68.恥ずかしがり屋のお姉さんとマッチョなそっち系
魚介の網焼きを一通り食べ終えた俺たちは、バスケットに入ったパンを千切ってスープに浸してから口に放り込む。
様々な魚介の出汁が染み出したスープを吸ってパンの食感が柔らかくなる。噛むたびにまるで魚介のいいとこ取りをしているみたいだ。
こういった料理を食べると改めて贅を凝らすだけが美味さに繋がるわけではないと実感する。
「で、そろそろ教えてくれるか? ベルベッタって何者だ?」
「ただの冒険者、て言ってもあなたは信用しないわよね」
「勿論」
俺は清々しいくらいの笑顔で答えてやる。
その表情にベルベッタは呆れまじりの苦笑を浮かべた。
周囲の客の視線が一層厳しくなる。
すると店の奥から再びベルベッタ姉が姿を表した。体の前面にを覆うエプロンを外しており、体の曲線を極度に強調する薄いタンクトップが扇情的だ。ちょうどへそあたりで布地が途切れており、先ほど隠れていた小さなヘソが今は露わになっている。
彼女は俺たちのテーブルまで来ると、空いた席に腰を下ろした。
「それは……ワタシが、説明……する」
途切れ途切れにベルベッタ姉が言葉を紡ぐ。
ベルベッタも姉のその行動に驚きを隠せないようだ。
俺達の視線がベルベッタ姉に注がれ、周囲の客達もその姿を見守った。
「……………………」
「?」
「……………………」
ベルベッタ姉はしばらく無言のまま俺たちの顔を見つめ、俺の顔を見た所で視線が止まる。
俺とベルベッタ姉が見つめ合う形で周囲が静寂に包まれる。
途端にガバッとベルベッタ姉が立ち上がると、まるで隠れるように足早に厨房の奥へと引っ込んでいった。
「……どゆこと?」
ハテナを浮かべる俺たちにベルベッタが盛大に溜息をついた。
「さっき言ったでしょ? 姉さんシャイだって。男の人を見ると照れてああなっちゃうのよ」
「ああなっちゃうって……」
「乙女だね」
俺は呆れ気味に、ヘクスは楽しそうに告げる。
どうやら随分癖のある人物のようだ。しかしそこでふと疑問が過ぎる。
「ベルベッタは弟だからいいとしても、他の客は全員男だぞ? 何で俺だけ」
「いやあねぇ。私はい・も・う・と」
「イラッとした。何だか無性に殴りたくなってくるな」
「こらこらトール。心の声がダダ漏れだよ」
「そうでござる。武士とはいついかなる時も平静でいなければならんでござるよ」
「さっきまで熱さに悶えていた奴がよく言う」
俺の指摘にアミミがぴゅ〜と下手くそな口笛を吹いて誤魔化していた。
「話を戻すわね。他の客が大丈夫なのは知り合いだからって言うのもあるんだけど、もっと単純な事よ」
ベルベッタは客の中のひとりに視線を向けると、見られたガタイのいい男が立ち上がりこちらに近づいてきた。
「初めましてぇん。ベルベッタオネエ様の一番弟子、エミリアよん」
「……」
俺たちは角刈りでガタイのいい黒く日焼けした男から発せられた言葉に一瞬固まる。ニカっと笑った歯の白さが肌と異様なコントラストだ。
そして他の男達に視線を向けると、俺たち、否、俺に対して皆ウインクをしたり投げキッスを飛ばしたりしてくる。
俺、アミミ、ワシ、ヘクスが一様に固まったまま、暫し時が止まった。
「さて。腹もいっぱいになったしそろそろお暇しようかな」
「そうでござるな。ではベルベッタ殿、ご馳走様でござった」
「私も良い体験ができたよ。ではまた何処かで」
「カァ」
立ち上がった俺たちはそそくさと店を後にした。が、ベルベッタは逃さないつもりなのか体をダイブさせて俺の足にしがみついてくる。
「待ってよぉ。そんな反応しないでぇ」
「離せ! 飯はうまかった。感謝する。だから帰らせろ!」
「だから待ちなさいってぇ」
「止めろー! 食われる〜」
俺はしがみついたベルベッタを引き摺りながら店の入り口へと向かう。と、その重量が急重くなる。見ると俺たちの席に近づいてきた黒光りする男も俺の足に飛びついて掴んで離さなかった。
無常にも、アミミとヘクスは足早に店の扉まで移動しており、出遅れた俺を温かな眼差しで眺めている。
「やだん。別にとって喰おうなんて思ってないわよん」
「喰おうの字が捕食的なんだよ! さっき俺に流し目してたやつの中にギラギラした視線のやつがいた。ほら、今舌なめずりしたぞ!」
「気のせいよん」
「止めろ! お前まで舌なめずりするな、怖いだろ!」
「あら。あなたチェリーの匂いがするわね。ならお姉さんが色々教えて、あ・げ・る」
「ひぃー!」
他の奴らまで加わって俺の腰、体としがみついてくる。何としても逃すまいと言う執念を感じ、俺の心胆を寒からしめた。
俺はガタイのいい大男を10人くらい引きずりながら店の出口に向けて少しずつにじり寄る。
アミミ達は何故か俺の姿を見て微笑みながら手を振っていた。くそ、後で覚えてろ。
しかしいくらベルベッタ達が束になろうと、Sランク冒険者の俺を簡単に止められるわけもない。ジリジリと俺は店の入り口との距離を縮めていた。
その時、背後から大喝一声、ベルベッタ姉の声が店内に響いた。
「あんたら人様に迷惑かけんじゃないよ!」
その声にびくりと体を震わせ俺にしがみついていた男達は立ち上がり整列する。それと同じように俺たちを見守っていた他の男達も椅子から立ち上がり背筋を伸ばしてピシッと整列した。
男達が離れたことで、ベルベッタ姉と俺との間を遮るものがなくなり、再びばっちりと視線が交差する。
「…………」
そしてまたパタパタと店の厨房の奥へと引っ込んでいった。
その光景を眺めベルベッタははぁと溜息をつく。
「ごめんね。トールなら姉さんも大丈夫なんじゃないかと思ったんだけど」
「俺のどこをどう見てそう思う要素があるんだ?」
「勘」
「……」
「知らないの? 女の勘はよく当たるのよ」
そう言ったベルベッタは髭もじゃの男ながら、一瞬女性以上に女性っぽく見えた。
……うん。気のせいだった。
「まあ他の客が何で大丈夫かってことは納得したよ」
ここにいる客は全てベルベッタのように心が乙女なのだ。だから自然とベルベッタ姉も、変に意識することなく接することができているのだろう。
先程一声で皆を黙らせた時の迫力は中々のものだった。俺に対して取るような態度では決してあんな対応などできないだろう。
「で、結局ベルベッタ殿は何者でござるか?」
いつのまにか俺の隣に戻ってきていたアミミがストレートにベルベッタへと尋ねた。安全が確保されたから戻ってくるとは現金な奴らだ。
俺たちは揃ってベルベッタの言葉に耳を傾ける。
「まあ気になるわよね。別に隠してないからいいけど。私の姉さんはこの都市で船乗りをやっているのよ。そしてあいつらはその船の船員ってわけ。船員募集する際色々あって、なんか私が姉貴分になってそっち系の人ばかりが集まっちゃったのよね。まあ結果的に姉さんが働きやすいからいいんだけど」
なるほど。それで大勢のそっち系の男達が店内にひしめいていたわけか。
普通の男だとベルベッタ姉と共に仕事をすることができない。だが心が乙女であればその限りではない。どこまでが真実かはわからないが、少なくともそれでうまく成り立っているのは間違いないようだ。
「あなた達を驚かせて悪かったわね。何と無く私のことをあなた達にも知ってもらいたかったの」
「まあいいさ。美味い飯もご馳走になったからな」
「美味しかったでござる!」
「ふふふ。ありがと。まだ暫くオリオールに滞在するんでしょ? またオススメのお店を案内してあげるわ」
「分かった。んじゃ腹も膨れたし、俺たちはヘイスールのとこに向かうか。ベルベッタはどうする?」
ヘイスールから誘われた中にはベルベッタも含まれている。間違いなくベルベッタは盗賊退治に貢献しているからだ。
だが実の姉がオリオールに住んでいるならば、家族水入らずと言う選択も悪くない。
俺の問いかけにベルベッタは少し逡巡したが、初めから答えは決まっていたのだろう。苦笑を浮かべながら答えた。
「そうね。なら私は姉さんの所に厄介になろうかしら。久しぶりの再会だしね」
「兄弟は仲良くでござるな」
「アミミちゃん。姉妹よ、姉妹」
そうして俺たちは店内の客とベルベッタに見送られながら店を後にした。その際妙に男たちからの熱い視線が注がれた気がしたが気のせいということにした。そして最後までベルベッタ姉は姿を表すことはなかった。
ちなみに厨房に続く暖簾のような垂れ幕からチラと視線だけ覗いていたが、それには誰も触れなかった。
俺たちはベルベッタから教えてもらった道を辿りヘイスールの商店へ向けて進んでいた。
夕日が遠くの空に落ちかけており、その名残か中央の尖塔はほんのりと赤く染まっている。周囲に散らされた水滴も紅色を振りまいていた。
街路の魔石灯が色を放ち、ゴンドラに乗った水夫が水面の光を突っ切って進む。そんなどこか幻想的な風景を眺めながら、少し湿っぽい空気に頬を撫でられながら俺たちは歩いた。
「空気が涼しくて気持ちいいでござる」
「水路が町中に張り巡らされてるからか、どこにいても空気が涼しい気がするな」
「水は蒸発する際周囲の温度を下げる効果があるらしいからね。水路がいたるところに設置されているオリオールでは、夏でも涼しいと聞いたことがあるよ」
この世界で気化熱なんて言葉は当然存在しないだろうが、それでも水が起こす仕組みに関して理解しているヘクスの知識には驚かされる。おそらく体感で伝わる話を体験を通して知識として獲得しているのだろう。初めから知識が確立されていないこの世界では、そうやって知識を身に着けていくしかないのだ。
「そろそろベルベッタ君に教わった店が見えてくるはずだけど」
ベルベッタを君付で呼ぶと非常に違和感を感じるが、ヘクスは俺以外の男には大抵君をつけて呼ぶので突っ込まないでおく。アミミも特に気にしていないようだった。
「あ、あれでござらぬか?」
「カァ」
傍らに通る水路が半ばで折れ曲がっており、その先に立派な建物が建っている。左右対称の建造物周囲を策に覆われているが、中央には看板のかかった門扉が開かれている。看板にはヘイスール商会という文字がしっかり刻まれていた。
目当ての建物を見つけた俺たちは、そのまま門の前まで行くと屋敷を警備している門衛にヘイスールから渡された文を渡した。
それにさっと目を通した門衛は、静かに頭を下げ俺たちを通してくれた。ヘイスールが事前に話を通しておいてくれたのだろう。
屋敷に入るとすぐ向かいに受付があった。俺たちがそこへ向かおうとすると、傍らから声を掛けられる。
「トール様、アミミ様、ヘクス様、ワシ様でございますね。会長よりお迎えに上がるよう申し付かっております」
声のした方に振り向くとひとりの女性が立っていた。切れ長の目に左右対称に分けられた髪の毛が肩にかかっている。華美な装飾のない、しかし機能的な衣装に身を包んだ女性。その女性が頭を下げ俺たちを出迎えてくれる。
「それでは会長の元までご案内いたしますので、どうぞこちらへお越しくださいませ」
それだけ言うと凛とした表情を俺っちに向けそのまま廊下に向かって歩き出した。会長とはヘイスールのことだろう。俺たちは黙って彼女の後についていく。
暫く廊下を進むと女性はひとつの扉の前で足を止めた。
豪華とは言えないが質のいい木材が使われているだろう扉を、女性は数度ノックする。
「会長。お客様をお連れいたしました」
「入りなさい」
「失礼いたします」
女性は静かに扉を開けると、扉が閉まらないよう抑え俺たちを中へと招き入れた。
部屋の中に足を踏み入れるとふわりと体重が軽くなったような気がした。下を見ると何かの魔獣だろう毛皮の絨毯が敷かれていた。
部屋の中央にテーブルが置かれており、左右にソファのような腰掛が置かれている。
そのテーブルに向かいあうよう執務机に腰かけているのは、この都市までともに旅をした商人、ヘイスールであった。
「やや、皆さま、ご足労痛み入ります。お約束の宿の件、しっかりと予約しておりますゆえ」
ヘイスールは椅子から立ち上がると机を回り込んで俺たちの向かいまでやってくる。
にこにこと笑顔を浮かべながら俺の手を取り上下に揺らした。
そんなヘイスールに俺は疑問をぶつける。
「ちなみに先ほどの女性は?」
「ああ。ジョアンナですか。私の秘書にございます。有能ですよ」
「秘書か。納得した」
俺の言葉に少しだけヘイスールは不可思議な反応をしていたが、すぐにそれはなくなった。
「しかしすまないな。宿の手配なんて雑用を頼んでしまって」
「何を仰いますか。こちらは命を救っていただいたのですから、それくらいお安い御用です」
ささ、とヘイスールは俺たちをソファに案内すると、俺たちは並んでソファに腰かける。俺が真ん中に左右をヘクスとアミミが挟み込む形だ。ワシは何故か俺の頭に乗っかっている。
ヘイスールは俺たちが座るのを待って、向かいに着席した。
「皆さま、改めてお礼を申し上げます。この度は盗賊から命を救っていただいて、本当に感謝しますぞ」
「別にヘイスールを助けようとしたわけじゃないからな。そんなことを言われると何だか申し訳なくなってくるよ」
「何を仰いますか。私自身が感謝を感じているのですから、あなた方がそれを否定するものではありませんよ。謙虚は美徳ですが、過ぎる行いは逆効果ですぞ」
「冒険者稼業で痛いほど経験したよ。改めて肝に銘じておく」
「ほほ。やはりトール殿は謙虚でございますな」
そうして俺たちは暫くの間、用意してもらったお茶などを飲みつつヘイスールと談笑していた。やがて窓の外の景色が夕焼けを追い越して暗く深い闇の到来を告げた。
外の景色を眺めヘイスールが嘆息する。
「はぁ。皆さまをもう少し手厚くおもてなし致したい所ですが、生憎もう時間も遅いようです。ですのでまた日を改めて食事でもしながら話ができればと考えております。この町には3週間ほど滞在されるとか?」
「よく知っているな。一応それくらいはいるつもりだ」
「左様で。ではまたの機会に、お店は予約しておきましょう。その時を楽しみに待っておりますよ。一先ず、皆様にご用意しています宿まで、向かいに待たせた船でお乗りさせていただきます。それとこれはこの町の地図です。観光の参考になるかと思うので、お渡ししておきます」
そういってヘイスールが差し出してきたのは一枚のスクロール。受け取り広げると、確かにこの都市であろう形をした地図が描かれていた。簡易的だがそれぞれのブロックに分かれた店の紹介も載っているようだ。
所々抜けが目立つものの、この世界ではまだまだ地図作りの技術が浅いものだと考え直す。それを差し引いてもかなり精度がよさそうな地図ではあった。
「ありがとな。一応この都市の観光を目的にしてるもんで、こういうアイテムがあると心強い」
「それは重畳でございます。では今夜はしっかりと宿で疲れを癒していただいて、また明日、こちらからお声掛けさせていただきます」
「分かった。楽しみにしているよ」
アミミの方を見ると、食べ物を想起したのかじゅるりと涎を啜っていた。宿に向かう前に何か食べ物を用意してやろうかと思う。
ヘクスは特に関心がないのか、いつの間に取り出したのか本を片手に周囲の様子を窺っているようだった。その隙の無さは流石のAランク冒険者である。
俺はそんな二人の様子にどこか呆れつつも、自分のペースを崩さない2人に感心する。供されたお茶を飲み終わると、俺たちはヘイスールに別れを告げて再び秘書の案内で商会を出た。用意されていたゴンドラに向かい、事情を話して乗せてもらう。
「では皆様。今宵は良い夢をご覧ください」
「そうさせてもらう。ありがとうな」
「ありがとうでござる」
「ボクも感謝しておこう」
俺たちの挨拶を受け、秘書の女性は深々と頭を下げた。そうして俺たちを乗せたゴンドラは水の流れに従い発車したのだった。




