65.あっけないくらい簡単に
本当は昨日投稿予定でしたが、1日遅れで投稿です。ちょっとキリの良い所まで入れるのに時間がかかってしまいました。なので少々ボリューム多めになってます。
「ギギさん、大丈夫ですか!?」
レクイアが逃げ去った後、冒険者たちは混乱の渦中にあったが、幸いエメルなど回復術師達のおかげで死人は出なかった。恐らくそれもレクイアの意図したことなのだろう。
下手に殺してしまっては見捨てざるを得ない。ならば回復できる程度の傷を与えておいた方が足止めには効果的だ。
ヴェルテンは混乱する冒険者を見遣りながら冷静にそんなことを考えていた。
そんな中いち早く立ち直ったキリクがギギの元へと駆け寄る。
ギギは痛む腹部を押さえながら膝をついたままだ。直ぐに後を追うことは難しそうな様子だった。
キリクの問いかけにギギは平静を装って頷いてみせる。
「ああ。大丈夫だ。それよりこの混乱を収拾してさっさと地上に戻るぞ」
「ギギさん……。ですが、今から戻ってもあの魔物には追いつけません」
キリクが沈んだ表情を浮かべる。それは魔物を追っても既に手遅れだということと、そして自分が僅かばかりも足止めすることができなかった不甲斐なさによるもの。
しかしギギはそんな彼女を責めたりはしない。寧ろ手を出さなかったことを褒め称えた。
「気落ちするな。勇気と蛮勇は紙一重だ。今回お前は、手を出さない勇気を持ったおかげ生きている。お前はまだまだ強くなれるさ」
「ギギさん……」
ギギの言葉に胸打たれながら、キリクは瞳から溢れ出そうになる雫を意思の力で堪えた。
そんな彼らに近づいてくるのは神官服に身を包んだエメルであった。
「ギギさん。ひとまず治療を。先程の攻撃、かなり深いダメージを負ったはずです」
「ああ。すまない、頼む」
エメルが両手を翳すと手のひらから光が溢れ、その光が徐々に範囲を広げてギギを包み込んだ。暖かな光にギギは心地よくなる感覚を味わい、すると徐々に腹に感じる痛みが和らいだ気がした。
「この傷は随分深いようですので、回復には暫く時間がかかるでしょう」
「そうか。すまん」
一番の功労者は間違いなくギギだ。そのギギの口から出た謝罪の言葉に、エメルはどう反応したものかと苦笑いを浮かべた。
『それでギギ殿。あの見逃した魔物はどうするか?』
「ふむ。できればここで仕留めておきたかったが……。仕方ない。ノノに任せるか」
「ノノ? あいつに頼むなんて――」
キリクが文句を口にしようとして、傍らに立つヴェルテンから放たれる威圧に思わず口を噤む。この先の言葉を口にしようものなら、最悪命がなくなってもおかしくはないと、キリクは感じずにいられなかった。
「ヴェルテンさんがノノさんの配下なんですよね。それではノノさんは戦う力を持たないのでは?」
エメルの言葉は最も。だがそれはノノを知らない者の反応だ。
『それについては大丈夫だ。主人様は私の他に後3体のアンデッドを使役している。あの魔物程度の実力であれば問題はないだろう。それに――」
そこでヴェルテンは言葉を切り、一拍置いた。甲冑の下に隠れた視線は、その場にいる皆に向けられる。
『主人様は私よりも強い』
それはまるで子供に言い含めるような、しかし妙に高圧的な言葉に、その場にいた全員が黙り込む。
キリクだけはそれが自分に向けられた言葉のように感じ、思わず目を伏せた。
自分より遥か高みにいる人ではないモノの言葉。その声音が、決して主人を立てるだけの言葉ではないと物語っていた。
キリクが見たノノの態度からは想像もつかないが、しかしこの話が真実だとして、勝手にライバルとして見ていた自分が情けなくて、途端に気恥ずかしくなってくる。
自分はなんて滑稽で無様なのだろう、と。
その様子を察してかギギが伏せた頭に手を置いた。
「その気持ちが持てればまだ前に進める」
ギギの手は少しだけ震えていて、キリクにはそれがまるで悔しさを噛み殺すような言葉に聞こえた。そう思ったのはキリクだけだったのかもしれないが、それでもギギに励まされたのだという気持ちは素直に受け入れられた。
先人でさえ追いつけない境地に、次分程度が立ち止まっている暇などないと言わんばかりに。
キリクは一度パチンと自分の両頬を叩いて、己の気持ちを鼓舞した。上げられた顔はさっきまでと比べ、少し真っ直ぐに見えた。
「話を戻そう。俺がノノに連絡を取って魔物が行くことを知らせておく。ダンジョンの出口は俺たちが入ってきた場所ひとつだけ。であれば、あのレクイアとかいう魔物もそこから出てくるはずだ」
「連絡を取るってどうやるクマ?」
「これを使う」
シロクの質問にギギは懐から水晶玉を取り出した。中心部がやや白く濁っており、その周囲を透明な水晶が覆っているようだ。
「そそそそ、それは、通信用の魔法具……ですか?」
「そうだ。俺たちクランの幹部連中で連絡を取り合う用の魔法具でな。勿論ノノもこれを持っている」
「ほわっ!」
ギギの答えにエメルがこの上ないほど狼狽している。
キリクとシロクもこんなエメルの姿を見るのは初めてで、驚きを隠せないでいた。
「エメル。あれってそんなにすごいものなの?」
「あれってそんなにすごいものなの? ですって!? すごいですよ! あれは水晶を通して音声を伝えるだけでなく、映像をも映し出すことができる最新鋭の通信用魔法具なのです! あれひとつで王都の一等地にどでかい屋敷が建つほどなんですから。それを幹部の数だけ用意しているなんて、それだけでアースガルズというクランがどれほどの力を持っていて、どれほどの財力を有しているか分かるというものです!」
「へー。すごいわね……」
興奮気味に叫び散らすエメルに呆れ気味のキリクは素っ気ない返事を返した。すごいということは分かるが、隣でこんなに興奮されては驚く気持ちも失せるというものだ。
その様子を眺めているギギはというと……。
「あのー。早く傷の治療、してくれないか?」
慌ててエメルが正気を取り戻し再びギギの腹の傷を治療するため魔法を発動する。
治癒の光に包まれながらギギは先ほどの話を再開した。
「で、こいつを使ってノノにコンタクトを取る。情報を伝えるだけでも犠牲を減らす対応くらいはできるだろうからな。まあ、ノノなら案外簡単に倒してしてしまうかもしれないが」
その言葉にレクイアの強さを目の当たりにした者たちは乾いた笑い声を上げる。
「では早速」
ギギが手に闘気を込めると水晶玉が輝きを放ち始める。青白い光が水晶玉を包み、鼓動をするかのように水晶玉の中心部から光の波動がまき散らされた。それを数度繰り返し、やがて光が安定する。
「あーあー。ノノ、聞こえるか? ノノ」
『…………』
「ノノ。ノノ? おい、何で水晶の映像がこんなに暗いんだ」
『んぁ? あー、ギギ? んっ』
すると水晶からノノの間延びした返事が聞こえてきた。それと共に時折ゴリゴリという雑音が水晶の向こう側から聞こえてくる。
『んふぅ。ちょ、ちょっと、待って、ねぇ。んん!』
水晶越しに聞こえるノノの艶めかしい声音に、その場にいた男衆がぎゅっと前のめりになる。キリクはそんな男どもの様子に白い眼を向けていた。
ギギは溜息を吐きつつ、一応確認のためにノノに尋ねる。
「ノノ。お前一体、何をやってるんだ?」
『えぇ? あー。今、マッサージ、してる。この水晶、背中に敷いて動かすと、いいツボを刺激してくれるのよねぇ』
「おまっ! 時々ゴリゴリ音が鳴ってたのはそんなことしてたからか! その水晶がいくらするか分かってるのか?」
『んー? 知らない』
水晶越しにニヘラとした表情が容易に想像できるその返答に、ギギは頭を抱えて盛大に溜息を吐いた。暫く気を落ち着けるために深呼吸をし、漸く落ち着いたのか短い息をはっと吐きだした。
「まあ今はいい。それよりこっちでちっとばかし強い魔物が出た。そいつが今ダンジョンの入口に向かって逃げてるから、対応を頼めるか?」
『えー。ギギ逃がしちゃったのぉ? ぷふふ。情けないなぁ』
「五月蠅い。俺のことはどうでもいい。そいつが世に解き放たれれば未曽有の被害が起こることは明白だ。そうなればお前も、トールの所へ行くのにさぞかし時間がかかるだろうな」
『え! 何それ、ずるいぃ!』
ギギは内心何がずるいんだと思いながら、取り合えずノノを乗せるため話を合わせる。
「お前がぶー垂れた所で変わらんさ。もしそんな事態になれば、王国からの勅令は免れない。それを阻止するには、どうすればいいか分かるな?」
『仕方ないなーぁ。その魔物を倒せばいいんでしょ?』
「倒せなくとも深手を与えれば、直ぐに行動は起こせないはずだ。こちらは手傷を負ったものもいるから、直ぐには地上に戻れそうにない。地上の冒険者たちのことも含め頼んだぞ」
『分かったー。だからこれが終わったらトールんとこ行くからね』
「ああ。分かった」
トールという言葉にヴェルテンが僅か手に力を込めるが、それに気づくものはその場に誰もいなかった。
ノノへの依頼が完了したのでギギは闘気を収めると、再び水晶は乳白色の中心部を残して輝きを失う。ふうと息を吐き、水晶玉を懐にしまった。
それと同時、エメルの治癒も完了する。ギギの腹部に空いた穴はまるで何事もなかったかのようにその傷の一切を消失させていてた。驚くべき再生能力である。
「助かった。後で礼はさせてもらう」
「いえ、構いませんよ。そもそもギギさんがいなければ我々は全滅していたでしょうから。それに今我々は同じパーティーです。仲間を助けるのは自然なことですから。遠慮する必要などありませんよ」
「そうか。ありがとよ」
ギギはニカっと笑顔をエメルに向けた。
Sランク冒険者というあまりに偉大な存在に初めはどこか遠い存在のように感じていた気持ちが、少しだけ近づけた気がしたヴァルバドスの3人であった。
「キシシ。あと少しで出口ですね」
レクイアは羽を広げ全速力でダンジョンの入り組んだ通路を飛んでいた。
代り映えのしない景色が過ぎる中、完全にダンジョン内の構造を暗記しているレクイアは迷うことなく一直線に出口へと向かっていた。
時折冒険者たちが倒し損ねた魔獣たちが襲い掛かってきたが、羽の一振りですべてが存在を消滅させていく。レクイアはほとんど速度を落とすことなく飛び続けた。
冒険者たちは追ってこない。そうなる様に幾人かに手傷を負わせたからだ。
冒険者たちは同業者同士、ライバルでありながらも仲間意識が強い。レクイアが人間だったころから、正義感の強い人間たちは多かった。それは今も昔も変わらない。
だからこそその行動を簡単に操ることができる。少し手を加えてやれば、この通りだ。
レクイアはそんな冒険者たちの心が、気持ちが、堪らなく好きだった。他者を思う精神論、助けたいと思う正義感、結局は自分のためを思って打算的な行動をとる偽善者ぶりっ子。
人間臭く、泥臭く、意地汚く、くだらない考えが酷く愛おしい。
それは憧れ。決して自分がそうなれないと分かっているからこそ、その感情が輝いて見えた。そんな人間が眩しく見えた。
歪んだ妄執と愛着はやがて憎悪へと変わる。自分がなれないものに対して、なれない現実に打ちひしがれ、苛立ちを捨てきれない。だから壊す。壊す。壊す。
行きついた先がイーブルアーラ。闇クラン。
歪んだ感情は闇の存在にとっての大好物であり、レクイアは直ぐにその中へと取り込まれた。
そして起こった表のクラン連合と闇クランの紛争。
その結果、魔王復活という大願は成就しなかった。だがレクイアはそんなことどうでも良かったのだ。
彼の目的は魔王の復活ではなかったから。彼の目的は、ただ正義に目を輝かせる存在を壊すことだったから。どろどろとした感情を持て余し、それをぶつける先を欲しがっただけだから。
500年経ち魔物となった今もなお胸の奥で燻っているその感情は、今日再びぶつける先を得ることができた。何と晴れやかな気持ちだ。
あのギギとかいう偉丈夫。とても壊し甲斐があった。だがレクイアも組織の一員である以上、我が儘ばかりを通す道理はない。
まだこれからだ。
熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して熟して。
熟しきった時に、この手で壊す。
それがデザートを一番美味しく味わう方法だからだ。
そうしてようやく出口の光が見えてくる。
それがまるでレクイアにはこれから広がる明るい未来を暗示しているかのようで、心の中の燻りが少し和らいだ気がした。
今はクランの元で動きながら力を蓄え機を待つ。そうしていつかあの男を壊す。心の底から込み上げる笑みを無理やり押さえつけながら、レクイアはダンジョンから飛び出した。
「エンドオブフォーチュン」
鈴のなるような少女の声が耳に届いた瞬間、レクイアの前の光は一瞬にして暗闇に変わった。そこでレクイアの意識は完全に消失し、その存在も一遍も残すことなくこの世から消え失せた。
「よーし、これでトールんの所にいけるぞー!」
するとフルフルと豊かな胸元に挟み込んでいた水晶玉が震える。直ぐにギギから連絡が来たのだと伝わり、ノノは魔力を水晶玉に注ぎ込んだ。
「やっほー。ギギ、変な羽のついた魔物なら今消したから、トールんとこ行ってもいいよねー?」
『……ノノ。お前どこに水晶玉置いてるんだ?』
「え? 胸の上」
水晶玉の向こうからぶほぅと何かを吹き出したような音や地面に倒れたような音、更には何か布でも噛んで悔しがっているような声まで様々な音声が聞こえてきた。
よく分からない状況にノノは首を傾げる。
『あー。ノノ。取り合えず、魔物の討伐ご苦労だった。だがまだそこを離れるな。俺たちが戻るまでは待機だ』
「えー。ちゃんとクエスト完了したじゃん」
『少しくらい我慢しろ。それにヴェルテンだってこっちにいるんだ。近くまで行かないと送還できないだろうが』
『主人様』
「あ、忘れてた。別においてってもいいけど」
『主人様!?』
ノノのすげない言葉にヴェルテンが小さく悲鳴を漏らす。
「あーもう。じゃあ暫く待っとくから、早めに戻って来てねぇ」
ノノは返事も待たずに水晶に込めた魔力を開放する。
ふっと水晶に灯った光が消え、元の中心が乳白色の球体に戻った。
「ノノ君。これは、討伐が完了したと思っていいのか?」
「あ、オルセイのおじさん」
「おじ……。私はまだ35なんだが」
「えへへ。ごめんねぇ。一応クエストは完了したみたいだよぉ。さっきのが噂の正体だったみたい」
「そ、そうか。では私は待機している冒険者たちに情報を伝えてこよう」
あっけらかんというノノに表情をひくつかせながら、足早にオルセイはその場を離れ冒険者達が待つテント群へと向かっていった。
ひとり取り残されたノノは、ため息を吐き独りごちる。
「はぁ。トールんとアミミちゃん、元気かなぁ」
その独り言は誰にも聞かれることなく、青い空へと消えていった。
レクイアが消滅して暫く経った頃、とある屋敷の一室で人ならざる者達が集っていた。
豪華な長テーブルに精緻な装飾の施された椅子。座面には座るものを優しく受け止める為のふかふかのクッションが備え付けられている。
テーブルの上座に1脚椅子が備えられており、テーブルの長辺、左右に3脚ずつ椅子があった。全部で7脚ある椅子は、その内4席が空席である。
上座に座するのは紅灰色の髪をオールバックにした厳しい目つきの男。一見すれば普通の人間に見えるが、開いた瞳は赤に染まっており口元には牙が見え隠れしていた。男は頬杖をつきながら神経質そうにテーブルを指でトントンと叩いている。
その左前に座るのは特徴的な長耳を有しており、一目でエルフと分かる銀髪の美青年。片側の瞳は長髪で隠れており、見えている目も線のように細められていた。こちらも一見人間種ではあるが、もちろんただの人間ではない。
そして上座から右側中央の席に座るのは青い長髪を頭の後ろで結わえた年若い少女。見た目は十代前半くらいだろうか。少女は椅子を前後逆にし、背もたれに顎を乗せてもたれかかっていた。短いスカートから伸びる素足はクッションの上で胡坐を組んでいる。
紅灰髪の男は2人を見て溜息を吐く。
というのも、彼らは今日この時間、この場所に集まるという密約を交わし、ここに来たのだ。全員で7人。しかし集まったのは3人だけ。紅灰髪の男が発起人であることを考えると、実質呼びかけに応じたメンバーは2人だけである。
以前から定期的に開催しているこの会議、皆の出席率が悪いことは問題として挙がっていたが、だとしても今回は特別だ。遅刻厳禁、ドタキャン禁止、予定が入れば事前に連絡。ホウ・レン・ソウ。これ社会人の常識。
彼がこれ程不機嫌なのは、今回の議題が魔王復活に関してだからだ。彼らの悲願である魔王復活について、先日公国で魔王の復活の儀式が行われた。その話をするための会合。
にもかかわらず、出席していないメンバーが過半数。不機嫌にもなるというものだ。
公国にとっての極秘事項である魔王復活について、彼がなぜ知っているかというと、それは闇クランである『マス・メラン』に協力したのが外ならぬ『イーブルアーラ』であるからだ。
そう、この会合はイーブルアーラのメンバーが集って開催されている。
そして紅灰髪の男、イーブルアーラのクランマスターは、儀式の結果共有という重要な議題を各メンバーに事前に通達していた。
「だと言うのに! 何故、誰も、集まらんのだ!」
「えー。ウチ来てるよー」
「……」
「しっ、てるよ! そしてお前は何か話せっ!」
「……あ」
「ふざけるな! もう黙れ!」
「……」
そうしてひとりで憤慨している紅灰髪の男を落ち着けるため、側に控えるメイド服を着た女性が皆に紅茶を差し出した。
「マスター。落ち着いてください」
「……ふぅ。すまない、取り乱した」
男は紅茶を一杯、一息に飲み込むと、大きく息を吐いた。
「他の奴らはもういい。結果だけ話す。魔王様復活の儀式は、失敗に終わった」
「えー。今回は成功するって言ってたじゃん」
「イレギュラーが発生した。既に公国のお姫様は勇者に覚醒していたようだ」
「でも、それだけで失敗するの?」
青髪の少女はこてんと首を倒して、顔を椅子の背に真横に倒す。その首の角度が徐々に大きくなっていき、くるりと一回転すると顔が上下逆さになった。それを弄ぶように自分の手でころころと右に左に、椅子の背の上で首を転がす。
エルフの男はただ黙って線になった瞳をまっすぐ正面に向けるだけだ。
「お姫様の護衛が厄介でな。騎士の女だが、そいつも勇者の血筋だった。勇者は一代にひとりだが、それでも勇者の血筋は須らく地力が高い。アーグスタには荷が勝ちすぎたようだ」
「でも一瞬でも魔王様は復活したんでしょ? ウチはそう聞いてたけど」
「うむ。それなんだが、私も魔王様と思しき魔力を感じた。しかし動きを封じられたのか、その場で討伐されたようでな。やはり勇者を素体として使えなかったことがかなり影響したんだろう」
「そっか。それじゃ仕方ないねー」
そうして少女はころころと、再び自分の頭を弄ぶことに没頭する。
紅灰髪の男はその協調性のない態度に辟易した。
ともに500年以上生きるというのに、未だにこの関係性は変わらない。年を経ることで性格が落ち着き協調性を獲得するかと考えていたが、ところがどっこいまったく変わらないことに逆に驚きを禁じ得ない。
寧ろ500年あって変わらない性格というのも、ある意味恐ろしいことだ。
「しかし他の4人は一体どこをほっつき歩いているんだ?」
「さぁ? そういえばユーリが、この前レクイアがどうのって言ってたかな?」
「……」
「ユーリ、黙ってないで何とか言ったらどうだ?」
ユーリと呼ばれたエルフは、しかし沈黙を貫く。
すると青髪の少女が顔をお手玉のように放り投げながら苦言を呈した。
「ユーリってば、さっきエスに黙れって言われたから黙ってるんじゃないの?」
「何? そうか。なら喋っていいぞ」
「……レクイア、この前死んだよ」
「なんだと!? なんでそんな重要なことを早く言わないんだ!」
「……聞かれなかったから」
「聞かれなかっただぁ? そんな大事なこと、聞かれなくても共有するもんだろうが! なんでお前らは500年経ってもホウレンソウのひとつもできないんだよ!」
紅灰髪の男、エスの悲痛な叫びが館の中に木霊する。
いつもいつも、500年前から何も変わっていないメンバーに振り回され、困った溜息を吐くのがエスという男だった。そして彼は気づいていない。そんな彼自身も、500年前から変わらずずっと同じ反応をしているということに。
それはさておき、今回500年間変わらなかったクランメンバーの一角が欠けたのだ。それが如何に大事であるか、他の2人はさして気にしていない様子だ。
しかしエスにとっては違う。互いに相互不干渉を取り決めていたものの、彼らの目的とするところは同じ。ともに魔王の復活。
その一点で結びついているクランではあるが、それでも長く連れ添ったメンバーがいなくなった。まるで体の一部をもがれたかのような痛みが心に走る。
魔物となった彼らに自然死はない。魔力を取り込めなければ死を迎えるが、そんな間抜けなメンバーなどイーブルアーラには存在しない。
だから彼らの死は、何者かによって齎される以外ありえない。
それを思い、エスは静かに、そしてどす黒い怨嗟の炎が胸の奥に灯るのを感じた。
ノノたちのパートは一旦終了で、次回からトールたちの旅に戻ります。
果たしてこの先、ノノはトールとアミミに再開することができるのか。そして少しだけ登場したイーブルアーラのメンバー。ここからちょっとずつ世界が動いていきます。




