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52.思い出の証拠

 アミミ達と公園で過ごした翌日。この日は次の旅に向けて様々な物資を調達するために町へ繰り出すことにした。

 アルティス達とも話し合って、俺たちはこの公国で別れ、それぞれの旅をすることに決定している。


 そもそもの目的が、俺たちはグルメガイドの作成と言う名の逃避行とアミミの地図作り。アルティス達は目的こそ聞いていないが、彼女が聖女ということに関係した旅をしているのだろう。お互い目的が違うため、別々の道を行くことは必然だ。

 今回はたまたま事件に巻き込まれたため共闘することになったが、そも初めの出会いからして中々に稀有なものだった。短い間ではあったが、それでも3人と触れ合った時間は俺の中で楽しいものだったと思う。アミミもきっと同じ思いだろう。


 そんなわけで、俺はアミミとアルティスを引きつれセレスタリアの商業区へと赴いていた。


 セレスタリアの商業区は巨大な建造物の中に位置しており、その中に大小さまざまな店がスペースをとって商品を販売している。いわばバザールのような形態をとっているのがここの特徴だ。

 建造物は3階建で、縦横100mずつと町の一区画が収まるほどの広さだ。その中に100店舗は店があるらしい。

 商業区の入口はアーチ状の門が設置されており、門の左右には衛兵が立っていた。門は東西南北の4ヶ所あり、問題が起こった際に直ぐ駆けつけることができるように、また商業区で悪さをした人間を逃さなように常に交代で待機している。

 門をくぐると道幅は広く、片道5人程度が並んで歩けるような通路になっており、左右の端に露店が連なっている。それぞれ小さな区画に敷き布を広げ、その上に商品を並べて接客していた。その向かいに複数人の客が好き好きに商品を手に取り、店主と価格交渉を繰り広げている。


「おおー。すごい人でござる!」

「ほんとね」


 先ほど片道と言ったように、この建物内は左右で推奨のルートが設定されており、基本左側通行となっている。ただ絶対にそのルールを順守しなければならないわけではないため、左右どちらの店を見ながらでも歩くことは可能だ。

 現在は昼日中のため、商業区の通りは大勢の人でごった返している。目に付くだけでも雑貨屋から干し肉や野菜などの食べ物を売る店、傷薬や武器防具などの冒険に役立つアイテム類の店など、多種多様な店舗が狭い区画に所狭しと並んでいた。


「何だかエウレタリアとは趣がちがうでござるな」

「そうだな。エウレタリアは公国の交易路になっていたから様々な文化が入り混じっていた。ほとんどが店舗を構えて本格的に商売をしている人間が多かったが、ここの商業区はそういった専業店よりも簡便な商品を売る店が多い。周辺の店舗の人間が出張で物売りに来たり、個人でも売れる品物があれば出店できるのがここの特徴だな」

「へー。色々な国があるものね」


 アルティスが感慨深げに頷く。どうやら彼女の国ではこういったバザールのような販売形態はなかったようである。と言ってもこのような形態で商業区が存在している国の方が少なく、俺が知っている中では他にインダール公国に接する砂漠の自治区、アールシェイドくらいだ。寧ろアールシェイドの影響を受けてインダール公国のバザールが出来上がったといってもいい。

 なのでアルティスの出身国にこのような場所が存在していなくても、特段不思議ではないのだ。 


「で、冒険に役立つアイテムって何があるのかしら?」

「おいおい。よくそんなんで今まで旅ができたもんだな」

「し、仕方ないでしょ! いつもはゲロとカスが旅支度を整えてくれてたんだから」

「でも今日はメモを預かってきたんだろ?」

「え? あ、うん……」


 俺に言われて気づいたのか、アルティスはいそいそとゲロから預かってきたメモを広げる。

 その様子を眺めるアミミが感慨深げに呟いた。


「これが初めてのおつかいというやつでござるか」

「変な言い方しないでよ!」


 アミミに揶揄われてアルティスは顔を真っ赤にして怒る。何だか2人を見ていると姉と妹みたいだ。関係性は上下逆転してるけど。


「取り敢えずメモに書いてあるものを買いに行くか。アルティス、メモにはなんて書いてあるんだ?」

「えっと……。傷病用のポーションと食料、後は武器防具のメンテナンス関連の道具だって。それと……おやつは1日銀貨1枚分。やった!」


 おやつのくだりで綻ぶような笑顔を見せるアルティス。その笑顔に一瞬見惚れてしまう。

 それはさておき、おやつってなんだ。子供の遠足か。過保護か。そして1日銀貨1枚って結構な額だな。日本円に換算して1000円分だぞ。


 どうでもいいことが頭の中でぐるぐる回る。ふとアミミの視線に気づき、そちらに顔を向けた。


「…………」


 じーっと俺の顔を見上げてくる。その瞳が訴えかけるものは、果たして何なのか。


「おやつは買わんぞ」

「ひどいでござる! あ、拙者全然そんなこと考えてないでござるよ?」


 キョロキョロと目が泳ぐアミミ。雑な取り繕い方に思わずため息が漏れる。仕方ないので後で2人に何か甘いものでも買ってやろうか。





「こんなものかしらね」


 アルティスは購入した物品を魔法袋にしまい込んだ。


 この世界では旅をする際、大量の荷物を手で持ち運ばないでいいよう魔法袋に入れることがある。魔法袋は俺の空間収納のような亜空間収納用のアイテムだ。元の世界でいう所の、未来に実在する予定のいわゆる四次元袋。通常容量をはるかに超える容量の物を入れることができるので旅に重宝されるのだが、何にしても価格が大変お高い。なのでこれを持っているということは相当裕福か、それ相応のお家柄だということだ。

 ちなみにアルティスが持っている魔法袋はリーゼから今回のお礼にと貰ったものだ。突発的な参加となったとは言え、ちゃんと報酬も用意された。流石一国のお嬢様。太っ腹。


 そんなわけで、今アルティス達一行は懐が潤っている。結構なアイテムを購入したが、それでもまだ懐には余裕があるだろう。旅を続ける上で必要なものなので、特に買うのに口出しはしなかったのだが、結構な量の甘味は果たして必要だったのだろうか。

 それをただ眺めるだけだったアミミは、アルティスが何か甘味を購入して魔法袋に放り込む度視線を釘付けにし涎を垂らしていた。初めて会ってからその気(け)はあったが、アミミ、ちょっと食べ物に対してだらしなさ過ぎる。食い意地が張りすぎといった方が正しいだろうか。


「アミミは何も買わなくていいか?」

「……拙者、特に欲しいものはないでござる」


 と言いつつ、その視線は店頭に並ぶ果物に注がれていた。

 一応アミミにもちゃんと依頼の報酬は渡されているので、今は金がないわけでもない。それでも買ってしまわないのは、以前俺が無駄遣いを指摘したからだろうか。

 アミミが口元から漏れた涎をずるずるとすする。きっと今、自分の食欲と自制心が壮絶な葛藤を繰り広げているのだろう。だがアミミはこの試練を乗り越えてくれると俺は信じている。


「やっぱりお腹すいたでござる。おばちゃん、その果物おくれでござる」


 あっさり理性が屈したようだ。


「あいよ。1個銅貨20枚、今なら銀貨1枚で6個にしてあげるよ」

「じゃあ銀貨1枚でござる」

「ありがとよ。はいよ」

「ありがとーでござる!」


 アミミは元気よく露天商へ返事を返した。露天商から6個の果物が詰まった麻袋を受け取り、その中からひとつを取り出すと早速果物を齧りだす。それを手早く食べ終わると、俺とアルティスにもひとつずつ差し出してきた。


「おいしいでござる」


 屈託のないその笑顔に怒る気も失せ、アルティスと顔を見合わせるとお互い苦笑した。そしてアミミから果物を受け取る。

 果物は緑色のラムーと呼ばれるもので、甘みと酸味が程よく、多量の水分を含んだ瑞々しい果実である。人の流れに乗りながら俺たちは通路を歩きつつ、アミミからもらった果物に齧りついた。口の中に果汁が溢れ、まるでジュースを飲んでいるようだ。舌の上を甘みが通り抜け、次いで僅かな酸味が後を追いかけて後味をさっぱりさせてくれる。今日は朝からあまり水分を採っていなかったこともあってか、体の中が潤っていくのを感じた。


「うまいな」

「ほんと。瑞々しくておいしい」


 アルティスも俺と同じ感想だったようで、ラムーを齧りながら頬を緩ませた。その様子に満足したのか、アミミは4個目のラムーを齧る。


「はやっ! お前もっと大事に食べろよ」


 アミミは俺に向けて不思議なものを見るよう眼差しを向けて、首をこてんと傾げた。


「果物は新鮮なうちに食べた方がよいでござるよ? 即ち、早く食べるに越したことはないでござる」「いや、確かにそうだけども……」


 アミミには程度というものがないのか。別に今日中に食べないといけないというわけじゃないんだから、一度に全部食べなくてもいいと思うが。まあそんな能天気な所もアミミっぽさが溢れていて、だからつい許してしまうのだろう。

 そんな俺たちの様子を見ていたアルティスはあきれ顔で小さく笑い声を漏らすのだった。



 それから暫く俺たちは商業区をうろうろしつつ、雑貨屋に並ぶ品などを眺めながら過ごした。その中のひとつでアルティスが足を止める。


 視線を追うと、そこはガラス製品が陳列された露店だった。色鮮やかな発色のガラスが、リングやペンダントにつけられ並べられている。各商品の前には木版の値札が置かれており、見たところ他の露店に比べると全体的に価格がお高い。しかし高いだけあって、見ただけでも品質の高さがうかがえた。

 露天商はまだ年若く、健康的な褐色の肌に赤毛の短髪、そして豊かな双丘を持っていた。思わずアルティスとアミミの胸元に視線が行きそうになったが、何とか理性で押し止める。露天商の恰好から、彼女がこれらの製品の製作にかかわっていることを匂わせた。厚手のオーバーオールに似た作業着を着こんでおり、首元には目を護るためのゴーグルを掛けている。

 その露天商は俺たちの視線に気づくと、にかっとした音が聞こえてきそうなほど爽やかな笑みを浮かべた。


「おにいさん。良かったら彼女たちのプレゼントにどうだい?」

「彼女たちって……。女たらしみたいな言い方は心外だな」


 そんなことを言いつつ、露天商の前まで移動し商品に目を落とす。アミミとアルティスも隣でしゃがみこんで色とりどりのガラス製品を眺めた。

 赤や青、緑など様々な色合いのガラスから、複数種類の色が混ざりマーブル上になったものもある。見た目だけで言えば前の世界の製品と比べても遜色ない品質だ。若干透明度には難ありだが、薄く濁った白色がまた色合いを引き立たせており、逆にアクセントになっていた。


「いい品揃えだな。あんたが作ったのか?」

「はは。あたいは手伝いさ。作ったのは親方。あたいのは、まだまだここに並べられるほどの物じゃないからね」

「そうか。なら……このペンダントをくれるか?」


 俺はペンダントトップが球状のガラスになっている製品を手に取り、露天商に掲げて見せる。球状のガラスの中にはまるで真っ赤な薔薇が咲いたかのように、赤のガラスが花びらを模して彩られている。透明度も他に比べて高く、まさにガラスの中に活き活きとした花を封じ込めたようだった。


「あんた、いいやつを選ぶじゃないか。これは親方が傑作って言ってたやつさ。で、もうひとつはどうするんだい?」

「んー……」


 俺はアミミに視線を向けると、アミミも俺を見返してくる。アミミには何が合うかと思案するが、どう考えてもアミミには食べ物しか思い浮かんでこなかった。


「ま、お前はいっか」

「あー、今ひどいこと考えたでござるな!」


 隣でぶーたれるアミミは放っておきつつ、露天商に代金を支払いペンダントを購入する。そしてそのままアルティスの首に掛けてやった。


「あ、ひやっ!」

 

 いきなりの行動に驚いたのか、アルティスが変な声を漏らす。そして自分の首にかけられたペンダントに触れ、そのペンダントトップで揺れる花びらを掲げてみせた。

 暫くぼうっとしながら、ガラスの中に閉じ込められた真っ赤な花をアルティスは眺める。


 俺は若干アルティスから距離をとり、アルティスとペンダントを対比して見た。ペンダントトップが光を反射し鮮やかな輝きを放つ。


「うん。これは中々。アルティスの赤い髪にイイ感じで似合ってるんじゃないか?」

「ほんとでござる。アルティス殿、似合っているでござるよ!」

「え……。え、ええぇ!? そ、そんな、似合ってる……かな?」


 アルティスは顔を真っ赤にしながらおずおずと、俺たちの方へ向き直る。恥じらいを浮かべるアルティスの胸元で、花びらを模した赤いペンダントトップがきらりと光った。


「やっぱり似合ってるな。アルティスの髪の赤と、ペンダントの花びらを模した赤の色合いがちょうどいいと思うぞ。アミミはどうだ?」

「拙者もそう思うでござる」

「あたいもいいと思う」


 俺たちの感想を聞いて、アルティスは顔をますます赤く、背中を丸めて縮こまってしまった。漫画とかだったら頭から湯気が出そうな光景だ。俺は自然と、そんなアルティスの頭を撫でていた。


「ほら。旅の思い出のプレゼントだ。もう少しでお別れになるが、俺たちとの思い出、なくすなよ?」

「あ、……う、うぅぅぅぅ。ずるいわよぅ……」


 嗚咽とともに絞り出した言葉を発し、アルティスは両手で顔を覆い隠すとまるでかくれんぼの鬼になったように小さくなって暫くその場から動けなくなった。


 アルティスが背負っているものが何かは俺にはわからない。けれど、それが生半可な覚悟を持って達成しようとしているわけでないことは確信している。

 勿論アルティスに協力して、一緒に旅をするというのも選択肢としてはあった。しかしそれは、アルティス自身が良しとしなかったのだ。


 この町で分かれるという決断は、アルティスがしたものだ。俺たちに遠慮したという気持ちもあるだろうし、自身でやり遂げなければいけないという義務感もあったのだろう。だからこそ俺はアルティスの気持ちを尊重したし、アミミもその考えに同意した。

 俺たちにできることは、アルティス達の無事を祈って、残りの時間、出来るだけ思い出を作ること。このペンダントはきっと、思い出をアルティスに齎してくれるだろう。


 ようやく気持ちも落ち着いたころ、窓から覗く景色は夕刻を過ぎて暗くなっていた。通路を行きかう人も日中と比べ随分疎らになっている。天井からつるされた魔石灯が淡い色合いで屋内を照らし出し、俺たちの影を小さく伸ばす。


「そろそろ帰るか」

「そうでござるな。アルティス殿、行こうでござる」

「うぅ、うん……。ごめんね」


 アルティスはアミミに手を引かれて立ち上がると、謝罪の言葉を述べてとぼとぼとアミミについて歩き出した。その姿を見ると、本当の姉妹のようだった。やっぱり関係は逆転してる気がするけど。

 俺は露天商に挨拶をし、その場を後にする。


 そんな俺たちの背後から、露天商の溌溂とした声がかけられた。


「お兄さんたち。達者でねー」


 その言葉に少し元気をもらった気がして、俺は手だけを上げて挨拶を返した。


この作品のヒロインはほとんどアルティスですね。残念ながらこの章でまたお別れですが。さて、次に再開するのはいつになることやら。


ヒロインはアミミじゃないのかって?

ほんとはアミミがヒロインのはずなんですが、食いしん坊キャラが極まってきてそれどころじゃない方向に突っ走ってます。初めはこんなキャラにする予定じゃなかったんですが、いつからこんなことになってしまったのか……。

まあアミミもノノから色々アドバイスをもらっているので、今後に期待してください。まだまだ一杯食べてくれるはずです。

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