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49.そして終焉が始まる

 先ほどまで怪物が存在した空間を横切って、リーゼはアーリアの元へと駆けつける。リーゼが近づいてきたことで、アーリアも前に一歩を出そうとするが、しかし怪物との戦闘で体力を削られたアーリアは体を支えきれず前方へと倒れた。すんでのところで間に合ったリーゼがアーリアの体を抱きかかえる。


「アーリア! 大丈夫?」

「はい。すみません、お嬢様……」

「構わないわ。寧ろ私が抜けだすのに時間をかけすぎた所為よ。それに、私はあなたに謝らないといけないから」


 リーゼは背後で倒れ伏すアーグスタへと視線を向けた。背中に刺さった短剣がこちらを向いており、表情はうかがえないがぴくりとも動かない。心臓を貫かれ既に命を失ったのか、そうでないにしても虫の息だろう。あと僅かの時間で息を引き取るはずだ

 リーゼは申し訳なさそうな表情を浮かべている。そんなリーゼに、アーリアは首を横に振った。


「いえ。お嬢様が手を下さなくとも、私はあの男を殺すつもりでしたから。当初の予定とは言えお嬢様に手を掛けさせてしまい、私の方こそ申し訳ありません」

「いいのよ。私が言ったことでもあるんだし。それに、もうお嬢様って呼び方じゃなくてもいいんじゃないかしら?」

「は、はい。……リーゼ、様」

「様は、いらないと思うんだけど?」

「で、では……。リーゼ、ありがとうございます」

「ふふ。どういたしまして」


 リーゼは温かい陽だまりのように、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべた。

 全てが終わったら友として接するという、それはたわいもない口約束だった。それでもリーゼはしっかりと、その約束を覚えていてくれた。その事実にまた、アーリアは胸が熱くなる。


 そんな主を見ていると、リーゼが年端もいかない少女だということを忘れそうになる。自分と同じくらいの、否、それ以上に年齢を重ねたように感じられた。しかしリーゼがどのような存在だとしても、紡いだ絆は変わらない。まぎれもなくリーゼはアーリアにとっての主であり、そしてただひとりの友でもあった。


 アーリアは足にぐっと力を込めて立ち上がり、リーゼから離れた。まだ足元はふらついているが、少しだけ体力が回復してきたようだった。


「大丈夫ですか?」

「はい。いつまでもリーゼ様……リーゼに頼っていては、従者失格ですから」

「友達なら頼ってくれても構わないと思うけれど」

「それは……。直ぐには、難しいです。ですが時間をかけて、そうなれるように努力をさせてください」

「そうよね。いきなり今までの関係を変えるのは難しいと思うわ。だから少しずつ、友達として接していってね。アーリア」

「はい。ありがとうございます」


 アーリアはリーゼが差し伸べた手をぎゅっと握り返した。その手から伝わってくるリーゼの体温が自分のすべてを肯定してくれているようで、胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。無意識に頬が緩み、微笑みを浮かべていた。


「さて。何とか儀式は中断させることができたけど。この騒動をなかったことにするのは……難しそうね。まずは父上と母上に状況を説明する所から始めないと」

「インダール公はご無事でしょうか?」

「大丈夫でしょ。少し前に夫婦水入らずで別荘に出かけるって手紙が来てたし。それに一応、石は無事だって教えてくれているもの」


 そう言ってリーゼは懐から深い緑色を帯びた丸い宝玉を2つ取り出した。

 それはインダール公やその家族がそれぞれもつ宝玉で、互いの安否を確認することができるアイテムである。緑色をしていれば健康状態は良好。黄色で何かしら問題が、ただし重篤ではなく程度の軽い異常が発生していることを意味する。そして赤色が命の危機に関わる状態になっていることを表していた。

 現在は2つの石が緑色なので、リーゼの両親はともに問題がないようだった。


「そうですか。それでは公への説明はリーゼがお願いします」

「え、アーリアも一緒に説明してくれるんじゃないの!?」

「友達の第一歩として、リーゼを頼らせて貰おうかと思います」

「ずるい! 頼るって、そういう意味じゃないのに―!」


 リーゼは頬を膨らませて抗議の声を上げた。こういう表情を見せる所はまだまだ子供っぽさが抜けないようだ。そんな姿がアーリアにとっては微笑ましく思えた。


「はぁ。アーリアがそんな冗談言うなんて、何だか新鮮ね」

「長年の蟠りに決着がついたかと思うと、少し気が抜けました。あの男には色々思う所がありましたが、少しだけ気持ちは分かってしまったので」

「アーリア……」

「ですが、あの男の行いは許されるべきことではありません。だからこれで良かったのです。これが最良の解決方法だった。リーゼに業を背負わせることになってしまったことだけが、残念ですが」

「それは構わないといったでしょう? それに、私はもう様々な業を背負っているから……」

「リーゼ?」


 どこか暗い影を落とすその表情に、先ほどまでの無邪気さは欠片もなかった。アーリアもリーゼが勇者の力に目覚めたということは聞いているが、それ以上のことは何も知らない。その力がどんなもので、何ができるのか。

 しかし思えば、そのころからどこかリーゼの雰囲気は変わってしまった。何かに思い悩み、遠い目をすることが増えた。

 一度リーゼに直接訪ねてみたが、いつか話せる時が来たら話すとはぐらかされたことがある。きっと今もまだ、その時ではないのだろう。だが自分のやることは変わらない。ただ愚直にリーゼを側で支えるだけだ。

 アーリアはそんな気持ちを胸の奥にそっとしまい込んだ。


「さて。こちらは片付きましたし、トール君達の方へ向かいましょうか」

「そうですね。……いえ、どうやらその必要はないようですよ?」

「それは……。確かに、そのようですね」


 リーゼの言葉を不思議に思うが、直ぐにこちらへと向かう足音にアーリアも気づく。複数人の足音から、それが闇クランのメンバーではなくトール達であると判断した。きっとアーグスタであれば、誰もここに近づけさせないだろうから。

 果たしてその予想通り、謁見の間の扉が開いて姿を現したのは、トールとアミミ、ゲロとカス、そして救出されたアルティスだった。


「リーゼ殿!」


 リーゼの無事な姿を見つけたアミミはぶつかる様な勢いで突進すると、その体を抱きしめた。

 アミミの突然の行動にびっくりしたワシがアミミの肩から素早く飛び上がり、空中を一回転してトールの頭の上に着地する。自分の頭が半ばワシの指定席じみてきたことにトールは嘆息した。


「アミミ。大丈夫です。私は無事ですよ」

「よかったでござる! 攫われた時は心配したでござるよ!」

「心配してくれてありがとうございます。トール様達も、危険を冒してまで私の救出に赴いていただき、感謝の念に堪えません」


 先ほどまでとまるきり違う口調のリーゼに、アーリアは内心やれやれと苦笑する。公私を割り切ったその態度は、しかしリーゼの立場からすると当然の処世術なのかもしれない。

 本当は他の人間に対してももう少し子供っぽく振る舞ってもらえればとも思うが、そんな言葉は口にしなかった。


「まあこれも依頼の範疇だ。それにいくらアーリアが護衛としての役目を果たせなかったからと言っても、俺たちも責任逃れをするつもりはないからな」


 トールの辛辣な苦言がアーリアの胸にぐさりと突き刺さる。実はアーリアはアーグスタによって掛けられた制約から、マスメランの構成員に攻撃を加えられないようになっていたのだが、それを言ってしまうとトール達を騙した事を白状するようなものなので、敢えて汚名を被ることにする。

 そんなことをしなくても既にトールはアーリアが情報の流出元だろうことは予想していたが、こちらもそんな野暮を口にすることはしない。世の中にはことなかれ主義というものがあるのだ。藪をつついて蛇を出したり、火に油を注いだり、そんな余計ことに首を突っ込んだりしないのが大人的対応なのである。


「ま、まあ。トール様、それくらいにしてください。アーリアも反省していますから」

「お、お嬢様……」


 涙目になりながらリーゼにしがみつくアーリア。

 リーゼのフォローが逆にアーリアの情けなさに拍車をかけていることには気づいていないようだ。何せ10歳の少女に慰められる護衛である。情けない以外の言葉が見つからなかった。


「所で黒幕は倒したでやんすか?」


 いたたまれなくなったゲロが早く会話を切り上げようとアーリアへ助け船を出した。すかさずアーリアもその機に便乗し、言葉を継いだ。


「あ、ああ。闇クランの黒幕は討ち取った。あそこに倒れている奴がそうだ」


 トール達が視線を向けると、そこには背中を向けて倒れ込んでいる男がいた。男の背には深々と短剣が突き刺さっている。

 床に広がる血の紋様が、男の失血量の多さを示唆していた。


 よく見ると、男の血で描かれた紋様、魔法陣が、うっすらと赤い光を帯びていた。徐々に光がしっかりと輪郭を露わにし、それと共に男の体がぴくぴくと痙攣する。まるで何かが男の中で胎動するかのように、本人とは無関係に動いている様子だった。

 やがて背中の肉が盛り上がり、突き刺さった短剣が徐々に体外へと押し出される。完全に体から抜けた短剣がからんと床に落ち、乾いた音を響かせた。そのままどんどんと男の体は肥大し、まるで肉の塊のようになる。


「何だか碌なことが起こらなさそうなんだが……」

「奇遇ですね。私もそう思います、トール様」

「拙者もでござる」

「カァ」

「でやんす」

「ガスガス」


 アーリアだけが呆然とした様子で、先程まで男だった物の姿を見つめている。その瞳には色々な感情がこもっているようだった。

 アルティスはアルティスで、これから何が起こるかわからない恐怖に顔を引き攣らせている。


「ど、どどどど、どうすんのよ、トール!?」

「そうだなぁ。とりあえず何とかした方がよさそうなんだが。あれ、どうしたらいいんだろうな……」

「拙者は知らんでござるよ」

「カァ」

「でやんす」

「ガスガス」


 壊すことはできそうだが、果たして刺激を与えることが正解なのかどうかがトールにもわからない。衝撃を与えた途端大爆発を起こして城を吹き飛ばしたり、毒の瘴気を撒き散らしたりされてはたまった物ではないからだ。


「一度斬ってみるでござるか?」

「止めといた方がいいんじゃないでしょうか。爆発でもしたら事ですし」

「それ俺も思った」

「カァ」

「あんた達ずいぶん余裕よね!?」


 アルティスの叫びが虚しく響く。トール達はと言うと、そんなこと言ってもどうしようもないとばかりに肩を竦めた。ある意味諦めと呼べなくもない。 


「結局あれってなんなんだ?」

「恐らく、魔王復活の儀式が起動しているのでしょう」

「それって、リーゼがいないとダメなんじゃないのか?」


 リーゼが拐われた理由は魔王復活の儀式に利用するため。かつて勇者によって封印された魔王を蘇らせるには、同じく勇者の力が必要だ。その為に勇者の正式な血統であるリーゼに白羽の矢がたったと言うわけだ。

 しかし目の前ではリーゼがいない状況で儀式が進行しつつある。


「リーゼ殿の血が使われたでござるか?」

「私はどこも怪我してませんよ」

「むー。分からんでござる!」


 驚くほどあっさりと匙を投げたアミミにトールは嘆息する。

 そんな和やかなやりとりをしている間にも、かつて男だった悍ましい肉塊が膨れ上がり、赤やピンクや肌色といった生々しい色合いがマーブル模様になっている。その姿は、今にも破裂しそうな風船のようだ。

 見ていてとても気持ちの良い光景ではないが、それを平然と見ている皆に対して頭を抱えたくなるアルティスであった。


「リーゼ様でなくても、勇者の血統はいると言うことだ。あの男や、私のようにな」


 放心状態から立ち直ったアーリアが一言、その理由を漏らす。どうやらリーゼでなくても生贄になる資質があるものは他にもいたようである。

 一方この状況で張り切り出したのは、先ほどまで目の前の光景に怯えていたアルティスだった。


「でもあれが魔王復活の儀式だって言うなら、聖女である私の出番ね!」

「その設定まだ続いてたのか」

「設定言うな! ほんとよ、ほんと!」


 一頻り叫んで落ち着いたのか、立ち直ったアルティスは小さく一息つく。

 そしてどこから取り出したのか、純白の杖を取り出しそれを振りかざした。杖の先端には薄らと蒼い拳大の水晶がついており、杖の持ち手部分は捻れたように螺旋状になっている。


「行くわよー! 聖燐の光よ。極光の矢となりて不浄なる力を浄化したまえ。神姫なる魂よ。極光の射手となりて彼の者を滅したまえ。ブラン・ケシュト・ペイりゅっ! あ、噛んじゃった!」


 アルティスが呪文を紡ぐごとに杖の先につけられた水晶が激しく発光し、終の句と共にそれが最大となる。

 アルティスの頭上に光の女神のような存在が出現した。が、全体的に太っているというか、どこかだらし無い体型をしている。大事な部分は衣で隠されているが、腹回りや頬などが少々、いや、かなり膨よかだった。

 それが矢を番え、弓を構え、そして引き絞った弦から指を離す。

 一直線に光の矢が肉塊へと飛来し突き刺さる。表面にぶつかった瞬間、光の矢は淡い光を振り撒いて四散した。


「……あれ?」


 光の女神は弓を放ったことに満足したのか、一度大きく頷くとアルティスに視線を向ける。アルティスもそれに気づいて視線を向けると、お互いの視線がばっちりとあった。

 そしてまた一度、大きく頷き笑顔を見せると、光の女神は矢と同じように四散した。

 虚空に消えた女神の姿に、アルティスは呆然と立ち尽くす。


「最後噛んだからだな」

「噛んだからでござるな」

「噛んだからですね」

「ゔぁーーーーーん!!」


 皆の冷ややかな一言にアルティスは泣き声を上げた。


 そんな中、魔法陣が今までにないほど強烈な光を発すると、上空にも同じように赤い魔法陣が発生する。上下の円に包まれると肉塊が蠢くのを止めた。


「あ、なんか出てきたでござるよ!」

「煙が出てきたな」


 膨れ切った肉塊の表面から黒い煙が漏れ出す。煙が外へ吐き出されるのに反して徐々に肉塊は小さく萎んでいった。やがて中身が全て出切ったのか、肉塊はその場でペシャンコになってしまう。


「これってひょっとしなくてもアルティスの所為じゃね?」

「可能性は高いでござるな」

「そうかもしれないですね」

「ゔぁーーーーーーーん!!!!」


 そうしてアルティスはまたも皆からの非難の声に泣き声をあげるのだった。


アルティス……。不憫な娘。

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