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47.復活!

 ネロは両の指をアミミとアルティスに向け、そのすべてに糸弾を纏わせる。それが徐々に大きく、やがて指先大にまで膨らんだ。


 アミミに最早戦う力は残っていない。アルティスに至ってはそもそも戦闘力が皆無だ。ゲロとカスも、仮に目覚めたとしても戦うことはできないだろう。

 それ以前に、戦えたとしてもこの場にいる誰もネロに敵わない。


 ネロはその整った容貌を歪めると、指先に溜めた弾丸を獲物に向けて撃ち放った。


 ずがぁん!


 突如室内に鳴り響いた轟音と破壊的な衝撃がネロとアミミ達の間に割り込んでくる。一瞬にして周囲は瓦礫が巻き上げた砂埃に包まれた。


「くそっ、何なんだよ一体!」


 自分の放った糸弾が瓦礫に押しつぶされ、アミミ達に届かなかったことに悪態をつき、しかし直ぐに冷静さを取り戻して周囲を覆う砂埃を腕の一振りで無理やり吹き飛ばした。


 砂埃が晴れて、ネロとアミミの間に表れたもののは崩れ落ちた天井の瓦礫。そしてその中央に気を失って倒れるカミーユの姿だった。


 ネロはカミーユが玉座へ続く広間を護り、アーリアと件の冒険者を迎え撃つ役目だと聞かされていた。アーリアは玉座まで通し、それ以外の邪魔者を排除せよと首領から言明されていたはず。そのカミーユがこの場にいるということはつまり、もうひとりの冒険者がカミーユをここまで吹き飛ばしたということ。

 ネロは自分が弱いなどとは思っていないし、傭兵としてトップクラスの実力を持っていると自負している。そのネロをもってして、カミーユには勝てないだろうというのが、ネロのカミーユに対する評価であった。

 しかしそのカミーユが今、目の前に倒れている。体中に刻まれた傷跡は、壮絶な戦いの末負けたことを意味していた。そして上から近づいてくる気配。

 カミーユが相手を弱らせている可能性はあるが、自分も万全の状態とは言えない。カミーユを下したということは間違いなく自分より格上の相手。まして村で感じた件の冒険者への印象を思うと、この場で戦いを挑むのは得策ではない。


 ネロは咄嗟にカミーユに糸を伸ばして体を覆うと、自分の元まで引き寄せる。そしてその華奢な体にそぐわない力でカミーユを担ぎ上げると、アミミとアルティスを捨て置き部屋の扉へと一目散に駆け出した。

 扉を覆う糸を解除し、そのまま部屋から飛び出して行った。


 トールが大穴の開いた天井から姿を現すのは、ネロが部屋を出たのとほぼ同時だった。

 傷だらけのアミミとそれに寄り添うアルティス、少し離れたところで倒れるゲロカスコンビ。そして今部屋から逃げ去った小柄な人物と担ぎ上げられたカミーユ。

 一瞬で状況を把握したトールは、まずは仲間たちの回復が優先と2人の後を追うのを諦めた。


 結果的にこの判断がネロとカミーユの命を長らえさせることとなる。今トールに戦いを挑んでいれば、余力を残すトールには間違いなく勝てなかったからだ。

 いずれ再びネロとカミーユはトール達と再会するのだが、それはまだ先の話である。今はただ、ネロはこの場から離れることだけを考え、そしてこの都市から逃げ出すことに成功する。



「アミミ、大丈夫か?」

「トール殿。また助けられたでござるな……」


 力なく微笑むアミミは、色々な感情が綯交ぜになっているように見えた。

 周囲を見回すと2つに別たれたワシの姿。短い付き合いとは言え、アミミがどれだけワシのことを大切にしていたかは分かっている。トールは何も言えず、ただアミミの側まで行くと、その頭を優しく撫でた。


「よく頑張ったな。アミミ」


 予想もしていなかったトールの行動に、一瞬何をされたかわからなかったアミミは、しかしトールのその優し気な手つきに胸の中に溜まった感情が溢れ出した。


「う、うぐぅ……。トール殿ぉぉ……」


 堪えきれずにアミミの瞳から涙が零れた。そしてトールの胸の中にすっぽりと顔を埋める。すると隣にいたアルティスも、アミミと同じように泣き出すとトールの腕に顔を埋めた。

 アルティスも攫われていたのだ。きっと怖い思いをしたに違いないと、アミミと一緒にその頭を撫でてやる。トールは何も言わず、ただ無言で2人の頭を撫で続けた。部屋の中には暫く、アミミとアルティスの嗚咽が響き続けた。





「落ち着いたか?」


 トールの言葉にアミミとアルティスはこくりと頷く。

 涙は止まったがまだ感情は落ち着いていないのか、ぐすりとアミミは鼻をすする。アルティスは泣いたのが恥ずかしかったのか、トールの視線に気づくとプイとそっぽを向いて赤くなった顔を隠した。

 それ以上に上半身下着姿の方が恥ずかしくないのかとトールは思ったが、それをいうと殴られそうな気がしたので謹んだ。

 とりあえず何か羽織れそうなものだけ出して、アルティスにかけてやる。そこで改めて自分の格好に気づいたのか、火がついたように顔が赤くなった。


「ぐすっ。……そうでござる。トール殿、ワシの体を集めてもらってもいいでござるか? 拙者はまだ動けぬ故……」

「ワシの……。分かった。ちょっと待ってろ」


 トールはアミミの気持ちを慮って、ワシの2つに別たれた体を丁寧に布で包むと、アミミの前まで連れていった。真っ白な布に包まれたワシの体が、アミミの目の前に広げられる。

 不思議とその布にはワシの血はついていなかった。もう固まっているのか、アミミに生々しい光景を見せなくて済んだことに少しホッとする。


「ワシ……」


 アミミは目を瞑ったままのワシに手を伸ばすと、その半身を掴み上げる。そしてもう片方も掴み上げた。


「えい」

「「え?!」」


 アミミは唐突にワシの体を玩具のパーツのように、切断面が合うようにくっ付けた。

 そのあまりにあまりな行動に、トールとアルティスは驚きの声を上げる。しかし驚くのは更にその後。


 半分になったはずのワシがぱちくりと目を開けると、羽ばたき一声。


「カァ!」

「「えええええええええええええええ!!!!!!!!」」


 2人は先ほど以上に仰天の悲鳴を上げる。広いはずの室内に今日一番の大音声が木霊した。

 その悲鳴を聞きつけゲロとカスがうめき声を漏らす。


 当のワシとアミミは、そんな2人の様子に何を言ってんの? といった風に首をこてんと傾けた。


「2人とも、そんな大声を上げてどうしたでござる?」

「いやいやいや、そりゃ大声の一つも上げるでしょう! だだだ、だって、真っ二つになってたワシが復活したのよ!?」


 アルティスは捲し立てるようにアミミに詰め寄った。両肩を掴み前後に激しく揺さぶる。


「い、イタイでござる、アルティス殿~」


 ゆっさゆっさと揺さぶられながら、体力がないからかなすがままのアミミ。暫くして落ち着いたのか、アルティスは肩で息をしながら自分の膝に手を置いた。


「アルティス殿、ひどいでござるよ。拙者これでも結構なけが人でござるよ?」

「いや、だって、ワシが……。ワシが……!」

「何を言ってるでござるか。ワシなんだから、別におかしくないでござるよ」

「カァ」

「いやいやいや、どう考えてもおかしいでしょ!!」


 アルティスの驚きがまるで伝わっていないのか、アミミとワシはやはりこてんと首をかしげる。

 逆にアルティスが可哀そうに見えてきたトールは、これ以上続けても無駄な問答になりそうなので、率直に疑問を口にする。


「アミミ。ワシは真っ二つになって死んだんじゃないのか?」

「ワシが? ワシは霊鳥でござるよ。その程度じゃ死なないでござる」

「え……?」「ふむ……」


 アルティスは頭にはてなを、トールは納得の声を発した。


「ん? そうするとアミミ。さっきお前が泣いてたのは一体……?」

「さ、さっきのは、その……。あの輩に負けてしまい、またトール殿に助けられたことが悔しかったでござる」


 うそがばれて叱られた子供のように、アミミはしゅんと肩を落として黙り込んだ。そんなアミミに、自分が勘違いしていたと知ったトールは、深いため息をついた。それと同時にワシが生きていたことに心底ほっとする。


「そうか。まあ取り合えずワシが生きててよかったよ。あ、先に傷を回復しとくか」

「まずそれが最初なのでは?」


 アミミからの突っ込みにバツの悪い表情を浮かべながら、トールはアミミに回復魔法を掛けた。服の隙間から除く傷口がみるみる元通りになる。しかしボロボロになった着物とこびりついた血が、アミミの奮戦を物語っていた。

 その姿にたまらずトールがアミミの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「と、トール殿? どうしたでござるか?」


 しかしアミミの問いに何となく気恥ずかしくなったトールは、無言のまま頭を撫で続けるのであった。


「ついでだからゲロとカスも治しておいたぞ」

「あ、ありがと。トール」

「て、あちきらはついででやんすか……。扱いがひどいでやんす」

「ガスガス」


 先ほどの騒ぎで目を覚ましていたのか、ゲロカスが文句を口にする。しかしアルティスから感謝の言葉をもらったので、それ以上何も言わなかった。


「さっきの糸使いはこの城を離れたみたいだな。とりあえず俺はアーリアの方へ合流するつもりだが、お前らはどうする? さっきの戦いで疲れてるだろうから、このまま隠れていてもいいが」

「勿論アーリア殿とリーゼを助けに行くでござる」

「あ、あたしも! リーゼって娘、私がここに連れてこられた時も励ましてくれたの。私だってあの娘を助けたい!」

「ふむ」


 トールは周囲を見回し、皆が異を唱えないだろうことを認識する。


「えと、あちきらはボロボロなんで暫くここで――」

「さぁ、いざ出陣でござる!」

「い、いざ、出陣!」

「あるれぇ?」


 皆一丸となって、リーゼ奪還へと動き出すことが決まった。ゲロの叫びはまるで届いていなかった。



 一方その頃。謁見の間――。


「はぁ、はぁ」

「よく耐える小娘だ」「小娘だ」

「く、そぉっ!」


 アーリアが魔力を込めると手に持った剣が白く光りを放つ。足に力を込め目の前の異形の怪物に向けて駆け出した。


 怪物の4本ある腕の1本がアーリア目掛けて突き出される。

 人ひとり分はあろう質量の拳が床を貫いた。


 アーリアは体を回転させて拳を避けると床を蹴り、差し出された腕へと足を掛けた。そのまま怪物の腕を駆け上がる。

 しかし半ばで左右から別々の腕が伸ばされた。その速さは脅威。上半身、下半身を鷲掴もうと高さの違う掌が同時に襲い掛かった。アーリアは自身の反応速度ギリギリで、体を水平に小さく飛んで回避をする。避け様怪物の両の手を切りつけた。


「む!」「む!」


 怪物は別々の顔からそれぞれ声を漏らした。

 アーリアは手のひらから抜けると腕を駆け上がるのを再開する。そして怪物の眼前へと迫った。


「セカンドレイ!」


 アーリアが持つ剣の延長線上まで光が伸びた。怪物の顔を両断できるほどに伸びた剣は、重さを感じさせない検速で振るわれる。


「甘いぞ小娘!」「小娘!」


 アーリアの背の半分はあろうかという巨大な顔が、牙をむき出しにしながら不気味に笑った。


『ドゥーム』


 2つの顔が同時に言葉を紡ぐ。

 黒い闇が顔の前に沸き上がり、やがて収束したそれらが一振りの黒い剣を形作った。アーリアが振るう光の剣と、怪物の生み出した剣が交差する。


 金属同士がぶつかったような、そんな甲高い音はならなかった。ぶうんと、まるで虫の羽音のような低い音が鳴る。アーリアの剣が徐々に闇の塊を切り裂き、そして途中で腕が完全に止まった。


「ぐぅ……」


 いくら力を込めてもそれ以上剣が進まない。まるで巨大な質量を剣の小ささに無理やり凝縮したような、そんな異質な重み。

 攻撃が完全に失敗に終わったアーリアは、背後から伸ばされた手を足蹴にやり過ごし、そのまま玉座とは反対方向の入口まで退いた。


 改めて現れた脅威を確認する。

 怪物の手の1本に握られたそれは、確かに剣だった。しかしアーリアの、否、人間の常識で測れる剣とは明らかに異質。まず形は剣だが、その刀身すべてが闇によって形作られている。まるで物質感のない武器。しかし先ほどの手ごたえは確実に質量をもつものだった。

 極めつけはその大きさ。体からしてスケールが大きいが、やはり剣も桁違いに巨大。アーリアの2倍はあろうかという巨剣だ。この謁見の間が特別天井高く設計されていなければ、あの巨剣はこの場に収まらなかっただろう。

 もはや剣としての用途ではなく、ただ殴りつけるだけで場そのものを破壊せしめる威力を感じさせる代物だ。単純な殴打武器としての利用の方が、ある意味恐ろしい。


 背後に控えるアーグスタはその場から動かぬまま、ただ悠然と戦いの趨勢を見守っている。その様子にアーリアは歯噛みした。


 まもなく月が天頂に昇り、儀式が佳境に入る。その前に目の前の怪物を退けリーゼを助けなければいけない。しかしそれが非常に困難であることを、先ほどの戦攻防でアーリアは痛感していた。

 余力を温存していてはこの怪物に勝てない。全力だとしても、及ばないかもしれない。初めから全力で行く。


 怪物へと伸びる力の流れ、その行方。そしてその背後にいる存在に、順に視線を巡らせる。

 それらを認識して、アーリアはこの戦いの結末を想像し、そして表情を引き締めた。


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