58.それはよくある話
俺が階下に降りるとアミミ達は階段から少し離れたテーブルに座って注文をしている所だった。アミミの横顔はまだブスッとしておりご機嫌斜めで、アーミが代わりに店員へ注文を伝えているようだ。怒った原因がわかっていない俺が行っても逆効果のような気もするが、女の子2人で柄の悪い酒場に放り出すというのもバツが悪い。アミミなら大丈夫、と言うのはきっと体のいい言い訳なんだろう。
俺はため息を吐きつつ、後頭部を掻きながら残りの階段を一息に駆け降りた。
店内は入店時同様賑わっており、周囲の男どもは談笑するものや酔っ払ってテーブルに突っ伏しながら寝寝こけるものなど様々だ。そしてギラギラとした瞳を光らせ、アミミ達を見つめる者達も。
注文を聞き終えウエイトレスが料理人の元へと向かった一瞬の空白。席から立ち上がったのは中世バイキング風の格好をした、巨漢のむさ苦しい髭もじゃの男。のしのしという足音がふさわしい貫禄を滲ませながら、男はアミミ達が座る席へと近づいた。
そして図々しくも空いた椅子に腰掛ける。
男の突然の登場に、アーミはびくりと体を萎縮させた。一方のアミミは特に気にした風もなく、未だにぶすっとした表情を浮かべている。その様子に、男は髭から覗く口端を少しだけ釣り上げた。
「お嬢ちゃん達。2人だけかい?」
「そうでござるが、おじさんは誰でござるか?」
「ふふ。私はここの常連さ」
萎縮するアーミに変わってアミミが答えを返した。男はとんとテーブルの上に肘を置き、手の平に顎を乗せる。そしてまるで品定めするかのように、アミミと、そしてアーミのことを見つめていた。
男の意図を計りかねながらも、アミミもまた、男を見つめ返す。先ほどの不機嫌な表情から一転して、今はその男の動きを注視していた。その時間は側から見れば一瞬。しかし2人の体感はそれ以上の時間の密度だった。
やがて男は笑い声をこぼし、アミミに笑顔を向ける。
「ふふ。お嬢ちゃん強いわね。あなたみたいな娘相手なら、ここいらの男が束になっても敵わないわね」
「おじさんも相当強いでござるな」
「ありがと。名前はなんて言うのかしら?」
「拙者はアミミでござる。こっちはアーミ」
「……聞いておいてなんだけど、お嬢ちゃん、知らない人にそんな簡単に名前を教えちゃダメよ?」
アミミは屈託のない笑顔を浮かべながら自らの名を名乗ると、髭の男は思わず苦笑を浮かべた。アミミへと穏やかな視線を向け、そして続けてアーミを見る。じっくりと、時間をかけて。
アーミはその視線に耐えきれず、キョロキョロとあたりに視線を彷徨わせた。
「私はベルベッタって言うの。よろしくね」
「よろしくでござる」
アミミとベルベッタはすぐに打ち解けたのか、お互い警戒感も無く笑顔を浮かべた。アーミだけは居心地悪そうに小さく縮こまっている。
「む」
そんなアミミの表情が急に不機嫌なものに変わる。その変化に何事かと訝しげになりながら、けれどすぐ後ろに迫った気配にベルベッタは一瞬体を硬直させた。
Aランクの魔獣相手にも遅れは取らないという自負を持つベルベッタをもってして、過った死の予感。ベルベッタは丹田に力を込めると、気迫を込めその存在が待つ背後へと視線を向ける。
「……あんた、この子達の保護者よね?」
背後に立っていたのは黒髪の男。均整の取れた容貌で若く見えるが、これと言って特徴があるわけでもないと言う不思議な印象を受ける。
この店に入ってきた時女をひとり背負っていた目の前の少女達の仲間。居住まいからして冒険者であることは確かだろうが、改めてこの距離に近づかれるまで気配を悟ることができなかった事実に、ベルベッタは驚嘆を通り越して逆に冷静さを取り戻した。
殺気も何も感じさせないのは、恐らく後出しジャンケンでも自分より先手を取れるからだろう。背筋を凍りつかせながら、裂帛の気合を込め立ち上がると、黒髪の男へ真正面から視線を合わす。
「俺の連れが世話になったようだ。すまないな」
凍りつくような冷たい言葉。男が一言を吐くたびに、背中に氷を入れられたように全身を寒気が駆け抜ける。
いつ自分の首がとんでもおかしくない状況。目の前の黒髪の男はそれができるだけの実力を有している。ベルベッタの命など、路傍の石程度でしかないだろうほどに淡々とした言葉。この世界の命の価値が改めて取るに足らないことを思い出さてくれる。
だがベルベッタにも矜持があった。曲げられない信念があった。だから引くわけにはいかない。無力でも強大な力にただ屈するだけにはいかないのだ。
「あんた、名前は?」
「……トールだ」
黒髪の男、トールは僅かに言い淀んだが、すぐに名前を名乗る。
「私はベルベッタよ。あんた、保護者失格だ。自分の子が可愛いなら失くさないようちゃんと見ときなさいよ」
力ではどう足掻いても勝ち目がないことは分かっている。けれどベルベッタはその巨軀を目一杯大きく見せるように、身を乗り出す形でトールの目を覗き込んで精一杯の威圧をのせて睨む。一瞬たじろいだ雰囲気は、果たして自分の隙を誘うための罠か。
トールの目は思ったよりもしっかり自分を見据えてきた。先程言葉をかけた時は一瞬瞳が揺らいだ気がしたが、それでも今はちゃんと覚悟を持ってまっすぐベルベッタを見つめ返している。
その瞳にベルベッタは自分の抱いた不安が杞憂だった事を理解し、トールの肩をポンと叩く。
「その子は強いけどまだ小さな女の子よ。あんたがしっかり見てあげなきゃ、良くない方向に行くかもしれないわよ。ちゃんと彼女のことを見ておやり」
じゃあねと別れの挨拶を切り出すと、スッキリした表情でべルベッタは元いた席へと戻っていった。
去り際、そっとトールの耳元に顔を近づけ囁いた。
「それと、あの娘には気をつけなさい」
それだけ言って、元の席に座ると酒を片手にトールへとウインクを飛ばす。トールはまだ状況が飲み込めていなかったが、むさい髭の大男からのウインクに、少しだけ笑顔が引き攣ったのだった。
「で、さっきの男? は一体何だったんだ?」
「知らんでござる」
ぷいとアミミは俺から顔を背ける。
俺はアミミ達と同じテーブルの席に座り、先程声をかけてきたベルベッタについて問いかける。しかしアミミの機嫌は未だ直っておらず、俺の質問にそっけない態度で返した。
さっきの髭の男、ベルベッタが言っていた言葉。アミミをちゃんと見ろと。
確かに俺はアミミのことをずっと子供扱いをしてきたし、子供だと思っている。公国でリーゼを見た後だから余計にそう感じるのかもしれないが、ひょっとすると俺が思っている以上に、精一杯アミミは大人になろうとしているのかもしれない。
方向性は少しずれている気もしなくもないが、周囲の年長者に張り合うような態度を取ることが多くなったように感じる。アーリアやヘクス、そしてアーミ。自分より年上が多い中で、少しでも俺に見てほしいと言う気持ちの表れだとしたら、確かに俺はしっかりとアミミを見ていなかったのかもしれない。
先生だなんだといっておきながらこの体たらく。師匠に見られたらなんて言われるか想像したくもない。今まで年下と接する機会がなかったのと、教える人間の立場になって少し気負いを感じていたのかもしれない。アミミにとって良い先生であろうという言葉に隠れてアミミ自身の気持ちを蔑ろにしていたんじゃないだろうか。
改めてそう考えると、先ほどのベルベッタの言葉が深く心に突き刺さった気がした。
ベルベッタの目的が何だったのかは分からないが、少なくとも敵意や悪意は感じられなかった。俺も状況に着いて行けず取り敢えず声をかけただけだったが、きっとベルベッタはアミミ達だけでこの場にいる危険性を鑑み、他の人間を牽制しようとしたのではなかろうか。保護者としてと言うのは、きっとそう言う意味も含まれていたんだろう。
自分よりずっと大人なベルベッタに、力では無く心で説き伏せられた気分だった。
俺はまだそっぽ向いているアミミにまっすぐ視線を向けると、テーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げた。
「アミミ、すまなかった」
「トール殿?」
俺が謝ったことが意外だったのか、アミミは間の抜けた表情を浮かべる。
「さっきベルベッタに言われたよ。お前のことをちゃんと見てやれって。俺からすればお前はまだまだ子供で、俺は大人としてお前を導こうとしてた。けど、それはお前をちゃんと見れていたわけじゃなかったんだな。ただ俺のエゴをぶつけていただけだった。ちゃんとお前と向き合えていなかったんだ」
「トール殿……」
「だから今度はちゃんと、お前の気持ちを聞かせてくれ。お前の考えを、お前の想いを」
「……うー。そんなこと言われたらずるいでござる。拙者が子供みたいでござるよぉ」
「事実子供だろ?」
「むかー! そういう所でござる! トール殿のそういう所がダメなんでござる!」
「すまんすまん」
アミミは立ち上がるとぽかぽかと俺の肩を叩いてくる。けれどその手から伝わる気持ちはどこか温かくて、先ほどまでの怒りはどこにもないように感じた。
まだまだ俺とアミミは知り合ったばかりで、きっとお互い不器用同士。今後も付き合っていくなら衝突することも数多く出てくるだろう。今日この場でぶつかり合えたのは、きっとよかったと後になって言える、そんな気がした。
「はい。仲のいいお2人様に、ご飯の時間ですよー。サービスでちょっと大盛にしておきましたからー」
「わ、私もいるんですけど……」
ウエイトレスが山盛りのポテトサラダにブラウンシチュー、バスケットに盛られたパンを持って現れると、それら料理を机の上に並べた。ウエイトレスの放った言葉におずおずとアーミが反論をするが、その小さな声は店内の喧騒にかき消される。
それから俺たちは並べられた大量の料理を3人で食べた。どこに入るんだといわんばかりに料理がアミミの胃袋に収まり、結局5人前くらいはある食事を俺たちは平らげる。そうして俺たちは部屋へと戻った。
少しだけアミミとの距離が近くなった気がして、俺はいつも以上に穏やかな気持ちで眠りについた。
「アーミはオリオールまで向かうのか?」
馬車の準備を待つ間に俺はアーミへと問いかけた。現在次の町へ向かう馬車を目の前に、御者が馬車の車輪や馬をつなぐ革紐を点検している。アミミは近くで興味深げにその様子を眺めていた。少し離れた場所には俺たちと行きを共にした冒険者たちの姿も見える。
ヘクスは相変わらずグダグダで、今は俺の背に負ぶさっていた。
「は、はい。一応、オリオールまで向かおうかと。あ、すみません。少し外します。馬車が発射するまでには戻ってきますので!」
「ああ。遅くなるなよ」
「はい!」
そう言い残すとアーミはタタタと駆け足で近くの建物まで走っていくと、物陰に姿を隠した。
「トイレかな?」
「ヘクス。お前も一応女なんだから、少しは恥じらいを持て」
「ふふ。ボクのことを女として見てくれてるんだね。それだけでもうれしい限りだよ」
全体重を俺に預けながら耳元で囁くヘクスに、思わず背筋に電気が走ったようにびくりとなる。背中に女性を背負うのは心臓に悪い。ただでさえ色々当たって、平静を保つのが精一杯だというのに。
暫くするとアーミが戻ってくる。その頃には馬車の点検は完了したのか、アミミも俺たちの元へと戻ってきていた。御者が馬車の客車後部にタラップのような階段を設置すると、近くで待っていた他の客も乗り込み始めた。俺たちと他の冒険者たちもともに乗り終えると、御者は階段を取り外し御者台に乗り込む。その隣には昨日見た冒険者の姿もあった。
客車はそこそこの広さがあり、俺たちの他に冒険者2人と、商人っぽい恰好をした男に小間使いらしき少年の2人、俺たち含め計8人が乗り込んでいた。人数が多く客車も広い分、馬の数も多く馬力のあるタイプの馬車のようだ。
御者が出発の声を上げると、ゆっくりと馬車の車輪が輪転する。
「待ってー! 私も乗るわー!」
馬車がちょうど町を抜けて街道を進もうとしたとき、大音声を上げて馬車を引き留めようと姿を現したのは昨日宿兼酒場で知り合ったベルベッタだった。髭を生やした巨漢の男がドスドスと重い足音を響かせながら馬車へと迫ってくる。その光景に恐怖したのか、商人と少年がヒッと声を漏らした。
確かにバイキングのような恰好をした悪そうな顔つきの人間がものすごい速さで馬車に迫ってきたら、きっと誰もが商人たちと同じような反応をするだろう。声を上げさえしなかったが、冒険者2人も驚愕の表情をその顔に張り付けている。幸いにも俺たちはヘクスを除いて昨日ベルベッタに会っているためそこまでの衝撃は受けなかった。アーミは若干顔を引き攣らせていたが。
しかしその存在に最も恐怖を感じたのは、この馬車を引く馬たちだったようだ。馬はベルベッタの様子に驚きその巨漢から少しでも離れようと足の回転速度をさらに上げた。徐々に馬車とベルベッタの距離が開いていく。今の速度では到底追いつけないかと思ったその時、ベルベッタが低くドスの効いた叫び声をあげて太ももに力を込める。
「こなくそぉぉぉぉ!!」
地面に足を沈み込ませながら先ほど以上の速度で瞬く間に馬車に追いつくと、客車の縁を掴んでそのまま中へと飛び乗った。ベルベッタの重さに大きく客車が揺れるが何とか耐えきって、数度左右に大きく揺れただけで直ぐにまっすぐに戻った。
御者もびっくりしすぎてこちらを見ている。頼むから前を見てくれ。事故ったらシャレにならん。
その祈りが通じたのか、はたまたヒヤリとなることがあったのか、御者は直ぐに前を向き馬車は一度大きく傾いだ後は順調な走りを見せた。
ベルベッタの息が整うのを待って俺は疑問をぶつける。
「なんでこの馬車に乗ってきたんだ?」
「はぁ、はぁ。そうね、一応私の冒険者としての仕事とだけ言っておくわ。それに――」
「それに?」
「旅は道連れってよく言うでしょ? 知り合いがいた方が楽しいじゃない。まあ気にしないで。短い間だけ一緒に旅をするなんて、よくある話よ」
「……はは、まあ、確かによくある話だ」
ふとアルティス達のことを思い出し、思わず乾いた笑いが漏れる。
そう言ってにかっと笑顔を浮かべるベルベッタは、その強面に反して少年のように無邪気に見えた。
ベルベッタ。元々想定してなかったですが、物語の流れで登場したキャラクターです。かなり濃ゆいでね……。




