54.別れ時々遭遇
店を貸し切っての食事会は夜遅くまで続き、大いに騒いだ後ヘロヘロになりながら俺たちは宿へと帰った。案の定、アルティス達3人はぶっ倒れてしまったので、宿まで連れていく羽目になってしまった。同じ宿だったのは不幸中の幸いか。
背負ったアルティスに役得を感じながら、ゲロとカスは片足を引っ張って整備された小径を引きずり倒す。途中階段があって鈍い音が聞こえてきたが、2人とも頑丈なので大丈夫だと信じたい。
そのままホテルの部屋にゲロとカスを放り込み、アルティスはアミミと同室に寝かしつけた。
ちなみにアミミは酔ったわけではないが、夜半の時間帯に目をコシコシしながら眠そうに歩いていたので、部屋に着いてすぐベッドに潜り込んだ。
俺の肩に乗ったワシが、まるで慰めるように羽でぱさぱさと俺の顔を撫でる。無性に泣きたくなった。
アルティスをベッドに横たえ毛布をかけてやる。その胸に光るペンダントに気づき、これから先アルティスを待ち受けるだろう試練に挫けないよう俺は想いを込める。ペンダントが小さく光を放ち、そしてまた元通りになった。
何もないことを祈りながら、何かあった時に何もできぬことを悔やまぬように。
アルティスの髪をひと撫でする。その刺激に少しだけアルティスが声を漏らし、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。しばらくその寝顔を眺めてから、音を立てずに自分の部屋へと戻った。
朝、ワシの鳴き声で目を覚ます。
ベッドから起き上がり窓から町を望む。少し高い位置にある宿屋の最上階なので、遠くの空に陽が上り始める光景が目に映った。小鳥達が朝が来たことを報せ、眼下の家々が徐々に白い光に照らされてゆく。
往来を行き交う人はまだ少ないが、あと数刻もすれば活気に溢れてくるだろう。
俺は目覚ましがわりになったワシの頭を撫でて、旅の支度を整える。後でゲロとカスの部屋に行って旅支度を手伝ってやろう。どうせあの様子では、出発にもう少し時間がかかりそうだ。
自分の部屋を出てゲロとカスの部屋へ向かうと、案の定2人はまだ寝こけたままで、動く様子がない。
ゲロのひょろっとした体は下半身だけベットに乗っており、上半身は床に落ちていた。それでも幸せそうにすやすやと寝息を立てている。カスはと言うと、綺麗にぴっちりとずんぐりむっくりな巨体が毛布におさまっており、その対照的な寝相に思わず笑いが漏れた。
とは言え悠長にしている時間はない。まだ陽が昇り始めている時とはいえ、朝のうちの出発は旅の鉄則だ。街道に街灯などないこの世界では、夜深くなってからの移動は魔獣や野党の餌食となる可能性が高いからだ。
俺の肩に乗っていたワシが2人の方へ滑空すると、ゲロの耳元で大音量の鳴き声を浴びせかける。ゲロはびくりと体を跳ね上げ起き上がると、寝ぼけ眼で左右をキョロキョロと見回した。
続いてカスにはその角ばった顔をゲシゲシと足蹴にする。が、こちらは反応を示さない。鳴けど喚けど、動かない。痺れを切らしたのか、ワシはその鋭い嘴をキラリと光らせるとーーーーカスの眼球に振り下ろした。
「ガ〜〜〜〜スガスガスガス!?!?」
突然襲いかかった激痛に、堪らずカスはベッドから跳ね起き、そのままバウンドして床に転げ落ちた。その表紙にゲロの上半身にダイブしてしまい、ゲロは潰れた蛙のような変な声を漏らした。
2人はお互い痛みに転げ回り、暫くうんうん唸り続ける。その様子を見て満足したのか、ワシは嬉しそうに喉を鳴らした。
ワシ、恐ろしい娘。
そんなこんなでドタバタしつつ、ちゃんと目を覚ましたゲロとカスは起き抜けの仕打ちにぶーたれながらも、ちゃっちゃと支度を整え宿の1階へと降りてきた。
宿の1階はフロントと食堂が合わさった形になっており、比較的最近見られるようになってきたスタイルだ。元々宿泊のみの宿が多い世界のため、食事ができるところの方が珍しい。高級なホテルなんかだと普通の光景ではあるが。
その食堂のひと席を見ると、桜色の着物を着た童女と赤髪を後ろに結わえた少女がテーブルに突っ伏していた。時折少女の後ろ毛が思い出したようにぴょこぴょこと跳ねる。
旅支度は既に整えているようで、足元にはカバンや風呂敷包みが置かれている。一見不用心に見えるがアミミが眠たげな雰囲気でも周囲に気を張っているので、生半な強盗では荷物を奪うことはできないだろう。
すると如何にも粗野な風体の男がアミミ達の席へと近づいてくる。軽薄な笑みを浮かべて眠りこけている2人を眺めながら、その足元にある荷物へと視線を向けていた。アミミの警戒領域に気づかぬ男は、無謀にも2人の荷物を狙っているようだ。2人が座るテーブルの側へと身体を寄せると、周囲に気づかれないよう荷物を掠め取るため彼女達の足元へと素早く手を伸ばす。
俺は盗人に同情しながらも、その様子を見守った。が、一向にアミミは動かない。そしてまんまと盗人は2人の荷物を手に悠々と宿の入り口へと向かって立ち去ったのだった。
取り敢えず極小の空気弾を男の顳顬に叩き込むと、男は頭を左右に揺らして意識を失いその場に崩れ落ちた。側にいた客が突然のことに悲鳴をあげたが、直ぐに倒れた盗人の元へ近寄った俺が事情を説明する。ちょうど受付の男も盗人の行為に気づいており、後から駆けつけて説明してくれたため、客は何とか俺の話を信じてくれたようだった。そのまま軽く挨拶をかわし、客を見送る。
「助かったよ。あんたの助けがなかったら、俺はただの不審者になっていたところだ」
「いえいえ。私の方こそ、あなたのような方に出会えて幸運の至りですよ」
「俺のことを?」
「勿論存じていますとも。私も少し前まで冒険者をしておりましたから。これから町を発たれるので?」
「ああ。それはそうと、騒ぎを起こしてしまってすまなかったな。ちょうど仲間の荷物が狙われたものでね」
「それはこちらのセリフです。お客様の行為とは言え、それを見過ごしてしまった宿の責任。謝りこそすれ、謝罪されるなど滅相もございませんよ」
「そうか。ならその言葉に甘えさせてもらうよ。感謝する」
「いえいえ。こちらとしても、幸運な出会いを得ることが出来ました。それでは良い旅を」
「ああ。ありがとう」
そう言って受付の男と別れ、俺はアミミ達のテーブルへと向かった。
言いたいことは色々あるが、何より警戒しておいて盗人に荷物を盗まれるとは、アミミにものを教える立場として見過ごせるものではない。
そう思っていると、食事を持った従業員が厨房の方から姿を現した。
「ごはんでござる!」
「お前は何に神経を研ぎ澄ましているんだ……」
「イタイでござる!」
食事の匂いをかぎ取ったのか、元気よく起き上がったアミミの脳天に拳骨をくらわすと、アミミは両手で頭を押さえてテーブルに突っ伏した。従業員がその様子に若干顔を引き攣らせながらテーブルまで来ると、食べ物を置いてそそくさと立ち去って行った。受付の男もその様子に苦笑いを浮かべている。
俺はそんな状況に溜息をつきながら、アミミの顳顬をまた拳でぐりぐりするのだった。アミミの情けない悲鳴が宿の中に木霊した。
「アルティス殿、お気をつけて。また会おうでござる」
「ええ。アミミも元気でね。また会いましょう」
馬車の荷台に乗ったアルティスが、外にいるアミミに別れの言葉を告げた。その瞳には僅かに涙が溜まっており、引き結ばれた口が必死に涙を堪えていることを物語っていた。
ゆっくりと、アミミを見つめる視線が俺へと向けられる。
アルティスは何も言わない。俺は柔らかな笑顔を返した。静かに、そしてはらりと、アルティスの頬を一筋の涙が流れ落ちる。そして何も言わず、アルティスは馬車の荷台へと引っ込んでしまった。
その様子に慌てたゲロカスコンビが、アルティスを慰めるように背中をさする。その役目をカスに譲り、ゲロが荷台から顔を出して俺たちに別れの挨拶をした。
「トール殿。ありがとうでやんす。この御恩、一生忘れないでやんすよ!」
「そう思うなら、もうあんな轍は踏むなよな」
「ははは。分かっているでやんすよ。もう毒キノコなんて食べないでやんす」
そういう意味ではないんだが。まあ気を付けてくれと心の中で祈る。御者が出発の声を上げ、ゆっくりと馬車の車輪が回り始めた。馬の脚に合わせて徐々に荷台も前へと動きだし、確実に俺たちから距離を離し始める。
と、息を切らしながら側まで駆け寄る人物がひとり。目深にかぶったフードを上げると、そこから現れたのは美しい金の髪を持つ美貌の女性。
「はぁはぁ。アルティス君、ゲロ殿、カス殿! いつかまた会いましょう!」
「あ、アーリア殿!」
馬車の荷台から身を乗り出して現れた人物の名を呼ぶゲロ。2人は何かと飲みの席でも息が合っていたようで、その際に親交が深まったのだろう。ゲロの顔には明確な名残惜しさが表れている。アーリアも、少し寂し気な表情を浮かべていた。
蹄の音が大きく響き馬が嘶きを上げた。車輪が本格的に回転を始めガラガラと音を鳴らす。徐々に離れる馬車と俺たちの姿に、ゲロは別れを惜しむように大きく手を振った。遠くなってもよく見えるように、大きく大きく、手を振り続けた。その姿に応えるように、アミミも大きく両手を振る。やがて馬車は町の門を超え、南へと向かう小高い丘を登り、その姿が丘の向こうへと小さく消えていった。
「がんばれよ」
清々しい風が俺たちの頬を撫で、まるでアルティス達の後を追うように街道を流れていく。小さくつぶやいたその言葉は、青い空へと飛んで行った。
俺たちは馬車を見送った後も、暫くその場でじっと立ったままでいた。別れを噛みしめ決して忘れないように。
「さて。じゃあ俺たちもいくか」
「そうか。寂しいが、仕方がないな。トール君たちはアールシェイドに向かうんだったかな?」
「そうでござる。おいしいものが一杯と聞いた故」
アーリアはアミミの言葉に苦笑を浮かべていた。きっとこの師にしてこの弟子ありとか思われたに違いない。まあアミミを食べ物で釣ったのは間違いないのでぐうの音も出ないが。
「アールシェイドは西門からだな。私も城に戻る道中、少し一緒していいだろうか?」
「構わないさ」
「いいでござるよ」
「カァ」
俺たちの返事に笑顔を返す。俺は一度だけ南門を振り返り、そして向き直ると町の中央へ向けて歩き出した。後は中央で別れ、俺たちは南門へと進路をとり、アーリアは再び城へと戻ることになる。
ゆっくりと歩く中、俺はふと疑問を口にする。
「そう言えばリーゼは一緒じゃないのか?」
「リーゼは……色々とあってね。今頃ご両親につかまっているだろう」
俺の質問にアーリアは困ったような笑顔を浮かべた。
昨日の反応を見るからに、きっとリーゼもこの場に来たかったのだろうが、どうしても外せない用があったのだろう。代わりにアーリアがひとりで俺たちの見送りに来たというところか。
まあそれでも気にかけてくれていることは確かだろうから、そのことに何か言うつもりはない。
「しかし何だかんだ、この町も過ごしやすかったな。料理もうまかったし」
「それはよかった。商品の豊富さではエウレタリアの方が上だが、さすがに公国の首都だからね。公城に仕える人間や、それを支える者たち。町の発展という意味では、こちらの町の方が上だと思うよ」
「この間お店がいっぱいあるところに行ったでござる。楽しかったでござる」
「商業区か。あそこは確かに色々な商品を扱っているからね。一日中いても飽きない所だよ」
思わずアミミの言葉に小学生の感想かと突っ込みそうになったが、アーリアは気にしていないようなのでそっとしておく。アミミも楽しげなのでそれで十分だ。
「そういえば『エクレールの庭』には行ったかい?」
「エクレール? 何だそれ?」
アーリアの口から出た聞きなれない単語に思わず疑問系で聞き返してしまう。
「『エクレールの庭』はおいしい焼き菓子を出してくれるお店なんだが、その様子だと行っていないみたいだね」
「焼き菓子! トール殿、出発する前によって行こうでござる!」
菓子という言葉にすっかり興味を持ってしまったアミミが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら俺の袖を引っ張り頻りにおねだりする。こうなってしまうとアミミを諦めさせるのはとても面倒になる。俺は思わずアーリアに恨み言を呟いてしまう。
「アーリア。もう少し早く言ってほしかった……」
「す、すまない。あまり会う機会を作れなかったもので……」
とりあえず店の場所だけアーリアから聞いて、時間と相談してどうするか検討することにした。
そうこうしているうちに俺たちは町の中央へと到達する。
「さて。私は城の方へ、トール君とアミミ君は西門の方だったね」
「ああ。色々ありがとな。楽しかったよ」
「それはこちらのセリフだ。今回の件は君たちの助けがなければきっともっと大変なことになっていただろう」
「その時はSランク冒険者の誰かが駆り出されていたと思うがな」
「だが仮に他の冒険者が助けに来てくれたとしても、その時は既にこの公国はなくなっていたかもしれない」
アーリアは周囲を見回した。
店先では行きかう人に声をかけ商売をしている者、どこかへ向かっているのか数人で走る子供たち、井戸端会議なのか立ち止まって話をする女性たち。様々な人々の生活が目の前に広がっており、その姿を眩しそうにアーリアは眺める。
「この姿も、君たちがいたから今もこうしてみることができるんだ。正直あの時、魔王が復活した時、私はもうこの国が終わると何度も思った。魔王が魔力を暴発させる時も、何も打つ手がなかった。結局、トール君は簡単に解決してしまったがね」
「簡単じゃないぞ。あれで無理だったら焦ってたところだ」
「ふふ。本当に君は、とんでもない大物のようだな」
「トール殿はSランク冒険者でござるからな!」
何故かアミミが偉そうに無い胸を張った。
アーリアはアミミのその言葉に目を見開いて驚く。しかし直ぐに元の表情に戻ると、微笑を浮かべた。
「君が何者だろうと関係ないことか。私とリーゼは、君が、君たちが英雄だということを知っている。それで十分だよ」
暗に今回のことを伏してくれるというアーリアの言葉に、正直ありがたさを感じる。ここで事件を公にし、それを解決したメンバーに名前が挙げられでもすれば、暫くこの国に滞在して取り巻きの相手をしなければならないだろう。そして何より、クラマスに俺の存在が知られてしまう。
もうそこそこ旅を楽しんだ感はあるが、アミミの件やまたクエスト地獄に戻るのも楽しくはない。となればこのまま雲隠れするに限る。
「それは助かる。アーリアも、リーゼと仲良くな。折角友達になれたみたいだし」
「リーゼにもよろしくでござる!」
「ふふ。ありがとう。リーゼにも伝えておくよ。それじゃあまた」
「ああ。またな」
「またでござる」
そうしてアーリアは俺たちと別れ、城へと続く道を辿って行った。直ぐに人ごみに紛れ、その姿は見えなくなる。
「じゃあ俺たちも行くか」
「承知でござる。いざ、『エクレールの庭』へ!」
「違う。そうじゃない」
アミミの当たり前のような言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。多分アミミは真剣なのだろう。だからこそ厄介なのだが。
「それはまた今度、この町に帰ってきたらな」
「な! 旅の出会いは一期一会ではござらんか。旅のお菓子も一期一会でござろう!」
「何言ってんだお前。これ以上バカになったら手に負えんぞ」
仕方ないので無理やりアミミを小脇に抱えて西門へと向かう。アミミはジタバタ抵抗するが、力の差は歴然なので逃れることは適わない。
そうして俺たちは西門へと向けて歩みを進めるのだった。
「おや、キミはトールかい?」
不意に誰かが背後から俺の名を呼ぶ。
それはよく知っている声で、しかし懐かしさを帯びていた。その声を聴いたのはいつ依頼のことだろうか。
俺はよく知るその声に、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは桃色の髪に浅めの帽子をかぶり、丸い眼鏡をかけた美しい女性。肩掛けかばんを掛けており、片手に分厚い本を手にしている。眼鏡の奥のエメラルドグリーンの瞳をこちらに向けて、俺の顔を見たその女性は薄く微笑んだ。
そして感情をあまり感じさせない抑揚のない声で呟く。
「やはりキミか。こんな所で出会うなんて実に奇遇だ。これも天の配剤か。良ければボクの仕事を手伝って欲しいんだが、どうかな? 我が同志よ」
その女性、ヘクス・エルオールは、決して拒否のできない提案を俺に突き付けるのだった。
これで2章が完結となります。
最後に現れた女性はいったい何者なのか。3章はこの女性の提案から新たな物語に発展していくことになります。
さて、次は人物紹介とか挟んでいきたいですが、予定通りに投稿できるかちょっと微妙なので、もしかすると1回開くかもしれません。今のところは予定通り、金曜に投稿を行いたいと思います。
もし飛んだら生ぬるい目で見守ってやってください。




