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50.魔王の右腕

 アルティスがぐしぐし泣いているのを他所に、肉塊から飛び出た黒煙は徐々により集まっていった。それはまだ煙だ。煙なのだが、肌を刺すようなひり付く感覚が全身を襲う。

 やがてその煙が一箇所に固まり、人のシルエットのようなものを形作った。次いで襲ったのは強烈な閃光。光が一瞬で俺たちを通り過ぎていく。


 俺たちは目が眩むような光から視線を逸らし、直撃を受ける前に顔の前を手で覆った。


「ああぁぁああ゛!! 目がぁぁぁ!!」


 若干一名、肉体的な性能が劣るアルティスだけが、その光の直撃を喰らって悶絶していた。


 暫くして光が収まると、先ほど煙が集まっていた箇所にはぼうっとした光のシルエットが佇んでいる。そしてその光の背後に伸びるのは、異形の影。玉座の背後を、天井まで届くのではないかと言わんばかりに巨大な影伸びており、目、口の部分だけ影は赤く染まっていてそこだけ切り出したかのようだ。その影はまるで意思を持っているかのように、瞳と口を歪めて俺たちを睥睨する。


「我を呼び出したのは貴様らか」

「呼んでない。だからお帰りください」

「…………」


 影は俺の言葉に、一瞬ぽかんとしたように反応がなくなる。直ぐに意識の再起動が起こったのか、気を取り直してもう一度同じ文句を口にした。


「我を呼び出したのは貴様らか」

「だから誰も呼んで――」

「ええい、その答えはもういいわ! 話が進まんだろうが!」


 何か逆切れさた。そして何故か他の面々から避難がましい視線を向けられる。理不尽だ。

 影は半ば強引に話を進める。


「ふ。我の封印を解いたことには例を言おう。今我は頗る機嫌がよい。今なら貴様らのどんな願いでも聞き入れてやろう。ただし!」


 影は一拍、呼吸を入れる。そして重大発表のように告げた。


「貴様らのうちだれかひとりの願いだけだ!」

「帰ってもらっていいですか?」

「それナシ!」


 影はまるで手でバツを作るように、赤い口を歪めてバツ印にした。意外と器用な奴だ。


 何だか段々と相手するのが面倒くさくなってきた。こいつには悪いが早くお帰り願おうかなと思っていると、急に今まで黙り込んでいたアルティスがキレたように大声を上げる。


「うっさいわね! さっきからアリだのナシだの、人の話を聞かないやつね。そんなどこの馬の骨とも知れないやつの言葉なんて聞くわけないじゃない! 馬鹿なの? 死ぬの?」


 アルティスは目を赤くしながら涙を湛えていた。どうやら先ほどの閃光攻撃が非常にお気に召さなかったようだ。そして怒鳴りつけられた影は、目に見えて怯んだ様な反応を見せる。


「い、いや……。我、アリなんて言ってないし……。ナシだし……。それに一応我、魔王だし……。どこの馬の骨とかじゃないし……」

「知るか馬鹿野郎! そんな影しか姿見せないやつが魔王とか言い張るな! 威張り散らしたいなら姿くらい見せろってんだこのヤロ―!」


 何だかもうアルティスが一杯一杯でやけくそになってしまっている。

 息を切らせながら肩を上下させるアルティスの頭を、慰めるようそっと撫でてやった。アルティスはちょっとだけぐすりと鼻をすすると、それ以上泣くのを我慢した。偉い偉い。


「女。言ったな。そんなに見たければ見せてやろう。我の姿を見て、恐れ慄くがよい!」


 すると影は根っこに繋がる光のシルエットへと収束していき、やがて光の白が黒へと染まってゆく。徐々に黒の面積が増していき、そしてぼうっとした黒い光がシルエットをすべて埋め尽くした。まるでそこだけぽっかりと黒い空間が出来たように、縦に伸びる闇がそこに存在していた。

 やがてぼやけていた闇が徐々に輪郭を帯び、黒いキャンバスに影を着けていくように陰影が露わになっていく。まるで一本足で直立しているような、そんないびつな形。闇が完全に取り払われ露わになった姿は――――。


 灰黒の肌に発達した筋肉を持つ"右腕"だった。


「我は魔王の右腕、ヒーゲ――」

「彼我一刀!」

「いたっ! 何この娘、怖い!」


 右腕が自己紹介を終える前にアミミが彼我一刀を放ち、そしてその一撃が右腕を斬りつける。切り傷は浅いがそこから紫の血液が漏れ出ていた。


「アミミ、今のは酷いんじゃないか? あいつ自己紹介の途中だったし」

「でも右腕だけでしゃべってるでござるよ? それに色も黒いし、何だかててかてかしてちょこまか動きまわるやつみたいでござる。あれを見つけたらお爺様もさっさと殺すに限ると言っていたでござる」


 仮にも魔王の腕をGと同じ扱いするとは。アミミ、恐ろしい娘……。


「せ、せめて、我に自己紹介くらいさせてくれないだろうか? 我は魔王の――」

「フィフスレイ!」

「いたっ! だから痛いと言っておるだろうが! 何だこの女子たちは!」


 今度はアーリアが右腕の話を遮って剣で切りつけた。またも浅い切り傷ではあるが、魔王の右腕は痛みを感じているようだ。

 2人からの問答無用の攻撃に、思わず右腕に同情してしまいそうになる。


「私もアミミ君の意見に賛成だ。相手は仮にも魔王の一部。であれば早々に滅するのは間違いではないと思う」

「まあ一理あるけど、何か可哀そうだよな」

「トール様。この世は弱肉強食。魔王が統治する時代はとっくの昔に終わったのです。さっさとこの不毛なやり取りとこの世から、あの汚らわしい存在を解放してあげましょう」

「何だか一番怖いことをサラッと言ってないか、リーゼ?」


 10歳にしてこの達観したような考え方、基いサディスティックな意見に、何だか無性にリーゼの今後が心配になってくる。この娘と結婚することになる男はさぞ苦労するだろうな。


「貴様ら! もう手加減はせん。さっさと貴様らを縊り殺して、この世を再び滅してやるわ!」

「うっさい! 滅ぼせてないからこんな世の中なんでしょうが! ブラン・ケシュト・ペイル!」

「あ、それ呪文必要ないのか」


 ならさっきも呪文唱えなくて良かったんじゃないかと言いたくなったが、きっと威力が上がるとか裏事情があるのだろう。再び現れた女神は今度は瘦せ型で、まるでアルティスを模したような体系をしていた。なので布で覆われた胸も平坦だ。そんなことを考えていると、アルティスと女神が俺を睨みつけてきたので思わず視線を逸らす。

 気を取り直したのか女神は先ほどと同じように光の弓と矢を構え、そして弦から指を離す。一直線に伸びる矢は魔王の右腕に直撃すると、尾羽の部分から光が分散して飛び出し、そのすべてが腕へと殺到した。


「ぬぉぉぉぉぉ!!! これは聖光! 聖女の力だとぉ!?」

「お前ってホントに聖女だったのな」

「へへん。どうよ!」


 アルティスは無い胸を張って自慢げに振る舞う。あ、待って。叩かないで。

 失礼なことを考えた俺をアルティスが叩きながらも、状況は推移する。


「先ほどはあの怪物に遅れをとったが、今度は外さん。セブンスレイ!」


 アーリアが光を纏った剣閃を魔王の右腕に叩き込む。先ほどより深々と剣の一撃が突き刺さり、そして弾けたように光の爆発が巻き起こる。


「ぐぉぉ! 今度は勇者の力かっ!」


 よく見ればリーゼも両手を前に出して何かしら魔法を使用しているようだ。俺が見てもなんの魔法かわからないが、魔力の流れからアーリアとアミミに伸びている。恐らく身体強化のようなバフ系の魔法だろう。


「紅燕」

「おお。紅燕も使えるのか」


 アミミが紅炎を纏った刃で魔王の腕を斬りつける。

 アルティスの攻撃で動きが止まっている右腕は、欠けらも抵抗できずアミミの攻撃をその身に受ける。

 斬りつけられた箇所が赤熱し、アミミが距離をとった頃に遅れて赤い爆発を起こした。魔王の右腕から多量の血液が溢れ出す。


「ぬぅぅ。何という容赦のない攻撃、それが復活したての魔王に対する攻撃か!?」


 魔王の右腕は意味のない言葉を呟くも、なす術なく女性陣の一斉攻撃を受けることしかできなかった。

 そんな光景を眺めている俺含むゲロカスコンビはというと……。


「あの女性陣は怒らせないようにした方がいいな」

「……そうでやんすね」

「……ガス」


 ただぼうっとその光景を眺めるだけだった。完全に出る幕がない。


 やがて疲労が蓄積されてきたのか、アミミとアーリアの動きが徐々に精彩さを欠いてくる。深々と切れ込みを入れていた攻撃も威力が減衰しているようだ。

 どうやらリーゼのバフが切れかけているようで、それが影響しているらしい。

 魔王の腕の動きを止めている光の矢も、未だ微かに残ってはいるが、今にも消え入りそうな程小さくなっていた。


 しかし魔王の右腕も既に満身創痍と言える程傷だらけになっている。動きを止められフルボッコに近い攻撃を受け続けたのだ。至る所に切り傷ができ、周囲には紫の血液が撒き散らされている。


「ぐ、ぐぅぅぅぅ。まさか、復活したところでこのような醜態を晒すとは……」


 右腕だけなので息切れという概念があるのか分からないが、腕は若干その体?を上下させている。魔王復活というゲームなどでは一大イベントのはずが、このままいけばあっさり解決してしまいそうだ。

 が、そうは問屋が卸さない。


 右腕は腕全体に黒い靄、瘴気を纏い始める。それを周囲へとまき散らした。

 たまらずアミミとアーリアは瘴気を避けて背後へと引き下がる。


「貴様ら、我はもう怒ったぞ! この右腕、捨てるには惜しいが勇者と聖女をつぶせるなら儲けものだ! この城ごと消え去るがいい!」

「あ、これやばいな」


 魔王の右腕は腕を振り上げるとぐっと拳を握りこむ。そしてその掌の中から莫大な光が漏れだした。

 掌の中の光は、やがて魔王の右手に罅を作った。徐々にその罅が広がり、手のひらから手首、そして前腕へと伸びていく。罅の間からは白い光が漏れだしており、その光景はまるで殻を破って中身が出てこようとしているような、ある種生を感じさせるものだった。

 罅は更に腕を伝って枝葉のように広がり伸びていく。徐々に光が強さを増し、黒だった腕の皮膚が白に塗り潰されていった。白と黒の面積がほぼ半々になったころには腕の中から膨大な魔力を放出していた。これが周囲に解き放たれた場合の被害など考えたくもない。流石魔王と呼ばれるだけの力は秘めているようだ。


「さぁ。この右腕とともに吹き飛ぶがいい。後の世界は、復活した他の我が見届けよう!」

「ホーリーフィールド! 2人とも行って!」

「紅燕」「セブンスレイ!」


 リーゼが光の円環を地面に出現させると魔王の右腕の周囲にあった瘴気が晴れ、腕へと一直線に続く道が出来上がった。アミミとアーリアはその道を駆け抜け魔王の右腕へと肉薄する。そしてそれぞれの最大攻撃力を伴った一撃を叩き込んだ。しかしその攻撃は硬質化した表皮によって弾かれる。


 ガインといった聞きなれない音を出して、攻撃を放ったアミミとアーリアがその反動で数mの距離を吹き飛ばされる。2人とも何とか着地には成功するが、攻撃圏外へ弾き出され再び魔王の右腕へとつながる道は黒い瘴気に閉ざされた。


「彼我一刀・紅燕!」


 アミミがすかさず刀を鞘に納め抜刀を試みる。距離を無意味とする彼我の一撃、それに紅燕を乗せて発動した。いつの間にか彼我と他の技を組み合わせて放てるようになるとは、知らぬ間に成長したようだ。先生としてうれしい限りだ。


 しかしアミミのその一撃でさえ、やはり魔王の右腕には通用しない。赤い燕の尾を引く紅炎の一撃は表面をなぞるだけでその芯にまで攻撃が届かないようだ。再びガインという攻撃を吸収するような音が響く。


「やばいでござる。アーリア殿、何か手はないでござるか!」

「すまない。私も先ほどの戦いで力を使いすぎた」

「ななな、やばいやばいやばい! なんかもうあいつ逝っちゃいそうなんだけど!?」


 アルティスが言うように既に腕の罅は限界にまで広がっていた。そして鼓動するように光が明滅し、それにつれて腕が肥大する。今にもはちきれんばかりに腕はぱんぱんに膨らんでいた。

 何もできない自分に対して、アミミはぎゅっと刀を持つ手に力を込める。アーリアもぐっと奥歯を噛み締め、表情に悔しさを滲ませていた。


「ふははは。それではさらばだ。死ぬがいい!」


 腕は終の言葉を吐くと、最後に残った黒の表皮がすべて白に変わり果てる。その瞬間、その場のすべての光が収束し、周囲は一切の黒に覆われた。腕があった場所に生まれたのは小さな光点。それが一瞬のうちに肥大し、拡大し、周囲の黒を一面白に染めていく。目を覆うような光の濁流が、俺たちの世界をすべて白に塗りつぶしていった。


「彼我一刀・黒烏」


 光がすべてを覆い尽くす前に、抜刀。光の中心点を斬る。

 その瞬間、周囲の白がまるでガラスが砕けたような破片に代わり、先ほどまであった元の謁見の間へと戻る。そしてその光の中心があった場所には、真っ二つとなった魔王の右腕が転がっていた。


 他の誰も、まだ何が起こったか理解できずにその場に佇んでいる。

 俺はゆっくりと、魔王の右腕の元まで歩いて近づいた。


 魔王の右腕はまるで倒れたまま顔をこちらに向けるように、掌を向ける。


「ふ、はは、は。まさか、我を両断する、とはな。貴様も勇者の系譜、か?」

「いや、俺はしがない冒険者だ」

「そう、か。勇者も元は冒険者であったが……。貴様が次代の勇者となりうるのかも、な」

「残念だが勇者なんてがらじゃない。そんなことより、最後にひとつ、お前に聞きたいことがある」

「こんな死にぞこないに、何を聞きたいのやら……」


 右腕は感情豊かにその指を動かした。人差し指を伸ばして1を形作る。


「ひとつだけ、だ。我を斬った褒美に、ひとつだけなんでも答えてやろう」

「そうか。なら、これだけ聞きたかったんだ」

「なん、だ?」

「お前の名前、何て言うんだ?」


 その瞬間、背後で俺と魔王の右腕の会話に耳を傾けていたアミミ達も、一瞬鼓動が止まるのを感じた。魔王の右腕本人でさえ、ぎこちなくもまだ生命を感じさせる手指の動きを止める。

 そして数瞬の空白。


「ふ、はは、はははは。面白い。面白いぞ、貴様。なぜその質問を?」

「だって、口上が途中で切られちまっただろ? それに悪党だとしても、名前くらいはちゃんと聞いておきたい」

「はは、ははは。気に入った。気に入ったぞ貴様! 答えよう、我の名はヒーゲル! 魔王の右腕、ヒーゲルだ!」


 自身の名乗りに満足したのか、ヒーゲルはそのまま黒い霧となって消えていった。そこには血の一滴すら、灰の欠片すら残っていない。完全にこの世からその存在を消失させていた。


「トール殿……。本当にそれで、よかったでござるか?」

「ん? 別にいいだろ。教えてほしいことなんか特にないし。それに名前も名乗れずやられたら、いくら悪党でも可哀そうだろ?」

「……はぁ。やっぱりトール殿でござるな」


 アミミは呆れたように嘆息した。そして苦笑しながら、そんな答えを返す。


「しかしまたトール殿に良い所をとられたでござる」


 アミミは少しだけむくれた表情で腕を組むと、そんな文句を俺に言うのだった。


アルティスがますます不憫になっていく気がする……。でもちょっとだけ挽回したかな?


そしてやっと50話まで来れました。週2回の投稿というスローペースで約半年。まだまだ閲覧数は少ないですし、拙い文章表現ですが、100話くらいまでは頑張りたいです。継続は力なり。


それとここでお知らせなのですが、現在作品のタイトルを変えようかと検討しております。

何故かというと、ここ最近全然グルメしてないじゃないか( ゜Д゜)

元々グルメ成分多めで作品作ろうと思ってましたが、気づけばバトル比率が多くなってグルメ成分がかなり少なくなってしまっているなと。


これはタイトル詐欺じゃなかろうか?と思い始めてきたので、いっそタイトルを変更してしまおうかと。

話の中心軸はトールとアミミの旅なので、2人を含めたタイトルで考え中です。


一応タイトル変更は今の2章がもう少しで終わるので、キリよく3章から変えていきたいと思っています。

読んで頂いている方には混乱を招く形になってしまいますが、引き続き読んで頂けると嬉しいです。


我こそは、という強者がいたらタイトル案を出して頂いて構いません。どしどし受け付けます。採用するかは置いといて、参考にさせて頂きます。

もし本当に案を出す方がいたらきっと尊敬しちゃいます。


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