成するには湾内中心部まで船で移動しなければならない。最悪空気の玉を作成したり海獣を手懐けるという荒業も考えられるが、前者はともかく後者は確実に騒ぎになってしまう。
こちらとしてもできれば穏便に済ませたい所なので、無用な騒動は起こしたくない。
最後はSランク冒険者の名をちらつかせれば何とか頷いてくれるのではという考えもあるので、どうしても頷いてくれない時はそれで行こうと考えている。
航行が禁止になった理由は海獣の襲撃が怖いからだ。もしその危険が取り除けるのだとしたら否とは言うまい。冒険者として最高位にあるSランク冒険者ということを伝えれば、海獣への対策についても現実味を帯びてくるだろう。
とは言えそれにはまずリーンデルからの信用を得る必要がある。いくらSランクだからと言って、すごい冒険者という印象しか持たない相手に、『海獣の襲撃はどうにかするので大丈夫です』と言われたところで安心はできないだろう。
都市を護るのが仕事である以上、このハードルを越えなければ許可を発行してもらうのは難しい。
さてどうしたものかと考え、そして思いつく。安心以上の脅威があれば、リーンデルも頷かざるを得ないのではないかと。
俺たちが湾内の孤島を調査したいのはあくまでヘクスの考古学への興味というものだが、そんな理由で都市を危険にさらす訳に行かないのは明白。だがあの湾に海獣以上の危険が眠っており、調査しなければオリオールがどうなるか分からないとなればどうだろう。
海獣の危険性を取るか、これから起こるであろうそれ以上の危険を選ぶか。二者択一であれば、オリオールの市長としてどちらかを選択せざるを得ない。そして実質、その選択肢はひとつしか用意されていないとなれば銅貨。
俺は一通りの事情をリーンデルに説明し、あの場所に如何なる危険性が潜み、劇的に、物語のように熱を込めて説得を行う。
「古代の技術がいつ復活するとも限らないし、最近魔王の復活なんて話も出ている。あそこの来歴も考えれば魔王との関係性も高い。であれば、魔王復活の危険性は早くに調査し摘み取った方がいいのは明白だ。海獣の危険性は確かにあるが、それ以上に魔王復活による影響を考えると、そちらの方が危険性が高い。今のうちに調査を行っておかなければ、オリオールの位置関係からしても大きな被害が出るだろう。それこそ、もうひとつ新たな湾ができる可能性だって考えられる。そうなる前に、俺たちに調査を任せてくれないか?」
「……なるほど。トールはその為の使者としてこの都市に来たと言うわけか。道理で私の顔も知っているわけだ」
リーンデルは俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれた。反応を見るに、俺に対してもある程度信用を持ってくれたようだ。実はリーンデルの顔は知らなかったのだが、今は余計な情報を伝えるべきではないだろう。
それに俺の言葉も全くの嘘と言う訳ではない。既に公国での魔王騒動は他国にも伝わっている。勿論民衆に流布されているわけではなく、一部の高官や位の高い人間だけにだ。
それはオリオールの市長であるリーンデルも例外ではない。だからこそ俺の言葉も説得力を持つ。実際そんな密命は存在しなくとも、だ。
それだけこの世界にとって"魔王"というキーワードは重い。勇者と魔王の戦地から近いオリオールであれば、なおさらその言葉は重くのしかかるだろう。
やがてリーンデルは、振り絞るように言葉を発した。
「確かに、トールの言葉が本当であれば、早急に対策を取る必要がある。だが君が本当にその命を受けているのか、何か証拠はあるかい? それに、それを君たちに任せて大丈夫なのかどうかだ。先の言葉、君も知っての通りこの都市の歴史は海獣との闘いの歴史でもある。内海での資源獲得に挑み、その悉くが失敗に終わった。我らはそんな先人達の轍を踏まぬよう、あの湾には手を出さぬように努めてきた。確かに今後起こりうる脅威に対して手を打たねばならぬのは分かるが、それを崩して悪戯に被害を出していいわけではない。被害が出るにしろ、市長としてその被害を最小限に抑える努力は必要になってくる」
リーンデルの言うことは最もだ。
未来の脅威のために今の安全を蔑ろにしては意味がない。今の脅威にも、未来の脅威にも、それぞれに見合った力を注いで対処しなければならない。
俺は懐から短刀を取り出すと、それを机の上に置く。担当は白の鞘に黄金の装飾が施され、持ち手もまた金の装飾が施されている。そして柄の腹にデカデカト紋章が描かれている。見ただけで一級品と分かり、その価値は計り知れないと感じ取れる豪奢なものだった。
これは公国を救った際リーゼから受け取ったものだ。これを見せれば他国の偉い人に俺たちの身分を公国が保証する、ということを示してくれる。
要は偉い人たちに俺たちはインダール公のお墨付きですよ、とアピールできるわけである。
その証を見てリーンデルは目を見開く。密命が存在しなくとも今の話とこの証があれば、俺の言葉を信用せざるを得ないだろう。
そしてもうひとつ、机の上に出したのは冒険者証。
それを見たリーンデルは短刀を見た時以上にはち切れんばかりに目を見開いた。
「こ、これれれはははは!!?? え、えええええ、Sランク、冒険者!?」
その驚きの声は広い館内に響き渡る。何事かと本を物色していたアミミとヘクスも作業を中断し、こちらへと近づいてきた。ついでに受付のお姉さまも市長の言葉に、端麗な容姿を歪めて目を見開いている。
「ト、トールは、Sランク冒険者なのか?」
「そうそう。冒険者証は偽造できないの、知ってるだろ?」
「しかし、私もSランク冒険者に知り合いがいるが、君のことは初めて見たぞ。普通ならSランク冒険者になると多くが有名になって顔も売れるはずだが……」
するといつの間にか傍らにいたヘクスが、ずいと一歩を踏み出し、いつもは無表情な顔に僅かな笑みを浮かべて答えた。
「トールは目立ちたがりじゃないからね。大体がクランの活躍としてクラマスに処理してもらっているんだ」
突如隣に現れた見目麗しい女性に、リーンデルは釘付けになる。
どこか人間らしさを感じさせない表情に、しかしそれがまるで芸術品のような美しさを醸し出している。
リーンデルは直ぐに意識を取り戻すと、しかしその容貌を見てさらに驚きの声を上げる。
「き、君はヘクス・エルオール! 『トレジャーハンター』に所属するAランク冒険者じゃないか!」
「ふふ。ボクを知っているなんて、中々見どころがあるね」
自分の名が知られていたからか、ヘクスもいつもより嬉しそうだ。
「ということは、トールが『トレジャーハンター』に所属するSランク冒険者なのか。王都の『トレジャーハンター』には『紅蓮姫』の他にもうひとりSランク冒険者が所属していると聞いてはいたが、まさかこんなところにいたとはね。正直人生最大の驚きだよ」
人のことを見てそんなに驚くものか?と思わなくもないが、まあ今は余計な口は挟まない方がいいだろう。改めて用件を伝える。
「という訳で、冒険者としては申し分ないと思うが、どうだろうか」
「確かに申し分ないが……。私だけの意見では何とも言えないね」
流石にこの場で色よい返事はもらえないようだ。いくらリーンデルがこの都市の市長とは言え、全権を担っているかと言えばそうではないだろう。であれば、この都市の高官たちで議論を行った上で決めるのが妥当だ。
「幸い、俺たちは2週間ほど滞在の予定だ。オリオールにいる間に許可が下りて、調査ができれば構わないから、もう少しじっくり考えてみてくれ」
「そうさせて貰おう。これまで先人たちが失敗してきたとは言え、内海探索はオリオールの悲願でもあったからね。しかしオリオールに住まう冒険者だけではどうやっても海獣たちに太刀打ちできなかった。今はトールがいる。これ以上のない好機だと、私は考えているんだ」
「俺たちとしてもありがたいよ。俺から言えることは説得頑張ってくれってことだけだ」
「ふむ。そうだね。ここからは私の仕事だ。もし成功すれば、歴史という名の物語の1ページをこの目で見ることができるかもしれない。それを考えただけで今にも叫びだしたいくらいだ」
リーンデルは物語に対して並々ならぬ関心を抱いているようだ。
確かにこの調査が叶えば、長く実現しなかった内海の状況や、資源に関する調査が進む。それはオリオールにとって革新的な出来事かもしれない。
そう考えると、リーンデルの言っている歴史の1ページというのも、あながち間違っていないのかもしれないな。
「しかしトールはまた、両手に花だね」
そう言ったリーンデルが俺の左右に目を移す。
俺の左にはヘクスが、そしていつの間にかアミミも俺を挟んで反対側に座っていた。
俺が視線を向けると、2人とも俺を見つめ返しニコリと笑いかける。勿論ヘクスはニコリという効果音が似合わないけれども。
「せっかく全員揃ったから、改めて自己紹介でもしようか。私はこのオリオールの市長、リーンデル・オリオールだ」
「俺はトール。クラン『トレジャーハンター』のSランク冒険者だ」
「私はヘクス・エルオール。クラン『トレジャーハンター』のAランク冒険者にして……トールの恋人だ」
「違うわ!」
何故か最後の言葉だけ時間を置いて、ポッと頬を染めながら口にする。
そんな反応をしてしまっては、俺の否定の言葉は届かない。すっかりその言葉を真に受けたリーンデルは勝手に納得しているようだった。
「ほぅ。トールとヘクス殿はそいう関係だったのか。やはり高位冒険者同士はそういう関係になりやすいのだな」
「ち、違うでござる!」
「ん? 君は……」
「拙者は東方の侍、アミミ・タガサでござる。そ、その、トト、トール殿の妻でござる!」
「わぉ。トール、流石にそれは犯罪だよ?」
「どっちもちげぇ!」
俺の言葉は図書館内に虚しく響き渡った。
「しかし今日はなんと良き日か。物語の中でしか知りえたことのない東方の国から来た侍、Sランクにも劣らないと言われる『トライカンタ』、そしてこの世に14人しかいないSランク冒険者に出会えるとは。しかもその豪華な面々が長きにわたり問題となっていた内海の調査について、請け負ってくれるというのだ。これは早急に議会で承認を得なければならない問題だよ」
「期待してるぞ」
「ボクからもよろしく頼むよ」
「よろしくでござる」
急にフレンドリーな口調に変わった面々を見て思うところはありながらも、しかし喜びの方が勝ったのかリーンデルは何も言わなかった。
すると、急に3人の視線がリーンデルの頭上へと向けられた。正確には、リーンデルの後ろにいる者へと。
その様子に疑問を抱いたリーンデルも、ゆっくりと背後へ振り返る。
「……………………」
背後にいた人物とリーンデルの視線がばっちりと交錯する。そして暫しの無言。
まるで睨みつけるような冷たい視線を向けていたのは、ぴっちりとした水色の制服を着こなしたオリオール庁舎の職員。リーンデルの秘書的な役割をしており、逃げ出した際何故か一番最初に見つけ出し、問答無用で連れ帰る。
人呼んで非情なる運び屋、エミィ・ナイトレート。
可愛い顔がリーンデルへの怒りで台無しになっており、まるで鉄仮面のように虫けらでも見下すような目を向けている。
「リーンデル市長。こんなところで何をなさっておいでですか?」
よく通る涼やかな声は、しかし今の状況では底冷えする程に冷たく、あまりの迫力にリーンデルは小さく悲鳴を漏らした。その声はリーンデル以外の人間にも恐怖を伝播させたのか、チラとみたトール達の顔も心なしか青ざめている。
「あれ、エミィくん? こんなところで奇遇だ……ね」
言葉の途中でエミィの眼力がさらに鋭くなり、リーンデルの声はどんどん小さく尻すぼみになっていく。
先ほどから冷や汗が止まらず、シャツの中の背中は最早びしょびしょだ。外まで見えていないのは幸いか。
「い、今は、外から来た冒険者たちにオリオールの感想を聞いていたんだ。ぜひその声を活かそうと思ってね。ね? ね?」
「へぇ。そうですか」
体をトール達に向けると、勢い込んで同意の言葉を求める。
別に嘘を言っているわけではないので、トール達も静かに頷いてくれた。
その様子を見て、少しだけエミィの表情から険しさが取れたように見える。
今こそ好機とばかり、リーンデルは畳みかけるように言葉を口にしエミィへの説得を試みる。しかしそこでリーンデルは致命的なミスを犯してしまう。
「そ、そうなんだ。都市中に張り巡らされた水路がすごいだとか、水霊の塔の迫力があるだとか。皆の施策が成功したと思える意見を色々と貰えた。これからおすすめの場所を教えたりしないといけないから、もう少し彼らと話をしてから帰るよ。エミィは先に帰っていてくれないかな?」
その言葉を聞いて、エミィはピキリと音を鳴らす。その瞬間、リーンデルの背筋がシャンと真っ直ぐに伸びた。
「おかしいですね。先ほど『これは早急に議会で承認を得なければならない問題だ』と仰っていたと思うのですが……。だったら早く帰らないといけませんよね?」
ぐぐぐっとエミィは血走った瞳を見開き、リーンデルの顔に自分の顔を近づけた。その距離は鼻が触れ合う程、息がかかる程近い。傍から見ればロマンティックな光景にも見えなくないが、しかし当事者にとっては眼前に広がる無表情の彼女の顔が、迫力を伴いすぎて恐ろしかった。
額を触れ合わせながらぐいぐい力を込めてくる。リーンデルはその力に敵わず、徐々に背中が背後へと沿って行った。
「ね? ね? そうですよね? 私、何か間違ったこと言ってますか?」
「いいいい、いえ! 何も間違ってません!」
リーンデルが高低の言葉を発した瞬間、額に加えられていた力がふっと無くなった。あまりに急なことに反動で体が前へと弾かれる。
思わず椅子の背に胸がぶつかり肺の中の空気がすべて出てしまった。慌てて肺いっぱいの空気を吸い込み、目の前のエミィへ視線を向ける。
そこには満面の笑みを浮かべたエミィが立っていた。その表情は十人が十人、可愛いと評する笑顔だ。実際エミィはその容姿から、多くの男性に好意を持たれている。
しかし今の表情の変化を見たこの場の人間にとって、その笑顔が可愛いなどと言える空気はその場になかった。
エミィはパンと胸の前で手のひらを合わせて、
「ですよね。よかったー。じゃあ市長、早く戻りましょう。まだお仕事沢山残ってるんですから」
エミィはリーンデルの首根っこを掴むと、片手でリーンデルの体を引きずりそのまま図書館の入口へと向かう。
そしてリーンデルは去り際に、トール達へ大声で呼びかけた。
「あ、トール。明日の午後、南区の市庁舎まで来てくれ。その時には議会の承認を取っておくから――――ああぁぁぁぁぁ~」
リーンデルの体はまるで吸い込まれるように図書館の扉の奥へと消えてゆき、そして体が完全に見えなくなると、まるで自動ドアのようにバタンと大きな音を立てて両開きの扉が閉まった。
そのあまりの光景に図書館に残された4人は何も口にできない。
暫くして、張り詰めた空気が緩んだのか、4人が深く息をついた。
「いや~、すごかったでござるな」
「ほんとに。ボクもあそこまで苛烈な女性は初めて見たよ。まあ気持ちは分からなくないけど」
「そうでござるな」
「そうですね」
いつの間にか、図書館の受付の女性まで会話に加わり頷いている。
先ほどの光景を思い返し、トールは何かのホラー映画かと思い肝を冷やす。それと同時、女性陣の会話を聞きながら、彼女らを怒らせることは絶対にやめようと固く心に誓うのだった。
ある意味ホラー。夏なので。
エミィは普通にしてれば可愛い女性です。普通にしてれば……ね。




