38.連れ去られたお姫様
イェーレを下したアミミは、一息つきながらトールの方へと視線を向けた。その時、ポンと頭が叩かれる。
「よくやった」
声をかけたのはトールだった。
相手をしていた老婆は離れたところで大の字になって倒れている。
その光景に、アミミは心の中で大人気ないと思うのだった。
老婆の方が年齢は上なので、どちらが大人気ないのかは微妙だったが。
「結構ギリギリだったが、最後の残影での回避から煌刃で視界を奪い、切り返しの彼我一刀。なかなか良い組合わせだったぞ」
視界は暗く判然としない状況で、アミミはワシの視界があったからこそ対応できた。しかしトールは当然の如く事の一部始終を理解している。
果たして自分はこの男に一生追いつけないのではと、諦念を抱きそうになる。
「……トール殿には敵わないでござるな。お褒めの言葉、有り難く頂戴しておくでござる」
「カァ」
「はは。ワシもよく頑張ったな」
そう言ってトールはアミミの肩にいるワシの頭を撫でる。ワシはまるで猫のように喉を鳴らした。
「ほら。アミミも」
そう言ってトールはアミミの頭に手を乗せる。その手は優しくも大きく感じられた。
不意に体を温かい光が包み込む。
「回復と浄化の魔法を使っておいた。これで怪我も服の汚れも綺麗になったはずだ」
「少しくらい構わないでござるが」
「女の子がそんなこと言うな」
トールはくしゃくしゃとアミミの頭を雑に撫でた。
自分が女の子扱いされたことに顔が熱くなり、だが不思議と嫌な感じはしなかった。
名残惜しい気持ちを払いながら、トールの手を頭から退ける。乱れた髪を整えながら、次の行動をトールに尋ねた。
「他に敵もいなさそうでござるが、取り敢えずリーゼ達のところへ戻るでござるか?」
「そうだな。目的はリーゼだろうから、一箇所に固まっている方が得策だろう」
そうしてトールとアミミが動き出そうとした時、リーゼ達がいる部屋が爆発した。
話はトール達が飛び出した直後にまで遡る。
「外の手合いはトール君達に任せよう。君たちはどうしたい?」
アーリアは剣を抜き放ちながらアルティス達に問うた。
単純にいつ敵が来ても対応できるようにと言う意図だったが、流石に得物をちらつかされてはアルティス達も身構えてしまう。とは言えトールから武器の類は渡されていないため、さしたる抵抗ができるわけではない。
「状況が飲み込めないんだけど、誰かに襲われてるの?」
おずおずとアルティスがアーリアに問いかける。
アーリアは鋭い目つきでアルティスを眺め、その反応に嘘がないことを確かめた。やがて少しだけ表情を柔らかくし、一度だけ頷く。
それだけでゲロはアルティスを守るように位置取り、カスは素早く扉まで移動した。外に気配がないことを確かめ皆に頷いて見せる。普段の惚けた態度はどこにもなく、優秀な護衛を感じさせる動きだ。
今4人は部屋の中央に設置された縦長のテーブルを挟み向かい合った状態だ。トール達が飛び出した窓は、テーブルをさらに越え、ベッドを3つ隔てた先にある。その窓と反対側に、カスが待機しているこの部屋の扉があった。
スイートルームのように別室と繋がっているわけではないが、一部屋でもトールとアミミ含めた7人が夕食を食べられる程度に広い部屋となっている。流石に貴族御用達といったところである。
念のためアーリアも気配を探るが、扉の外や廊下に敵の気配はない。であれば、今はトール達が敵を殲滅するのを待つ方が得策。
トールの実力を高く評価しているアーリアからすれば、よほどの相手でない限りトール達が負けることはありえない。だからこその落ち着きと言えたかもしれない。
そんなアーリアの様子に、アルティスは少しだけ心の中がモヤっとするのだった。
「オイラはここで外から来るヤツを迎え撃つでガス」
カスは手近な椅子を手に取ると、いつでもふりかぶれるよう扉の近くに待機する。万一扉越しに相手に攻撃されても対応できるよう、少しだけ距離をとった。
一方のゲロは、アルティスを護るため側に付き添う。
リーゼは言わずもがな、アーリアがぴたりとついていた。
「あちきらもこのような身の上、どう言う状況かは聞かないでやんすが、狙われているのはそちらのお嬢さんでやんすか?」
「……」
アーリアの無言を肯定と受け取る。
ゲロは素早く食事に使用していたナイフを手にすると、アーリア達から距離をとった。
お互い壁際まで下がり、周囲を警戒する。
アーリアもその気遣いに感謝し、目を伏せた。
現状アルティス達はトールの客人ではあっても、アーリア達にとっては他人に過ぎない。敵に襲われている状況において、手の届く範囲にいられては余計に神経をすり減らされる。そう言った意味で、ゲロが攻撃の届く範囲から離れたのは有り難かった。
「あちきもトール殿が戻ってくるまでここにいた方がいいと思うでやんす。下手に動いて敵を引き寄せるより、ここで迎え撃つ方がまだ良いでやんすからな。もっとも、部屋を丸ごと含めるような範囲攻撃が来たら厳しいでやんすが」
「そんな攻撃、トール君が許さないだろう。それに、この宿は警備体制がしっかりしている。木端な相手ならどうと言うことはないはずだ」
「その割には攻められてるでやんすが……。まあその時は、あんたが何とかしてくれるんでしょうがね」
「あんたとは心外だ。私にはアーリアという名前がある」
「そいつは失礼したでやんす。アーリア殿。あちきはゲロとお呼びください」
「あなたの方が歳は上だろう。アーリアでいい。私はお言葉に甘えさせてもらうがね」
「そうでやんすか」
そんな会話を交わしながらも、油断なく周囲への警戒を怠らない。アーリアもゲロも、共に腕利きの実力者であることを示していた。
それから少しの時が立ち、屋敷が大きく揺れる。
部屋の中の5人に緊張が走った。
彼女達は分からないだろうが、これは丁度アミミとイェーレの戦いで、イェーレが放った土塊が屋敷に命中したために起こった揺れである。
倒壊するほどではないが、外の魔石灯と共に幾らかの部屋が破壊されていた。
幸いにもこの部屋は2階に位置していた為、土塊の直接の影響は受けなかったが。
しかし暫く後、突如部屋の中で爆発が起こる。爆発は部屋の壁や窓を砕き、ベッドを粉々にする。周囲に破片が散乱し、それらが飛来物となって彼女らを襲った。
咄嗟にアーリアとゲロは爆発によって飛んできた木片などを、前に進み出る事で盾になり防ぐ。飛来物をいなしてから、それぞれ護衛対象を爆発場所から遠ざけるように下がらせた。
爆発を起こしたのは部屋の中に備えられていた観葉植物。爆発の熱などは大してなく、衝撃を撒き散らすものだったようだ。その証拠に、床や天井には小さな焦げ目しかなく、外と内を隔てる壁に開いた大穴が目立つ。
2人が意識を爆発箇所に向けた一瞬。しかしそれは致命的な隙となって、2人に襲いかかる。
部屋の扉のある位置と離れた、爆発の起こった位置とは対角の部屋の隅から、2本の包帯が飛び出した。その包帯はリーゼとアルティスの体を縛ると、あっという間に隅へと連れ去って行く。
「お嬢様!」「アルティス様!」
2人が叫んだのは同時。
しかしその時には既に手の届かない距離まで離れていた。
そして先ほどまでそこに居なかったはずの人間が、部屋の隅っこに立っている。2人の人間を人質に取った状態で。
そこに居たのは全身を包帯でぐるぐる巻きにした男。恐ろしいことに、耳と鼻があるべき位置には一切の凹凸がない。唯一露出している目と口は、糸で縫い合わされている。普通の人間がその姿を目にすれば、それだけで恐怖を禁じ得ないだろう。
幸いなことに、リーゼとアルティスは一瞬のことだったのでまだその姿を目にしていなかった。目にしていれば叫び声の一つも上げていただろう。
「くっ。貴様何者だ!」
「ンンン゛ー」
アーリアの誰何に、口の開かない男は唸り声を漏らす。ほぼ頭上から聞こえる男の唸り声は、姿を見ていない2人にようやく状況を悟らせた。それと共に込み上げる恐怖と焦燥。
「マス・メランのバルメイレだと。闇ギルドの幹部か。くそ、なぜこんな奴がいることに気づかなかった」
「ン゛ンンンンーー! ンンン」
「気配遮断のスキル持ち! そうか、それで今まで貴様がいることを気づけなかったわけか。だとしたら、最初から貴様はこの部屋に……」
「お前の狙いはそこのお嬢さんでやんしょ。アルティス様までさらったのは何故でやんすか!」
「ンン。ンンンンー、ンン゛」
「どちらがターゲットか知らない? 2人いたから2人捕らえただと? 巫山戯るなでやんす!」
そんな頭上で繰り広げられる襲撃者との問答に、リーゼとアルティスは顔を見合わせた。
「何でこれで意味わかるのかしら……」
「分かりません。私にも唸っているようにしか聞こえません……」
どこか緊張感を欠いた2人だったが、しかし状況は非常に切迫している。人質がいる以上、アーリアもゲロも手出しができない。
実はバルメイレは、この隠密術の性能の高さとは裏腹に、身体能力は常人とさして変わらない。気配を消しターゲットに近づき、一撃必殺の元に暗殺する。
その実力を買われて幹部となっているが、文字通り一撃必殺のため、一撃で仕留めきれなかった場合は逆に自身が途端に不利になる。
まともにアーリアとやりあえば、暗殺術を持ってしても恐らく成功しないだろうが、今はリーゼ達が人質になっている以上、バルメイレがこの場の主導権を握っていた。
「貴様らの目的は一体なんだ? お嬢様をどうするつもりだ!」
「ンン゛。ンンンン゛ー、ンン゛ン」
「魔王の復活! 王家の血を使って満月の夜に儀式をするでやんすか。なんてことを考える連中でやんすか」
「魔王信奉者どもか。そんな事のためにお嬢様を攫おうとするとは!」
「ンンンン゛。ンンンーン、ンンンン」
「くぅ。人質とは卑怯な」
「ンンンン、ンンン゛ン゛ンーンン!」
「貴様らの悲願など知らん! そんなことで大勢の人間の命を奪うなど、見過ごせるものか!」
アーリアは剣を構えるが、バルメイレが見せつけるように2人の身柄を前に押し出す。それだけでアーリアの動きが止まってしまった。
「リーゼ……さん?」
「リーゼでいいです。アルティスさん」
「じゃあリーゼ。私この会話、頭が痛くなってきたんだけど……」
「それは奇遇ですね。私もです」
危機感以上にこの状況についていけないことに、頭を痛め始める2人だった。それと共に、心の中でどれだけこの刺客はおしゃべりなんだと呆れてしまう。
すると大穴が開いて既に無くなった窓際から、トールとアミミ、何故かトールの頭に乗ったワシが姿を表す。すぐに状況を察したのか、2人は武器を構えつつ、しかし無闇に突っ込んでくるような真似はしなかった。
「ンン゛ー、ンン!」
「……何言ってんだ、コイツ?」
「トール〜! あんたは普通だって信じてた! あぅっ」
感極まったアルティスが思わず感激して声を上げる。しかし直ぐにバルメイレが縛りつけた包帯を強く引き、アルティスを黙らせた。
その瞬間トールからどす黒いオーラが漏れ出し、周囲の人間を味方諸共に居竦ませた。
アミミとワシは慣れたもので、特に態度には表さない。
「アミミ。あいつ何言ってるかわかるか?」
「拙者に聞かないで欲しいでござる。訳分からんでござるよ」
「ワシと同じだな」
「失礼な! ワシはちゃんと言葉が通じるでござる」
「カァ」
トールも揶揄っているだけなので、アミミとワシの抗議の声も笑って受け流す。
そんな様子に業を煮やしたバルメイレが声を荒げた。
「ンンン゛!」
「ふざけるな! って言ってるでやんす」
「お前これ分かんの? すげーな」
「逆に危ない気がするでござるが」
「な、アーリアも分かるでやんすよ!」
「……」
「何で黙るでやんすか!」
ゲロから詰問されたアーリアは、ふいと視線を逸らした。トール達の反応から自分たちがおかしいと思ったのだろう。
ゲロはまだ諦めていないようだが、アーリアは仲間に入れられないよう視線を必死にそらしていた。
「いや、敵が目の前なんでござるが……」
冷静なアミミのツッコミも虚しく響くだけだった。
一気に弛緩し始めた空気に、バルメイレがますます声を荒げる。
「ンンン゛、ンンンー!! ンン!」
「やばいでやんす! あいつ逃げる気でやんすよ」
「この状況でどうやって」
そしてバルメイレが取り出したのは紫の宝石。
それを見て状況をいち早く理解したのはトール。
「まずい。転移結晶だ!」
「!」
トールは懐から取り出したナイフをバルメイレに向けて放り投げ、アーリアとゲロは素早く距離を詰めようと床を蹴る。しかし攻撃が届く前に、バルメイレはもうひとつ、手のひら大の黒い塊を取り出し、起動した。瞬間、強烈な閃光が周囲に放たれた。
あまりの光量にアーリアだけでなくトール達も視界を白一色に塗りつぶされる。
視界が戻った時、既にリーゼとアルティスの姿はどこにも無く、バルメイレもどこにもいなかった。
ただわずかな血だけが、床に取り残されていた。
時を同じくして、マス・マケラの首領は小部屋の中にいた。小部屋の中央には、部屋のほとんどを占める大きさの複雑な魔法陣が描かれている。
すると不意に魔法陣が紫の光を放ち始め、徐々に光が強烈になる。首領は目を眇めつつも、しっかりとその光景を視界に収めていた。
光が収束した後、魔法陣の中央にいたのは3人の人間。
包帯を巻いた男と、金髪の少女、そして見知らぬ赤髪の少女。
任務はひとりを連れ帰るというものだったが、どういう訳かおまけがついてきたようだ。首領もバルメイレとの付き合いは長いものの、未だに考えていることがよく分かっていなかった。
暗殺者としては得難い才能と能力を持っているが、いかんせんコミュニケーションに難ありの男だ。
しかし今回は余計なものまでついてきたが、しっかりと任務をやり遂げてくれた。労いの言葉でもかけようとバルメイレの元へと歩み寄る。
「……」
無言のまま、バルメイレはその場に倒れた。
慌てて駆け寄ると、その喉元にはナイフが突き刺さっている。恐らくナイフを刺されてから、死の間際に転移結晶を発動したのだろう。
致命傷を受けてまで任務達成を優先したバルメイレの忠義に、首領は仮面の奥で涙を流した。
実際は転移結晶の発動前にトールが投げたナイフが首に刺さった訳で、バルメイレ自身、全く死ぬなどと思っていなかったのだが、それを知るものは誰もいない。
だが知らずに美談で済むのなら、その方が良いことも世の中にはあるのだ。
首領は静かにバルメイレをその場に横たえると、残された2人に視線を移した。
黒い外套に仮面をつけた怪しげな人物に、リーゼとアルティスはびくりと肩を震わせる。未だバルメイレの包帯が彼女達を縛っているため、逃げ出すことはできなかった。
「さて。満月は近い。魔王の贄となれることを光栄に思いながら、短い余生を過ごしてくれたまえ」
そうしてマス・メラン首領は、低く笑い声を上げるのだった。




