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61.猫でござるよ?

「リーリール……」


 リーリールの名乗りに身構えるアミミ。そして――。


「長いからリー殿でござるな」

「勝手に短縮してんじゃねーよ!?」

「しかし白狼盗賊団? どう見ても猫でござるが……」


 リーの姿を上から下まで眺め、そう呟く。リーの頭に生えたケモノ耳はしっかり猫の味んであることを主張しており、どうにも名前と見た目が一致していないようだ。


「あ、あいつ、団長が気にしてることを堂々と!」

「あたいも知ってる。団長、あの見た目と団の名前のギャップで悩んでたもんね……」

「俺は全然気にしないけどな。団長可愛いし」

「あ、おまっ! 俺も言おうとしてたのに!」

「でゅふふ、おいらも団長好きですぞ」

「お前が言うと事案だからやめとけ」


 口々に盗賊団員たちがその裏話について語るが、概ね好意的に受け取られているようだ。

 しかし当の本人は受け入れ難いのか、顔を真っ赤にしてプルプルと肩を戦慄かせていた。


「お前らうるさいんだよぉ! くそっ、よくも私が一番気にしてる所に躊躇なく踏み込んできやがって。お前は俺が殺してやる!」


 若干涙目になりながらアミミへとナイフを突きつけるリー。実力の程は定かではないが、団長ということはこの中で最も力を持っている可能性が高い。勿論力とは無関係に、周囲の信奉を集めて団長になったと言う可能性もあるが、先程の攻撃を見る限り高い練度で魔法を発動できるようだ。

 アミミも油断なく刀を構え、リーの攻撃に備える。


 するとリーの手の中で、不適な笑みを浮かべるヘクス。ああ、始まったかと俺は溜め息ひとつ、傍観モードに切り替える。


「ふふ。キミ、その手は悪手だよ」

「?」

 ヘクスの手の中にある本が光を帯びたかと思うと、ヘクスを中心に衝撃波が放たれる。リーはその勢いに耐え切れず、ヘクスから手を離すとそのまま距離をとった。ぐしゃりとその場に倒れたヘクスはよたよたと立ち上がる。


「トール。できればボクの酔いをどうにかして欲しいんだが」

「そんなことしなくてもお前なら大丈夫だろ?」

「大丈夫じゃない。何とかしてくれないと、色々なモノを吐き出すぞ。物理的な意味で」


 そういうと込み上がる何かを慌てて口を塞いで押し止めた。

 まったく、どういう脅しだそれは。そもそも公国から馬車に乗った時の元気は一体どこに行ったのか。散々俺の恥ずかしい話をアミミに教えていたくせに。これはその報いだ、と思わなくもないが仕方がない。きっと蓄積したダメージが抜けきらないのだろう。

 俺はヘクスに毒などを緩和する聖属性の魔法を掛けてやる。すると直ぐにヘクスの顔色がよくなった。


「あぁ。楽になった。感謝するよ、トール」

「いいさ。後できっちり金貰うから」

「ふふ。そういう所も嫌いじゃないよ」


 何故か頬を朱に染めながらそんなことを言う。盗賊の男たちはその艶っぽさに目を奪われているようだ。しかし中身を知っている俺からすると、その理由が真っ当ではないのでそういう感情にはなれない。


「く、いきなり何なんだよお前! そんなに先に死にたいならお前からやってやる!」

「残念。キミじゃボクは、殺せない」 

「なめるな!」


 リーがナイフを向けると光が収束しそのままヘクスに向けて発射される。然程離れていない距離、一瞬にも満たない時間で光線がヘクスの元へ到達する。

 発射した時点で勝ちを確信したのだろう。リーの顔には笑みが浮かんでいた。が、光線はヘクスの体を避けて背後へと通り過ぎていく。


「!? お前、一体何をしやがった!」

「その理由が分からないうちはボクに勝てないよ。まあそれ以外の手を使ってもボクには勝てないだろうけどね」


 不敵な笑みを浮かべるヘクスに、リーはギリリと歯軋りする。


 ヘクスが使った魔法は風の魔法。空気を圧縮して密度を変えることで、光の屈折を引き起こしたわけだ。元の世界では理科のレベルの知識だが、この世界では知識としてそれらが体系化されているわけではない。つまりヘクスは体感や経験則からこの理を解したということだ。だから他の人間からすれば、それがなぜ起こったのか理の範囲外にあるため、決して理解が追いつかない。


「キミには絶対的に知識が足りない。だからボクが今、何をしたかも分からないだろう。魔法に関する知識、自然界の法則や理、それらが足りない内はボクには勝てない」

「く、くそぉ!」


 自棄になったリーは光線を何度も発射するが、それらすべてがヘクスに受け流された。そして一度の直撃もないまま、やがて魔力が乏しくなってきたのかリーの肩が上下し、膝が落ちる。だいぶ息が上がってきたようだ。


「さて、気は済んだかな。では次の町まで少し静かにしておいて貰おうか」


 リーの様子にヘクスは笑みを浮かべると、目の前に本を掲げた。すると先ほど以上に本の輝きが増す。

 リーもただではやられまいと、その場から素早く駆け出すとヘクスに一直線に向かっていく。遠距離からの攻撃が当てられないのであれば近距離で、ということらしい。しかしヘクスはこれにも悪手だと呟いた。


「ライトニング」


 本が輝きを最大にすると、次の瞬間ヘクスの前面から雷撃が発射され、リーへと殺到する。リーは反射的にサイドへ避けようと体を動かしたが、それが適う前に雷撃がその体を貫いた。ピシャンと雷が空気を震わせ、周囲に音を響かせた。

 雷が通過した後、リーは何も言葉を発することなくその場に倒れる。勝負は一瞬でついた。


 その様子に周囲の盗賊たちが騒めきたち、中には逃亡する者が現れる。だがヘクスの前ではそれすら許されない。


 ヘクスが再び本を輝かせると、周囲の盗賊たちすべてに上空から一条の閃光が降り注いだ。リーと同じようにその場にいたすべての盗賊たちが、雷撃の影響を受けて体を僅かに焦げ付かせながら倒れた。


「ふぅ。これで終わったかな?」

「ヘクス殿、凄いでござる!」

「カァ!」

「ふふ。ありがとう」


 アミミとワシに褒められてヘクスも満更でもなさそうだ。クランで行動する際はそれぞれの役割が明確に決まっているため、あまり他人から賛辞を受けることは少ない。だから余計に第三者からの言葉が嬉しく感じるのだろう。


「喜んでるところ悪いんだけど、何か回復薬とか持ってないかしら」

「「あ……」」


 血をどくどく流しながらのベルベッタの訴えに、俺たちはすっかり頭の外に追いやっていた事実を再認識させられる。

 忘れられていたことが分かったのか、ベルベッタは少しムッと表情を変えたが、その力さえないのか直ぐにその場にぶっ倒れた。


 結局ベルベッタを治療したあと馬車に乗せ、恐怖で下を濡らした冒険者も一緒に放り込み、気絶した盗賊たちは全員お縄にしてから馬車にくくりつけると、俺は馬車を発車させた。

 盗賊たちには軽量化の魔法を掛けたので馬はさほど重さを感じないだろう。

 幸い街道は一直線。少し時間は押したがこの調子なら日が暮れる前には次の町に着くはずだ。先ほどまでの戦いが嘘のように、穏やかな風が背後へと流れていく。御者台の隣にはアミミがワシを抱きかかえながら、周囲の景色を楽しげに眺めていた。

 そんな様子に俺は自然と顔をほころばせ、馬車は街道をひた走る。





 そこは王国中心地、王都からほど近いアルク山の麓。比較的気候も穏やかで、なだらかな丘陵が続いている。その果てには頂に白く雪が積もっている光景が見えた。

 現在その麓に冒険者たちが数十人集まっており、複数のテントが設置され野営地を形成していた。その野営地の中、一際立派なテントにいたのは5人の冒険者とひとりの男。冒険者は男性3人に女性2人。広いテーブルを挟んで2人と3人。2人側の席には男女がひとりずつ。3人の側にいたのは男性2人に女性ひとり。

 3人のうちの女性は長い黒髪を持つ槍使い。鋭い目つきで生半な実力を持つものが相対すれば、その気迫だけで気を失ってしまうほどの気配を纏っている。

 女を挟んで左右に座る男たちは、ひとりが目を開いているのか分からないくらいの細さで穏やかな笑みを湛えていた。金の髪に純白の法衣が男が神職についていることを物語っている。

 もうひとりは妙に恰幅のいい体格をしており、しかしそれは普通の人間とはかけ離れた見目であった。十人が十人、その人物を見るとこう叫ぶだろう。巨大なクマ、だと。しかもシロクマだ、と。文字通り、それはどう見てもシロクマであり、しかし表情は穏やかそのもの。そのシロクマが明らかにサイズの合っていない椅子にちょこんと座っている。

 向かいに相対するのは、筋骨隆々の偉丈夫。ライオンのような白金の鬣を持った男、クラン『アースガルズ』のマスター、ギギ・グリザリフだ。その隣にいる女性は青紫の長い髪が一種幻想的な雰囲気を醸し出している、『人外魔凶』こと稀代のネクロマンサー、ノノ・サーヴェッジであった。


 今このテントに集っているのは王国屈指のクラン、アースガルズのSランク冒険者2人と、王都でその名を知らぬものはいないといわれるほど有名なクラン、『ヴァルバドス』のメンバーであった。ヴァルバドスはリーダーの女槍使いキリク・スイを筆頭に、Sランクに近しい実力を持つAランク冒険者が多く在籍するクランだ。左右に座る2人もそのAランク冒険者である。

 神官の格好をした男がエメル・デル・キオク。聖属性の魔法を得意とし、魔獣や魔物、魔族に効果的な神聖属性の魔法も扱うことができる。もうひとりの男は更に珍しく、魔獣でありながら自我を持ち、魔物と分類されながらも冒険者として活動している特異な存在。名は見た目からそのままとって、シロクと言った。


 彼らがこの場に集っている理由は、王都近郊のアルク山近くで魔獣の動きが活発化しているとの報告があったからだ。先遣隊の調査でも原因までは判明していないが、多くの魔獣が山脈に連なるダンジョン内で増加していることが確認されている。スタンピードの予兆を感じさせるものであり、もしこの地でスタンピードが起ころうものなら王都に甚大な被害が出る可能性が非常に高い。

 それだけは阻止しなければならないと、王都に属するクランが冒険者ギルド主導の元緊急招集されたというわけだ。ノノは一時王都から逃げ出していたものの、ギギに連れ戻され今は討伐隊のメンバーに組み込まれている。


 着席する冒険者をよそに、全員の前に立つ男がひとり。冒険者ギルドの要職に就く人物、オルセイ・ランドであった。今回ギルドの力を使って冒険者たちを招集した中心人物であるオルセイは、現状を共有するために集まった冒険者を前に、いかめしい顔つきで口を紡ぐ。


「一時侵攻を食い止めて疲れているところ申し訳ないが、現状を共有しておきたいと思う」

「えー。めんどくさい―」


 ノノがテーブルにぐでんと体を預ける。豊満な胸がまるでクッションのように形を変え、向かいに座る男どもの視線を釘付けにする。その様子に鋭い目つきを向けるキリクに気づき、直ぐに2人は視線を明後日の方向に逸らした。


「ノノ。俺たちはただでさえ遅れてきて迷惑をかけているんだ。会議に臨む態度くらいちゃんとしろ」

「いたっ!」


 ギギの脳天チョップを食らって悶絶するノノ。その様子に向かいのキリクは笑みをこぼす。その姿に左右の2人は溜息をついた。


 キリクは王都の中でも女性冒険者としてトップに位置する実力者である。その美貌も相まって、ファンクラブができるほどに人気の冒険者だ。しかしそのキリクにしても、超えられない壁が存在した。それが目の前にいるノノ・サーヴェッジであった。

 自身より高位の冒険者ランクであるSランク。世界に14人しかいないという時点で、その実力がいかに高いかを物語っている。そしてそんなSランク冒険者がキリクに匹敵する美貌を有しており、更には年齢も若く肌の張り艶も自分よりも良い。神は二物を与えないとはよく言ったものだ。ノノに関して言えば二物も三物も与えているのだから。そして何より気に食わないのは、その胸にある豊かなる双丘であった。

 キリクは少しだけ視線を下に向ける。そこには平らな丘が存在するだけ。その事実を認識して、奥歯をギリリと嚙みしめる。周囲の男たちはギギも含め、キリクから放たれる異様な雰囲気に背筋を凍り付かせた。


 その様子にはオルセイですら言葉を発することを躊躇わされる。しかし会議を進めないことには、現状を打開できない。意を決して再び口を開く。


「あー。ギギたちが遅れたことはこの際不問とする。緊急の招集ということもあるからな。今はこの事態をどう収拾するかが問題だ。先の第一次進行に関しては、ヴァルバドスのキリクを中心に両クランの協力で魔獣を撃退できた。だがダンジョン内には未だ多くの魔獣が存在しているとの報告が上がってきている。その規模から、少なくともこれから一昼夜、長くて数日はスタンピードが続くとみている。その中心にいるのは魔物、或いは……"魔族"だ」

「魔族ですって!?」


 オルセイの言葉にキリクが声を荒げる。

 魔力に侵され狂暴化したものが魔獣、そしてその中でも知能を獲得した個体が魔物と呼ばれる。魔族とは、それより更に高次元に位置し人々に恐れられている存在。種族として魔力の扱いに長けており、魔力とともに生きる種族。亜人であるエルフ以上に、魔力の扱いに関しては秀でた種族と言われている。

 魔族が恐れられる理由は一つに集約される。最早おとぎ話とさえ言われる事実だが、それは今でも昔話として長く語り継がれている。原初の魔族と言われる存在、それが魔王。つまり魔族とは、魔王に連なる者。魔王の血族と呼ぶに違わぬ存在、それが魔族でであった。


 しかし千年以上も前に魔王は勇者によって討伐されたといわれている。その際魔族と人間の戦いがあった記録が残されているが、それ以降歴史の表舞台に魔族の記述は存在してこなかった。Aランク冒険者であるキリクも、市井の人間では閲覧できない歴史の真実について目を通したことがある。正しくは目を通したというのは語弊があり、実際はエメルが読んだ内容を伝え聞いただけだが、そんなことは彼女の中ではどうでもいいのだ。要は知っているか知っていないか。それで言うと知っている事実として、百年単位で魔族という存在は表舞台に姿を見せていない

 しかし今現在、その影がちらついているというのだ。それは次代の魔王の台頭や、魔族の反逆など様々な可能性が考えられる。もし本当に魔王が関わってくるのであれば、最早その話の規模は王都のスタンピードどころではなくなってくる。世界全体を揺るがす話だ。

 その事実に、キリクは戦慄した。


「まだ魔族が関わっていると確定したわけではない。しかし何者かがスタンピードを引き起こす何かしらの儀式を行ったという可能性が濃厚だ」

「どうしてそこまで分かるのよ?」

「ダンジョン最深部に隠密で潜った斥候隊が知らせてくれた。残念ながら、魔法通信でその情報を送った後、彼らからの連絡は途絶えたがな」

「……」


 オルセイの言葉に場の空気が途端に重くなる。しかしそんな思い空気も気にしないのは、ノノの良い所なのか悪い所なのか。


「つまり、さっさとそのスタンピードの原因を止めればいいんでしょ?」

「ま、まあ、その通りなのだが……」


 言うは易し、行うは難し。それができればとっくの昔に問題は解決していると、オルセイは文句を言いたくもなる。その言葉を発したのがノノでなければ、きっとオルセイは音に乗せてその言葉を口に出していただろう。そう、ノノでなければ。


 曰く、ひとりで一国を落とすほどの戦力を有しており、伝説の冒険者をアンデッドとして有しており、ある意味魔王と言われても不思議ではない存在。そんな眉唾な話ばかりではあるが、彼女がいれば或いは、今回の件も簡単に片付いてしまうのではと期待せずにはいられない。それがSランク最強と目されている冒険者、ノノ・サーヴェッジであった。

 その様子にキリクはまたギリリと奥歯を噛みしめる。


「んじゃ、さっさと問題解決して、トールんとこに駆けつけるぞー!」


 その気の抜けた掛け声を聞いて、その場に集った上位の冒険者たちは一様に一抹の不安を抱くのであった。


さて、久しぶりにノノ達が登場。トールとアミミが旅をしている間に、ノノはちゃんと王都に連れ帰られていました。


それとお知らせです。ちょっとリアルの方が忙しくなりそうで、週2の更新が難しくなるかもしれません。週2というペースも十分遅いですが。

出来るだけ更新はしていくつもりですが、もし火金で更新できなければ忙しい状況だなと思っていただければ幸いです。

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