55.ヘクスのおつかい
作品タイトル変更しました。迷走してたらご意見をどうぞ
「久しぶりだね。同志よ」
「うわ。嫌なやつに出会ってしまった」
「心の声がダダ漏れだよ。随分とひどい言い方だね。まあボクにとってはご褒美だけど」
「? どういう意味でござる?」
「ふふ」
アミミが頭に疑問符を浮かべるが、世の中には知らなくてもいいこともある。だからあまり深く突っ込むな。
「さて。感動的な再会にキミと夜を徹して語り合いたいところだが、残念ながら私は今立て込んでいてね」
「それは良かった。俺たちも予定があるんだ。じゃあまたな」
「ちょっと待ちたまえ」
立ち去ろうとした俺の体が何か見えない力に押し止められる。体全体を透明な壁に抑え込まれたかのようだ。
力を入れれば崩すことは容易いが、流石に往来の真ん中でそんなことをすれば、反動で周囲の店や家屋に被害が出かねない。それを加味した上で、ヘクスはこの場に俺を縛りつけたのだろう。つくづく嫌らしい性格をしている。
「バインドか。それ、好きだな」
「ふふ。対人においてこれほど使いやすい魔法もないからね」
くるくると空いた方の手で肩まで伸びた髪を絡ませる。
反対側の手では、よく見ると手にした本がうっすらと青白い光を帯びていた。魔導書を触媒に絶賛魔法発動中のようだ。
「トール殿? 大丈夫でござるか?」
「ん? ああ。動けないだけだ。問題ない」
「それ、問題な気がするでござるが……」
そもそも俺はヘクスと顔見知りだ。ヘクスに敵意がないことは初めから分かっているし、同じギルドのメンバー、人となりも知っている。彼女は決して仲間を傷つけるような人間じゃない。
そういう安心があるからこその答えだが、初対面のアミミからすれば心配になるのももっともだろう。
「引き止めるってことは、まだ俺たちに用があるってことか?」
「具体的にはキミに、だがね、トール。実はボクはこれから研究のためにある場所へ向かおうと思っていてね。ぜひキミに、その護衛を頼みたいんだ」
「断る」
「素気無い答えだ。流石のボクも泣いてしまうよ。およよ」
「とか言いながら笑顔を浮かべるんじゃない」
言動と行動がチグハグで、相変わらず本心が読みづらい相手だ。ヘクスの依頼、できれば断りたいが、きっとそう言うわけにもいかなくなる。おそらく彼女は、俺が断れない条件を突きつけてくるからだ。
「まあそう言うことなら仕方がない。ところで、ちょうどマスターから言伝を預かっているんだけどね。聞きたいかい?」
「…………」
「ふふ。ボクの依頼、引き受けてくれるかい?」
「……分かった」
マスターの名前。それはこれ以上ないほどの強力な切り札。俺が断ればきっとヘクスはクラマスに俺の居場所を告げるだろう。その間に俺は逃げるが、下手をするとヘクスが力尽くで止めに入るかもしれない。無理に押しとおることも可能だが、その場合町に被害が出る可能性がある。
何より俺はヘクスと戦いたくはない。勝てるか勝てないかではなく、やはり同じクランのメンバー。争いごとは望むところではない。
俺の答えを聞いたヘクスは、口元に薄く笑みを浮かべて、首を僅かに傾ける。
「それは良かった。では詳しい話をしようか。そこの侍ガールも一緒に、どこかお店にでも入ろう。安心したまえ。会計はボクが持つよ」
そうして俺たちはヘクスに付いて、先ほどアーリアに教えてもらった焼き菓子店へと向かおうことになるのだった。
さて、ヘクス・エルオールという人物について語っておこう。
彼女は俺と同じクラン『トレジャーハンター』に所属するAランク冒険者だ。手に持った魔導書で様々な魔法を駆使し、魔法の羽ペンで呪文を記すことで別の魔法を同時並行で使用する。更に口頭で呪文を紡ぎ、最大同時に3種の魔法を発動できるという、ひとりで固定式連射砲台のようなことをやってのける非常に強力な魔法使いである。
普段は歴史の真実を追い求めてこの世界を行脚しており、それに想いを馳せ記すことを至上の喜びとしている変態。かつ俺にとって、ある種クランメンバー以上の協力者と言える存在だ。
「つまり恋人だ」
「違うわ!」
俺たちは今、アーリアに教えてもらった洋菓子店の店内でお茶をしていた。持ち帰り専門かと思っていたが、どうやらイートインスペースもあったようだ。ここもグルメガイドに記しておこう。
アミミはアプーのパイと紅茶を頼み、俺とヘクスはそれぞれ別の茶葉を使った紅茶を頼んだ。アミミは俺の横に、俺の向かいにヘクスが座る形となっている。
パイを食べていたアミミはヘクスの先ほどの発言を聞いてカランと手に持ったフォークを取り落とす。ギギギと油の切れた機械人形のように首だけをこちらに向けると、絶望を目に浮かべながら焦点の合わない胡乱な瞳で見つめてきた。その口はパクパクと開いたり閉じたりを繰り返している。
「いや、違うからな。変な嘘信じるな」
「そ、そうでござったか。嘘でござるか。そうでござるか」
俺の言葉に安堵したのか、妙に明るくなったアミミは再びフォークを拾い上げると、アプーのパイの牙城を崩さんと作業に取り掛かる。さくりとパイの表面が子気味いい音を立ててフォークで分断されると、切り離された断片にフォークを突き立て口の中に放り込んだ。口の中からでもサクサクと心地いい音を響かせた。
「そういえば、私たちの子供は元気だろうか?」
「ぶふーっ!」
「……侍ガールよ。食べ物を吐き出すのは汚いぞ?」
ヘクスは自分にかかったアミミの吐き出したものを取り出した手拭いで綺麗にぬぐい取りながら、少しだけ微笑を浮かべていた。見なかったことにしよう。
「誤解を招くような言い方をするなよな」
俺はゲホゴホとむせるアミミの背中をさすってやりながらヘクスに文句を言う。正直言って、俺はヘクスという人間が苦手だ。つかみどころがないと言うか、こちらの言葉に対してのらりくらりと躱されると言うか、会話の上でこいつの本心がいつも掴めないでいた。
だが決して嫌いというわけではなく、一緒にいるのが嫌なわけでもない。なんとも複雑な関係である。
「別に子供なんて産んでないだろうが。冗談ばかり言ってアミミを揶揄うな」
「確かにそこの侍ガールを揶揄ってはいるが、けれど冗談では無いだろう? ある意味キミと私の愛の結晶でもあるのだから。それに、私はキミとだったらそう言う関係になってもいいと思ってるよ」
テーブルに肘をつき、煽情的に視線を俺に投げかけてくる。口角を僅かに上げて微笑んでいるが、しかしその表情は感情を感じさせない。
「そ、そう言う関係……でござるか?」
恐る恐る、言葉の意味をヘクスへと確認する。
「うむ。つまり子供を産む関係。具体的には男女がまぐわい快感を共有し、その果てに新たな命を授かる子孫繁栄の高尚なる儀式。俗物的な言い方をすればセッ――」
「子供の前で何言ってんだバカやろう!」
問題発言をする前にヘクスの頭を平手打ちする。すぱんと子気味いい音が鳴り、ヘクスの頭がまるで首振り人形のごとく左右にふるふると揺れた。
突然響いた音に周囲にいた客の視線が何事かと集中する。
「痛いじゃないか。ボクをなんだと思っているんだ。か弱い子女だぞ」
「うっさいわ。お前のような変態を子女と呼ぶなんて、子女という言葉を汚すんじゃ無い」
「ふふ。キミのその突き刺さる様な言葉、ぞくぞくするね」
ヘクスは頬を染めて非常に嬉しそうな表情をする。
そう。こいつはこういう自分を責めるような言葉に興奮する変態さんなのだ。しかしそれだけでないところがこいつの厄介な所で……。
放心しているアミミの頭をぽんぽん撫でながら俺は気持ちを落ち着ける。
「しかしキミも子供の前でそんなことを気にするようになったんだね」
「拙者は子供ではないでござる!」
「ふふ。カワイイね」
アミミの主張に笑みを浮かべるだけ。その反応が馬鹿にされたと思ったのか、アミミは頬を膨らませた。
「それくらい普通のことだろ」
「いや、少し前のキミなら女っ気のない日々に悶々として持て余した性欲を魔獣どもにぶつけていたじゃないか、性獣くん」
「誰が性獣だ誰が」
「ふふ。知らないかもしれないが、周囲からはそのクエストに臨む態度があまりに鬼気迫るもので、クエストの鬼と囁かれていたんだよ。まああれは我らがマスターが原因と言えなくもないが……。だがその頃と比べると、随分穏やかになったじゃないか。そこの童女の影響かな?」
穏やかな視線で頬杖を突きながらアミミを眺める。まるで子供を見守る母親、いや、この場合は姉といったところか。
アミミは若干警戒しながらも、皿に残ったパイをフォークで突き刺し口の中に放り込んだ。素早く咀嚼を終えて嚥下する。そして何に食いついたのか分からないが、急にヘクスに対して質問をし出した。
「トール殿はそんなに荒れていたでござるか?」
「ん? トールのことが気になるかい?」
「気になるでござる!」
「おい、アミミに変なこと教えるなよ」
ヘクスは俺について色々なことを知っている。勿論、あまり人に言えない恥ずかしいことも。だから一応口止めしておく。……一応、口止めしておく。
「ふふ。私も鬼じゃないさ。キミの暗い部分については、今回は黙っておくよ」
最期の方は机越しに俺の耳元まで近づき、息のかかる距離で小さく囁いた。去り際にふっと息を吹きかけられ、思わず妙な心地に背筋がぞくりとする。
その様子を見ていたアミミはまたむっと表情を険しくしていた。
「待たせてすまなかったね。そうだな。これは数年前の話なんだが、私たちはクランであるクエストに行ったんだ。その帰りに温泉に寄った時の話なんだが」
「な、なあ。その話はやめないか?」
「ふふ。ダメだよ」
知らぬ間に発動したヘクスの魔法に、俺の体はその場に縫い付けられたかのように自由を奪われた。手を伸ばして口を閉じさせようにも指一本動かせない。
そんな俺の様子にヘクスは先ほど俺に詰られた時以上に嬉しそうな笑みを浮かべていた。その目はまるで俺を蔑むように、虫けらを見下だすかのように、自分の中の嗜虐心を微塵も隠さず全面に表していた。
そう。ヘクスは他人から責められることに快感を覚える変態だが、その逆も然り。彼女はドⅯであり、ドSでもある、非常に変態をこじらせた、そんな厄介な女性だった。
「その温泉で私たちは一晩を過ごすことにしたんだが、トールが間違えて女風呂に入ってしまってね。ちょうどその時私を含め、クランメンバーの女性陣が入っていたんだが」
「ほうほう」
「おい、ちょっとやめろ! それ以上口にするな!」
「湯気で見えなかったのか、湯船に近づいたところで気づいたらしくてね。素っ裸のまま私たちの前に登場した彼は」
「その先は、その先は言うな! それ以上俺のライフを削るんじゃない!」
「トール殿! ちょっとうるさいでござる!」
「ごふっ!?」
何故かアミミに殴られてそれ以上抵抗むなしく、べらべらとヘクスは俺の恥ずかしい過去を離し始める。時折アミミの口から『うほー!』『ひゃー!』とか変な悲鳴が聞こえてきたが、ヘクスの話は俺の耳に何ひとつ入ってこなかった。
そのまま俺は心を無にし、いつしか考えることをやめた……。
そんな俺を見て、ヘクスが笑みを深めた表情が、非常に印象的だった。
「さて、本題に入ろうか」
「もっと早く本題に入ってほしかった……」
一通り満足したのか、アミミは嬉しそうな表情を浮かべて俺の隣で紅茶をすすっていた。反対に俺はぐったりしながら力なく机に突っ伏しているだけだ。
「で、俺に護衛を頼みたいっていうのは?」
「実は先日訪れたクシオスの町で、ある面白い地図を発見してね。これなんだが」
そう言ってヘクスが取り出したのは一枚の古ぼけた地図。それは獣の革を利用して作られており、所々記述が薄くなっていたが、何とか国が並んでいることが分かる程度には線がはっきりしていた。
今のこの世界の国の配置と比べると、随分形が違っている。王国、公国はきちんと存在しているが、西方の砂漠の自治領アールシェイドや、北方の山脈を超えた先のクシオスなどは記載されていない。ただ広大な平野が広がっているだけのように見える。
「これはまた……随分と古い地図のようだな。王国と公国が見られるってことは、勇者と魔王が争った1400年前よりは新しい時代ってことか?」
「流石トールだ。やはりキミに来てもらうのは正解のようだな」
俺の答えに嬉しそうに微笑むヘクス。そうしてまた地図に視線を落とす。
「この地図をよく見て欲しい。今の公国から南西にまっすぐ降りたところ、ここに点のようなものが見えないか?」
つーっとヘクスの細い指先が、公国の位置を指し示すと、そのままゆっくり地図上をなぞって下へと降りていく。そして何かの印か、点のように見える位置を指さして止まった。
これが宝の地図であれば、確かに何かあるのではと思わせる印。それよりも気になるのは……。
「この地図、今作られている地図より精度が高い」
「なるほど。キミはそこに食いつくか」
今の地形と大幅に違っているとはいえ、山の位置や王国や公国の国境線、それらが非常に高い精度で書かているのだ。以前アミミの地図を見た時に感じたほどの正確さで、この地図は制作されている。
今も空を飛ぶことは可能だが、測量などの技術は発達していないため、然程正確な距離まで測ることができないでいる。アミミのように空間把握能力がずば抜けていれば別だが、見ただけでは距離感もつかめないため、正確な地図がかける人間などそうそういない。
これを作った人間がずば抜けた才能を持っていたか、若しくは正確に距離を測る技術を持っていたか。いずれにしろ、現代でこれを再現するにはアミミに頑張ってもらわなければ難しいだろう。
「ボクもそれは気になったよ。けど今はそれより、目的地について話そう」
「けどこれって、本当でござるか?」
アミミの言葉に俺は改めてヘクスが指示した位置に視線を向けた。
そこは公国から南方へまっすぐ行った場所。公国から南方へ行くと、直ぐに沿岸線が広がっており、沿岸線は大きく右にえぐれて弧を描いていた。巨大な湾がそこに形成されており、その反対側に国が存在している。
南方の国、オリオール。今現在でも存在しており、水産業が盛んな港湾都市。
ヘクスの指示した点は、公国とオリオールのちょうど中間点。
「そう。ボクの目的地はこの悪魔の口の中心点、つまり海底だよ」




