53.最後の晩餐によろしく
ゲロの傷もようやく回復し、明日にはセレスタリアを発つことが決まったその日。
俺たちは最後の晩餐よろしく、店を丸ごと貸し切っての食事会を開催していた。勿論貸し切ったのはリーゼ達だ。これが権力者の強権というやつか。
「で、そっちのごたごたはもう良いのか?」
調味料に漬け込まれ、表面をテッカテカに焼き色をつけられたロック鳥のもも肉を頬張りながら、俺はアーリアに尋ねる。
アーリアは口の中のものを嚥下すると、ナプキンで口を拭ってから答えた。
「ああ。新しい宰相のあてはついたのでな。それにインダール公も無事帰着なされた故、政治の方は我々の出る幕はない。手を出さずとも回っていくだろう」
そういったアーリアの表情は、これまでと違ってとても晴れやかに見えた。
旅の道中は常に気を張っており、自らを律していたように見えたが、今回の件で色々な柵から解放されたのだろう。
城での戦いの後、アーリアから自分が闇クランと通じていて情報を漏らしていたという話を打ち明けられた。闇クランの首領が実の父親で、幼い頃から洗脳に近しい教育を受けていたことも。
アーリアがスパイのような役所である事は凡そ予想がついていたので、俺にとっては特に気にするような事ではなかったが、アミミは驚きで目が飛び出しそうになっていた。その後アーリアの身の上話を聞いて涙を流したかと思うと、黒幕であったアーグスタに対して怒りを露わにしたり、全てが丸く収まった事ににこにこ笑顔になったりと、喜怒哀楽が目まぐるしく移り変わっていた。
俺たちの立場からすると、アーリアは裏切り者という立場になるのだが、それについてアミミが何か文句を言うことはなかった。あまり気にしていないようだ。
ゲロも、アルティスが攫われたことは自分にも過失があると考えており、アーリアをそれ以上責めるつもりもないようだった。アルティスも同じく、自身が危険な目にあったにも関わらず、アーリアを悪くは思っていないようだ。
そんな皆の態度に、アーリアはただ只管頭を床にこすりつける勢いで俺たちに謝り倒したのはまだ昨日のことである。
「時に、トール君たちはこれからどうするんだ? アルティス君たちは明日セレスタリアを発つと聞いているが」
「俺たちも明日この国を発つことにするよ」
「そうか。君たちが良ければ、今しばらくこの国にとどまって、リーゼと一緒にいてほしいと思っていたのだが」
アーリアは俺の答えに心底残念そうな表情を浮かべた。
リーゼの呼び方もお嬢様から変わっているところを見るに、きっと2人の関係も何か変化があったのだろう。まあ改めてそれを詮索つもりもないがな。
ふと反対側のテーブルを見ると、リーゼを挟んでアミミとアルティスが楽し気に食事をしている。明るい話題なのか、3人ともが笑顔で時折笑い声を漏らしていた。きっとリーゼの立場からすると、気軽に付き合える友達のような存在はそうそういないだろう。イレギュラーな出会いだったとは言え、これ程屈託ない笑顔を見せられる相手というのも得難いものだ。
そんな姿を見せられると、アーリアが暫く一緒にいて欲しいと思うのも頷ける話だ。
とは言えこのままアーリアの言葉に従ってしまえば、きっと名残惜しくなってずるずるとこの状態が続いてしまうに違いない。だからアルティス達と同じタイミングで、この都市を離れるという選択をしたのだ。何よりもアミミが、それを望んだ。
アルティスは敢えて、俺たちと別れて別の道へ行くことを決めた。その決断を見て、アミミの中でも奮起する思いがあったのだろう。
旅の醍醐味はその土地の様々な景色や空気、風土、食べ物に触れること。そして、その時々に出会った人との一期一会。歴史の中の刹那の瞬間でしかないが、だからこそ儚い一時は人の記憶の中にいつまでも色鮮やかに残り、一生の思い出となる。
それに縋ることは決して悪くない。だが縛られ続けると綺麗な思い出はやがて、呪縛となり、自身を縛って前に踏み出せなくなってしまう。自分を律することをアミミは選んだのだ。俺のやることは、そんなアミミを先達として支えやること。
「魅力的な提案だが、可愛い弟子がそう決めたんでね。それに、まだまだ見てみたい景色や食べ物は山ほどあるからな」
「ふふ。どちらが本音何だろうね? それで、次はどこへ行く予定なんだ?」
「そうだな。まだアミミには話してないが、アールシェイドに行こうと思っている」
「アールシェイドか。確かにセレスタリアからだとアールシェイドが一番近い国だな。北方のクシオスはドラゴンの住む峻険な山道を超える必要があるし、南方のオリオールは湾岸線をかなりの距離進む必要がある。アールシェイドも砂塵を抜けるという手間はかかるが、他よりは距離がずっと近い。それに、あそこには面白い食材や料理があるからな」
最期の一言だけは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら口にするアーリアだった。きっと俺の目的がそれだと分かっているのだろう。俺は苦笑いを浮かべてグラスに入った酒を呷った。
「トール殿、トール殿。トール殿が飲んでるのは一体なんでござるか?」
俺がアーリアと酒を酌み交わしていると、それに気づいたアミミが側まで寄ってきて、卓上に置かれたガラス製の水差しを指さし尋ねた。水差しの中には黄金色をした液体が入っており、一目で水ではないことが分かる。
今までアミミの前で酒を飲むということはあまりしてこなかったので、どうやら俺が何を飲んでいるのか興味を持ったようだ。
この世界においては酒を飲むのは16歳から可能だとされている。しかしアミミはまだ12歳。当然ながら、まだ酒が飲める年齢ではない。
「これは酒と言って、大人の嗜みのようなものだ。逆に子供には悪影響を及ぼしてしまう。つまり、子供であるお前にはまだ早い飲み物だよ」
「お、お酒くらい知っているでござる! それに拙者はもう大人でござるよ! だから少しだけそれを飲んでみたらダメでござるか?」
「ダメ」
「トール殿がひどい!」
コテンとかわいらしく首を傾げ、上目遣いでおねだりしてくるアミミ。俺がその道の人間なら一瞬で絆されていただろう威力の表情は、しかしノーマルの俺には通用しない。
すかさず否定の言葉を口にするとアミミは膨れっ面で抗議の声を上げた。
「お爺さまは拙者にもちゃんとお酒をくれたでござるよ! トール殿もちょっとくらい恵んでくれたって良いと思うでござるよ。ほら、良いではないか、良いではないかー」
「それ使い方間違ってるだろ……」
アミミは両手の指をわしゃわしゃさせながら、下卑た笑みを浮かべてにじり寄ってくる。お前はどこのお代官様だと突っ込みたくなる気持ちをグッと堪えた。
しかしこの歳の娘に酒を与えているとは、一度こいつの爺さんと腹を据えて話し合わねばならんな。
「これはダメだ。酒の成分は子供の頭を悪くさせる。お前これ以上バカになりたくないだろ」
「まるで拙者がバカみたいな言い方でござるな。心外でござる」
プンスコと擬音を頭の上に浮かべながら、腕を組んで憤りを露わにする。こう言うところは子供っぽくて微笑ましい。
流石にただ取り上げるだけというのもなんなので、俺は空間収納からひとつの陶器を取り出した。白磁の陶器は丸々と太っており、表面は綺麗な流線型だ。頭頂部はコルクのようなもので栓がされている。
俺はその栓を外すと、キュポンという小気味いい音が鳴った。一緒に取り出したぐい呑みに中身をトクトクと注いでアミミに手渡す。
なみなみ注がれた液体は白色をしており、若干とろみがついている。甘い匂いに加えやや酸味を含んだ芳香も感じさせた。
アミミはその液体を見て、驚愕を顔に張り付ける。
「これは……お爺様がいつもくれるお酒でござる!」
アミミの言う通り、これは確かに酒だ。が、これは甘酒。酒粕を使っていないものなのでアルコールは入っていない。アミミが東方出身ということもあり、ひょっとしてアミミの言う酒とはこれではないかと出してみたが、当たりだったようだ。これなら子供のアミミでも問題なく飲める。
「トール様。それはお酒なのですか?」
匂いを嗅ぎつけたのか、するりとリーゼも側まで寄ってきて甘酒について尋ねる。興味津々なリーゼにも甘酒を注いで渡してやる。
ぐい飲みを受け取ったリーゼは甘酒の匂いを嗅ぎ、少しだけ笑顔を見せた。
この世界の女性陣は総じて、甘いものに弱い。それは甘味が元の世界ほど一般的ではないからだ。ケーキなど、徐々に元の世界の物と思われる甘味や、低価格の糖類などが増えてきているため今後はより手軽に甘味を味わえるようになるかもしれない。そうなれば彼女たちの笑顔もきっと増えるだろう。
アミミがずずずと甘酒をすする。一応空間収納に仕舞っておいたので、まだ出来立ての温かい甘酒だ。
「はぁ。おいしいでござる……」
ほっと一息。まるで年寄りのような反応を示すアミミに、俺は思わず苦笑してしまう。
リーゼもアミミの様子を見て器の中の甘酒を一口すすると、その味に驚いたのか、続けて二口、三口とこくんと喉を鳴らした。
「はぁ。確かにこれは……おいしいですね」
少し頬を赤らめて穏やかな笑顔を見せるリーゼ。その表情に、俺の隣でアーリアもにんまりと笑顔になっていた。というか若干きもい。
何だか今回の戦いが終わってから、リーゼに対するアーリアの態度がちょっとアレな気がしてきた。否、これ以上は踏み込むまい。
不意に、俺の背後からドスンと何かがぶつかる。
「とーるぅ~。何やってんの~?」
「アルティス? お前、酔ってんのか?」
見ると顔を赤くしたアルティスが、俺にしなだれかかる様に背後から体重をかけてきていた。吐息が耳にかかりくすぐったい。呼気から僅かばかりのアルコールが感じられた。
「あまり飲んだわけじゃないみたいだが……。大丈夫か?」
「だーいじょーぶぅ。わたしぜーんぜん、だいじょーぶぅ」
どう見ても大丈夫じゃなかった。
速く引き取ってもらおうとゲロとカスの姿を探すと、少し離れたところで着席しているゲロとカスを見つける。
「うおーーーーーん! アルティス様、すまんでやんすー!!」
「ガス……ガス……ガス……」
うん。2人ともダメだ。
ちょっと待ってくれ、何3人して酔ってるんだ。明日出発する予定のやつらがべろべろになって、俺はこれ以上どうなっても知らんぞ。
「ぁにしんきくさいかお、ひてんのぉ~。それならあたしが、なぐさめたげゆ~。ぎゅ~~~」
言うや否や、アルティスは背後から俺の頭に抱き着いてきた。ぎゅっと両腕を俺の首に回して、頭をすっぽりと包み込む。ふくよかな感触が後頭部を刺激し、何とも夢心地な柔らかさに一瞬思考が停止しそうになった。
「ほらぁ~。ちょっとはげんきになったぁ?」
頭を揺らしながら俺の顔の横に自分の顔を近づける。にへらと笑顔を浮かべるアルティスに、俺は不覚にもどきりとしてしまう。
「あ、ああ。元気に……なった」
普段あまり経験できない状況に、うまく言葉が出てこない。女生との交際経験があれば、こういう時もっと普通に振る舞えたのかもしれないと、自分の人生経験のなさが悔やまれた。
目ざとく俺とアルティスがくっついているのを見つけたアミミが、ぐい飲みを放り出してこちらに飛びついてくる。
「トール殿! アルティス殿ばかりずるいでござるよ!」
「おわっ!」
ぼふんと俺の体に飛び込んできたアミミを辛うじて受け止め、前と後ろからアミミとアルティスに挟み込まれる形になる。
そんな俺たちの様子をリーゼとアーリアは温かい目で見ており、ゲロは机をガンガン叩きながらおいおいと涙を流し、カスは何も言わずただ黙々と酒を口に運んでいた。
そんな周囲の様子に、気づくと俺も笑みを浮かべていた。
こんな騒がしい食事はいつぶりだろうか。それこそ、クランのメンバーが集まって宴会になった時以来だろう。
冒険者として高みに昇るほど、ふと孤独を感じることが多くなっていた。クランの名声が上がるほど、ひとりでクエストを受けることが多くなった。いつの頃からか、それがクランのためと言い訳をしながらただ目の前の任務に没頭する日々になっていた気がする。自分の気持ちをごまかして、それを受け入れようと自分を殺していたのかもしれない。
最後にクランのメンバーで集まったのは、一体いつのことだっただろうか。メンバーの皆と笑いあったのはいつだっただろうか。
今この場にいるのはほとんど行きずりの関係者たちで、深い仲でも何でもなかった。それが少し触れあって、徐々に距離を縮めて、そして笑顔で食事をするまでになった。今この瞬間の楽しさは、嘘じゃないとはっきり言える。
明日になれば、皆別々の道を行く。だからこそ、今この時を楽しもう。そしてまた次に会ったとき、同じように皆で食事を囲もう。そんな思いを頭に描きながら、俺は笑顔を浮かべた。
どこからか、ワシの鳴き声が聞こえた。まるで皆を祝福するかのように。
いい最終回だった……!
いえいえ、まだ終わりません!次が2章の最後です。
ゲロはせっかく復活したのにほとんど言葉を発してないですね。トールとは別の所で色々会話はしているので、別にボッチだったというわけではありません。
さて、次話で第2章が終了で、その後人物紹介やらなんやら挟み、第3章。そのタイミングでタイトルを変えたいと思います。
4/6地理情報をちょっと修正




