40.作戦開始
「で、いつその隠し通路とやらに向かうんでやんすか?」
ゲロは目の前に座るアーリアに尋ねた。
質問を受けたアーリアは、鳥のもも肉にかぶりつきながら黙々と口を動かす。喉を鳴らしまた一口、料理を口に運び咀嚼を続ける。
なかなか回答を得られないことに業を煮やしたゲロは、苛立ちを発散する為テーブルをかつかつと指で叩く。そして自分も目の前の料理に手を伸ばした。
その様子を見たアーリアは、ひとつ大きく頷くとまた食事に戻った。
「何でござるかこれ」
側から見ていたアミミは、2人のやり取りにため息をこぼす。そして自分も目の前の料理に手を伸ばした。
「ん〜、んまいでござる〜」
そんなアミミの様子にほっこりしながら、俺も料理に視線を移した。
バスケットに入った白パンとアングリーベアのステーキ、この辺りには比較的多く生息しているグレーターラビと言われる大型のウサギのシチュー。
パンをちぎり、白い断面にブラウンのシチューをたっぷりつけて口に運んだ。
……。うまい。普通にうまい。
濃厚なシチューによく肉の旨みが溶け出しており、一緒に煮込まれた野菜も程よい食感になっている。硬すぎず柔らかすぎず、これくらいの噛みごたえがある方が個人的に好みだ。白パンも薄い塩気が感じられるが、それがシチューのソースの甘みを引き立てている。
次に手を伸ばしたのはステーキ。皿の上に乗せられたステーキは網目模様の焼き目がついていた。
この世界は脂がのった食材はあまり好まれない為、目の前のステーキも脂身は取り除かれている。しかし魔獣の肉は旨味が強く、赤身でも柔らかい為、そのままで十分楽しめる。
俺はナイフとフォークで肉を一口サイズに切り分ける。断面はまだ赤さが残っており、フォークを突き刺すと肉汁がじわりと染み出してきた。そのまま肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼する。
噛むたびに口の中でじわりと肉の旨みが広がり、舌を楽しませてくれる。ゆっくり、じっくりと肉の味を噛み締めながら、舌から喉にかけて丁寧に嚥下した。
ここはべつに高級店とかそう言うわけじゃないし、いわゆる普通の町の食堂だが、人は多く繁盛している。確かにこの味で大衆的な価格設定であれば、足繁く通う人間が多いのも頷ける。これはグルメガイド掲載決定だな。
隣のアミミも喜んで料理を頬張っていた。
「カァ」
俺の頭の上にいるワシも嬉しそうだ。
そう、ここは珍しくペット同伴可の料理店なのだ。どうやら店長は猫の獣人のようで、時折料理の受け渡しでチラリと姿を見せる。
ちなみに宿で襲ってきた猫娘のように、人間に耳や尻尾が生えたタイプではなく、二足歩行する猫というのが一番しっくりくる言い方。しかしサイズは人間大なので、中々に巨大な猫ちゃんである。
勿論言葉は人語を話している。
「はい。ワシもあーんでござる」
アミミが俺の頭の上にいるワシに、匙で掬ったシチューを食べさせる。ワシは器用にそれを口に含むと、本当に鳥かと思える反応でハフハフとシチューをうまそうに頬張った。嘴の隙間から時折シチューのおこぼれが周囲に飛び散り、俺の頭の上を汚す。
アーリアは食事を終えたのか、ナイフとフォークを置きナプキンで口を拭う。
「さて、それではこの後のことを話そうか」
「待っていたでやんすよ」
「拙者はまだ食べ終わっていないでござる」
「なら食べながら聞いてくれ」
「ワシがまだ食事中なんだが」
「それは知らん」
「ガスガス」
アーリアは紅茶を一口含むとると、静かに語り始めた。
それによると、目的の城はこのセレスタリアの中心に位置しており、周囲は誰でも入れる公園になっている。ただ城の入り口はしっかりと衛兵に囲まれている為、押し通れば騒ぎになってしまうそうだ。
普通なら庶民が城に近づくことさえ烏滸がましいように感じるが、この都市では距離感がだいぶ近いようだ。それだけ民の不満が少なく、平和な国だと言うことなのだろう。
しかしそんな平和な街で、魔王復活のような恐ろしい儀式が進行している。この美味い飯を無くさない為にも、儀式は何としてでも止めなければならない。
「と言うわけで、正面から行っては城の中に入れるべくもない。そこで隠し通路を使うわけだ。隠し通路は……とその前に、トール君、周囲の音を消してくれるか?」
「ほぃ」
パチンと指を鳴らすと、それまで聴こえていた周囲の喧騒がぴたりと止んだ。それを見てとったアーリアがひとつ咳払いをすると、再び口を開く。
「隠し通路はこの町の公衆浴場に隠されている」
「……何で公衆浴場でござるか?」
アミミ以外の面々も同様に頭を捻る。
何故そんな場所に城への隠し通路があるのか。
普通何処かの屋敷と繋がっていて、公が下女と逢瀬を重ねたり、貴族の有する屋敷に繋がっていたり。そんなイメージがあったので、何故公衆浴場なのかどうにも繋がらなかった。
「ふむ。疑問に思うのも当然だな。実は初代インダール公は大層風呂好きだったようでな。昔は城の風呂を抜け出してよく民衆と同じ風呂に入っていたそうだ。そこで民衆の言葉を聞いて、不平や不満を直に耳に入れることで、色々と政策に活かしていたらしい」
確か元の世界でも、古代ローマのテルマエと呼ばれる公衆浴場は、政治家と庶民が同じ風呂に入っていたと聞いたことがある。あれは確か自分の支持者との交流などが目的だったような気がするが、インダール公もそれと似たようなことをしていたようだ。
「それで公衆浴場でやんすか。何だか初代インダール公は接しやすい人だったんでやんすかね」
「そうだな。今の公園もその頃作られたようだ」
なるほど。インダール公は民衆との距離感を大切にしていたらしい。きっと優しい人だったのだろう。
「そしたら今から公衆浴場に向かうでやんすか?」
「いや、すぐには向かわない。トール君たちは宿をとって突入の準備を整えてくれ。私は少し情報を集めてくる」
「それなら手分けした方が良いのではござらぬか?」
「少し裏の情報網でな。あまり君たちを招くのも躊躇われる。特にーー」
アミミに視線を向けながらアーリアが言う。アミミにはあまり見せられないような場所ということか。
まあこの町を知らない俺たちが動くより、地の利があるアーリアが動いた方がマシだろう。何かあってもその方が逃げ切れる可能性が高い。
「分かった。ひとまず俺たちはいつでも突入できるよう準備を整えておく。ちなみに情報収集ってのは治世がどうなっているのかってところか?」
「まあ、そんなところだな。政治が正常に機能しているのか、城の中の現状がどうなっているかを掴みたい」
「分かった。でも気をつけろよ。どこに闇クランの連中が潜んでるかわからないからな」
「ありがとう。肝に銘じておく」
アーリアは気障ったらしい笑みを浮かべて答えた。その姿を見せられると男の俺でも女のアーリアをかっこいいと思ってしまう。
劇団に所属したら絶対いい男役になるだろうな。
勘定を払い終えると俺たちはアーリアと別れ宿を探す。集合の時間までは少しでも体力を温存してほしいとのことだ。
まだ月が昇るまでは時間がある。戦闘は避けられない為、その準備をしっかりしておけと言うことだろう。
空いている宿を探した後、俺はゲロカスに武器を渡す。幾らアルティスを助けるだけといっても得物もなしに戦えと言うのは流石に酷だろう。アミミにも不足の事態に備え魔道具を渡しておく。一応師匠として、最低限弟子の安全は憂慮しているのだ。
敵から逃げ切れるだけの、それさえ無理なら駆けつけるまでの時間を稼ぐことが出来ればいい。駆けつけることさえできれば何とかしてやれる。
たとえそれでアミミのプライドに傷がついたとしても、生き残れればそれで十分だ。
そんなことを考え、意外と自分が過保護なことに気づいて思わず嘆息する。
そうして徐々に太陽が遠くの空に沈む頃、俺たちは宿を出て目的地へと集合した。
目の前には豪華な装飾を施された建物。一見貴族の館かと思えるような、豪華な様相だ。
俺たちがたどり着く頃にはすでにアーリアも入り口に立っている。フードをすっぽりとかぶって誰かわかりにくくしているようだ。
「待たせたか?」
「いや、私も今来たところだ。準備は……大丈夫なようだな」
俺たちの表情から問題ないことを読み取り、アーリアはニヤリと口端を歪める。アーリアがそんな表情を浮かべると妖しさからなんとなく悪役っぽく見えてしまう。それもカッコいいやつ。
俺は公衆浴場の暖簾をくぐりながらアーリアに情報収集の結果を尋ねる。
「で、城の内部はどんな感じか分かったか?」
「ふむ。やはり連中の支配が行き届いているようだな。表は一般兵卒が守っているが、城内には入れてもらえないらしい。だから正確な情報がないんだが、ろくなことになっていないのは確かだろう」
「殺されてるってことはあり得るか?」
「……その可能性も、なくはない」
苦虫を噛み潰したような表情で、それだけ呟く。リーゼの護衛をやっているだけあって、アーリアも城内に知り合いがいるのだろう。
彼ら彼女らが最悪亡くなっていると考えるだけでも、決して楽しい話ではない。
アーリアの握る拳に力が入っていた。
そのまま無言で、俺たちは受付を済ませると一直線にある場所へ向かっていく。ある場所はアーリアしか知らないので、俺たちはただその後をついていくだけだ。
やがてたどり着いたのは、男性用のの更衣室。
アーリアは躊躇することなくズカズカと中へと入っていく。アミミも全く気にしていないのか、その後について行った。むしろ気にしているのは俺やゲロカスコンビ。
うら若き女性と童女が、いわば銭湯の男湯に入ってくる訳である。すでに入浴中の男たちからすればたまったものではない。
案の定、中に入ると素っ裸の男たちが数人、着替えをしている最中だった。いきなり登場したアーリアの姿に気づくと、パッと一斉に大事な部分を隠す。
「さぁ。場所はこっちだ」
そのまま気にせず浴場へと歩を進める。
流石に慌てて俺はアーリアを後ろから羽交い締めにすると、その進撃を食い止めた。
「ちょっ、待て! 流石にその先はダメだろ!」
「む? 何故だ。別に私は男の裸など気にしないぞ」
「お前じゃなくて、見られた方が気にするんだよ! ほら、今の言葉で何人か凹んでるじゃないか。そこっ、喜ぶんじゃない!」
何故かひとり喜ぶ客がいたが、そんなイレギュラーは無視だ。
基本属性は女人に裸を見られて恥ずかしがるのが男ってもんだ。どう考えてもこの後パニックになるのしか想像できない為、取り敢えずアーリアを落ち着かせてから案を考える。
「取り敢えず浴場の中に隠し通路があるのは分かった。だが無闇に飛び込めば大惨事になるぞ」
「私はそうは思わないが……」
「お前が思わなくても見られた方は思うの! な? ゲロとカスもそうだろう?」
俺の問いに、ゲロとカスは局部を押さえながら高速で刻々頷く。流石にこの反応を見て、アーリアも考え直したようだ。ふっと押さえつける力が弱まった。
「分かってくれて助かった。このまま入って行ったら大変なことになりそうだからな」
「お邪魔しまーすでござる」
「アミミさーん⁉︎」
ガラガラと遠慮なく浴場へと続く扉を開放するアミミ。中にいた男どもは何事かとこちらを振り返り、アミミの姿を見つけるとほっと安心した顔をした。
恐らく子供が父親と一緒に公衆浴場へ来たと考えたのだろう。が、よくよくその後ろにいる羽交い締めにされたアーリアの姿を見つけ、見る見る表情が色を失う。
「うぎゃーーーーーーー!!」
その叫びを合図に、一斉に全裸の男たちが浴場内を駆け巡り、時にコケ、時に滑り、ほうほうの体で湯船へと飛び込んだ。何とか大事な部分だけは隠し通せたようだ。
「すまんな。邪魔するぞ」
「ま、まさか! あれはアーリア様⁉︎」
「本当だ! あれは間違いなく公国美少女コンテスト常連のアーリア様だ!」
「うぉぉぉぉぉ!! 俺ファンなんだ。サインもらってくる!」
「止めろ! そんな粗末なものをアーリア様に見せるな!」
「俺は粗末じゃないぜ。俺ならいける!」
「バカやめろ! お前如きじゃすぐ戦死するぞ!」
意味のわからない言葉が飛び交う中、アーリアは何も気にしないとばかりに、遠慮することなく浴場内へと足を踏み入れた。
俺ももう諦めのため息をついて土足で浴場へ足を踏み入れる。
何故か湯に浸かったままの男たちの視線が俺に集中している気がするが、気のせいだろうか。気のせいだろうな。
周囲の様子を無視してアーリアは一直線に、複数ある湯船のひとつに向かう。そしてそこにあったライオンの彫像、口から水を吐き出しているマーライオンみたいなやつを、徐に引っ張った。ガコンと音がして、途端にすぐ側面にあった壁がスライドした。
壁から現れたのは地下へと続く階段。どうやらこれが、城へと繋がる通路のようだ。
すると、客の中からひとりの爺さんが歩み寄る。
「フォッフォッフォッ。遂にその通路を使うものが現れたか。その通路はその昔、初代皇帝がーー」
「さぁ、行くぞ。ちゃんと着いてこい」
「いや、せっかく話してんだから聞いてやれよ」
俺のツッコミも虚しくそのまま通路へと姿を消すアーリア。
チラリと爺さんの方へと振り返ると、俺たちに向けて親指をびしりと突き立てていた。俺はなんとも言えない気持ちになって、同じように親指を立てて返す。
爺さんは静かにニヤリと、笑った気がした。
そして俺はその爺さんの姿を目に焼き付け、城へと続く隠し通路へと潜って行った。
隠し通路に入ってからしばらく歩くと、迷うことなく出口にたどり着いた。通路は一本道だったので迷いようがない。
目の前には頑丈そうな鉄の扉。どうやら鍵の類もついていなさそうだ。
アーリアは真剣な表情で俺たちに振り返ると、最終確認をする。
「ここから先に踏み入れば、もう戻れないぞ。それでも行くか?」
「勿論でやんす。その為にここまできたんでやんすから」
「ガスガス」
ゲロとカスは一も二もなくそう回答する。
次に視線を向けられたのはアミミ。だがアミミの答えも決まっている。
「承知の上でござる。友達を助けるのに理由などいらないでござるよ」
真っ直ぐと瞳を見据え、静かにアーリアは頷く。
「君はーー」
「カァ」
「よし、では行こうか」
何故かワシが答え、それが是として受け取られる。おい、これはボケか何かか。
俺は叫びそうになりながら、しかし真剣な表情のアーリアに何も言えず、その背中を見つめた。
そしてアーリアが扉を開けた瞬間、その動きが止まった。
「すまん。囲まれた」
扉の前には魔法の発動を待機した10人ほどの人間が待機していた。
ついにお城へ突入。果たして彼らは無事リーゼとアルティスを救出できるのか?




