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42.幻獣ベヒモス

 立ち上がったカミーユからは目視できそうなほど濃密な闘気が漂っていた。いや、闘気と言うより魔獣の力を取り込んだから魔闘気だろうか。

 どちらでもいいが、今までのようにはいかなさそうな状況であることは確かだ。


 カミーユは姿勢を変えると、まるでゴリラが立ち上がったような格好になる。恐らくゴリラを意識しているわけではない。その姿がベヒモスの立ち姿なのだから。

 恐らくベヒモスを真似て動くことで、近い闘い方をするのだろう。だがあれは巨体があってこそ成立する戦い方だ。人間の体で同じような闘い方ができるかといえば、そうではない。


 カミーユが獣の如く四足歩行で飛びかかってくる。肥大した上腕が風圧を伴い俺のすぐ横を駆け抜けた。続け様に振るう反対の腕を叩きつけにかかる。

 間を間に挟み込み、余った片手で腹を押さえて衝撃を受け止めた。

 背後に引いていた足が地面に僅かに埋もれる。


 今度は反対側から腕をしならせ脇腹目掛けて打ち込んでくる。俺はくるりと剣を回転させてカミーユの腕の前に差し出すと、再び剣の腹に手を添えて攻撃を受け止める。衝撃が駆け抜け、再び攻撃を受けたのと逆側の足が埋もれた。


 やはり先ほどまでと桁違いの威力。受け止める腕が僅かに痺れる。

 攻撃力の高さから見て、どうやらベヒモスのステータスに近い力を引き出しているようだ。勿論ベヒモスのステータスなんて個体によって違うため、カミーユに食べた個体がどれだけ強かったかわからない。

 だが攻撃を受けた感想では、成体で相応の力を有している個体だったに違いない。元の大きさであれば、今頃この城など簡単に吹き飛ばされていただろう。

 どうやら小型のベヒモスと思って戦ったほうが良さそうだ。


 つまり、あまりカミーユの攻撃を避けてしまっては、その余波で城が崩れてしまいかねない可能性がある。できるだけ衝撃を受け止めつつ、倒さなければならないようだ。

 何とも、縛りプレイは嫌いなんだがな。


 そんなことを考えていると、目の前の小型の巨獣は2本の後脚に力を込め、弾けさせた。まっすぐ俺の腹めがけて突進を敢行する。

 やばい、腕を受け止めた衝撃で引き手が間に合わない。


 ベヒモスの突進は山さえも切り崩す一撃だ。それがこのサイズでまともに突っ込まれでもすれば、腹に穴が開くほどの衝撃だ。

 咄嗟にバックステップをふんで体を浮かせた瞬間、カミーユの脳天が俺へと突き刺さる。

 すんでのところで足を差し込んだ俺は、しかし宙に浮いているためその衝撃を逃すことができず、そのまま背後に弾丸のような勢いで吹き飛ばされた。


 背後には広間の壁がある。まともにぶつかれば壁を突き破って外に飛び出しても勢いは止まらないだろう。そうなれば戦線から暫く離脱することになってしまう。

 慌てて俺は風の魔法を反対側からぶつけてブレーキをかける。圧倒的な圧力を前後から受けて、肺が潰され骨が悲鳴を上げた。しかしその甲斐あって、何とかぶつかる前に威力を殺しすことに成功し、何とか壁面に着地する。そのまま地面へと降り立った。


「何だお前。今のは絶対外まで吹っ飛んで行くやつだろうがぁ。どうやって無傷で切り抜けやがったぁ」

「さて、どうやったんだろうな」


 カミーユは無傷と思っているのだろうが、実際そんなことはない。衝撃を殺す際に風で圧力をかけたため、臓器が傷つき、骨が数本折れたが、すぐ様回復魔法で傷を快癒させただけだ。

 しかし攻撃を喰らうたびにこんなことを続けていては、いずれ魔力も体力も尽きて動けなくなってしまう。

 カミーユの攻撃を受け止めるには出来るだけ衝撃を受け流すようにしなければ厳しそうだ。


 俺は先程の対応で口に残ったままの血を、地面に吐き出した。


「今度はこちらから行くぞ」

「うおっ!」


 問答無用で彼我一刀を放つ。

 突如現れた斬撃にカミーユは対処できず、腕に刀傷が走った。しかし最初は腕を落とすことができたが、今度は浅く切りつけた程度。どうやらベヒモスのタフさも身につけているらしい。


「今のがネロが言ってた飛ぶ斬撃ってやつかぁ。確かに厄介だなぁ」


 恐らく村で取り逃したヤツから聞いたのだろう。村での戦いを始終観察し、分が悪いと悟るや直ぐに退いた人物。それだけで戦闘経験が豊富なことを物語っている厄介な相手だ。

 もし2人と戦闘になっていれば危なかったかもしれない。だが気配からもこの場にはカミーユひとりだけ。まずは目の前の男を打倒しなければならない。


「まあ蚊に刺された程度の傷だがなぁ!」


 カミーユは手近にあった人の頭くらいの床の破片を掴むと、それを軽々放り投げた。それだけで破片は質量のある弾丸と化し、高速で打ち出される。

 迫り来る弾丸を剣で真っ二つにすると、しかし分たれた破片が壁に激突して貫いた。積み上げられた石造の壁面が連鎖的に崩れて大穴を開ける。


「なっ!」


 どうやらカミーユは、破片に隠れて距離を詰める気だったようだ。しかしこちらも距離を詰めたのが予想外だったのか、一瞬硬直を見せる。だがすぐに体勢を立て直すと再び剛腕を振ってきた。

 勿論そんな致命的な隙を見逃すわけもなく、俺は体を沈み込ませ攻撃を避けた。素通りした腕が虚しく空を切る。

 見上げる形になったカミーユの表情は、驚愕と恐怖に彩られていた。


 俺はがら空きの胴に剣を振り抜いた。カミーユの体に剣が食い込み、じりじりとその範囲が広がっていく。

 流石にベヒモスの防御力を纏っているだけあって、かなりの抵抗だ。だが断ち切れないほどではない。何より以前断ち切った感覚から、剣を振り抜けるという確信があった。

 だがそれはベヒモスの巨体であってこそ。カミーユは僅かに身を捩ると俺の剣の軌道上から抜け出し、上下が分断されるのを防いだ。直ぐさま地を蹴って俺との距離を取る。


 すかさず追撃しようと一歩を踏み込むが、いつの間にか手に握った魔石を俺めがけてばら撒いた。それはまるで導火線を忘れた爆弾のように、瞬時に火を灯し、内部に込められた熱と衝撃を周囲に拡散する。


 ドズン。


 魔石は重い衝撃を周囲に振り撒き、轟音を上げる。

 何とか直撃は免れたが、追撃に失敗した俺は背後へと退いた。

 これが知能のない魔獣であれば、今の一撃で両断され、死にはしないだろうが戦いは終わっていただろう。改めて魔物のように知能を有する者の厄介さを実感させられる。

 そして目の前の相手はSランクの魔獣の力を有した知能ある者。間違いなくベヒモスよりも厄介この上ない。


 先ほどまではベヒモスの力を過信し油断があったのだろう。だが今の殺り取りで警戒心を抱かせてしまった。ここからは今までより攻め辛くなる。

 出来ることなら今の一撃で決着をつけて早くアーリアの後を追いたかったが、そううまくはいかないようだ。


 爆発の煙が晴れた頃、カミーユは油断ない瞳で俺を見据えていた。

 口元から血を流しているが、半ばまで切った腹は既に元通りになっている。魔獣の回復速度まで有しているらしい。

 こんな事なら防御より攻撃を優先して刀で決着をつけるべきだったかと後悔する。


「あ、あんたまじかよ。今のは正直、死んだかと思ったぜぇ。我ながら自分の咄嗟の判断を誉めてやりたいねぇ」


 そんな軽口を叩くが構えは崩さない。どんな攻撃が来ても受けられるよう、気を配っているのが見て取れた。今のカミーユには恐らく彼我一刀も通用しないだろう。剣閃の動作と発動までの僅かな隙を突いて避けられるに違いない。


「ひとつ、教えてくれないかぁ? あんた、冒険者なんだろ。あんたのランク、Sなんだろぉ?」

「……ああ、そうだ」

「! く、ふふふふふ。くは、はっはははあはぁ!」


 いきなりの哄笑に俺は警戒感を露わにする。

 今までのやり取りから、軽薄そうに見えても油断ならない相手だことは理解している。

 だがどうやら、カミーユはただ嬉しさから声をあげたのだと、次の言葉でわかった。


「ははっ、本物のSランク冒険者! あの『人骸魔凶』や『七星剣魔』、『白皇喚鬼』と同じSランク冒険者っ! ああぁ、俺はなんて幸運なんだ!」

「幸運? 不幸の間違いじゃないのか?」

「いや、幸運だねぇ。何たって、あんたを切り刻んで食糧にすりゃぁ、俺はSランク冒険者をも凌駕できる力を得られるんだからなぁ!」


 本当に嬉しそうに、ある種の狂気を瞳に浮かべ、カミーユは笑った。どうやらこいつは、人間でも問題なく口にできるらしい。

 この男は今ここで仕留めなければ、後々厄介なことになりそうだ。


 俺は空間収納から刀を取り出して持ち替える。攻撃力に特化した刀であればベヒモスの防御を突破して両断できるはずだ。

 問題はベヒモスと違い一直線な動きでないということ。ベヒモスの膂力を持ち、戦いの心得がある相手など、考えただけでもゾッとする。

 だが決して勝てない相手ではない。


 俺はすっと息を殺すと、抜刀の構えを取る。


 彼我一刀が当たらないのであれば、それ以上の速度の攻撃を放てばいい。幸いベヒモスよりもサイズが小さいため、一撃で沈めることができるだろう。

 息を整え、刀の柄に手をかける。


 それと同時、カミーユは再び腰につけた袋から別の肉を取り出した。それはステーキサイズに切られた生肉。

 それを口に放り込み、あっという間に平らげた。


「ははぁ。トール、あんた、ジャッカラビーって魔獣を知ってるかぃ?」

「ジャッカラビー……」


 知っている。世界最速の魔獣とも呼ばれ、捕まえることは至難。一方でその体は非常に弱々しく、小石が当たっただけでしんでしまうほど脆弱。中には自身の速度に耐えきれず死んでしまう個体がいるほどだと聞く。

 その為希少性が高く、ベヒモスと並び幻獣に指定されている魔獣だ。以前1度だけジャッカラビーを見たことがあるが、剥製になったものがオークションに出されており、王都の一等地に屋敷が立つくらいの金額で取引されていた。

 生きたジャッカラビーが捕まえられたと言う報告は、今でも年1、2件程度だそうだ。ちなみにその姿は愛くるしいウサギで高速移動するために脚と尻尾が発達している。


 いきなりそんな話を持ち出すと言うことは、恐らく先程食べた肉が、ジャッカラビーの肉。あのひと切れだけでとんでもない値段だろう。それこそベヒモスの比ではない程の。羨ましい。

 そして今のカミーユは、ジャッカラビーのスピードを手に入れた。直に遭遇したことはないが、話に聞く限り俺でも捉え切れるかわからない速度。

 だからこそ、カミーユが動く前に叩く。


 そして目の前の男に向けて刀を振るう、その前に、カミーユの姿がブレた。

 咄嗟に刀の軌道を修正して顔の前に切り上げる。刀は何にも当たらずに空を切った。


「はは、マジであんた、本当に人間かぁ? 今の速度についてくるとかあり得ないだろぉ」


 背後から聞こえてきた声に視線を向ける。


 カミーユはペロリと手のひらに出来た浅い創傷を舐める。僅かばかり刀が触れていたようだ。

 だが今の攻防で理解した。俺はカミーユの動きを捉えきれない。


 今の一瞬の攻防では何とか食らい付いたが、完全に振り遅れていた。目では何とか捉え切れても、体がそれに追いつかない。まともにやり合った場合、カミーユには触れることすらできないだろう。

 幸いなことに、スピードを得たためか先程のベヒモスの力は失っているようだ。身に纏う魔闘気が先ほどよりかなり小さくなっている。

 恐らく食べるごとに力は上書きされるのだろう。


 しかし本来のジャッカラビーの能力であれば今の創傷ですら致命傷になる。つまり自分のステータスを食べた相手のステータスに変える訳ではないという事。

 俺の考える最悪がそのまま現実だとしたら、現状は非常にまずい。相手が考えていることも恐らくそれだからだ。


「んじゃ、次はもう少し早くいくぜぇ」


 早い。カミーユはあっという間に俺の横を通り抜け、瞬転すると攻撃を振るう。軌道を予測することすら難しい。

 俺は必死に目と脳をフル回転させカミーユの動きに食らいつく。


 右、左、上、再び右、左、更に左。

 どんな動きをしてるんだと言わんばかりに縦横無尽に広間を駆け巡る。カミーユが通り過ぎるたび俺の体に浅い切り傷が増えていった。

 だがこの攻撃では俺を倒せない。俺も、そしてカミーユ自身もそれを理解している。だから奴がとってくる戦法はひとつ。


「ぐふっ」


 俺の背にしがみついたカミーユは、脇の下から通した刀でその胸を貫かれていた。

 刀が最も届きにくい背後からの一撃。

 正面の刀の届く範囲はギリギリで致命傷を避け続けた故の一択。そしてカミーユの感情を読み取り、攻撃のタイミングに合わせた一撃は、完璧にカミーユを捉えていた。


「あはぁ、俺の狙い、気づいていたのかぁ」

「当たり前だ。そう仕向けたからな」

「ははっ! やっぱあんたすげぇなぁ! でも、それじゃぁ足りないぜぇ!」


 カミーユは刀に貫かれた状態で俺をしっかりと掴むと、肩に齧り付いた。


 だがその狙いは端から分かっている。

 だからカミーユが噛みついても食いちぎれないよう、硬化の魔法を掛けておいた。防御力を上げることで相手の攻撃を防ぐ。そしてカミーユの歯は、俺の肩に弾かれーーなかった。


 カミーユは易々と俺の肩を抉り切ると、食いちぎった肉を口の中で咀嚼し嚥下する。

 血に塗れたその口は、獣の如き鋭利な牙が光っていた。


「まさか突進の際に別の肉を口にしていたのか?」


 やられた。食った肉の魔獣の力を、仮にカミーユ自身にプラスする能力だとしても、ジャッカラビーであれば防御を突破して喰われることはないと高を括った結果がこれだ。あれほどカミーユが計算高いと評価しておきながら、最後の詰めを誤った。


 俺は刀を抜いて素早くカミーユから離れると、再び抜刀の構えを取る。と同時に、カミーユの攻撃が繰り出され咄嗟にその一撃を弾いた。


「ひがいっとぉ!」


 金属同士がぶつかる様な甲高い音が響き、勢いに押されて更に距離を開けられた。

 

「はっははぁ! 何だこりゃぁ! あんた、あんたやっぱりすげぇよ! こんなステータス、ベヒモス以上だぜぇ!」


 俺の力を取り込んだカミーユが、致命の傷を回復させて彼我一刀を放っていた。


「さぁ、第3ラウンドを始めよぉかぁ!」


 そう言ってカミーユは、不敵に顔を歪めた。


『人骸魔凶』、『七星剣魔』、『白皇喚鬼』。

Sランク冒険者の二つ名がいくつか出てきましたが、Sランク冒険者は皆が皆有名というわけではありません。トールのように、表に出ないSランクは同じ冒険者でも知らない人間がいるくらいです(ピルケスの町のギルマスとか)。


ここに名前が上がったのは特に知名度、人気のあるSランクです。

『人骸魔凶』は登場済みのノノです。広く名が知れ渡っていて、Sランク冒険者の中で最も有名なひとりです。

『七星剣魔』も名前だけ一度出てますが、決闘都市の闘技場でチャピオンをやっています。侍で刀を使いますが、こいつのおかげで東方の侍が有名になりました。それまでは鎖国をしていたので、侍を知る人はあまりいなかったのです。

『白皇喚鬼』はエルフで、ロリではないBBAです。けど見た目は妙齢の美女です。エルフ自体が亜人に含まれる、差別的に見られるイメージを変えるべく、Sランクまで上り詰めた人物。名前を売ることが目的だったので、ノノと匹敵するほど庶民に知られています。実はトールの師匠でもあったりします。

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