48.すべては筋書き通りです
作者のつぶやき
最近おウマさんの育成にはまってただでさえ遅い執筆速度がさらに遅くなっている。
怪物の剣が決して広くない謁見の間を蹂躙する。4つ手の怪物の腕の長さを考えれば、ほぼこの部屋全てを攻撃範囲に収めることができるだろう。にもかかわらず、部屋の器物には大した被害が出ていない。
「面妖なっ!」
左右に立ち並ぶ石柱を壁にしたアーリアは、しかしその石柱を壊すことなくすり抜けた闇剣に目を見開く。素早く体を宙に躍らせその一撃を回避した。
通り過ぎた剣は、やはり何も傷つけることなく全てを透過する。しかし先ほど剣を合わせた際の感触は、確かにまだアーリアの手に生々しく残っていた。
果たして、怪物の剣は物に反応しないのか、或いは人にも反応しないのか。かと言って、とてもその身で試そうとまでは思えない。
先に剣を交えた時は、確かに自分の剣を受け止めていた。単純に物をすり抜けるわけではないらしいが、まだ明確なことは分からない。
するともう一度通り過ぎた剣がアーリアめがけ返ってくる。
(確かめるか)
「む」「む!?」
先ほどと同じ軌道でより速度を増して、巨剣が振るわれた。アーリアは石柱へと跳躍、蹴り付けて体の上下を反転させる。そして眼下を過ぎる剣に対して自らの剣で斬りつけた。すると一切の抵抗なく闇の塊の中を剣がすり抜けていく。アーリアは自分の予想が当たったことに、しかし苦々しげな表情を浮かべる。
最初に怪物へ切りかかった時と今さっきの違い。それは剣に魔力を纏わせたかどうか。
怪物のあの剣は、恐らく魔力を断ち切る効果があるのだろう。だから魔力が何もない石柱は透過し、魔力を纏わない状態の剣も透過した。逆に魔力を纏わせた初撃は受け止められた。
この世界に生きる人間は等しく体内に魔力を有する。魔力や気力、呼び名は様々――ここでは魔力と呼称する――だが、概念としてそう言った力を有しているのは確かだ。規模の大小、適正の有無など千差万別であるが、共通することは魔力が尽きれば死ぬこと。
そして恐らく、目の前の怪物の持つ剣は魔力を直接削り取ることができるのだろう。物質的な物ではないが、人体を斬られでもすれば、下手をすると一撃で命を刈り取られるかもしれない。
ならばと、アーリアは全身に魔力を纏わせ一気呵成に打って出る。
怪物が剣を振るいアーリアを迎撃せんと動くが、いかんせん自分の体高に比べ小さい相手が動き回る様は狙いがつけにくいものがあった。
「ええぃ、ちょこまかと」「ちょこまかと!」
怪物の両の頭から苛立ちの声が漏れる。つい大振りになった攻撃が、アーリアの頭上から襲いかかった。アーリアは眼前に迫る巨大な闇剣に自らの剣を沿わせて受け流すと、そのまま怪物の背後へ抜けようと走り出す。
アーリアの狙いに気づいた怪物は、この戦いで初めて焦りの表情を浮かべた。巨大な左の手で通せんぼするように、地面スレスレを薙ぐように払う。
このまま腕を飛び越えれば攻撃を避けれるが、そうすれば先ほど流した闇剣が空中に浮いたアーリアを襲うだろう。結末を容易に想像して、ステップを踏んで素早く背後へと下がり攻撃圏外へと逃れる。
怪物の反応を見て、やはりとアーリアは思慮を巡らす。どうやら怪物は術者と何らかの関係で繋がっているらしい。そして術者に何かあれば怪物にとって不利益がもたらされる。
以前召喚魔法を扱う術者に話を聞いたことがあるが、召喚は代償を払って一時的に召喚魔を呼び出すことができる術だそうだ。自分の力以上の召喚魔を使役すれば非常に強力だが、実体を持たない召喚魔を顕現し続けるには常に魔力を注ぎ続けなければならない。そのため術者の魔力が切れたり、意識や集中が途切れると魔力供給が不安定になり術が解ける。
恐らく目の前の怪物も悪魔召喚というからには、同種の理によって動作しているのだろう。であれば、馬鹿正直に怪物と戦うのではなく術者本人を攻撃するのは理にかなっている。
アーリアは狙いを怪物から召喚したアーグスタ本人に切り替える。
しかしアーグスタもアーリアの狙いに気づいたのか、目をすがめつつ自分の娘を詰めたい眼差しで見つめた。その表情は余裕の笑みを崩さず微動だにせず立ったままだ。
ひょっとするとこの怪物を使役している間は動けないのではないか。そう言えば戦いが始まってからアーグスタは一歩も動いていないように見える。であれば、この怪物の存在を維持するのに場所や位置関係も重要なのかもしれない。それくらいの制約がなければこれだけ強力な怪物を召喚する事は容易ではないはず。
今度は攻撃を決めると覚悟を決め、アーリアは腰を落として剣を構えた。 怪物も術者への攻撃を警戒してか、腕全体を伸ばして背後へと抜けられないようにガードを固める。
部屋全体に緊張感が張り詰め、僅かな音さえも大きく響くような気がした。じりとアーリアはすり足で距離を詰め、怪物の攻撃権へと近づく。闇剣の間合いギリギリまで近づき、そしてそのつま先をわずかに踏み込んだ。
剣を形作る膨大な闇が、黒い尾を引きながらアーリア目掛けて横なぎに振るわれる。先ほどまでの剣速より明らかに早い。アーリアが回避の動きをとる前に闇の剣はアーリアとの距離を1メートル程度まで縮めていた。
回避は不可と判断し、咄嗟に剣に魔力を込めて受け止める。
「セカンドレイ!」
膨大な闇の嵐がアーリアの全身を包み込み、視界を黒に染めた。耳に届くのは低い虫の羽音のようで不快感を煽ってくる。暴力的なまでの闇の圧力が襲い、背筋を冷や汗が流れていった。
一瞬か数秒か、長いのか短いのかもわからない時が過ぎ、やがて闇が晴れていく。目の前の剣は光を纏いながら、巨大なる闇剣をしっかりと受け止めていた。
攻撃の威力や衝撃はさほどでもない。ただ自分の精神を削り取るような攻撃に、そう何度も受けていては疲弊は免れないと理解する。辛うじて、アーリアに齎される加護のお陰でまだ戦えるようだと自覚し、恐怖にすくみそうになる体に鞭を打った。
「サードレイ!」
剣に纏う光が強くなり、鍔迫り合いを繰り広げる怪物の剣から徐々に闇の圧力を散らし始めた。
「む、これは勇者の!」「勇者の!?」
「ああああぁぁぁぁぁ!」
アーリアは力を込めて剣を払う。明らかに大きさで負けるはずのアーリアの剣が、怪物の闇剣を弾き飛ばした。怪物は驚愕を露わにするが、隙を見せるような愚行は犯さない。アーリアが剣を弾いた無防備な状態に向け、剣を持つのと反対の腕をアーリア目掛けて振り下ろした。
叩きつけられればまず間違いなくぺしゃんこにされるだろう質量の攻撃を、アーリアは冷静に見極め寸前で体を回転させてすれすれで避けた。地面に硬質な何かがぶつかるような重い音が響き僅かに部屋全体が揺れる。
「くっ」「!」
去り際に怪物の腕を斬りつけると光が腕を侵食するように、一部分を削り取った。そのまま腕を回り込み、まだ次の攻撃に移れないでいる闇剣を尻目にアーグスタへ向けて駆け出す。もう1本、闇剣を持ったのと同じ側の手がアーリアを握りつぶさんを手を開いて襲い掛かった。
アーリアは前方へ宙返りをすると剣を回転させて回転刃のように手を斬りつけた。そのまま腕を飛び越え障害物のなくなった距離を詰めようと足に力を込める。
闇剣と腕は払いのけた。続けての攻撃は、こちら側からは飛んでこない。剣に光の魔力を纏わせ一足でアーグスタとの距離を詰める。とその時、もう1本の腕が振るわれた。
予想外の攻撃にアーリアは急制動を掛け、巨腕に叩き潰される前に踏みとどまる。しかしこのチャンスを逃すわけにはいかないと、胸元から3本のナイフを取り出し腰の回転でアーグスタ目掛け投げつけた。一拍遅れて怪物の腕が目の前に叩きつけられる。
「ぐっ……」
すんでの所で腕の攻撃を回避し、更にはナイフがアーグスタに命中した感触もある。直接の攻撃は失敗したが、攻撃としては及第点だ。
追撃を準備する怪物に気づき、アーリアはその場から再び距離をとった。
先ほどのナイフで集中は乱せたはず。ならばこの怪物はまもなく消えるだろう。
アーリアは今一度息を整え、追撃に備えて剣を構えた。
それから数秒。アーリアの蟀谷に汗が伝う。
確かにアーグスタにナイフは突き刺さったはずだ。しかし怪物は消えない。つまり先ほどの攻撃では集中を乱すことはできなかった。もう時間がない中で、アーリアはまた目の前の怪物を出し抜いてアーグスタへと刃を届かせねばならない。警戒心の高まった怪物に対して、だ。
怪物は先ほどの失態を噛みしめているのか、苦々しい表情を浮かべている。牙が交差しギリギリと音を鳴らした。
「くそっ。悪魔よ! さっさとそいつを殺せ!」
見るとアーグスタの肩と腹に短剣が突き刺さっており、服の上に血が滲んでいる。短剣を引き抜くと乱暴にそれを地面へと叩きつけた。金属独特の高い音が周囲に響く。
「いいのか?」「肉親だろ?」
「構わん。どのみち、行きつく先は同じだからな。ただ早いか遅いかの違いだけだ」
「そうか」「そうか」
怪物はそして、アーリアに正対すると4本の両手を広げる。そして紡ぐ。
『ドゥーム』
合計4本の闇の巨剣が現れ、すべての手に握られた。そのすべてがまっすぐにアーリアへと向けられる。
先ほどとはけた違いの攻撃範囲、そして隙のない構え。どうやらこの怪物は今まで本気を出していなかったようだ。手を抜かれていたのかと思うと、ありがたいやら悲しいやら、アーリアは複雑な心境になった。しかし一つだけ確かなことは、まともにやりあってはアーリアがすべての力をもって挑んでも、この怪物には勝てないということ。
剣から漏れ出る暗く不気味なオーラが、自分との力の差を物語っている。
アーリアは震える手で剣を握りなおすと、更に魔力を剣に込めた。
「やってしまえ。もう月は天頂へと昇る。私はこれから儀式を開始する」
「魔王様の復活。契約」「果たせ」
怪物は重い足音を響かせ一歩前へ出た。
「……セブンスレイ」
残った力をすべて剣に注ぎ込む。今まで以上のまばゆい光が剣を覆い、そして光が収束する。それは白を超えて、七色の光を宿していた。すべての属性を複合させ、いかなる相手に対しても弱点となる効果を発揮するアーリアの最大奥義。
周囲の空気が震え、闇を押しのける。アーリアの周囲だけ一種、静謐な空間となっていた。
「聖なる属性」「悪魔の大敵」
怪物が半身を前に突き出し、半身を後方に引く。先ほどまでのような力任せの剣の振り回しではなく、明らかな剣術の構え。その姿かたちからは一切の隙が見当たらない。剣の腕をとっても、アーリア以上の実力を持っていることを感じさせる。
口ぶりからかつて世界を蹂躙した魔王の配下なのだろうが、それでこの実力。魔王なんて厄災が復活してしまっては、間違いなく世界が混沌に包まれるだろう。ひょっとすると、人の手には余るかもしれない。
だからこそ、この怪物は今ここで止めなければならない。例え自らの命を散らすことになっても。あと少し、時間を稼げさえすればきっと、状況は好転する。そのために僅かばかりでも、アーグスタの注意を逸らさなければならない。
「アーグスタ! 貴様はなぜこのようなことをする!」
「今更理由が必要か? お前は私の気持ちを一番理解していると思ったがな……」
「……」
アーグスタは一瞬だけ悲し気な表情を浮かべるが、直ぐに余裕の笑みを取り戻す。
「下らぬ。理由など、もはやどうでもよいことだ。ただここで散れ。わが娘よ」
「散れ」「散れ」
そして怪物は足を僅かに前に出し、巨剣で突きを放つ。
速い。だが捉えられないほどではない。
アーリアは巨剣の先端を剣の腹で受け止めた。瞬間、踏ん張り切れずに体が地面を離れ背後の壁へと叩きつけられた。
アーリアの体は壁に僅かにめり込み、壁面に罅が広がる。圧迫された衝撃に肺の空気が失われ口から血が噴き出した。
時間を稼ぐなんて烏滸がましい。踏みとどまることすらできなかった。如何に怪物が先ほどまで手加減していたのかを思い知らされる。
アーリアは遠のく意識を無理やりつなぎ止めながら、地面に足を着けた。思わず足の力が抜け膝から崩れ落ちる。倒れないように剣で体を支えながら、震える体を抑え込んだ。視線を怪物へと向けると、一度目の突きを手元に戻し、代わりに上段に構えられたもう1本の闇剣が突き出されようとしていた。
「な、に……!」
怪物の動きがぴたりと止まり、背後にいる召喚主であるアーグスタへと視線を向ける。
アーグスタは口から血を流し、何が起こったか分からないのか自分の胸元に視線を向けていた。その胸元からは先ほど投げ捨てた短剣の先端が飛び出している。銀の光に纏わりつくのは赤黒い液体。それが自分の血であると直ぐに認識する。
縦を向いた短剣が、強引に真横へと捩じられた。
「がはっ!」
アーグスタは痛みに顔を歪めながら血を吐き出した。どう見ても致命傷。怪物が残った時間でアーリアへと剣を伸ばそうとするが、しかしそれは敵わなかった。手に持った剣が霞の如く霧散し、伸ばす手の先から消失していく。
それはつまり、アーグスタとの魔力の接続が切れたことを意味していた。
「ば……か、なっ! どうやって拘束を……」
アーグスタは背後に立っている人物、リーゼシュタットへと問いかけた。
「まだ弱々しいですが、これでも当代の勇者ですから」
「まさか、覚醒……した、のか?」
リーゼは何も言わず、にこりと華やかな笑顔をアーグスタに向けた。
彼女の無言の答えに、アーグスタは全てを悟る。この少女を見誤っていた時点で、初めから計画は失敗していたのだと。
顔を絶望の色に染め、アーグスタはその場に崩れ落ちた。
「これはしてやられたな」「やられた」
最早攻撃手段を逸した怪物は、観念したように呟きを漏らした。
「何とか間に合いましたか? アーリア」
「はい。できればもう少し早くが……よかったですが」
「もう。文句を言わないでください! これでも頑張ったんですから」
頬を膨らませて怒るリーゼ。そんなリーゼの姿に、アーリアは柔らかな笑顔を見せた。
「まさか勇者はこちらだったか」「……意外」
「あら、私のことがわかるのですか?」
「嫌な意味で、懐かしい気配だ」「気配だ」
「そうですか。私も、あなたのことは懐かしいですよ。バラスス」
「……勇者の系譜、か」「系譜」
「あら。詳しいのですね」
「……任せた」「りょ。勇者として既に覚醒していたとは。だがまだ弱い。だから我々を謀ったわけか」
「いきなり口調が……。ええ、そういうことです。勇者といっても、今の私の力ではアーグスタ率いる闇クランにすら及びませんから、少々策を弄させてもらいました」
バラススの口調の変化に戸惑いながら、リーゼはその答えを肯定した。話す間にもバラススの体は空気へと溶けて失われていく。
バラススは口元をぐにゃりと曲げると鋭い牙を覗かせた。
「……」「勇者の覚醒は時代の流れ。次は魔王様の番だ。いずれまた相対することを期待する。その時まで、力を蓄えておけ」
「肝に銘じておきます」
それだけ言い残すと、悪魔バラススはまるで最初からそこに何もなかったかのように溶けて消えた。
勇者はあくまで称号ですが、初代勇者の血族は必ず勇者の因子を持っています。ただし力が覚醒するかしないかはわからない為、自分が勇者の血族だと気づかずに一生を終える者も少なくありません。
覚醒しなくても体や頭脳など、人より何かしらの能力が優れている傾向にある為、大抵の勇者の血族は一廉の人物となることが多いです。そうして代々勇者という力は継承されていくのです。




