57.女心は難しいものだと誰かが言っていた
オリオールへと向かう道中、俺たちを乗せた馬車はひとつ目の町へと辿り着いた。それほど大きくない町らしいが、一応商店街や娯楽施設などもあるようだ。
今は時間にして午後4時頃。時節柄、まだ日は高く、夕闇がやってくるには少し時間がかかる頃合いだ。
途中休憩を挟んではいるが、それでも朝から続いた馬車の旅は体に疲労を蓄積しており、全身を伸ばすことでそれらを少しだけ緩和させる。馬車を降りて体を伸ばす俺に倣って、隣に来たアミミも同じように体を伸ばし始めた。2人して体を伸ばす姿に、アーミも興味津々で隣に並んで同じようにすると、少し体が楽になったのか笑顔を浮かべている。
俺たちが乗ってきた馬車は一旦この町の格納庫へと格納され、また明日の朝公国へと引き返していくそうだ。そのため俺たちはここから次の町まで別の馬車に乗り換え、次の町でまた町間をつなぐ馬車に乗り換える。そうやって経由する町ごとに馬車を乗り継ぎ、最後にオリオールへ到着するというわけだ。
各町間の距離は馬車で進んでも朝に出かけて日暮れ頃到着となるくらいには離れており、夜間の運行は行っていない。さらに馬車は日に1本、お互いの町から交差する形で走っており、それを逃すと翌日まで足止めを食ってしまう。この町に来るまでにも一台馬車とすれ違ったが、恐らくそれが明日の朝には公国からこの町に向けて出発するのだろう。
そう言えばアルティスたちも南に向けて馬車に乗ったはずだ。俺たちは1日遅れで馬車に乗っているため、何処かに滞在していればそのうち出会うことになるかもしれない。まあまた途中でトラブルにでも巻き込まれているかもしれないが。
荷物と客、護衛を全て降ろしたことを確認してから、御者は馬にムチ打ち馬車を引いて格納庫へと向かっていった。そんな馬車を見送りながら、足元に視線を移すとヘクスが地面に横たわっている。一応彼女も干し肉の刑から一旦は回復したのだが、結局その後馬車の振動にやられ体調を崩してしまった。つまりは酔ったのだ。冒険者が何をと思わなくもないが、意外と馬車の揺れが苦手という冒険者は多い。うちのクランでもヘクスともうひとり、乗り物が苦手だというメンバーがいるくらいだ。
「どっこいせっと」
ぐったりしたままのヘクスを俺は肩に担ぎ上げた。持ち上げるとその軽さに、改めてヘクスが女性なんだということを意識させられる。
「何か失礼なことを考えていないかい?」
「別にそんなことは考えてないが」
「その言い方は10割失礼だね」
「その言い方のほうが失礼じゃないか?」
蒼褪めた顔をちらとこちらに向けてヘクスが問う。俺のそっけない答えを聞いて、しかしいつもの元気がないのか、心なしか言葉に力が無いようだった。そんなヘクスを心配して、アミミも近くに寄ってくると、指先でつんつんとヘクスの体を突く。
「ヘクス殿。大丈夫でござるか?」
「ふふ。大丈夫。本音を言えばお姫様抱っこを経験してみたいけれど、こういう雑な担がれ方もモノ扱いされてるようで興奮するね」
「トール殿ー。変態がいるでござる」
「こら、変なモノ見ちゃいけません」
「ふふ、ぐふふふ」
力ない笑みを浮かべて吐いた精一杯の強がりだったのだろうが、変態しているので一蹴しておく。しかし予想外のご褒美を与えてしまった事実に気づき、思わずため息が漏れてしまう。
「ヘクスはどうでもいいとして、とりあえず今夜の寝床を確保しなきゃな」
「それなら私が良いお宿知ってますよ!」
俺の零した呟きを聞きつけたアーミが、しゅばっと勢いよく手を上げて元気のいい返事をする。俺もこの町は初めて、というより公国以南の地域には今まで来たことがない。なのでこの先に待ち受ける町々は全く前情報がないわけだ。一応ヘクスはこっち側にも来たことがあるらしいが、今はこの状態なので戦力としては期待できないだろう。
なのでアーミのこの提案は、俺たちにとって渡りに船だった。
「ならお願いしてもいいか?」
「まっかせて下さい!」
頼られたことがうれしかったのか、今まで以上の速度で耳をピコピコと揺らす。そのまま意気揚々と俺たちを引き連れると、アーミは目指す宿へ向けて歩き出したのだった。そんな俺たちの姿に、残された冒険者達は何かを探るような視線を向けていた。
「着きました!」
しゅばっと勢いよく手を上げると、ピコピコ耳を忙しなく動かしながら、アーミは俺の方へと上目遣いの視線を向ける。
アーミに案内された場所には一軒の建物。ぶら下がる看板にはベッドと酒瓶と思しき絵が刻まれている。旅人や冒険者の中には文字を読めないものも多いため、看板をぶら下げて何の店かを教えている店も多い。こういった小さな気遣いを見ると改めて感心させられる。
看板の画からすると、どうやらここは宿と酒場が併設された施設のようだ。食事も併せてとれるならありがたい。
「案内ご苦労」
「えへへー」
空いた方の手で頭を撫でてやると、アーミは頬を染めて屈託のない笑顔を浮かべた。何故か隣に来たアミミが自分もと催促するが、意味が分からないので放っておく。
ここまで案内してくれた礼に、少額ながらお駄賃を渡し、剥れるアミミを放って俺たちは宿の中へ足を踏み入れた。
ドアを開けた瞬間、中からどっと喧騒があふれ出して一瞬目を剥いてしまう。
建物の中は存外広く、一階全体が酒場となっており、フロアに所狭しとテーブルが並べられている。大体7割くらいの席が埋まっている様子だが、元が広いので人数で言うとかなりの多さだ。酒場も兼ねているということもあってか、むさ苦しい男や冒険者のような恰好をした人間が騒がしく飲み食いしていた。
テーブルを超えた先、片側の奥にはカウンターが用意されており、椅子が数客並んでいる。そちらはゆっくりと飲む人間が集まっており、今は男女が隣同士になって酒を片手に会話をしているようだ。カウンターを超えた奥ではバーテンダーだろう男がグラスを布で拭いており、背後の壁に設置された棚には種々様々な酒瓶が並べられている。一般に流通する酒瓶もあれば、俺も初めて見るものまで置かれており品揃えは中々いいようだ。
バーカウンターとは反対の店の奥側にも別のカウンターが設置されており、そちらは客用ではないのか腰を掛けるための椅子などが置かれていない。カウンターの奥は調理場になっているようで、どうやら完成した料理を直ぐに受け取って配膳できるような仕組みになっているらしい。その証拠にカウンターに料理が並べられると、手前にいた店員が料理の乗った皿を受け取り注文のあったテーブルまで運んでいた。中々理にかなったオペレーションだ。
中央には上階に昇れるよう階段が設置されており、その隅にひとり用のカウンターが設置されていた。宿泊客はこの階段を登って部屋へと移動するのだろう。今はカウンターに誰も人がいないようで、きっと店の店員が調理や配膳と掛け持ちして宿の受付もしているのだろう。
中々の賑わいに果たして部屋が空いているか不安がよぎるが、ここで諦める必要もないので一先ず宿帳の置かれている中央のカウンターへと足を進める。俺たちのことが物珍しいのか、周囲の視線が妙に注がれる気がする。改めて考えると侍の姿をした少女が一緒にいるだけでも目立つところ、ヘクスという残念だが見た目だけは麗しい女性を肩に担いでいるのだから、周囲の注目を集めるのは仕方のないことだろう。
雑多に広がるテーブルと、飛び交う喧噪、そして好奇の視線を避けながら受付カウンターの前まで来ると、俺たちの姿を目ざとく見つけたバーテンダーの男がこちらへ近づいてきた。
「宿泊かい?」
「ああ、そうだが。……あっちの客はいいのか?」
そう言って俺は視線をバーカウンターの方に座る男女へ向けるが、バーテンダーの男は苦笑を浮かべて肩を竦ませた。
「構わないさ。あの男はここによくきて女を口説くんだが、あの女で27人目だよ。毎回失敗してる」
「そりゃまた。お盛んなことだな」
「はは、確かにな。だがまあこの狭い町じゃみんな知り合いみたいなもんだからな。こぶつきの男になびく女なんて少ないもんさ」
「……」
最初に聞いた時は冗談めかした笑いを出すことができたが、その後の言葉に男が結婚している事実を告げられ、そんな状態で女性と付き合おうと思う心理に理解が及ばなかった。それ以上にそんな男でも結婚できるという事実に、俺の心にぐさりと大鎌が振り下ろされたような錯覚を覚える。世の理不尽に思わず唇をかみしめた。
「お、おい。兄さん、大丈夫かい?」
「ア゛ア゛。ダイジョーブ」
「なんで片言なんだい、兄さん……」
男は心配げな表情を浮かべるが、俺の言葉に納得したのかそのままカウンターの中へと体を滑り込ませた。椅子に腰かけ宿の台帳を開く。
「で、宿泊は何日だい?」
「1日の予定だ」
「1日か……。良かったな。それならちょうど空いてるぞ」
「そうか。じゃあ頼む」
「分かった。今鍵を渡してやるからちょっと待ってくれ」
そう言って男は側の壁にかかった鍵掛けから目当ての部屋の鍵をとると俺に手渡す。
「2階の3番の部屋だ」
「……もうひと部屋空いてたりする?」
「いんや。ひと部屋だけだ」
男はにやりと笑みを浮かべると、大仰に肩を竦めて手の平を天に向けた。
俺は手の平に乗せた鍵を一度見つめると、担いだヘクス、アミミへと順番に視線を移す。そしてもう乾いた笑いを出すと、どこか感情が抜け出ていくような喪失感を感じた。
ここまでの道中で疲れた体は、今更どうしようもないこの現実をどうにかするほどの気力は湧かない。仕方なく今夜は一室で世を明かそうと俺は覚悟を決めるのだった。そしてこの時の俺は気づいていなかった。いや、気づいていて、それを口にしなかったのだ。
男から受け取った鍵を手に、とりあえず力ない半笑いを浮かべるヘクスを寝かしつけるため階段を上がって部屋へと向かった。階段を上る際、背後から男たちの嫉妬や羨望がこもった熱烈な視線を浴びせかけられた気がするが、決してそういう関係ではないので優越感は微塵も感じない。そしてアミミを見て変に興奮している不健全なヤツ、後でシバく。
2階へ上がると左右に1本廊下が伸びており、さらにその廊下の左右に向かい合わせで扉が設置されていた。一辺2部屋、合計で8部屋あるようだ。部屋数が多いわけでもないので、1部屋だけでも空いていたのは喜ぶべきことなのかもしれない。そうして3と大きく書かれた扉の前まで行くと、俺は傍らの人物に声をかける。
「ところでアーミ、なぜお前までついてくる」
「へ?」
何言ってんの? みたいな表情を浮かべられ、逆にこっちがおかしなことを言ったような気にさせられる。だが俺は至極真っ当なはずだ。別に旅の仲間でも何でもないアーミが、しれっと俺たちと一緒に宿に、そして同じ部屋に泊まろうとしている事実に、ここまで来てようやく突っ込みを入れる。
「私、野宿なんですか?」
上目遣いにウルウルと目に涙を浮かべながら、胸の前で両手を合わせて懇願してくる。
いやいや、そうじゃない。そういう意味じゃないけど認識が違う。というか普通ただの旅人と一緒の部屋に泊まろうとするのがおかしいだろう。俺がそう問いかけると、アーミは至極簡単な口調で答える。
「そんなの、私だって誰彼構わず着いていきませんよ。でも相手のいる男性なら気にする必要はないでしょ? 別に私はお兄さん達が致しても全然気にしませんし!」
なぜだがハキハキとそんなことを元気一杯に告げられて、俺は返す言葉を失った。驚愕半分、呆れ半分。まさかそんなことで信用されるとは思っても見なかったが、それはいささか認識が甘すぎるんじゃなかろうか。まあ別に致しもしないけども。
すると俺の表情から考えを読み取ったのか、ちょいちょいと俺を手招きする。俺がアーミの顔の高さに合わせ体をかがめると、耳元に口を近づけてそっと囁く。
「それに、お兄さんなら何かされても全然構いませんから」
ふっ、吐息を吹きかけて俺からから距離を取るアーミ。若干頬を染めてどこかはにかんだ表情を浮かべていた。そんな獣耳の少女の姿に少しだけどきりとしてしまう。
いや、きっとこの気持ちは猫耳のせいだ。愛玩動物を世話するのと変わらない程度の気持ちなのだ。直ぐに頭の中に浮かんだ感情を振り払い、しかし結局このまま追い出すのも薄情かと思い直すと、仕方なくアーミも同じ部屋へと通してやることにした。
「分かった。今夜はお前もここに泊まれ」
「やった! お兄さん、大好きですよ!」
ぴょんぴょん体を跳ねさせてそのままの勢いで俺の腕に絡み付いた。柔らかな膨らみのいとありがたき感触が俺の腕に伝わってくる。グッと自分を抑え、冷静を装いながら俺は部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中は思っていた以上に広く、部屋の中央にはローテーブルが、向かいにソファ。そして壁際にベッドが2台置かれている。仕方ないとは言え、2人部屋という事実に思わずため息が漏れた。
取り敢えずベッドまで近づいてヘクスを寝かせてやってから、そのまま疲労した体を引き摺りソファへと力無く腰掛けた。
「あー。お前ら、これで飯でも食ってこい」
俺は懐から取り出した金子をテーブルに放り出して、背もたれに体を預けた。その言葉にアーミが含まれていることを以外に思ったのか、アーミがおずおずと尋ねてくる。
「私も一緒にいいんですか?」
「ああ。構わんぞ。好きなものを食べてこい」
「ありがとうございます!」
ぶんと音が鳴るくらい大袈裟に上半身を前へと下げる。
ふと、アミミが俺の方を真剣な表情でじーっと見ていた。それに気づいて視線を向ける。するとアミミがとたた、と小走りで俺に近づいてくると、ソファに飛び乗り片方の腕を取ってぎゅっと両腕で抱きしめた。
どういうことか意味が分からず首を捻ると、俺の態度が不服だったのか、アミミはぷくっと頬を膨らませた。ぴょんとソファから飛び降りて金子を手に取ると足早に部屋を出て階下へと降りて行ってしまう。
アーミも心配そうな表情を浮かべ、一度俺の方に振り返ると、アミミの後を追って部屋を出て行った。
部屋にひとり残された俺はぽかんとした表情のまま、ソファにただ力無く腰掛けていた。
暫くぼんやりとしたままため息をついて、重い腰を上げる。
このまま部屋にいるとアミミたち2人だけ食事に行かせて、残った2人だけでナニをしているのかと疑われてしまいかねない。我ながら打算的だと思いながらも、先程変な視線を向けていたやつを思い出し、何か起こらないようアミミ達を追って部屋を出た。出掛けに背後からヘクスの声で、『ちゃんとしなよー』と気の抜けたアドバイスが聞こえてきた。
俺はその遠慮ない言葉に苦笑しながら、鍵と念のための結界を張ると、そのまま階下へと降りるのだった。
ヘクスは魔法中心の戦闘スタイルなので、体を動かすのが苦手な人です。
別に強大な魔法を撃って魔力すっからかんになって動けなくなったりはしませんが、乗り物に酔うし少し山登りすればすぐ息切れるしで、体動かすと体力がなくなって動けなくなります。勿論腕立て伏せなんてできません。




