↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/111

59.それはやっぱりよくある話

 馬車は街道をひた走る。天気は穏やか、湾内の漣が自然のBGMを奏でており、目を瞑るとそのまま微睡んでしまうほどの陽気だ。しかし外の気候とは裏腹に、車内は異様な空気となっていた。原因は勿論ベルベッタである。

 そうなるのも無理はない。突如、巨漢の男がものすごいスピードで馬車に乗り込んできたのだ。小間使いの少年は恐怖で泡を吹いてしまったし、主人である商人は少年を盾にして馬車の隅に陣取っている。冒険者は警戒しているのか武器に手をかけたままこちらを見ていた。


 そんな空気を払拭するためか、ベルベッタは車内の乗客に頭を下げて謝罪する。


「私の名前はベルベッタ。ごめんなさいね。乗り遅れそうだったから、慌てて走っちゃったのよ。警戒されるのは仕方ないと思うけど、出来れば乗客として迎えてくれるとありがたいわ」


 バチンとオマケのウインクが、呪いも斯くやと言わんばかりのおどろおどろしさを伴って放たれる。ついに耐えきれなくなった商人も泡を吹き、冒険者達とアーミは表情を凍りつかせた。

 アミミはその様子をニコニコと眺めているし、ヘクスはそもそもダウンしている。腫れ物を扱うような周囲の態度に、少しだけ同情の念を禁じえなかった。


「大丈夫だよ。そいつは確かに冒険者だ。俺が保証する」


 ひょこりと御者席から顔を出したのは、茶髪の好青年風なイケメン男子だった。昨日の道中でも世話になった護衛の冒険者だ。呆気に取られる面々を他所に、ベルベッタが驚きの声を上げる。


「ウィード! 久しぶりね。いつ戻ってきたのよ」

「昨日久しぶりにな」

「やだもう。それなら一言くらい挨拶してくれたってよかったのに」

「はは。一応俺も護衛の仕事中なんでな。お前に会うと一晩酒に付き合わされるだろ? 俺はお前ほど酒に強くないんでな」

「確かに。きっとそうなってたわね。それ、正解よ」


 爽やかイケメンと髭もじゃバイキング男の世間話に置いてけぼりになっている俺たちだったが、ウィードと呼ばれた男の言葉でどうやらベルベッタが信用できる人物であると認識されたようだ。商人達は気を失ったままだが乗客の冒険者は武器にかけた手を下ろしていた。


 ウィードとベルベッタの会話もひと段落し、再び車内に静けさが戻る。俺の膝を枕がわりにしているヘクスは未だ酔いに負けて寝込んでいる。アミミはアーミから買い取った干し肉をガジガジと齧っていた。

 そんな中ベルベッタが俺へと話しかけてくる。


「トールはオリオールまで行くのよね?」

「そうだが……。あんたに話したか?」

「いいえ。けどこの道を使う人間のほとんどがオリオールを目指すから、あなたもそうかと思って」

「なるほどな。確かにオリオールまでの間の町を目的にってのはあまりないかもしれないな」

「ここに住む人間としては少し悲しいけれどね」


 そう言ったベルベットの表情は厳ついものの、少し寂しそうだった。公国とオリオールの通過点として、決して各町が栄えていないと言うわけではないが、結局あくまで通過点でしか無いのだろう。オリオールという目的地がなくなった時、それぞれの町がどうなるか、ベルベッタはそういう未来を危惧しているのかもしれない。


「各町に見に来るに値する名物でもあればいいんだけどね。残念なことに、これと言って目玉がないのよ。だからいつまでもオリオールの金魚の糞やってるんだろうけど」

「はは。辛辣だな」


 随分と歯に衣着せぬ物言いだったが、その言葉には地元民だからこその実感がこもっていた。

 するとベルベッタの表情がスッと真剣なものに変わる。俺も思わず、その様子に身構えた。


「ごめんなさい。私、随分なことを言ってしまったわよね」


 ベルベッタの突然の行動。謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる。直ぐにその言葉が昨日の出来事に対してのものだと気づいた。


「別に気にしてないさ、でござる」


 俺が口を開くのに合わせて、俺の背後から声が発せられた。鈴の鳴るような澄んだ少女の声。俺が体を少しだけずらすと、背後にいたアミミの姿が露わになる。


「おい、勝手にセリフをのせるな」

「べ、別に、トール殿の言葉を代弁しただけでござるよ?」

「代弁するのは構わないが、最後のござるは取っとけ」

「仕方ないでござるよ。これは拙者のあいでんててー? でござるから!」

「何でこいつはこんなエラそうなんだ……」


 なぜか胸を張って自信満々に言い放つアミミ。相変わらずのアミミっぷりに、俺は思わず笑みが溢れる。その様子を見てベルベッタも小さく笑い声を漏らした。


「ふふ。その様子だと、2人とも仲直りしたみたいね。お節介を焼いた甲斐があったわ」

「仲直り……。そうだな。お陰様で、誰かさんに痛いことをガツンと言われたんでね」

「あら。そんなこと言うなんて、その誰かさんは随分いい女なんでしょうね」

「自分で言うな自分で」


 俺のツッコミに淑やかな笑い声を漏らすベルベッタ。と言うか、やっぱりこいつの認識では女だったんだな。間違えたら殺されそうなのでベルベッタを男扱いしないよう深く頭に刻み込んでおく。


「そう言えばベルベッタの目的地もオリオールか?」

「えっと……。まあオリオールまでの間でって所かしら」


 妙に歯切れが悪い回答だったが、そもそも冒険者間でクエストに関する詳細を聞くのはNGだ。依頼人に対する守秘義務なんかもあるからな。

 俺も全部詳しく答えてもらおうなんて思ってもいないし、話せる範囲で十分だったんだが、どうやらほとんど話せることがないらしい。

 とりあえず無茶な質問をしたことを謝罪しておく。


「そうか。変なこと聞いてすまなかったな」

「ふふ。冒険者としての礼儀は弁えているようね。まあ別にあなたに話すのは構わないんだけど。……あまり人のいる所では話せないのよ」


 最後の言葉だけベルベッタは俺に顔を寄せて小さくつぶやいた。その際少しベルベッタの髭が当たってチクリとする。顔を離したい衝動に駆られながら、失礼になるかと思い何とか理性でそれを押し留めた。


「あ、おじさん! トール殿にくっつきすぎでござるよ!」

「お、おじ……。ア、アミミちゃん。そこはお姉さんよ。お・ね・え・さ・ん」

「? おじさんでござるが?」

「ぐふっ!?」


 アミミの言葉に強烈なダメージを受けたのか、大仰にのけぞり必死に胸を押さえている。その際ベルベッタの体重移動で馬車の車体が小さく傾いだ。なんだか居た堪れなくなって、取り敢えずアミミの口を塞ぐことにした。


「んんーーー」

「すまない、ベルベッタ。後でこいつに言っておくよ」

「い、いいいいいいいいいのよ? 子、子供もももはしょ、しょしょ正直ねぇぃ」


 歯をぎりぎりしながら目から血の涙を流し、ギンギンに開かれた焦点の合わない瞳は恐怖を感じさせる。最早その威圧感は高位の魔獣さえ圧倒しそうなほどだ。

 うん。これは怒らせてはダメなやつだ。これを言ったのがアミミで助かった。


 そんなこんなで馬車が暫く街道を進み、日も高くなってきた頃、車輪の回転する音が徐々にゆっくりになってくる。何事かと思い御者席を見やると何も変わった様子はない。しかし馬車は確実に速度を落とし、遂には完全に停車してしまった。

 外に見える風景は右手の湾岸で海が波を立てており、反対側には木々が生い茂った森があるだけだ。野営地や休憩所のような平地がある訳でもなく、次の町についたと言うわけでもないらしい。


 ベルベッタも異変を感じ取ったのか、馬車から飛び降り周囲の状況に気を配る。俺もヘクスを床に寝かしつけると、ベルベッタの後に続いて馬車から降りた。アミミもそれに倣う。

 俺たち以外で馬車から降りたのは冒険者だろう2人組男達と御者台にいた護衛。アーミや商人達、そしてヘクスは未だ馬車に残ったままだ。


 ひとまず馬車を停車させた理由を問うため前方へと様子を伺いに向かった。が、直ぐに御者の行方は判明する。御者は何食わぬ顔で馬車から降りると、木々が生い茂る森の方向へ小走りに移動していた。護衛の冒険者もそれに続く。


「おい。あんたらどうしたんだよ。馬車を何で止めたんだ?」

「…………」


 客である冒険者2人のうちの1人がその背に問いかけるが御者は何も答えない。勿論、護衛の冒険者も。

 すると代わりの答えが直ぐに森の中から返された。


「あぇ?」


 一本の矢が飛来すると、声を上げた冒険者の首筋に突き立った。そしてジジジと音がなると、次の瞬間矢が白い光を放って爆発する。規模は小さいが熱と炎を周囲に拡散して男の頭蓋を粉々に吹き飛ばした。

 頭部を失った男はそのまま前のめりに倒れると、ガシャリと装備と地面がぶつかる音を響かせる。遅れて頭部に運ぼうと心臓がポンプした血液が、行き場を失って首筋から溢れ出た。地面に赤黒いシミが広がっていく。


「ひっ!」


 絶命した男の相棒だろう冒険者が、小さく悲鳴を漏らしてその場にへたり込んでしまう。

 男の死を見届けてか、森の中から10人ほどの男女が姿を表した。それぞれ整った装備を身につけており、冒険者としても十分食っていけそうな雰囲気だ。しかしそれが冒険者でないことは一目瞭然。

 冒険者の男の死を目にし、只々せせら笑うだけの男女が何者であるのかは想像に難くない。


「盗賊か……」


 俺のつぶやいた言葉を聞き取った女が、下品な笑みを浮かべてケタケタと笑った。一体何がそんなに愉快なのか分からないが、出来ればさっさとその笑いを止めてほしい。アミミの教育上悪そうだ。


「あの黒髪の男、私にちょうだいよ」


 下品な女は肩に鉈をぽんぽん弾ませながらそんなことを宣った。突然何を言い出すかと思えば、女性に好かれることは嬉しいが、残念ながら今の状況は少しも歓迎できるものがない。

 しかし盗賊に出会うことはこの世界ではよくあることだが、まさか異世界テンプレみたいな状況がこんなタイミングで起こるとは。まあ盗賊についてもアミミに一度体験させておくと言う点ではいい機会かもしれないが。

 そう言うことならできるだけ俺は手を出さず、アミミに活躍してもらおうかと考える。


 ちょいちょいとアミミを手招きすると、取り敢えず俺は何か問題が起こらなければ手を出さないことを伝えておく。アミミは張り切った様子で親指を空に向けて俺の言葉に応じる。


「おいてめーら。こそこそ何やってんだ」

「ん? ああ、すまん」

「はっ! まあいいけどよ。どうせお前らはこのままあの世行きだ。もちろん女はたっぷり可愛がってやるから安心しな」

「可愛がる? 盗賊なのに危害は加えないつもりでござろうか?」

「そう言う意味じゃないからなアミミ」


 アミミは盗賊の放った言葉の意味がいまいちよく分かっていないようだった。出来ればアミミはそのまま清らかに成長してもらいたいものだ。まあ既に色々なものを手に掛けているので、今が清らかと言っていいのかは不明だが。


「あなた達が旅人を襲っていた盗賊ってわけね。今まで中々尻尾を見せなかったみたいだけど、ここで取り押さえてあげるから覚悟なさい」


 そう言って笑みを深めるベルベッタは、いつの間に用意したのか子供一人分はあろうかと言う大きさの鋼鉄製のハンマーを取り出した。その余りの迫力に盗賊達は一瞬たじろぐ。

 しかし盗賊達の中でも冷静さを保っている人間もいた。


「あいつは俺が相手をするよ。お前らじゃ荷が勝ちすぎる」


 そう言って前に出たのは護衛の冒険者であるウィード。どちらかと言うと正義の味方に近い爽やかな風貌であるが、どうやら今回は悪の手先のようだ。態度からして盗賊団の中でも高い地位にいるらしい。


「なるほどね。まさか護衛を行う冒険者と運び手の御者がグルだったんじゃ、事件の証拠が見つからないのも頷けるわ」

「ベルベッタが追ってたのはこの件だったのか?」

「ええ、そうよ。少し前から旅人の往来が少なくなっていると言う話があってね。調べていくと最初の町を通過した人数と最後の町に到着した人数が随分と合わなかったのよ」

「……間の町に滞在するって場合もあると思うが」

「勿論そうかもしれない。実際に道中で盗賊や魔獣の被害が出たなんて報告はなかったし、何か事件があったような痕跡もなかったわ。それでも感覚的に商業ギルドと冒険者ギルドは何かあると感じたのね。そこで何人か冒険者を雇って原因を調査していたってわけ」

「はは! ギルドも中々侮れないもんだな」


 ウィードが楽しげに吠えた。

 普通であれば道中何かしら事件が起こればまず御者や護衛の冒険者に被害が出るはず。そうなれば何かあったことが目で見て確認できるが、それもない以上事件など初めからなかったと言い張ってしまえば、それ以上追求する事は難しい。しかしギルドはその中に僅かな違和感を感じて今回の調査に踏み切ったのだろう。

 蓋を開けて見れば、御者と護衛が共謀して悪巧みを企てていたわけだ。そりゃ出るものも出ないはずだ。初めから客などいなかったと言ってしまえば、証拠は何も残らないのだから。


「それよりも私が許せないのは、ウィード! なぜあんたがこんなことに手を貸したのかよ。あんた、旅から戻ってきた所だったんじゃないの?」

「はん。お前は心底おめでたいやつだな。俺はとっくの昔に戻ってきてたさ。お前には会わないようにしてたがな」

「ウィード……。理由は、やっぱり金かしら?」

「分かってるじゃないか。そうだよ。金だ。俺たちの稼ぎじゃ贅沢な暮らしが出来る訳がない。確かにそこそこでおさまるならそれでもかまわねぇだろう。だが酒や女やうまい飯。この街道で稼ぎを得るだけじゃ、そんな未来は夢なのさ。だったら、稼げるやり方をするってのが利口な発想だろう?」

「人を傷つけて何が稼げるやり方よ! それなら公国やオリオール、王国にだって行けば、冒険者としてもっといい稼ぎが貰えるはずでしょ?」

「公国やオリオール……。確かにクエストは多かったさ。だが稼ぎのいい仕事は危険度が上がるし、俺くらいの実力を持つ人間は山ほどいる。そうなりゃクエストの争奪戦。仕事にありつけない日なんてざらさ。王国は論外だ。あれは化け物の巣窟だよ。実際に行って、肌で感じたからこそ分かる。あんな所にいたら俺なんてちっぽけな存在、すぐに死んじまうさ」


 ウィードは苦々しい表情を浮かべて毒づいた。

 まったく、力が及ばないからと自棄になって犯罪に手を染めるなど、随分と傍迷惑なことだ。もうさっさとケリをつけたくなってきたが、ここは我慢だ我慢。

 隣を見ると、アミミもウィードの自分勝手な理由に腹を立てているようだった。


「御託はいいわ。私のやるべきことは、あんたらを叩き潰してさっさとこの事件を解決する事よ!」


 ベルベッタが巨大なハンマーを地面に向けて振るうと、ゴウと風圧が巻き起こる。その様子にウィードは楽しそうな笑みを浮かべた。


「俺も久々に剣を振いたいと思ってた所だ。ベルベッタ、お前と戦うのは初めてだが、俺を楽しませてくれよ!」

「ほざいてなさい!」


 ベルベッタがウィードに向けて突っ込むと、ウィードも応じるように走り出す。そして力を込めたお互いの武器がぶつかると、武器の鳴らす甲高い音が響き、2人を中心にして周囲の空気が震えた。

 盗賊と冒険者。2人の戦いが始まった。


異世界で盗賊に襲われる。なんてよくある話でしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。