66.水の都オリオール
盗賊団騒ぎの後、次の町で憲兵へリーリール達の身柄を引き渡した後は、乗り換えた馬車で恙無くオリオールへ向け進路を取っていた。
御者も盗賊団の仲間だった為、同じことが起こらないよう現在馬車を操舵しているのはベルベッタ。救ってくれた恩を返すためということでオリオールまでついてくるそうだ。
俺はその隣の席で襲撃に備えて周囲に気を配っていた。結局盗賊や魔獣の襲撃などは怒らなかったので、ただ座って眺めているだけの仕事だったが。
他に乗車しているのはあの時昏倒していた商人と側仕えの少年。
盗賊団達を昏倒させてふん縛った後、板に乗せて引っ張っていたのだが、意識を取り戻してその光景を見た時大層驚いていた。事の顛末を話すと俺たちが野盗を退治したと信じてくれたようでお礼を言われた。
急ぐ旅ではなかったそうだが、それでも盗賊団を退治できる冒険者が乗っているという事で、同乗を願い出て今に至る。
もうひとり、2人組冒険者の片割れは、結局盗賊団達を次の町で引き渡した際そこで下車した。2人での依頼を受けていたようだが、遂行できないとの事で冒険者ギルドに依頼を解約しに向かった。
そうして盗賊団を退治してから数日、オリオールへの道中最後の町を出て半日ほどたった夕暮れ前の頃、遠く向こうに海洋都市オリオールの首都、オリオールが見えてきた。
「アミミちゃん。オリオールが見えてきたわよ~」
「おお~。あれがオリオールでござるか」
ベルベッタの言葉に御者台との出入り口から身を乗り出したアミミは、目に飛び込んできた風景に仕切りに感心していた。俺も遠目にオリオールの都を確認する。
前評判では海辺の港町というイメージを抱いていたが、遠くから見える町はまるで水の都市といった景観だ。
中央に尖塔のような建物が伸びており、そこからきらきらと光が反射して見える。どうやら尖塔のいたるところから水が噴出しているようで、流れ落ちる水が陽光を反射して周囲に光をばら撒いていた。
遠くからでは水の行方がどうなっているか分からないが、尖塔を中心にかなり広い範囲で建物が広がっており、都市の半分ほどが海側に面しているようだ。
こちら側から見える範囲では都市の出入り口であろう大門が聳えており、表に数台の馬車が止まっている。恐らく定期往復の馬車とは別に商人たちが独自に所持している馬車だろう。
オリオールが見えてから1時間ほど馬車を走らせた俺たちは、ようやく入口の門にたどり着いた。
門の手前には武装した衛兵が2人立っていて、俺たちに気づくと馬車を止めるように要求した。
「水路の手前で馬車を止めてください」
よく見ると衛兵たちの背後、ちょうど門の位置する床面に水が流れていた。馬車2台分は通れそうな幅で数メートル先まで床板はなく、右から左に水がさらさらと流れていた。どうやら地下水路が通っているようで、それがむき出しになってそのままでは通れなくなっているようだ。
ベルベッタが馬を操作すると馬車がゆっくりと停車した。
「身分証とこの町に入る理由、それと滞在日数を申告してください。勿論馬車の中にいる人間もお願いします」
衛兵の言葉を車内に伝えると、階段を落として馬車の中から商人とアミミが降車した。ヘクスだけがひとり馬車の中でぐったりしていたので、取り合えず俺が御者台から客車に入ると担いで外に連れ出す。
ちょうど商人たちは入国審査を通過したようで、今はベルベッタが審査中だ。しかしベルベッタは何度かオリオールに来たことがある様で、審査というよりは世間話をする感覚で許可が下りていた。
「さて。次はお嬢ちゃんの番だ。身分証を持っていなければ、後ろのお父さんとお母さんに話を聞くから大丈夫だよ」
衛兵のその言葉にアミミは一度こちらに振り返ると目を細めて俺とヘクスを見た。それからプイと前を向いて衛兵に冒険者証を手渡す。
「はい。これが拙者の冒険者証でござる」
衛兵はアミミから手渡された冒険者証を笑顔で受け取った。
アミミくらいの年齢の子供が冒険者証を見せると、時々見下してくる門衛がいたりする。平民でも冒険者証を身分証明として発行する者も少なくないが、それでも子供が冒険者証を持っているとやはり冷やかされることが多い。大人に見せようと背伸びをしているように見られるのだろう。
しかしオリオールの門衛はそんなことはないらしく、アミミのような子供相手でも真摯な態度で接してくれている。その態度には非常に好感が持てた。
「はい。ありがとう。滞在の理由と滞在期間はお父さんとお母さんに聞いた方がいいかな?」
「父上と母上ではないでござる!」
「カァ」
アミミがプンスカと衛兵に対して文句をつけていた。それに合わせて肩に乗ったワシも鳴き声を上げる。
しかしその様子に大した迫力はなく、寧ろ可愛げがある様に見られたのか、衛兵は笑みをこぼしてアミミの頭を撫でてやる。その対応に余計にプンスカしたのかアミミはムキーと手足をばたつかせていた。
「アミミ。衛兵さんに迷惑かけるな。ほい。俺とこいつの分の身分証」
「ありがとうございます」
衛兵は受け取った身分証に水晶型の魔道具をかざすと水晶が光を発した。その光に照らされ暫くすると、衛兵は俺たちの身分証を返してくる。
「はい。ありがとうございました。身分証は問題ありません。それで、オリオールへの滞在理由と滞在期間をお教えいただけますか?」
「滞在理由は観光。滞在期間は、大体2週間くらいだ」
「2週間ですね。少々お待ちください。……ではこちらをお受け取りください。説明は必要ですか?」
「ああ。頼む」
衛兵は確認が済むと、再び水晶に光をともしてから俺に3枚の白いカードを差し出した。オリオールは俺も初めてでこのカードが何のためのものか分からなかったため、衛兵に説明をお願いする。
「こちらはこの都市に滞在する期間を表したカードです。買い物の際にこのカードが求められますので、その都度これをお見せください。残り日数が3日になりますとこのカードの色が赤に変わりますのでお気を付けください。滞在期間を過ぎますとカードはすべて黒に変色しますので、その際は都市内の商店や宿などすべて利用が出来なくなります。もし滞在期間の延長を望むなら、カードが黒に変わる前にこちらへお持ちいただいて延長申請してもらうか、都市内の役所などでも請け負っていますので、申請をお願いします」
「へぇ。期間で色が変わる魔法具か。そんなものを旅人に渡すんだな」
「はい。と言ってもカードは魔法具ではなく、先ほどの水晶の方が魔法具です。光を調整して当てることで変色する日数をコントロールできるんです。カードはこの水晶の光に反応するだけで、特に高価な品物ではないので、オリオールではこういった確認方法を取っているわけです」
「なるほど。冒険者ギルドでカードを作る際の魔力感応紙みたいなものか」
「そうですね。詳しい仕組みは分かりませんが、それに近いものかと思います」
「色々説明ありがとな」
「いえ。それではご家族での楽しい休暇をお過ごしください」
「うん。家族じゃないからな」
そうして全員の審査が完了し、俺たちは再び馬車に乗り込んだ。目の前に水路が渡っているため、ここからどうやって都市内に入っていくのか眺めていると、衛兵が何やら側にある機械を操作し始めた。取っ手のついた車輪でその車輪から太めの綱が伸びている。衛兵は車輪を回すと徐々に左右から厚い木の板が姿を現す。やがて板が完全に居りきって、中央の橋桁に設置すると、ガコンと音を立てて装置が停止する。
「では、よい滞在を」
「ありがと」
ベルベッタは笑顔で礼を言うと馬車を発射させた。馬車の車輪ががらごろと音を立て動き出す。馬の蹄が木製の床板を踏みしめ乾いた音を響かせる。足の下で水が通る涼やかな音が耳に届いた。
そのまま馬車は前へと進み、床板を超えて石畳に至るとカツカツ、カラカラと蹄鉄と車輪が音を鳴らしそのまま門を潜り抜けた。
門を超えた瞬間まるで別世界に迷い込んだように、それまでとは打って変わった静謐な空気が広がっていた。街中の至る所を水路が縦断しているようで、所々水の流れと水音が響いている。
「すごいでござる……」
アミミの視線の先には尖塔が高く聳えており、距離が近づくと外から見た時以上にその大きさに圧倒される。そこから溢れ出る大量の水が宙に虹を作り出していた。
まるで滝の如く降り注ぐ圧倒的な水量がそのまま真下へと落ちていき、遠く離れたこの都市の入口にもドドドと音を届かせていた。
入口側には大きく開けた建物があり、馬車はその中へと入っていく。どうやらここは馬車の厩舎場のようだ。
馬車は中に入りきる前に停車すると、近くの建物から従業員と思わしき男たちが数人姿を現した。どうやら馬車を引き取るために出てきたようだ。
その姿を確認して、ベルベッタが車内の人間に声を掛ける。
「さて。みんな、ついたわよ。馬車は引き取って貰うから取り合えず降りてちょうだい」
ベルベッタの言葉に頷いた面々は、客車から降車する。商人も空間収納を持っているらしく、誰も荷物を持っていなかったのでスムーズに降車が完了した。
俺とベルベッタも厩舎場の従業員に後をお願いすると、アミミ達の後で御者台から降りる。
「ふぅ。長旅ご苦労さん。ベルベッタも御者ありがとな」
「構わないわよ。あなたたちは命の恩人なんだから」
「それを言ったら我々にとっても命の恩人です。覚えていないのが面目ないですが」
はははと苦笑交じりに商人が頭を掻いた。
気絶していたので仕方ないと言ったのだが、無償の恩は気持ち悪いと言って何かお礼をすると言ってきかなかったのだ。結局商人はオリオールで商店をやっているとのことで、俺たちが滞在中に商店へ寄ることで話をつけた。その際何かしら礼をするとのことだ。
「では皆さま。我々は商会に戻りますので、また後程お伺いくださいませ。地図はこちらに」
商人は俺に地図を手渡すと深々と頭を下げた。側仕えの少年もそれに倣う。
「ヘイスール商会という看板が我々の店舗になります」
「ヘイスール? ヘイスールってオリオールで2番目に大きい商会の?」
ベルベッタの言葉に商人はまた苦笑を浮かべた。
「その通りでございます。1番でないのが残念ですがね。申し遅れました。私の名前はヘイスール。ヘイスール商会の代表を務めております。商会はこの都市1番ではないですが、この都市で1番顔が広いと自負しておりますので、何かご相談事などあれば是非に。お越しいただくのは心ぐるしいですが、お礼の件もありますので、必ずお伺いください。こちらの書状を受付に見せて頂ければ、皆様をお通しするよう伝えておきますので、是非に」
「分かった。断ったらずっとついてきそうだからな。取り合えず宿を探したら店に行くよ」
「宿、ですか。でしたら我々に用立てさせてください。この都市のことは知り尽くしていますから、皆さまに最高の宿を提供しましょう」
「いや、そんな高級な所じゃなくていいんだが……」
俺の言葉が聞こえていないのか、ヘイスールは鼻息荒くやる気満々になっていた。これ以上何を言っても聞かなさそうだったので、結局宿はヘイスールに用意してもらうことになった。
一先ず俺たちは都市を散策した後ヘイスールの店へ出向くことになったわけだ。
ヘイスールたちは何度も頭を下げると、町馬車に乗り込み自分たちの商店へと帰っていった。ヘイスールを見送った後、その場に残った俺たちはどうするかを話し合う。
「で、ヘイスールの店に行くまでどうする?」
「拙者はおいしいものが食べたいでござる!」
「はいはい。他には?」
「トール殿が酷いでござる!」
素っ気ない俺の言葉に憤慨するアミミ。しかしこいつは食べ物のことしか頭にないのか。まあ俺もグルメガイドの著者として、当然この都市のグルメに興味津々だったが。
「私は早く宿に行きたい。おえっ」
「おい、ヘクス。吐くなよ、絶対吐くなよ」
「私はお洋服を見たいわ」
「何知れっと俺たちの仲間面して参加してるんだ? 送り届けたんだからお前はもう帰ってもいいだろ?」
「やだもう、そんないけずなこと言っちゃ男が廃るわよん」
バチンとベルベッタがウインクを飛ばしてくる。
バイキングのような髭もじゃの大男からのウインクに、俺は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「では碌な意見が出なかったので、アミミの意見を採用します!」
「やったでござるー!」
自分の意見を採用されたことがうれしかったのか、アミミが飛び跳ねて喜ぶ。そんなアミミの無邪気さに思わず頬が緩んだ。
「後1、2時間もすれば日も暮れるから、先に飯食ってそれから商会に向かおう。宿を用意してくれるってんだから、あまり遅くなったら申し訳ないしな。日暮れ前にヘイスールの所に行ってそれから取ってもらってる宿に向かおうか」
「それでいいんじゃないかしらん?」
「……まあいい。ヘクスもそれでいいか?」
「私もだいじょぶほはへぇ」
「ぬわっ! やめろヘクス、ここで粗相するなぁ!」
その後、厩舎場に俺の絶叫が木霊し、すべてが終わった後にはすっきりした表情のヘクスが立っていた。
俺は涙目になりながら、火や水、そして洗浄魔法を駆使してきれいさっぱり自分の衣服をクリーニングした。ほんと、魔法ってつくづく便利だなと思った。
こんな都があったら見てみたい。町中がマイナスイオンで満たされてそうです。




