69.レッツ情報収集
外から聞こえる小鳥の囀りで目を覚ます。
俺は眠い目を擦りながら上体を起こそうと体に力を入れた。そこで気付く。
左右の腕にかかる重量と柔らかさ。
右を見る。アミミが俺の腕を掴んですやすやと眠っていた。寝相が悪いので寝巻きの浴衣がはだけており、あわや色々なものが見えそうで危ない格好だ。
時折食べ物の名前を呟きながら涎をじゅるりと啜る音が聞こえてくる。きっと夢の中で山ほどうまいものを食べているのだろう。いつも通りの風景だ。
そして反対側。ヘクスが俺の腕を枕にして寝息を立てていた。息をするたび控えめな胸元が上下し、絹のように滑らかな髪の毛が腕を撫でる。
俺が動こうとするたび形のいい口元から悩ましい声が漏れる。その声を間近に感じ吐息が耳元を擽った。
背筋がゾクゾクなりながら俺は視線を天井に向ける。俺が最初に目を覚ましてからかれこれ1時間。
何故こんなハーレム的状況になっているかと言うと、話は簡単だ。ヘイスールが俺たちを家族だと思って一部屋しか取らなかったからだ。
なのでキングサイズのベッドに仲良く3人並んで寝ている訳である。
目を瞑り暫く時間を置いてから、再び目を開けて様子を確認するが、左右に陣取る2人は変わらずその場から動く気配がない。
無理やり起こしても構わないが、それをするにはあまりにも気持ちよさそうに2人が寝ているので、俺は動くに動けないでいた。
もう暫く寝るかと視線を横に向ける。
「おはよう。トール」
「……」
薄っすら目を開けたヘクスが嫣然とした表情でほほ笑んでいた。至近で瞳と瞳が交差する。
固まっている俺にヘクスはすっと顔を近づける。
吐息がかかる程度の距離間。耳元で言葉が囁かれた。
「昨夜は楽しかったね。おっと」
動いた拍子にするりと胸元から落ちそうになる毛布を慌てて掴み上げる。少しだけ露になったヘクスの胸元は、一切の下着を纏っていないようだった。
いつもと違う色香を漂わせるヘクスに思わずドキリとしてしまう。
俺は一息つくと、真正面にヘクスを見据え笑顔を浮かべる。
「おはよう、ヘクス。いい朝だな」
「……おや? もっと驚くかと思っていたが」
「大丈夫だ。しっかりと記憶はあるから、何か間違いを犯したなんてことは100%ない。からかうのは止めろ」
「それは残念」
ヘクスは心底残念そうな表情を浮かべて溜息を吐いた。
「それはそうと、お前いつから起きてたんだ?」
「ふふ。それは勿論、トールが最初に起きた時からだよ」
「やっぱりか……」
こいつは俺が起きた時点で既に目が覚めていた。つまり、わざと寝たふりをして暫く様子を窺っていたというわけだ。
「まったく。趣味が悪いな」
「そうかもね。でもおかげで、トールの横顔をじっくり見られたよ」
「……」
こういうことを言うから怒るに怒れない。ヘクスの性格を分かっていても、男として抗いきれない自分に思わずため息が漏れる。
「取り合えず起きるか」
「そうだね。けどもうひとりのお寝坊さんはどうする気だい?」
そう言われ反対側のアミミに視線を移すが、アミミは相変わらず幸せそうな表情で寝息を立てている。腕が若干生暖かいと思っていたら、口から垂れた涎が盛大に俺の腕を濡らしていた。
俺は暫くその様子を眺め、そして腕を勢いよく引き抜く。
「うぇぁ」
急にがくんと落ちた頭に違和感を感じたのかアミミは変なうめき声を上げたが、しかし起きることなくそのまま眠り続けた。ほんとあっぱれなやつだ。
「はぁ。涎でベトベトだ。取り合えず風呂でも入って朝飯にするか」
「そうだね。私もお供しよう」
「いらんわ」
ヘイスールに用意してもらった宿は、流石と言える豪華さで、部屋に風呂まで設置されていた。昨日の晩にも利用して知っていたので、涎ついでに汗を流そうと考える。
3人並んでも余裕のある大きさのベッドからするりと抜け出ると、そのまま浴室へと向かった。
そんな俺に続いてヘクスも動きだす。
「いやいや、何お供しようとしてんだ。てかなんて格好してんのよこの娘は!」
ベッドから抜け出たヘクスは感情の読み取りにくい瞳を向けながら、一糸まとわぬ裸体を晒していた。きめ細かな白磁のような肌は美術品のように美しく、背後の窓から差し込む光がピンク色の髪と傷一つない体を幻想的に浮き上がらせている。まるでそこだけ絵画を切り取ったような神秘的な風景だった。
一瞬言葉を失って固まっている俺に、ヘクスは頬を染めて視線をそらした。
「そんなにじっと見られたら……恥ずかしいじゃないか」
いつもとは違うヘクスの反応に俺の心臓が早鐘を打ったように煩くなる。
ヘクスの言葉が耳に届いて、急に恥ずかしくなってきた俺は顔から火が出たようにカァっと熱が増した気がした。
目の前のヘクスを直視できなくなって、慌てて目を反らす。
「と、とにかく早く服を着ろ! 俺が風呂から出てくるまでにちゃんと着とけよ!」
誤魔化すように言い捨てて俺は風呂へと駆け込んだ。ばたんと乱暴に浴室の扉を閉め鍵をかける。
扉を閉める直前に『いくじなし』と小さく聞こえた気がしたが、無理やり気のせいだと思い込むことにした。
俺は先ほどの光景を振り払うように頭を振ると、服を脱ぎ捨てバスタブに勢いよく飛び込んだ。
「……冷てぇ」
昨夜に張られた、既に水となった湯舟に浸かって思わずそんな感想を漏らす。湯を沸かしていないのだから当然だ。
全身の冷たさで途端に冷静になり、恋人出来ない物語の主人公ってこういう感じなのかなと自嘲気味な笑みを浮かべた。
いそいそと水をお湯に戻すと、不意に先ほどのヘクスの姿を思い出して、慌てて湯の中に頭まで沈み込ませた。
『いくじなし』
その言葉が頭の中にいつまでもぐるぐると巡って、湯につかったまま大声を上げる。泡がぼこぼこと俺の言葉をかき消し泡沫となって弾けて消えた。
その日の風呂は、いつもより随分熱く感じた。
「さぁ、本格的に情報収集するか!」
「トール殿? 何だか今日は変なテンションでござるな」
「はい、そこ! 黙りなさい」
「カァ」
「ふふ」
俺の言葉に何故かワシが応答する。ヘクスは先ほどの態度が嘘のように、何事もなかったかのようにただ微笑みを浮かべるだけだった。
平気な顔をしたヘクスが何だかずるく感じて思わず視線を向けるが、俺の視線に気づいて逆にはにかんだ表情を向けられびくりと体が跳ねそうになった。
アミミは俺の反応が引っかかるのか、眉間に皺を寄せて訝しげな反応を見せていた。
俺は誤魔化すように大きめの咳ばらいをして無理やり話を進める。
「ごほん。俺はいつも通りだ。さて、話を戻すぞ。アミミ隊員」
「はい、でござる!」
俺はびしりとアミミに人差し指を向けた。
アミミも俺の呼びかけにノリノリで応える。
「オリオールまでやってきた俺たちだが、旅の目的はなんだったでしょうか?」
「おいしいご飯を食べることでござる!」
ちょうどその時俺たちのテーブルに食事が運ばれてくる。メイドの格好をした女性が俺たちのテーブルに料理を配膳した。
朝食は白パンと炒り卵、彩り野菜のサラダ、そしてクラムチャウダーのような魚介のスープ。流石ヘイスールが用意してくれた宿なだけあって朝食も豪華だ。
「確かにうまいものを食べるのも重要だな」
「トール。キミこそ目的を忘れていないかい?」
「心配するな。ちゃんと覚えてるよ。アミミ、俺たちの目的はヘクスからのクエスト、地図の島に連れていくことだ」
アミミは愕然とした表情を浮かべて俺を見た。そんなアミミの頭をワシが呆れ顔でツンツンと突く。
「ご飯は? 魚介は? 海鮮は?」
「いや、それ目的じゃないから。魚介と海鮮は同じだぞ」
「トール。魚介と海鮮は違うよ」
ヘクスの私的に俺は驚きの表情を浮かべた。アミミも目を見開いてヘクスを見た。
そんな俺たちの反応にヘクスは苦笑を浮かべる。
「キミたちはほんとに似たもの師弟だね」
「似ていない」「似てないでござる」
「ふふ。本当にキミたちは面白いよ。さて、気を取り直して改めてボクからのクエストを話そうか。と、その前に、先に朝食を食べてしまおう。アミミ君の我慢が持ちそうにないからね」
見るとアミミの口から大量に涎が垂れており、頻りに啜ってはいるが直ぐに服に垂れるだろうことが容易に想像できた。
つい昨日、武士はいかなる時にも平静でいなければならないと説いた景色が懐かしい。しかし本当に食べ物に目がない食いしん坊さんだな。
俺がヘクスの案に同意すると、アミミはぱぁと目を輝かせた。本当に食べ物に目がなさ過ぎて呆れを通り越して逆に尊敬してくる。
「じゃあ先に飯食うか。いただきます」
「いただきます、でござる!」
「ふふ。いただきます」
「美味しかったでござる!」
ささっと朝食を食べ終えた俺たちは、食後の紅茶を飲みながら話を依頼の件に戻す。
「さて、改めてだけど、ボクの依頼はこの地図の指し示す場所にたどり着くことだ。そのために2人に協力してもらいたい」
そういって、公国でも見せてもらった地図をテーブルの上に広げる。
古ぼけた地図だが紙はしっかりしており保存状態は良好のようだ。
現在と地形情報が異なることから、この地図が相当昔に製作されたことが窺える。
「ちなみにガセって事はないよな?」
「もちろんボクもその可能性は考えたさ。だがこれが安置されていたのは、悠久の時に忘れ去られたリーデイロと呼ばれた亡国の遺跡の中だ。それも手付かずと思われる隠し部屋にあったから、まず間違いはないと思うよ」
その話を聞いてこいつはいつもそんな所に行っているのかと感心する。
ヘクスはちょくちょく長期の休みを取ってふらっと何処かへ出かけていくのだが、どうやら各地の遺跡を回っていたようだ。今日話を聞いて初めて知った。
「中央に島っぽいものがあるから陸地があるのかもな。けど問題は、どうやってここまで行くかだ。出掛けにも話した通り、巨大な湾内は海獣がうようよしているような危険地帯。飛んでいくにも距離がありすぎて届かないだろうしな」
「島に渡るにはやはり船を手に入れる必要があるだろうね。と言ってもむざむざ海獣の棲み処に船を出すような奇特な人間がいるとは思えないが」
「となると船は自分たちで調達する必要があるってことか」
「うん。それがいいと思うよ。手に入れた後、海獣の対応をどうするかはそれから考えるとして、まずは十分な大きさの船が必要だ。距離を考えても、小型の船では食料や積み荷の問題があるからね」
「それならトール殿の空間収納を使えばよいではござらぬか?」
アミミの質問にヘクスがほほ笑みを返し、優し気な手つきで頭を撫でた。アミミは擽ったそうにそれを受け入れる。
「アミミ君は賢いね。けどそれではダメなんだ。小型船ではそもそも波に耐えられずに転覆してしまう可能性が高い。まして大型の水棲魔獣が生息する海域である以上、小型船では簡単に粉砕されてしまうだろう。もし大型船であったとしてもそれなりの重量がなければ耐えられない。だから理想は大型の帆船で、積み荷が搭載された重量のある船を用意する必要があるんだ。そんなわけで、今回トールの空間収納を使うわけにはいかないんだ」
「ほー。なるほどでござる」
ヘクスの説明にアミミは納得する。こういう素直なところはアミミの良いところだ。きっとヘクスも同じことを思っているのだろう。
「しかし大型の帆船か。作ってもらうにはさすがに時間がかかりすぎるし、余っているものがあるとは思えない。一応ヘイスールに帆船を用意できるか聞いてみるか」
「ボクもそれがいいと思う。それより一番の問題はお金だね。果たして帆船を買い取る、若しくは借り受けるだけの資金が用意できるか……」
その言葉に俺は嫌な予感を覚える。
ヘクスも一応Aランク冒険者で、王国でも指折りのクランのメンバーだ。それなりに稼いでいるはず。だが、今の言葉はまるでこれから資金を調達するような言い方に聞こえた。
俺はおずおずとヘクスに質問をする。
「ヘクス。お前、金持ってるんだよな?」
「おや? そんなの決まっているじゃないか。勿論ほとんど持ってないよ」
無い胸を張りながら尊大な態度で答える。
アルティスも同じように胸を張っていたのを思い出しながら、胸の控えめな人間はみんなこんな感じなのかと考える。俺の考えを見透かしたのかアミミが脛を蹴ってきた。イタイ。
「キミは顔に出やすいからね。少しは表情に出さない練習をした方がいいよ」
「そんなに顔に出てたか?」
「出てたでござる」
アミミにも聞いてみるがきっぱりと告げられる。
俺は自分の顔に触れてみるも何が違うかなどさっぱりわからなかった。
「一先ず当面の方針は決まったかな。まずヘイスールの所に行って船が用意できるか聞いてみよう。おそらく難しい上に確認に時間もかかるだろうから、その後は港にでも行ってみようか。もしかしたら湾内に船を出してくれる変人がいるかもしれないしね。それに、話を聞くだけでも海の具体的な情報を得ることができるかもしれない。今回は命の危険があるクエストだ。慎重に動くに越したことはないだろう」
「そうだな。得られる情報は得ておくべきだ。何が命を救うことになるか分からん。アミミ、お前もちゃんと覚えておけ。時に情報は武力以上の力を発揮することがある」
「わ、分かったでござる」
アミミの返事にくしゃくしゃと頭を撫でてやる。先ほどヘクスに撫でられた時と違って少し乱暴なのが嫌なのか、俺の手から逃れるように頭を振っていた。拍子に肩に乗るワシが翼を広げて俺の頭の上に移動する。
気のせいか、最近ワシが俺の頭の上に乗ることが多くなってきた気がする。まさかとは思うが勝手に特等席にされているのではなかろうか。いや、きっと気のせいだろう。
「んじゃ紅茶を飲み終わったらヘイスールの所に向かうとするか」
「ラージャー、でござる」
「ふふ。了解」
2人の同意の言葉を聞いて、程なく俺たちは紅茶を飲み干す。
そして宿から出るとヘイスール商会へ向け、ゴンドラに乗り込むのだった。
情報取集と謳っておきながら情報収集はまた次回。オリオールに着くまで紆余曲折ありましたが、いよいよ当初の予定通り、ヘクスのおつかいがスタートです。
果たしてトール達は無事地図の島へとたどり着くことができるのでしょうか。




