51.公園ピクニック
公城での戦いが終わってから数日。
リーゼとアーリアは、城の内部で起こった戦いの後始末のためあちらこちらを駆けずり回っていた。公国では貴族性をとっていないが、有力者たちは存在している。いわゆる名家と呼ばれる家柄の者たちだ。
アーグスタという宰相を失った今、早急に代わりの人材を見つけなければ早晩、国が立ち行かなくなるのは明白だ。しかしそれなりに政務を理解している人間となると、そうそう見つかるものではない。そのため、以前政務に携わっていた人物など、引退した人物を中心に渡りをつけており、そういった人物はやはり国の重要な役どころが多いので、名家に話を持っていくという運びになるわけだ。
ただし野心家な人物を要職に据えてしまっては、インダール公の権威を脅かしかねないため、協力的な人物という条件が出てくる。
ちなみにリーゼの両親であるインダール公夫妻は結婚記念日で旅行中とのこと。この状況でというのと、こちらにもそういう文化があるのかということに少々驚きを禁じ得ない。
そんなわけで、後処理は全て2人に押し付け、俺たちは公国を離れるまでの短い時間をこうして日がな一日のんびりと過ごしているわけである。
「そっちのヤツもおいしそうね。ちょっと頂戴」
アルティスがむんずと俺の目の前にあるフライドポテトを連れ去っていく。俺が止める間もなくそれがアルティスの口の中に放り込まれた。
アルティスはおいしそうにむしゃむしゃとポテトを食べて満足そうに頬を緩める。
その隣ではそーっとアミミがアルティスのソーセージを誘拐していったのだが、アルティスはポテトに夢中で気づいていない。そして反対側からはワシがソーセージを強奪していった。勿論アルティスは気づいていない。
俺のポテトを食べ終わった後に、アルティスは自分のソーセージが少なくなったことに首をかしげていたが、結局何となく違和感がある程度で結論付けたのか、気にせず残ったソーセージにフォークを突き立てる。
今俺たちは公城前の公園で弁当を広げて食事をしていた。
ポテトやソーセージは公園内の出店で売っている食べ物だ。出店の中でめぼしい食べ物をピックアップし、各自買い寄って食べているわけである。ちなみにすべて金は俺が出している。
俺が買ってきたのはフライドポテト。とはいえこの世界では油で揚げているわけではなく、薄い油で表面をカリッカリに焼いたポテトだが、何となく元の世界の出店を思い出して買ったものだ。
一方アルティスはソーセージの盛り合わせを購入してきており、サワークリームソースが皿の端っこに盛られている。この世界でソーセージを食べる場合、大抵サワークリームソースがついてくるのが定番だ。元の世界のマスタードとケチャップみたいな位置付けだろう。
そんなソーセージをかっさらっていったアミミが買ってきたものは、炒めた麺類のようだ。刺激的な調味料を使っているのか、赤や黄色と色鮮やかなまだら模様。正直あまりおいしそうではない。
だがグルメガイドを記すものとして、興味がないわけではない。俺は麺の乗った皿に箸を伸ばす。ちなみに箸はアミミの為に手製で作ったものだ。
俺の箸が伸びてきたことに気づいたのか、アミミはぺちんと俺の手を叩いた。
「トール殿、人の食べ物を盗るのは意地汚いでござるよ!」
「いや、それお前が一番言っちゃダメなやつ……」
先程のソーセージ誘拐事件を目の当たりにした俺からすると、犯罪者が犯罪は悪いことなのでやめましょうと言っているようにしか聞こえない。
だがそれで引き下がるような俺ではない。食への飽くなき探究心は、その程度の壁など容易に超えてゆく。
「彼我一刀・奪い箸」
「ぬな!?」
俺が箸を振るうと、アミミの手元にあった皿から幾らかの焼き麺が引き寄せられるように俺へと飛来した。俺は手元の皿で麺の束をキャッチする。
「ふははは。これこそ彼我の極地! 今作ったけどな!」
「ずるいでござるー!」
「どうでもいいけどそれが極地って……。あんたらそれでいいの?」
俺とアミミのやり取りを側から見ていたアルティスがぽつりと呟く。いいのだ、それが弱肉強食の世界というもの。食うか食われるか、そして、食べるか食べられるかだ。
「彼我一刀・奪い箸! ……出来ないでござるー!」
「極地と言ったろう? そう簡単に真似されてたまるか」
「くー、もう一回! 奪い箸! ぬわー、また失敗でござる!」
「アミミよ。失敗を積み重ねなさい。人は失敗を失敗で終わらせないために努力をするのです。たとえ道中どれだけの失敗を重ねたとしても、最後に成功すれば、それは失敗では無く経験だったということになるのですから」
「いいこと言ってるけどこの場面だと全然そう聞こえないのが不思議だわ……」
アルティスが落胆のため息を吐く。そしてアミミは何度も失敗を重ね、そして。
「奪い箸!」
「なに!?」
アミミが箸を振るうと次の瞬間、俺の皿の中の麺がアミミへと引き寄せられそうになる。俺は慌てて麺を箸で掴んで引き留めると、それを皿の上に戻した。
この短時間でもう奪い箸の端っこに手をかけるとは、さすがアミミだ。はしだけに。
「やはりアミミ、我が弟子ながら天性の才能を持っている」
「そ、それほどでもないでござる」
俺が褒めるとアミミは照れながら頭を掻いた。
少し煽てただけですっかり麺のことはどこかへ行ったようだ。ちょろくて助かるが、悪意ある人間に漬け込まれないよう、今度そこら辺も含めて教えてやろう。
取り敢えず今は目の前の飯だ。俺はアミミが買ってきた焼き麺を箸でつまむと、ずるずると啜って口の中に吸い込んだ。
カラフルな見た目とは裏腹に、味はスパイシーでしっかりと旨味が効いている。魚介の風味が感じられるのは蒸し焼きにする際出汁を使っているのかもしれない。麺は少しパサついているが、細かく縮れていて濃いめな味付けがよく絡んでいる。
一緒に炒められている野菜はララーシュと呼ばれる葉野菜だ。赤っぽい色味をしており、恐らくこの野菜がカラフルな見た目を作っているのだろう。シャキシャキとした食感が瑞々しく、それでいて味もしっかりついているので、麺と一緒に食べても水分で味が薄まったりすることもない。
出店でこのクオリティとは、セレスタリア、中々侮れない都市のようだ。
因みに何故俺たちが3人しかいないかと言うと、先の戦いでゲロの傷が思った以上に深かったため、病院に放り込まれているためだ。そしてカスはゲロの看病中。
俺の魔法で傷口などは塞いだものの、造血の魔法などは覚えていなかったため、流れ出た血までは元に戻せなかったのだ。最期の魔王の右腕との戦いのときも、ほとんど白い顔で戦いを見ていたからな。
今俺たちが公園にいるのも、先ほどまでゲロのお見舞いで必要なものを持って行った帰りだった。昼飯をどこかで食べようという話になったのだが、ちょうど公園を抜けていく途中、出店が立ち並ぶ姿を見かけたのだ。アミミがその光景に目を輝かせていたので昼飯をこの公園内でとることにしたわけである。
周囲を見回すと結構な人数が公園内でピクニックを楽しんでいるようだ。俺たち同様、芝生の上で食事をする男女や寝転んで日向ぼっこをする家族。他にもボールを投げあって遊んでいる子供たちの姿もあった。
そんな平和で無邪気な光景を見ていると、数日前にこの国が滅びかけたなど嘘のようだ。寧ろあの戦いがあったからこそ、この平和な光景を目にすることができたといえるのかもしれない。
ボールを追いかけ走り回る子供たちの姿を視線に収めながら、ふとアルティスが曇った表情をしているのを見つけた。アルティスも子供たちの方を見ており、懐かしむような、悲し気な目をしている。
「どうしたんだ? 元気がないようだが」
「え? 私そんな顔してた?」
「アルティス殿はいつも変な顔でござるよ?」
「ちょっ、アミミ! 誰の顔が変なのよ!」
「そうだぞ、アミミ。そんなほんとのこと言ったらアルティスが傷つくだろ」
「あんたの言い方が一番傷つくわよ!」
アルティスは声を荒げるが、直ぐに元の表情に戻る。
俺とアミミがそんなアルティスをのぞき込むと、アルティスもそれに気づいて少し困ったような表情を浮かべた。
「ま、話したくないなら話さなくていいさ。別に、それでアルティスのことをどうこう思ったりはしないからな」
「拙者も、アルティス殿は好きでござるよ。友達でござる!」
「トール……。アミミ……」
俺たちの言葉にアルティスはじんわりと涙を浮かべた。
そして目元を服のすそでこすり、赤くなった瞼で真剣にこちらを見る。
「トール。アミミ。この間の戦いで、私が聖女ってことは言ったわよね?」
「その設定、まだ続いてたのか?」
「設定じゃない! あんたあの時ちゃんと信じてたでしょうが!」
「悪い。冗談だ」
アルティスはふうとため息をつく。先ほどよりは幾分か、深刻そうな表情がましになった気がした。そして再び口を開きかけ、やはり閉じる。
そんなアルティスの葛藤が、余りにも率直に伝わってきて、だから俺たちはアルティスが言葉を発するまで無言で待った。
「私は……。ごめん。本当はあんたたちには話しておいてもいいのかもしれない。でも、今はまだその勇気が持てないの」
「ふむ」
「アルティス殿……」
アルティスのとった行動は、話さないと言う選択だった。どうやらそこそこに根が深い問題のようだ。
きっとアルティスのことだから、話せば俺たちに迷惑がかかるとかそんなことを考えているのだろう。そうなったところで気にはしないが、結局それは、俺たちの善意という名のエゴだ。アルティス自身は、いくら気にするなと言っても気にするだろう。気にしないわけがない。
短い付き合いだが、彼女が優しく責任感の強い娘であると言うことは肌で感じている。
「まあ気持ちが変わったら話してくれ。別にアルティスが実は一国のお姫様だったとか、生贄にされそうで逃げ出しただとか、そんな悲劇のヒロインみたいな設定だったとしても、俺たちはアルティスを受け入れるからさ」
「……トール。あなた、私のこと初めから知ってたんじゃないでしょうね?」
アルティスは少しだけ俺から遠ざかって、疑わしい視線を投げかけてくる。
聖女なんて言うから適当にありそうな話を振ってみたのだが、まさかな……。
「拙者も同じでござる! アルティス殿は友達でござる。何か困ったことがあったらいつでも力になるでござるよ!」
「アミミ……。ま、まあ、トールも悪い奴じゃないって知ってるから。そ、その……ありがと」
アルティスは頬を赤く染めてそっぽを向いた。きっと今のアルティスの精一杯で紡いだ言葉。だから何かあった時には協力してあげたいと思わせる説得力が、その言葉にはあった。
「なんか今日のアルティスは可愛いな」
「ぬ、んなっ! か、かかか、かわ……」
「可愛いでござる〜」
「う、うぅ……」
アミミも無邪気な笑顔で俺と同じことを言う。流石にアミミにまで反論できなかったためか、アルティスは耳の先まで真っ赤になって何も言えずに俯いてしまった。
聖女なんて言っても、こう言うところはまだまだ普通の女の子だなと納得する。きっとそんな役目を押し付けられて、これから先も大変な事が待っているのだろうが、挫けず頑張ってもらいたいものだ。
「カァ(一件落着)」
そして最後は何故かワシの一声で締めくくられる。
一件落着じゃない。何も落着してない。そして何故ワシの言葉が分かってしまうのか、ますます訳がわからない。
今までもその節はあったが、ワシは俺たちが何を話しているのかちゃんと理解しているようだ。城での一件でも、ワシがただのカラスでないことが明らかになったし。
「し、辛気臭い話はおしまいおしまい! 今はおいしいものを食べましょ!」
アルティスはばっと顔を上げると、その場の雰囲気を変えようと両手で目の前の空間を払うような仕草をした。
「アルティス殿の言う通りでござるな。トール殿、追加で何か買ってきてほしいでござる」
「おい、弟子よ。先生をぱしりに使うつもりか?」
「ぱしりではないでござるよ。これは先生への、お・ね・が・い、でござる」
態とらしくぱちんとウインクする。似合っていない。あまりに似合っていなさ過ぎて、逆にすがすがしいくらいに打算的だ。
こんなことをアミミに教える奴はあいつしかいない。ノノよ、一体アミミに何をいくつ教えやがったんだ。そして弟子よ。お前は色気の欠片も無さすぎて効果がイマイチ過ぎるんだ。そのことに早く気付いてくれ。
とはいえ、アミミにこうおねだりされれば動いてしまうあたり、俺はやはり弟子にどこまでも甘いようだ。
俺は席を立つと、公園の小道沿いに居並ぶ屋台へと、新しい食べ物を探しに向かうのだった。その顔には自然と笑顔が浮かんでいた。




