43.カミーユの能力
「ひがいっとぉ!」
カミーユの何度目かの攻撃を、俺は刀を差し入れ受け止める。その威力に体が大きく弾かれそうになった。
「ははっ、避けるのが上手いなぁ。なら、こいつはどうだぁ?」
俺の視界を光が埋め尽くす。その予備動作を知らなければ、まず間違いなく俺の首は胴体とお別れしていただろう。
頭が知覚した時点で僅かばかりに体を後方に傾ける。そして光が駆け抜けた後、俺の体が袈裟懸けに切り裂かれた。
胸から鮮血が溢れて、やがてじくじくと痛みが尾を引いてやってくる。
「ひがしゅんこぉ。すげー技だなこれぁ。ははっ、自分の技を味わうのはどんな気分だぃ?」
彼我一刀のモーションを限りなく無に近づけ更に剣速を高めた派生技、彼我瞬光。攻撃の瞬間に刀身に光を集めることで、目眩しの効果も伴っている。
これはかなりまずい状況のようだ。痛み続ける胸元を回復させながら、思考を巡らせる。
攻撃を受けて理解したのは、カミーユの能力。
あの能力は食った相手の力を自らのステータスに上乗せする能力だ。何故ならカミーユの繰り出す彼我一刀は、俺のそれを上回っていた。そして動きから読み取れるものは、俺の肉体の動きを完全になぞっていると言うこと。
更には俺がカミーユに見せていない技、彼我瞬光すら使いこなして見せた。どういう術理でそうなっているかは知らないが、俺の技を目にして真似ているのではなく、食った相手の肉から体の動かし方を理解したと言うことなのだろう。
動きの端々に俺の動きを模したものが見られ、技以外の駆け引きなども含めて鏡で自分を見ているようだった。
自分以上の威力と速度で打ち出される剣戟に、徐々に防戦一方になる。気づけば身体中至る所に切り傷が出来ていた。
「ははっはぁ! 自分と戦う気分はどうだい、トール!」
「正確には自分以上、だろ?」
「お、もう俺の能力に気づいたのか?」
「そりゃな。自分と寸分違わぬ動きを見せられた上、自分が出せる以上の威力を伴っている。俺の力を上乗せし、技を扱えるようになったんだろ」
「ははっ! すげーよ。やっぱあんた、Sランクだわ!」
カミーユが拍手を鳴らし俺を褒め称えた。戦闘中なのに余裕を見せるのは、俺の後に動いても避けられる自信があるからだろう。
「あんたの言う通り、俺の能力は食った相手のステータスを自身に上乗せすること。勿論それだけじゃぁ自分自身が動きに適応できず、無意味な強化になっちまう。だがしかーし! 俺は食った相手の肉から、細胞一つ一つに染み込んだ動きを全て理解することができる。だからトールの体の動き、技、癖に至るまで。何でも再現することができる!」
そうして俺がこの戦いで全く見せていない素手での格闘術を再現した。どうやら本当に俺の技が使えるようだ。
目の前で見せつけられると流石にショックだ。
「どうだトールぅ! 今の俺は、この世で一番のあんたの理解者さぁ」
カミーユが恍惚の表情を浮かべながら宣う。その言葉に、俺の背筋にゾクリとしたものが走った。男にそういう目で見られるとこんな気持ちになるのか。
カミーユは非難がましい俺の視線を気にせず言葉を続ける。
「ここまで言えば、この戦いの結末がどうなるか、賢いあんたならわかるだろぉ?」
カミーユの言う通り、俺にはこの戦いの結末が見えていた。
このまま戦い続ければ十中八九、俺が負ける。それは全ての技、駆け引きにおいて、どう足掻いてもカミーユの方が一枚上手になるからだ。
全く互角の技を使えるなら、身体能力が高い方が勝つのは自明の理。だから同じように戦えば勝ち目はない。そして俺が使ったことがある技は全て、カミーユも使用できる。
第三者がここにいればその限りではないが、一対一ではカミーユを上回る手札が俺にはない。つまり奴に勝つには、初めて使う技で戦わなければならないと言うことだ。だがそんなもの、実行に移した所で使い物になるわけがない。
だから俺は、カミーユに勝てない。
カミーユ自身そう思っているからこそ、無用に突っ込む事はしてこないのだろう。俺の焦りを誘い、隙ができたところを突く。カミーユの立場からすれば、それで十分なのだから。
だが俺は時間をかけるほど不利になる。アーリアを追わなければならないからだ。目的が違う以上、互いのとるべき手も意味が変わってくる。
「……確かにこのままじゃ俺は勝てないな。だがその能力、弱点があるだろ?」
「弱点だと?」
そう。このまま同じ土俵で戦えば俺は間違いなく勝てない。だが同じ土俵にいつまでも立つ必要はない。これは競い合いではなく、殺し合いなのだから。
「お前の能力、ステータスの加算はできても、技が使えるようになっても、それは体に染み付いた動きだけだ。つまり、頭の方は真似できない」
「……はっ、なら俺はあんたの攻撃に対処できないはずだろぉ? 頭が伴わないなら戦略も何もないはずだぁ」
「いや、戦略や駆け引きはある程度体に染み付いている動きで予測できる。勿論頭脳戦なんかは論外だが、一対一の肉弾戦ならその限りじゃない。俺たちのようなレベルになると半ば反射で動くから、次手の組み立てなどは体任せで十分だ」
「…………」
カミーユの表情がさっと変わる。俺が能力の穴に気づいたことで、焦りが生じたのだろう。
このまま戦えば俺は負けるが、勝つための手段がないわけではない。いくつかの勝ち筋を俺は頭に浮かべながら、目の前の男をどう攻略するか考えた。
「お前は肉体的な力を得る事はできる。だがそこまでだ。お前、魔法までは真似できないだろ」
「……はは、バレちまったか」
そう。カミーユは肉体的な能力は真似できても、それ以外の能力、正確には魔法まで使えない。
俺がそれに気づいたのはカミーユがベヒモスの肉を食った時だ。身体能力は高まったがベヒモスが持つ土魔法までは発動しなかった。また地震を引き起こす固有スキルも使用していない。
ベヒモスの時は周囲への影響を考えて温存したのかと思ったが、俺の力を上乗せした後も剣技しか使用していないし、魔法を出せば有利になる場面もあったのに追撃はしてこなかった。
態と待ち構えているのかとも考えたが、気づかれない程度に軽く放出した魔力に対しての反応は、完全なる戦士系統のもの。俺のステータスを上乗せできても、魔力は埒外のようだ。
つまりカミーユは魔法や固有のスキル、または身体の形状に起因する能力までは使えないわけだ。
「だがそうだとして、どうやって俺を攻略するんだぃ? あんたも剣士なら分かるはずだ。多少魔法が使えたところで、この身体能力には敵わない。動きで俺を上回るのは難しいとなぁ」
「お前はひとつ思い違いをしている。お前は俺を剣士だと思っているようだが、俺の本職は剣士じゃない。俺は魔法の方が得意なんでな」
そう言って手のひらに凝縮した炎の塊を浮かべた。カミーユとの距離はあるが、それでも圧倒的な熱量を感じているようだ。
或いは流石のカミーユでも、この魔力の激しさに体が無意識に反応したのか。
あまりの驚きにカミーユは何も言葉を紡げず、呆然とその光景を見つめるだけだった。
暫くして、俺は手のひらから炎をかき消す。その行動にカミーユは訝しげな表情を浮かべた。
「まあ魔法でけりをつけるのもありだが、今回は肉弾戦で相手をしてやる。少し試してみたいことも出来たんでな」
「試したいことだとぉ?」
「ああ。果たして俺が、どれだけの激しい攻撃に耐えられるのか。流石に自分で試したくはないんでね。痛いし。それともうひとつ、戦いのバリエーションを増やすためにこの技を一度試しておきたかったのもある。まあバレたら怒られるから、そうそう披露できるわけじゃないがな」
「はぁ? 何言ってんだトーーー」
カミーユの言葉は最後まで続かなかった。目の前で俺が闘気と同時に、魔力を放出した事に閉口してしまったからだ。
俺は刀を収納にしまうと、腰を落として拳を構えた。
「こんなの見られたらあいつに怒られるだろうな……」
「な、何だそれは……。俺はそんな構え知らないぞ」
そりゃそうだ。これは俺の頭の中にだけ刻み込まれた術技。実戦で使用するのはこれが初めてだからだ。
だから過去の俺の体を使っているカミーユには、この技を使いこなす事は出来ないし、対応することも出来ない。肉体に記憶されていないからこそ、この攻撃を受けてもカミーユは素早く反応することすらできないのだから。
「喜べよ。これは他のSランク冒険者が編み出した、魔法と気闘法を集約した技だ」
「他のSランクの技……。なぜそんな技を初めてで使ぇ……」
「(ま、見てないから大丈夫か。お前の技、借りるぞ、ナナカ)双掌破」
カミーユの言葉が終わる前に、俺は魔力を込めて踏み込み、そのまま目の前に両手で掌底を繰り出した。
俺とカミーユの間には数メートルの空間がある。だがその空間を無視してカミーユの体を衝撃が襲った。
体をひしゃげさせるほどの威力で叩きつけられた攻撃に、踏ん張る暇さえなくカミーユの体が後方に飛ばされた。しかし大したダメージはないようだ。さすが俺の体だ。
目の前の状況に理解も体も追いつかないのか、カミーユの体が硬直する。しかし硬直を一瞬で解くと、次の攻撃に備えて空中で体勢を立て直した。が、背後に回った俺が背中に強烈な肘鉄を見舞う。
「がはっ!」
反対側から加えられた衝撃に、カミーユの体は空中にいながら静止する。思わず肺の中にあった息が全て吐き出されたかのような声が飛び出した。
そしてまだ空中にいるカミーユに、再び俺は追撃を加えた。
「咬龍牙」
龍の牙を模した掌が、上下から同時に襲いかかる。その一撃でカミーユの体が引き裂かれ鮮血が舞う。
体が落ちる間もなく次の攻撃。
「旋風脚」
カミーユの下に潜り込んだ俺は、風の魔法を纏った蹴りを上空に向けて放った。丁度両足が天と地を向き、地面への踏み込みで床が沈み込む。上空へ突き上げる蹴りの威力は、カミーユを突き抜け天井を砕いた。しかしカミーユの体自体は、僅かに浮かび上がった程度でまだその場に止まっている。
そのまま再び掌底を食らわし、体が落ちる前に上へと蹴りを加え、蹴りの勢いで体を回転させて威力を乗せた蹴りを再度放つ。
カミーユは空中にいるため身動きが取れず、初見の攻撃のため避けたり防いだりする記憶がないため、うまく反応ができない。結果、カミーユは一度も地面につく事なく、衝撃を逃すこともできないまま俺の攻撃を空中で食らい続けた。
流石に俺のステータスを上乗せしても、一方的な攻撃の前には身体中の骨が砕け、体内に衝撃を通した事で目と耳からは血が流れていた。
その場から一歩も動く事なく、攻撃を受け続けたカミーユは、血を撒き散らし既に意識も飛ばしかけている。
「破衝墜」
俺はカミーユの上方へと跳躍すると、掌で魔力と気力を混ぜ合わせ、それを真下へと叩きつけた。カミーユの顔面が衝撃でひしゃげ、大砲で打ち出されたかのような速度で地面に叩きつけられる。
石造の地面がひび割れ、衝撃に耐えきれず砕け散った。そしてカミーユの体を巻き込み地面の底へと落ちていった。
俺はその場に空いた大穴を回避しながら着地する。その衝撃で俺の身体中に痛みが走った。筋肉が軋み、悲鳴をあげる。
「やっぱり慣れない技は使うもんじゃないな。いつも使ってない筋肉を使うから反動がすごい。こりゃ明日は筋肉痛だな」
そんなことを独りごちて、俺は大穴に消えたカミーユの行方を追った。
トールが戦闘を開始した頃、アーリアは広間を抜けて謁見の間へと辿り着いていた。
謁見の間は高い天井にガラス製の照明器具が所狭しと取り付けられ、公の権威を感じさせる作りだった。決して広くはないが、それでも十人程度が問題なく並べるほどの広さはある。
左右の壁には大広間にもあった歴代インダール公の肖像画が掛けられており、目の前の玉座の後ろには一際大きな肖像画があった。
初代インダール公。
かつて魔王を討伐する際、勇者に援助を行い自らも前線に立って勇者を助けたと言われる傑物。勇者パーティーの一員でかつては王国の貴族だったが、魔王討伐の功績を認められ、インダール公として公国の独立統治を認められたリーゼのご先祖様だ。
玉座までは赤い絨毯が敷かれ、玉座の手前で段になって高い位置からインダール公が貴賓を見渡せる形状になっている。
本来はインダール公が玉座に座すが、現在はフードを被った人物が座っていた。
その隣に手足を縛られたリーゼが横たわっている。
「お嬢様!」
リーゼの姿を見てアーリアが叫ぶが、意識を失っているのか反応はない。
謎の人物はアーリアの姿を見とめると、玉座からゆっくりと腰を上げ、顔を覆うフードを取り去った。
現れたのは険しい表情に少しくすんだ金の髪が肩まで伸ばした男。青の双眸が全てを見透かすかのように、しかし見るもの全てを睨み付けるような高圧的な印象も併せ持っていた。
その容貌は、どこかアーリアに似ている。
「アーリア。よく来たな」
「アーグスタ・フォン・アウンギース……」
アーグスタはこの国の宰相であり、マス・メランの首領。そしてーー。
「お前がくるのを待っていた。アーリア・フォン・アウンギース、我が娘よ」
アーリアの実の父であった。




