41.大物喰
「すまない。囲まれた」
アーリアを隔てて向こうに見えたのは、魔法の発動を待機した10人ほどの人間。皆黒いローブを身につけ統一感を感じさせる。
何とも悪の組織っぽさが漂うなと感心しながら、次の瞬間待機していた魔法の撃鉄が起こされた。
瞬間、背後からの突風で押し出された俺たちの眼下を、正面から打ち出された炎や雷、水や風といった数多の魔法が通り過ぎた。それらは俺たちが入ってきた扉をめちゃくちゃに破壊せしめ、小さな爆発を引き起こす。
空中を錐揉みしながら闇クランの連中の頭上を通り過ぎる俺たち。すぐに俺たちへと追撃のため、背後を振り返り魔法が放たれようとする。
「遅い」
その頃には体勢を立て直したアーリアが剣で相手を斬り伏せていた。魔法を発動しそうな人間から片っ端に剣を振るう。
通常魔法の発動には時間がかかる。勿論ノータイムで発動できる人間もいるが、よほどの修練を積んだ熟達者でなければ叶わない芸当だ。
それで言うとここにいる連中はそこそこ腕は立つが、熟達者と言えるほどではなかった。
あっという間に闇ギルドの面々は、アーリアの剣に沈められた。
「ふぅ。危なかった」
「まさか初っ端から敵に待ち伏せされているとはな」
「この隠し通路は数少ない人間にしか知られていないはずなんだが」
「つまりその数少ない人間が、今回の首謀者ってことだな」
となるとかなり高位の役職につく人間。それこそ防衛を司る守備隊長や、全権を委任されるような宰相でなければ難しいだろう。
まあ今は黒幕を炙り出すことが目的ではない。
ひとまず気を取り直して状況を確認する。
「トール君。助かった」
「いや、俺は風をおこしただけだ。あいつらを倒したのはアーリアだよ」
「ふ。謙遜は美徳だが、認めることは決して恥ではないよ。たまにはかっこいい姿を見せてあげたまえ」
誰にとまでは口にしなかったが、アーリアが何を言いたいかは伝わった。
弟子が師匠の鏡であるように、師匠も弟子の鏡なのだ。きっと俺はアミミのために、少しでもかっこいい師匠であらなければならないんだろうな。
改めて、アーリアに大切なことを教えられた気がする。
「取り敢えず何とか無事に潜入できたでやんすな」
「ガスガス」
声のした方へ視線を向けると、首などの関節が変な方向に向いているゲロと、そんなゲロと絡まり合う状態のカスの姿があった。
無事って……。
「それ無事でござるか?」
「大丈夫でやんす。あちきら体柔らかいんで」
そう言って180度くらい曲がっていた腕やら足やらをサラッと元に戻してゲロは立ち上がる。なんか気持ち悪い。
「そんな気持ち悪いもの見たみたいな表情しないでほしいでやんす」
「ガスガス」
何でこいつら俺の考えが読めるんだ。
ひょっとして俺は、Sランク冒険者になって自惚れていたのかもしれない。知らず知らずのうちに、強さの多寡で相手を判断するような癖がついていた。
だが世の中にはこんなにも得体の知れない奴らがいたんだと、改めて心に刻み込む。
「くっちゃべっていないで、さっさとアルティス君を探しに行くんだろう?」
「そうでやんす! ではあちきらとアミミ殿はアルティス様を探すでやんす」
「あ、ちょっと待て」
そう言って駆け出すゲロを俺は呼び止める。そして一つのペンダントを放り投げた。
青い宝石がペンダントトップのアクセサリー。
「これは?」
疑問顔でゲロが問いかけてくる。
「それはアルティスに持たせたアクセサリーと対になるものだ。そのペンダントの光が強い方にアルティスがいるはずだ。ちゃんと見つけ出してやれよ」
俺の言葉を理解したゲロは、深々と頭を下げた。
「感謝するでやんす、トール殿! では早速救出に行くでやんすよー!」
「ガスガスー」
「ではトール殿、アルティス殿を助け出したら後で落ち合うでござる」
ゲロとカスの2人は足取り軽く、この部屋の扉から外へと飛び出した。アミミも俺に別れを告げると慌てて2人の後を追う。あんなに騒いでて大丈夫かと不安になるが、まあ腕は立つから大丈夫だろう。
そうして部屋に残されたのは、俺とアーリアだけになった。
「では私たちもお嬢様を探しに行こうか」
「ああ。アーリアは、大体の位置は予想がついてるんだろう?」
「何故そう思う?」
俺の質問に疑問の表情を浮かべるアーリア。だが答えは至極単純だ。
これだけ敵の情報を持っていて、儀式についても恐らく以前から知っていたはずだ。その儀式がどう言う内容で、どのような儀式なのかも。
「まあ一言で言えば、アーリアが落ち着いているから、だな」
だから俺は半ば確信を込めて、そう答えた。取り乱さないことが、アーリアが状況を把握していることの証左だ。
「ふふ。流石に君は鋭いな。ああ。恐らく奴らは謁見の間だろうな」
「そこで儀式が行われるのか?」
「ああ。謁見の間はここの部屋から出て、入り口の大広間を抜けたところにある。だからこそ、大広間の守りは固められている可能性が高い」
「初っ端から消耗戦か。まあ儀式を止められれば俺たちの勝ちだからな。これくらいの練度であれば、戦わず躱していくのもありだな」
「では行こうか」
そして俺とアーリアはさっと部屋から出ると、城の入り口の広間へと突き進む。が、意外なことに兵士たちが行手を遮ることはない。
闇クランの連中には部屋を出てからひとりも出くわすことなく、そして城の兵士たちは廊下に意識を失った状態で倒れていた。
結局敵との戦闘は1度もなく、あっさりと広間へと到着する。
「なんだか拍子抜けなほど何もないな」
「だが敵はまだ幹部が残っているかも知れない。情報によると見知らぬ2人の人物が城に出入りしていたと言う情報を得ている。恐らく幹部に近い存在だと考えている」
「そう言う情報って、普通最初に言うことじゃないか?」
「…………」
「まあいいけどさ」
出来ればアミミ達にもこの情報を伝えておきたかったが、もし幹部を配置するとしたらきっと俺たちの方だろう。
向こうに手を回されていないことを願うばかりだ。
「さて、この階段を上った所が謁見の間だ」
立ち止まった俺たちの前には幅の広い階段が上階へと伸びていた。赤いカーペットが皺ひとつなく綺麗に敷かれている。
左右に闇クランの連中が展開して魔法を待機しているなどもなく、がらんとした空間が広がっている。
代わりに左右の壁に居並ぶのは男性の肖像画。若い人物や年老いた人物、年齢様々な人物が描かれている。いずれの人物も頭に冠を戴いていた。恐らく歴代のインダール公なのだろう。
その中のひとりはどことなくリーゼと雰囲気の似た男性。そして別の絵には、アーリアの容貌に似た人物が描かれていた。
アーリアは暫くその絵を見つめると、直ぐに視線を前へと移す。
階段の踊り場に立つひとりの男に。
「やあやあ。君はこちらにくると思っていたんだよねぇ」
軽薄そうな笑みを浮かべながら男が言う。
その男は、元の世界のカウボーイのような出立ちで、頭にはテンガロンハットに似た帽子を被っている。腰にはホルスターの代わりに布袋が吊り下げられていた。
勿論こちらの世界にそう言った文化があるわけではないので、似たように発展した結果のコーディネートなのだろう。
「貴様、大物喰か。何故貴様のような傭兵がここにいる」
「そりゃぁ傭兵のお仕事だからに決まってるでしょうがぁ」
どうやらアーリアは男のことを知っているようだ。しかしアーリアの問いかけにも男はヘラヘラとした笑みを浮かべたままだ。
男は上階へと伸びる階段を一段ずつゆっくりと、まるでリズムを刻むように降りてくる。カツカツと男の靴音が静かな広間に響いた。
男の他に気配はない。どうやらひとりで俺たちを相手にするつもりらしい。
だがあまり時間がない中で、男の相手に2人で時間を費やしていては間に合わなくなる可能性がある。
「アーリア。こいつは俺が相手する。お前は先に行け」
「あれはSランク冒険者に匹敵する実力者だ。2人で相手して突破したほうが早いかもしれん」
アーリアの言葉を聞いて、俺は無自覚に笑みを浮かべる。Sランクに匹敵する程度であれば問題ない。
「なら尚更別れたほうが得策だ。それに、Sランクに匹敵するレベルなら勝機はある」
「……その言葉、信じていいんだな」
「ああ」
アーリアは大きく頷くと、目の前の男を迂回するように動き、男の背後の階段を上っていく。
男はアーリアが動くのを見ても、指一本動かさず、俺に向けた視線を逸らさなかった。
「どうした? 敵が抜けていくが、邪魔をしなくてもいいのか?」
「はは。そんな事したら、あんた、後ろから俺を刺すんだろぉ? それじゃぁ面白くないからねぇ」
男は俺の腰の剣にチラリと視線を向けながら言う。
完全にアーリアが通り抜けたのを確認すると、男は懐から大きめの干し肉を取り出した。徐にそれにかぶりつき、噛みちぎる。
十分に味わおうと丁寧に咀嚼し、そしてごくりと音を鳴らし飲み込んだ。
「はっはぁ! やっぱり肉はうまい。強い魔獣の肉なら尚更うまい!」
「む」
肉を食べ終えた男の体から、先程より一段と強い闘気が纏われる。どんな術を使ったかは知らないが、先ほどより強くなったようだ。
「あまりさっさとくたばっちまうなよぉ。闘いは楽しまなくちゃぁ、なっ!」
男は一瞬にして俺との距離を詰めると、素手で突きを放ってくる。だが俺からすればまだ遅い。手首を掴んで手刀を受け止める。
よく見ると指先からは鋭利な爪が伸びていた。一見すると普通の人種だが、何か特別な血筋でも秘めているのかもしれない。
だが攻撃が届かなければ問題はない。
「はは、これ受け止めるとかまじかよぉ……」
よほど攻撃を受け止められたことが信じられないのか、男は驚愕を顔に貼り付けている。だがその表情の奥で不気味な笑みを浮かべていた。
「悪いがさっさと終わらせてもらうぞ」
「ぁがっ!」
俺は男の腹部に蹴りを入れると腰から抜いた剣を一閃。男の腕が宙を舞った。
「くはっ! 腕持ってかれちまったぁ」
男の腕がくるくると宙を舞い、離れたところに重量のある音を響かせて落ちた。
意外だったのは今の攻撃が避けられたことだ。腕を奪っているので避けられたと言うのは少し違うが、体を真っ二つにする勢いで剣を振るったつもりだった。
だが実際は、腕を犠牲に凌がれた。
俺の攻撃を避けた男は、やや距離を置いて遠巻きにこちらを見る。そして腰に吊るした袋から、さっきとは別の肉塊を取り出した。
「俺の名はカミーユ。あんたの名はなんだぃ?」
「……トールだ」
「トールかぁ。どうやらあんたのことを見誤っていたみたいだなぁ。まさか、今の攻撃が避けられるとは。だからここからは、俺も本気だぜぇ」
男は手に持った肉にかぶりつく。その巨大な肉が見る見る噛み砕かれ口の中へと消えていった。
戦闘中に食事をする。それはある種異様な光景であったが、何故かその姿から俺は目が離せなかった。
「死と隣り合わせの食事ってなぁ、最高のスパイスだねぇ。それはそうとぉ、あんた、ベヒモスってぇ魔獣、知ってるかぃ?」
ベヒモス。元の世界でもよくゲームや小説などに出てくる想像上の怪物は、この世界では実在する幻獣だ。幻獣とは魔獣の中でも滅多にその姿を確認できない希少種で、ベヒモスは確か山のような巨大な体躯と地震を引き起こす力を持っていたはずだ。
話は変わるが、冒険者ギルドでは魔獣、魔物の危険度を冒険者ランクに合わせてF〜Sランクで設定している。これは自分の等級に適当な魔獣がなにかを分かるようにするため設定されたものだ。この分類ができてから、冒険者たちに適した依頼があてがわれることとなり、死亡率は飛躍的に少なくなったそうだ。
また、魔獣は本能で動く類の種で、魔物は十分な知能を有する種と分別されている。そして知能を有する魔物は、須く危険度がAランク以上に設定されていた。これは知能があるだけで危険度が増すからだ。
さらにこのランクは3段階に分かれており、A1〜A3、S1〜S3と言った形で分類され、数が大きくなるほど危険度が増すことを意味している。こうすることで、同じランクの中でも危険度の違いが表現されている。
閑話休題、先程カミーユが口にしたベヒモス。こいつは獣程度の知能しかないため魔物ではなく魔獣扱いだ。しかしその危険度は冒険者ギルドからSランクとして設定されている。
単純に滅多に見つけられないと言う希少性も影響しているが、何よりベヒモスという個体は非常にタフで強大な攻撃力を有しているのだ。
魔獣でありながらSランクとして設定されている怪物。下手な魔物よりも、よほど厄介な存在。それがベヒモスだった。
そんな存在に対する問いかけを何故カミーユはしてきたのか。何かあると見て間違いないが、一体何を指しているのかがわからない。
「まさかその肉がベヒモスなのか?」
「ははっ! その通りっ! その通りだよトール」
適当に言った答えが当たっていたようだ。ベヒモスの肉。非常に興味深い。もし余っていたら、打ちのめした後で分けてもらうか。
「じゃあ何故そんなことを聞くのか。答えは簡単さぁ。潰れちまう前に教えてやるためさぁ」
するとカミーユの体が少しだけ肥大する。が、それは不自然でないほどのもの。筋肉がパンプアップした程度の印象だ。
だが先ほどまでとは決定的に違う。
纏う空気が、雰囲気が、先ほどまでのカミーユと比べ物にならないほど増大していた。
明らかに今までよりも強くなっている。
そして今までの行動と照らし合わせ、ひとつの可能性に思い至る。
「食うことで強くなる……。食った相手の能力を何かしら得るって所か」
「ははっ! せいかぃぃぃぃぃぃ!!」
カミーユは足に力を込めると、先程の比ではない速度で肉薄してくる。拳を振るう圧力が大きい。
ギリギリで横薙ぎの一撃を躱すが風圧で体がのけ反りそうになる。続けてカミーユは反対の腕を振りかぶり、打ち下ろすように腕を振るった。
間一髪、背後に飛び退ると標的を見失った拳は地面へと突き刺さる。
その瞬間、暴力的な破砕音と振動を撒き散らしながら床が粉々に砕け散った。圧縮された暴威が周囲に巻き起こり、砕かれた破片が散弾となって俺の体を叩きつける。
ベヒモスの肉を食べたからか、先ほど確かに切り飛ばした腕がいつの間にか再生している。その所為で反応が若干遅れる羽目になった。どうやら俺も、まだまだのようだ。
床を砕いたカミーユは、ゆらりと立ち上がり、軽薄さのかけらも無い凶暴な笑みを浮かべて低く唸った。
「さぁ、第2ラウンドの開始だぜぇ」
最近書いては投稿の自転車操業なので、見直しが不十分かもしれません。
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