67.海と言ったらやっぱり
「これはなかなか興味深いね。少し寄り道してもいいだろうか?」
「ダメだ。さっさと行くぞ」
「そうすげ無く断るトールも嫌いじゃないよ」
頬を染めつつそんなバカを言うヘクスを引きずって、魔法結晶の並ぶ商店から離れていく。
先頭に立つのは何故かベルベッタ。俺たちの中で一番オリオールに詳しいからというのがその理由だ。何度かこの都市にくる中で、それなりにうまい店などを知っているらしい。
今考えれば別れ際ヘイスールに店を紹介してもらえばよかったと後悔する。オリオールで一番顔が広いと豪語するのだから、当然宿だけでなく食い物に関しても色々知っていただろう。
そんな思いが顔に出ていたのか、ヘクスが俺の考えを読み取って苦言を呈する。
「ヘイスールに紹介してもらおうと思っていたのならやめて正解だよ。きっと彼のことだ。命の恩人に紹介するのは最高の店じゃなきゃダメだ、とか言ってこの都市の最上級の店を用意するだろう。そうするとトールの目的から遠くなってしまうだろう? それよりもベルベッタのように、庶民に近い目線で選んだ安っぽい店を知ることこそ参考になると思うがね」
「あなた見かけによらず口が悪いわね」
ヘクスの指摘も一理ある。確かに高級な店であればうまい食事が供されるだろうが、そういった店はグルメガイドに掲載することができない。
元の世界の星をつけるグルメガイドなどのように、うまいという点で高級店も守備範囲に含めるというのもひとつではある。しかしこの世界において、大部分の庶民がそういった店に行けるかといえば、答えはノーだ。一生かかってもそのような高級店に庶民が行くことはない。
この世界には貯蓄という概念がまだまだ一般的でない。未だに辺境の町や村では物々交換も当たり前の世界なのだ。食い物を保存しておくという考えならまだしも、金品を潤沢に蓄える人間は非常に少ない。
だからこそ高級店は、ほとんどが貴族や大商人、または高ランクの冒険者くらいしか訪れることができない場所となっている。庶民は憧れさえ抱くことのない世界だ。
そういった人間をターゲットとしても別に構わないが、まずは庶民に近いレベルでグルメガイドを作成するというのが俺の当面の目標である。なぜならその方が圧倒的にパイが多いから。少なすぎるターゲットに向けて冒険するよりは、しっかりと実績を積み上げることが先決だ。
まあ何より俺がそういった高級店に慣れていないというのが一番の理由なのは内緒だが。
ベルベッタの案内に従って俺たちは通りを歩く。
オリオールの街路は他の町と違い、かなり広めの通りになっている。その中央を水路が通っており、ゴンドラのような小型の船が水の流れに従い人や物を乗せ移動していた。どうやら一方向にしか進めないようで、その水路がこの都市を網の目状に広がっているらしい。
ベルベッタの話では水路はどこかで必ず循環しているそうで、今この隣にある水路もぐるっと一周すればまた戻ってくるようになっているそうだ
ヘクスはしきりにその文化に感心し、アミミはゴンドラから流れてくる食べ物の匂いに目を輝かせ、ワシがよく分からない鳴き声を上げていた。
水路が通っているという時点で、オリオールは今まで俺が訪れたどの都市とも違う景色だった。
町中に通る水路からさらさらと水音が耳に届き、往来の人々は日暮れに向け店じまいの最後の追い込みに周囲の客に声をかけている。
少し近づいた気がする都市中央に聳える尖塔に目を向ける。うっすらと空から降り注ぐ霧のような水滴が日暮れ前の陽光を反射してキラキラ輝いていた。
その光景は美しく、いうなればダイヤモンドダストが水によって引き起こされているようだ。きっと日の出にこの景色を見ると、また違った印象を受けるに違いない。
暫くの滞在期間中、一度は見てみたいものだと思いながら、懐から取り出したこの景色をメモに綴るのだった。
「さぁ着いたわよ」
ベルベッタが自信満々に案内したのは結構リアルな木彫りの魚の看板が掛けられた店。中からは魚の焼ける香ばしい香りが漂ってきていた。
ベルベッタが店を紹介すると言った時、俺が出したひとつの条件。
オリオールは海洋都市。そんな町に来て食べるものと言えば決まっている。俺が出したリクエスト、それは海鮮料理が食べれる店ということ。
俺のリクエスト通り、この看板からもここが海鮮料理を出してくれる店ということが読み取れる。
ベルベッタはずかずかと遠慮なく店の中に入っていった。俺たちも急いでそのあとを追う。
「姉さん。お客さん連れてきたわよ~」
バイキングのような大男から発せられた野太い声が、女性のような艶めかしい声音を伴って店内に響く。先客であるガタイのいい男たちが一斉にこちらへ視線を向けた。
筋骨隆々の偉丈夫や細身でまだ年若いものまでいたが、皆一様に日に焼けて黒い肌をしている。
それとは別に、ベルベッタの声に反応したのはひとりの女性。茶色い髪を細かく編み込んだドレッドヘアーの女性が、片手にフライパンを持ちながら店の奥から顔を覗かせた。
「あぁん?」
怪訝そうな表情の女は、ベルベッタの姿を暫くじっと見ると、牙を見せるかのように獰猛な笑みを浮かべて店の奥にさっと引っ込んだ。
「さっきのがお前の姉さんなのか?」
「そうよ。姉さんちょっとシャイでごめんなさいね。大丈夫。ご飯できたら持ってきてくれるから」
獰猛な笑みをみた後では、あれがシャイ? と叫び出したくなったが、深く考えるのはよしておこう。とりあえずベルベッタの案内で手近にあった席に着席する。アミミとヘクスも俺に続いて椅子に座った。ちなみに今回ワシは店内に入ってもいいとベルベッタが言ったので、今はアミミの肩に乗っかっている。
「それにしても……]
周囲の人間が一様にベルベッタへ視線を向けていた。先ほどの姉さんというのが何か関係しているのだろうか。あまりに皆がこちらを見るので妙に落ち着かない。
まあアミミとヘクスは一向に気にしていないようで、2人でまた俺の話をしているようだ。変に油を注がないように放っておく。
「ベルベッタ。さっきの姉さんって、お前の本当の姉なのか?」
「ええそうよ。私たちはちゃんと血の繋がった姉妹よ」
「姉妹ね。それはそうと、さっきからどうして周りの客が俺たちを見てるんだ?」
俺が周囲の客へ視線を巡らせると皆がさっと目をそらす。あまりに堂々と見てたので今更な気はするが、それでも一体何なのかは気になる。
「ああ。彼らは私が客を連れてきたから気になってるのよ」
「どうしてだ?」
「そりゃ店の店主の弟が客を連れてきたら気になるでしょ?」
『何か不思議なことでも?』と言いたげな視線を向けられるが、何とも腑に落ちないため不思議なことしかない。
そうこうしているうちに店の奥からベルベッタ姉が姿を現す。その手にあるのは大皿に盛られた魚。煮込みのようで、中央に鎮座する大ぶりの魚の姿煮がかなりのインパクトだ。香ってくる匂いも食欲をそそる。
食事の登場にアミミが涎を垂らしながら目を輝かせた。ヘクスも『ふむ』と頷く。
周囲の客は何故か『おお!』と歓声を上げていた。ほんとお前らなんなんだ。
ますますわからないが、この客たちの統一感からは同じ組織に属している雰囲気を感じる。ガタイの良さと日に焼けた体から考えるに、恐らく船乗りではないだろうか。
そしてベルベッタ姉は、タンクトップのような肩を出したシャツを着ており、下は腿が露になったショートパンツ。体の前にはエプロンをつけているため、一瞬何も着衣を身に着けていないようにも見えて少しドキリとする。
エプロンの上からでも分かる豊かな膨らみと、隙間から除く健康的に焼けた肢体が妙に色香を感じさせた。
俺のそんな視線に気づいてアミミがげしげしと俺の足に刀の鞘を叩きつける。やめろ。脛に当たるとイタイ。
「お、おまちどー、さま……」
ベルベッタ姉はおずおずと遠慮がちに大皿を俺たちのテーブルに配膳する。そこそこの重量があるだろうが、それを片手で置くあたり女性ながらに相当鍛えられているようだ。
「ありがと。姉さん」
ベルベッタの感謝の言葉にぷいとそっぽを向くと、パタパタと足を戸を立てて厨房へと戻っていった。直ぐに調理の音が聞こえてくるので、新しい料理を作り始めたのだろう。
見た目の印象に対して随分と控えめな性格をしているらしい。それだけに先ほどの笑顔が恐ろしく感じてしまう。
「さぁ、たんとお食べ。姉さん特製の煮魚よ」
気を取り直して目の前の食事に目を移す。
魚は白身魚で皮に焼き色がついていることから事前に焼いているのだろう。
周囲には色とりどりの野菜が大きいサイズでカットされており、間に貝やエビといった魚介が並んでいた。皆浅いスープの海からちょこんと顔を出している。
スープはうっすらと黄色味がかっていて表面に魚のものなのか脂が浮いていた。一見するとブイヤベースやアクアパッツァのような印象だ。
いち早くアミミが手元に並べられたナイフを手に取り、テーブル中央に置かれた大皿へと身を乗り出しながら手を伸ばす。
ナイフが魚に沈み込む瞬間、パリッという愉快な音が耳朶に響いた。
スッと入ったナイフが純白の身片を切り取りフォークにとって口へと運ぶ。アミミの小さな口から軽く呼気音が漏れ、フォークが口の中へと侵入していく。身片を舌の上に置き去りにしたフォークが音もなく口を離れる。
「むふ!?」
口を閉じた瞬間アミミから変な声が漏れた。俺の顔を見、ヘクスの顔を見、そしてベルベッタの顔を見る。目を見開いたまま皆の顔を見回し、そしてひと噛み。
「んふー! ひょはいふぉはひはほふひひひふへほははつぅ!」
魚の白身からしっかりとしみ込んだ出汁があふれ出したのだろう。そのうまみを逃がすまいと、アミミは口を閉じて感想を述べようとしたが、しかし遅れてやってきた熱が口腔内に広がり悶絶していた。
俺はアミミの様子を見届けてから、同じ失敗をしないよう気を付ける。スプーンとナイフを使って身を切り取り、スープと一緒に救い上げることでひたひたになったその身を口に……。
「熱ぅっ!」
予想以上の熱さに思わず目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、やけどした口内を冷ますため急いで空気を取り入れる。実際にその熱さを体感して、よくアミミがこれを一気に口に入れられたなと感心する。といっても後から耐え切れなくなっていたが。
「ふふふ。君らは情けないね。冒険者なら熱耐性のひとつでも持っているだろうに」
一瞬前まで俺もヘクスと同じように考えていたが、実際体感すると中と外は別物だと思い知らされた。
俺たちを嘲笑いながら優雅な動作でヘクスがスープを掬い上げた。それを口に運ぶ姿はまるで貴族を彷彿とさせる流麗な所作。本人曰く、知識の賜物、とのことだ。
いつもは変態にしか見えないが、不覚にもこの時ばかりはヘクスに深窓の令嬢といった雰囲気を感じてしまった。
「熱っ! あ、でもこの熱さがまた堪らない。痛みを伴った先に待つ快感……。これは何か新しい扉が――」
「それ食事の感想じゃねーからな」
「カァァァ!!」
いつの間にかアミミがスープを掬ってワシに食べさせていた。流石の霊鳥もあまりの熱さだったのか、目玉が飛び出すほどに驚いていた。
そんな俺たちの様子を見ながらベルベッタは楽しそうに笑っていた。
「ふふふ。あなたたちといると退屈しないわね」
「笑わせてるつもりはないぞ」
「私が勝手に楽しくなってるだけよ」
「そうかい。まあこんなうまい飯屋に連れてきてくれたんだ。最初は妙な縁だったが、感謝する」
「拙者も感謝でござる」
「私も吝かではない」
「カァ」
俺たちのその言葉にベルベッタは目を丸くすると、野太い声をあげて笑った。
その様子に周囲の客がざわざわと騒ぎ始める。
一頻り笑った後、ベルベッタが目元に浮かべた涙を拭うしぐさを見せる。
「ふふふ。ほんと、あなたたちと一緒にいると退屈しないわ」
今の言葉のどこにそんな要素があったのかと疑問に思いながら、俺たちは暫し止まっていた食事の手を再び動かし始めた。さっきより少しだけ冷めたスープが、今度はしっかりと味を確認しながら口に含む。
そうして暫くすると店の奥からベルベッタ姉が再び登場する。
その手にはバスケットに盛られた熱々のパンと大皿に盛られた魚介の数々。そしてついつい目が行ってしまう姉の頭上。そこに壺のような陶器が乗せられている。
奇跡的なバランスをもって壺を全く揺らすことなく姉は俺たちの元まで来ると、空いた場所に新鮮な魚介の乗った大皿とバスケットを置いた。続けて頭に乗った壺を手に取ると、煮込みをどかしてテーブル中央に設置する。
壺が置かれた瞬間むわっとした熱気が放たれる。どうやらこの壺は熱を帯びているようだ。ここまでで凡その想像はできたが、やはりその通り、壺の上に乗せられるのは網だった。
「魚介の網焼きよ。オリオール近海で今朝獲れた新鮮な魚介だから、味は保証するわよ」
姉の代わりに代弁するベルベッタ。姉の方はすでにそそくさと厨房へと退散している。
ベルベッタが言った通り、本当にシャイなのかもしれない。
アミミがわくわくしながら壺を眺める姿を見て、俺は魚介の中からイカっぽい足が複数生えたものをつまみ上げる。まだうねうねと動いており、新鮮なことがうかがえた。
それを網の上にいくつか置くと、うねうねと身を捩じらせながら次第に色を変えていく。それは鮮やかなピンクになると、足をくねらせた状態で身を固くした。
パチパチと壺の中から炭の爆ぜる音が聞こえてくる。
「これはピンクスカッドね。普段は白いのに興奮すると色がピンクに変わるのよ。塩焼きだから何もつけずにそのまま食べてみて。おいしいわよ」
ベルベッタの許可が出たので、俺たちはピンクスカッドに手を伸ばした。
うーむ。色は元の世界のタコよりどぎつい。きっとこの世界に来なければ口に含むのも憚られる色味だろう。
俺はピンクスカッドを眺めながら、日本の某有名駄菓子を思い出していた。
「はふはふっ、うまいでござる~!」
「ほんとだね。色は中々すごいけど弾力があっていい塩気だ。これはおいしい」
「カァ」
俺もピンクスカッドを口に入れ、その身を嚙み締めた。
ぎゅっとした確かな弾力が俺の歯を跳ね返す。力を込めていくとある瞬間、まるで身が弾けたかのようにパツンと切れた。歯切れのいい身をさらに噛み締めるとじんわり魚介のうまみが染み出し、それとともに程よい塩気が口に広がっていく。
文句なしにうまい。変に味付けをしないことで素材の味がシンプルに感じられる。
この世界では新鮮な魚介を入手することは難しい。それは長距離移動に耐えうる保存技術が確立されていないからだ。冷蔵庫すら一部の貴族にしか利用されていない。
そのため魚介のような新鮮さが重要な食材は、中々他国に出回らないのだ。
調理済みのもの、或いは飛竜便で輸送されるため、びっくりするほどお値段が高くなる。
以前公国で食べたフライブルクもそれに類するため非常に高額だったわけだ。勿論あれは素材を取るのも一苦労なわけだが。
そういう意味でも、やはり海に来たら魚介を食べるしかない。
俺はベルベッタ姉の店を心に刻み込みながら、みんなと一緒に他の魚介に舌鼓を打つのだった。
魚介。海鮮。港。朝市。浜焼き。
コロナが収束したらぜひ食べに行きたいものです。
さて、先週に引き続き1日遅れでの投稿です。申し訳ありません。カツカツな執筆ですが、少しでも楽しんでもらえるとありがたいです。




