60.きっとそれも、よくある話
ベルベッタのハンマーの一振りがウィードを捉える。まるで壁が迫り来るような勢いにたじろぐが、ウィードも伊達に長年冒険者稼業をやってきた訳ではない。ハンマーの柄の部分に下から剣を叩きつけると、生み出された空間に体を滑り込ませる。頭上スレスレを大質量のハンマーが風を切って通り過ぎた。
ハンマーを振り切ったベルベッタに、ウィードは容赦なく襲いかかる。空いた片側に距離を詰めると、隙だらけの半身を切り裂かんと剣を薙ぐ。
「舐めんじゃないわよぉ!」
「くっ!」
しかしベルベッタもウィードの次の行動は予測済み。ハンマーの勢いを殺さずそのままくるりと体を回転させると、戻ってきたハンマーが再びウィードを襲った。
ハンマーと自分との間に剣を差し込み何とか直撃を回避する。ぶつかる瞬間僅かに体を浮かせたことで、衝撃の何割かを逃すことに成功。それでも遠心力と体重の乗った一撃は強力で、ウィードの体を数メートル離れた位置まで押しやった。ザザザと地面に剣を突き立て何とか体勢を立て直す。
「やるじゃないか、ベルベッタ」
「あんたは……弱いわね」
ベルベッタの言葉にウィードが険の籠った視線を向ける。瞬間、地を蹴ってベルベッタに肉薄しての薙斬り。至近距離の剣戟にハンマーの取り回しは不利。ベルベッタは上体を仰け反らせて間一髪、鼻先すれすれで剣を躱した。
しかしウィードの攻撃はまだ終わらない。続けざまに剣を返すと仰け反ったままのベルベッタに向け袈裟懸けに切り下ろす。ベルベッタは同じ体制のままハンマーの柄を突き出し剣を受け止めた。鋼鉄の柄はベルベッタの膂力でピクリとも動かず、ウィードの剣が逆に弾かれた。
「ふっ」
ウィードはその反発を利用し反対方向に回転する。軽やかな舞のような動きでベルベッタが反応する間もなく、ウィードの剣がベルベッタの体を切り裂いた。
「ぐぅ」
幸いにも腰の入っていない一撃のため傷は浅く、ベルベッタは数歩後退る。
「もう一度言ってみろよ。誰が弱いって?」
ウィードはベルベッタを睨みつけながら、にやりと笑った。それは相手を見下す笑みで、自分が上にいるということの証左。ウィードにとってベルベッタは、あくまで自分の引き立て役に過ぎなかった。そのことを理解し、ベルベッタは顔をしかめる。
ベルベッタとウィードは、決して緊密な間柄ではなかったが、過去に冒険者として協力し、同じクエストにも参加したことがあるくらいには知っている。その際はひとりの冒険者として同じ立場でことに当たったし、クエスト完遂の後は共に酒を交わした。その頃のウィードを知っているからこそ、ベルベッタの胸中に後悔や悔しさが滲む。何故変わってしまったのか、と。
「何度でも言ってやるわ。あんたは弱い。自分の力を受け入れられず、非道な行いに走った。あんたは、力じゃなく心が弱いのよ!」
「はっ、ほざいてろ。どうせお前はここで死ぬんだ。何を言われた所で気にもならんさ」
ウィードは構えも取らずベルベッタとの距離を詰める。ベルベッタは、両手でハンマーの柄を掴み力を込めた。今度はベルベッタから仕掛ける。足に蓄えた力を開放しウィードの目前まで移動する。
両手で上段に構えたハンマーを振り下ろす。まるで圧縮された炸薬が爆裂を起こしたかのような加速を伴って、大質量のハンマーがウィードへと迫った。
ウィードはそっと、剣をハンマーに添えた。
ハンマーはウィードの直ぐ側を通り過ぎ、そのまま地面に叩きつけられる。衝撃で地面に亀裂が走り、ハンマーを中心に半径1メートル程が隆起する。まるで押し込まれた地面が周囲に飛び出したかのようだった。しかしそれでも、ウィードには傷一つついていない。
渾身の一撃がよけられたことに、ベルベッタは一瞬唖然とする。
「ベルベッタ、お前じゃ俺に、勝てないよ」
「っ、ウィード!」
すかさずハンマーを持ち上げ横に薙ぐ。が、そこにウィードの姿はなく、いつの間にかベルベッタの背後に立っていた。遅れてベルベッタの腹部から鮮血が飛んだ。
「ぐぅ……」
腹部の傷は深く、血がドバっとあふれ出す。痛みと血の喪失感に自分の意思とは無関係に膝が落ちる。手で傷口を抑え込むが、傷口は予想以上に広く、流れ出る血を止めるには不十分だった。顔面に汗をにじませながら、ベルベッタは背後を振り返る。その顔は痛みをこらえる様と悔しさを綯交ぜにしたような表情だった。
「はは! お前らも見てるだけじゃなくて好き勝手暴れていいぞ!」
「ひひ、副団長ふとっぱらぁ~」
「あたし、あの黒髪ぃぃ」
「んじゃ、俺はあっちで腰ぬかしてる冒険者でも貰おうかな?」
「お、おいら、あの、ちっこい娘が、いいんだ、な」
それぞれがそれぞれ、自分の獲物を見定め得物を手ににじり寄る。中央で戦っているウィードとベルベッタを避けるように、左右に迂回して距離を詰めた。
と言っても見たところ敵の実力は概ねCランク程度。ウィードがあの中で一番の実力者であるなら、アミミだけでおつりがくる。公国での戦いを経験したアミミは今や、実力だけで言えば既にAランクに達している。
「アミミ、今回は技を使わずに戦ってみようか」
「技を、でござるか?」
「ああ。単純に気闘法で身体能力を強化するだけで倒すんだ。そうだな、9人いるから……2分あればいけるだろ」
「に、2分でござるか……。トール殿は厳しいでござるな」
「アミミの力を信頼しているからだと思ってくれ」
「そ、そういわれると照れるでござる」
アミミは頭を押さえながら恥ずかしそうに体をくねらせていた。その様子に頭をポンポンと撫でてやる。それで気合が入ったのか、気を取り直して刀を構えた。
「おいおい、あのガキひとりで俺たちを相手するってよ」
「ぷふっ、それなんの冗談?」
「てかあの黒髪鬼畜だろ」
「お、おいらは、うれしい、んだな」
……。彼我一閃。
俺は人差し指で空間を跳躍した剣閃を飛ばすと、最後に言葉を発していた太っちょの盗賊を切り捨てる。何となく最後の奴だけやばそうな気がした。色々な意味で。
他の盗賊からすると、突如男がひとりでに倒れたようにしか見えないだろう。まさか目の前で人差し指を振るっただけで人が倒れるなど、因果関係を疑う方が難しい。実力のある者であれば俺の放った気が男の直ぐ側に発生したことを読み取れるだろうが、この中にそれほどの実力を有する者はひとりとしていない。つまり誰も俺がやったことだと気づく者はいないわけだ。
すると唯一俺の攻撃だと理解したアミミが文句の声を上げる。
「トール殿。勝手に獲物を減らさないで欲しいでござる」
「すまんすまん。何かあれには触れてほしくなかったんで」
「むー。分かったでござる」
アミミは不服そうな表情を浮かべていたが、気を取り直して刀を手に前を向いた。盗賊たちも、俺の仕業だとは気づいていないが、こちらの誰かが何かをしたということは感じ取ったようである。先ほどまでの余裕が消え、今は警戒感を露わにしていた。
「なんだ? あいつら何もんだ」
するとウィードも俺たちの存在に気づいたのか、意識をこちらに向ける。しかしそんな余裕は長く続かない。ベルベッタが傷口を押さえながらもウィードに向き直り、その瞳を睨みつけたからだ。
「うふふ。あの娘たちがいる以上、あんたらは絶対にやられるわよ」
「……やっぱりお前の息の根を止めないと、その汚い口は閉じないようだな」
「ふふ。汚い口で良かったら、いくらでも聞かせてあげるわよ」
「ベルベッタ……。お前は人を苛立たせる才能があるよ。もう言葉は吐くな。さっさとその口、閉じさせてやるよ!」
至近まで近づくと、ウィードは大上段に構えた剣を天頂へと突き上げ、そのままベルベッタに向け振り下ろした。ベルベッタがにやりと笑う。剣が届くまでの刹那、ウィードもその笑顔を捉えた。
ベルベッタは剣が届く前に拳の中に握りしめた砂をウィードの顔面目掛け投げつけた。ウィードは咄嗟に手でそれを防ぐが、それは致命的な隙となってベルベッタに次の攻撃を許すこととなる。砂を投げつけると同時、ベルベッタは真横に構えていたハンマーを振りぬいた。
ウィードは防ぐ手を持たない。まともにベルベッタのハンマーを側面に叩きつけられると、そのまま数メートルの距離を吹き飛ばされた。そして口から血を吐き出したのは、ベルベッタ。
「がはっ!」
ベルベッタは膝をついた体勢のまま地面に手を突く。まき散らされた血が地面を赤く染めた。
確かにウィードはベルベッタのハンマーをまともに食らった。しかし吹き飛ばされる間際、片手を振り切りベルベッタの胸元を斬りつけていたのだ。予想以上の深手に血が流れ、地面が赤に染まる面積を広げていった。
遠く離れたウィードは剣を支えに立ち上がる。地面を横滑りしたせいで衣服は所々破れボロボロになっていたが、見た目ほどのダメージはない。いくらベルベッタといえど、片手で振るったハンマーではウィードを仕留めきるほどの力を乗せることはできなかった。今ので仕留めきれなかった事実にベルベッタは歯を噛みしめる。
ウィードはしかし、身体的なダメージ以上に、そのプライドに受けた傷の方が大きかった。格下だと決めつけていたベルベッタに、まともな一撃を入れられたのだ。それが不意打ちであったとしても、その事実がウィードにとっては許せなかった。
全身に力を滾らせ剣を真横に伸ばす。飛ばされた距離をじわじわと詰め、死ぬまでにできるだけ恐怖を演出するかのような緩慢な動きだ。
しかしベルベッタはまっすぐウィードを見据えたまま、笑っていた。それがまた癪に触って怒りに拍車をかける。
やがて手が届く距離まで来ると、未だ笑うベルベッタに対してウィードは憎悪の籠もった表情で睨みつけた。
「最後までお前は俺に怒りを感じさせてくれたよ」
「私はあんたのこと、嫌いじゃなかったわよ」
「はっ! いつまでも気持ち悪い言葉を吐いてるんじゃねーよ」
剣が真上に突き上げられる。陽の光がキラリと刀身を染め上げ、ベルベッタの顔を映し出した。
「先に地獄で待ってるわ」
「知るか。くたばれよ、おっさん」
「誰がオッサンじゃごらぁぁぁぁ!!!!!」
ウィードの言葉にキレたベルベッタがハンマーを振るう。ウィードの剣よりはるかに速い速度で振るわれたハンマーは、防御を取る間も無くウィードの体に直撃した。
片手での攻撃にも関わらず、圧倒的な膂力で放たれた一撃は、ウィードの体を容易くへし折り全身の骨を粉々に砕いた。鈍い音が周囲に響き、次の瞬間まるで弾かれたようにウィードは森の方へと吹き飛ばされ木に激突する。大木が衝撃に傾ぎ、潰れた蛙のようにへばりつくと、重力に引かれてズルズルと地面に落ちた。
そのあまりにもな光景に周囲の盗賊達は一様に言葉を失う。自分達の副団長が一撃で沈められたのだ。手負とはいえ、未だ鬼気迫るベルベッタに近づくものは誰もいなかった。
やれやれと思いつつ、ここは俺たちでさっさと状況を進めようかと思っていると、背後でその状況に苦言を呈する声が上がった。
「あーあ。ウィードのヤツ、やられちまったのかよ」
背後に視線をやると、そこにはアーミが立っていた。その手にはナイフが握られ、もう片方の手には力無く項垂れるヘクスがいる。
先ほどの声の主は、手に持ったナイフをヘクスに突きつけると俺たちへと命令した。
「動くなよ冒険者ども。この女を殺されたくなければ手に持った武器を捨てろ。さっさと言う通りにしねーと本当に殺しちまうぞ」
「アーミ殿、これは一体?」
まだ状況がの見込めていないのだろう。アミミはどう言うことかとアーミに問いかける。しかしアーミは解答の代わりに口端を釣り上げた。それは俺たちが接していた、元気が取り柄の商人といったアーミの雰囲気からはほど遠い姿。
「アーミ……。アーミねぇ。くくく」
「ど、どうしたでござるか? アーミ殿……」
余程その質問が可笑しかったのか、アーミは高笑いを浮かべた。ひとしきり笑った後、ギラリとした瞳を向ける。
「俺をそんなクソみてーな名前で呼ぶんじゃねーよ。虫唾が走る!」
「団長!」
その時背後にいた盗賊達が笑顔を見せながらアーミのことを団長と呼んだ。きっと不利な状況に自分達のリーダーが現れたことで、気が緩んだのだろう。
成る程、どうやら初めからアーミにいっぱい食わされていたようだ。ベルベッタが気をつけろと言っていたのはこういうことか。
「アーミ、初めから俺たちを狙ってたってことか?」
「その名前で呼ぶんじゃねーよ。それとお前――」
アーミは先ほど団長と言った男にナイフを向ける。
「お前、昨日3人逃したんだってな。死んで詫びろ」
「だんっ――!?」
バシュ。ナイフの先端から光が飛び出し男の頭部に直撃した。男はぐるんと瞳を回すと、その場に意識を失って崩れる。周囲の盗賊達が緊張で体が強張るのが分かった。
アミミはその光景にキッとアーミを睨みつける。
「くだらねぇ部下を持つと世話が焼けるぜ」
「アーミ殿。仲間ではござらんのか!」
「はぁ? 仲間。仲間ねぇ。はは、違うな。そいつらは俺の道具だよ。それと――――俺をその名前で呼ぶんじゃねぇよ! 俺の名は、リーリール。白狼盗賊団の団長、リーリールだ!」
旅の中で知り合った相手と同じ馬車に乗るなんて、良くある話だ。そしてそんな旅の道中、盗賊に襲われるなんてこともこの世界ではよくある話。実はその旅の相手が盗賊団の団長で、俺たちに襲いかかってくる。きっとそれも、この世界ではよくある話、なんだろう。
ここは元の世界よりも弱肉強食の世界、なのだから。
『昨日知り合った猫耳少女が実は盗賊団のボスでした』
ラノベのタイトルか!
でもきっと、それもよくある話なんでしょう。ここはそう言う世界なのですから。




