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37.獣人跋扈

数話分、話数つけ間違えてるのに気づいたのでしれっと修正しときました。すみません。。

 窓から飛び降りた俺とアミミは芝生を踏みしめる。降り立ったのはちょうどこの宿の入り口側の敷地だ。


 暗がりの中、俺たちの目の前には2人の人間が立っていた。噴水に設置された魔石灯にその姿が照らされている。


 ひとりは獰猛な視線と牙を剥き出しにして、凶悪な笑みを浮かべる獣人の女。くすんだ金髪から猫科を思わせる耳が覗いている。人間の女性に耳と尻尾をつけて、腕に獣の前足をくっつけたような姿だ。

 もうひとりはかなりの年を経た老婆。しわくちゃの顔に鷲鼻が、魔女というに相応しい雰囲気を漂わせている。黒に染まった丸メガネで視線は窺えない。初めて見るが、こちらの世界のサングラスだろうか。


 ここにこの2人がいるという事は、守衛はやられたということか。だとしたら決して油断していい相手ではない。

 何人で戦ったかは分からないが、少なくとも今目の前にいる2人はBランク冒険者以上の力は有していると見ていいだろう。

 それだけの雰囲気は感じ取れる。


「あんたがグレアをやったって言う黒髪の男だね」

「お主の目は節穴でござるか!」


 獣人の女はアミミを睨みつけながら憎々しげに唸った。アミミの口からすぐに否定の言葉が発せられる。


「ん? 黒髪の小僧……じゃないのかい?」

「失礼な! 拙者これでも可愛らしい少女でござるよ。胸は無いけれども。て誰がぺったんこでござるか! まだまだこれからでござる!」


 何言ってんだアミミは……。

 ひとりノリツッコミしてるアミミは放っておいて、俺は婆さんに視線を移した。

 きっとアミミは年寄りを気遣ってまともに戦えないだろうから、こちらは俺が受け持つことにしよう。


「お前さんが黒髪の冒険者かい。中々良い男じゃないさね」

「あるのかないのかどっちだよ……」

「あるに決まってるさね」

「調子狂うな」

「年寄りには優しくするもんさね。ヒヒッ!」


 老女は不気味な笑い声をあげるとふわりと宙に浮く。宙で足を組みながら、まるで指揮者のように指を巧みに動かした。


「さぁ、始めようさね。宝探しを」

「すまんが通してやる義理はない。ご老体はここでゆっくりと茶でも啜ったらどうだ?」

「ヒヒッ。あんた見かけによらず意地悪いね」

「いや、見かけ通りさ」

「!」


 老女は魔法の気配に気づくと素早く上昇した。

 一瞬後、誰もいなくなった空間を地面から飛び出した石柱が通過する。石柱は勢いそのままに真上へと伸び、老女を追尾した。


「ふんっ!」


 老女が気合の声をあげると迫る石柱が粉々に砕かれた。そのまま魔法を飛ばしてくる。

 俺は横飛びで攻撃を躱すと俺のいた地面が切り刻まれたように掘り起こされた。


「高速回転する空気の弾丸か」

「お前さん、ただの剣士じゃないね」


 老女は目をすがめつつ、厳しい視線で問いかける。教えてやる義理もないので俺は突進するように突き進む。

 老女は再び指先で指揮を執ると、今度は地面から鋭利な石弾が飛び出した。数十の石弾が俺めがけて殺到する。

 すかさず地面を隆起させ壁を作り出し全ての石弾を受け止めた。そのまま壁を破壊し、今度はこちらが石の礫を老婆へと打ち出す。

 老婆は両手を外側に向けると礫はまるで見えない壁に防がれるように、老婆の手前で粉々に砕け散った。


「む⁉︎」


 老婆の頭上から剣を振り切るとすんでのところで躱された。


「今度は風の防御膜。どうやら風と土属性が得意なようだな」

「その通りさね。しかし、あんたやるね。久々に本気を出せそうだよ」


 老婆はサングラスの位置を直すと、強烈な魔力を漂わせる。周囲の草木が魔力の波動に当てられて震える。


 俺は腰を落とし、油断なく剣を構えた。



「あっちはずいぶん楽しんでるようだね。あたしもあっちが良かったが、あんたで我慢してやるよ。さて、あたし達も早く殺し合おう(たのしもう)じゃないか」

「拙者はあまりそう言う趣味はないでござるが……。けれどリーゼを傷つけようとするのは見過ごせないでござる」

「ははっ! ガキが、一丁前に王子様気取りかよ」

「拙者は女でござる!」


 仕掛けたのはアミミが先。

 一足で互いの距離を詰めると至近距離で抜刀する。予想外の速さに面食らったイェーレだったが、すぐさま刀と自分の体の間に爪を滑り込ませる。


 本来なら気闘法により強化したアミミの刀、鉄だろうと両断できる威力を秘めているが、しかしイェーレの爪はそれを上回る。まるで鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた爪が、アミミの刀を受け止めていた。金属同士がぶつかるような甲高い音が響く。


「あはは。あんたを子供だと思って侮っちまったよ。だが、ここからは真剣にやる。せいぜいあたしに着いてきな!」


 イェーレが爪に力を込めると徐々にアミミが押し返される。元々の身体能力の差に加え、イェーレも身体強化を行なっているため、単純な力比べではイェーレに分があった。

 徐々に押され始めるアミミは足に力を入れてなんとか押し止まる。が、イェーレはもう片方の腕を振り上げると、アミミを切り刻まんとその爪を振り下ろした。


「そらよ!」


 間一髪、アミミは背後に飛びすさり一撃を躱す。


「もっと殺し合おう(たのしもう)ぜっ!」


 イェーレは四足歩行の体勢になると、足にグッと力を込める。解き放つまでは一瞬。

 気づいた時にはアミミの目の前にイェーレの姿があった。爪の一撃は切り裂くと言うよりも殴りつけるかのようにアミミへと突き出される。


「春雷」


 強化した脚力で一瞬にして互いの距離を離す。イェーレの拳が空を切った。と、間髪入れずアミミが次の攻撃動作へと移る。


「彼我一刀」

「んな⁉︎」


 初見であればほぼ避けることが敵わない攻撃。いきなり自分のいる空間に斬撃が発生するのだ。見て判断していては遅過ぎる、致命の一撃。

 しかしイェーレは野生の勘とでも言うべき直感にてアミミの斬撃を察知、体を大きく逸らすことで彼我一刀の効果範囲から抜け出した。


 一転して不利になったのはアミミ。彼我一刀は離れた位置から斬撃が来ないと言う心理を突いた技だ。逆に離れた位置に斬撃が飛ばせると言うタネが割れてしまえば、不意打ちはほぼ成功しなくなる。

 ゴーレムのように意識を持たない相手であったり、動きが鈍い相手であればそれでも十分に機能するが、しかしお互い素早い動きを繰り返す場合は剣を振るったところで当てるのが難しい。

 加えて技の初動を見られれば、どのタイミングで一撃が来るか読まれてしまうため、効果は半減してしまう。

 今のアミミにとって、現状を打開する手立ては非常に少なかった。


 イェーレはぺろりと舌なめずりしながら、目の前の相手の評価を上方修正する。ただ細かく考えるのは性に合わないため、大したことない奴から思ったよりやる奴程度の修正だったが。


「今のは驚いた。ちんちくりんでもやるもんだね」

「誰がちんちくりんでござるか!」


 地団駄を踏みながらアミミが怒りを露わにする。口喧嘩ではどうにもアミミの分が悪かった。


「あんたとこうして追いかけっこしてるのも楽しいけど、あたしも早く向こうの戦いに混ざりたいんでね。さっさと終わらせるよ」


 それは遠回しにアミミの実力がトールに劣っているということを示唆している。

 無論それは自身が一番分かっているが、それでも今相対しているのは自分なのである。それをまるで興味がないかのような言い方をされては、如何にアミミとて癪に触るというものだ。

 思わず刀を握る手に力が入るが、流派の教えを思い返して、冷静さを取り戻した。


 実力でイェーレに劣っていることは、先程の攻防で理解した。力、スピードどちらにおいてもイェーレに劣っている。だが届かないほどの実力差でないこともまた、先程の攻防で分かっていた。


 静かに息を吸い、そしてゆっくりと吐く。


 集中。全ての神経を目に集中させ、目の前の相手の一挙手一投足を観察する。

 再び、イェーレが足に力を込めると、アミミの視界からその姿が消えた。


 遅れてアミミの視線が上空へと向く。

 イェーレの姿は月光に照らされ、その瞳と牙がキラリと光った。天頂に達した獣は放物線を描き、とんでもない速さでアミミへと迫る。

 跳躍の勢いを得たイェーレの爪撃がアミミを射貫かんと突き出された。


 アミミは刀で爪を弾くと、イェーレの体は勢いに任せて地面とぶつかった。瞬間、イェーレの爪は整地された芝生を抉り取り、土塊を巻き上げる。衝撃の余波は攻撃を躱したはずのアミミの体を揺さぶった。

 間隙を挟まずもう片方の爪がアミミへと伸びる。

 アミミは必死に体を傾けながらその一撃を躱した。通り過ぎた爪の風圧が頬を叩く。


 体勢を崩したまま片手を地面につけ、イェーレから距離を取ろうとする。だがイェーレはそれに追いすがり、まだ地に足がついていないアミミを再びの爪撃が襲った。

 正確に顔面へと向けられた攻撃に、アミミの脳裏に死の一文字がよぎる。が、刀を挟み込み爪の一撃をなんとか受け止めた。それでも勢いまで殺しきれず、アミミの体は地面に叩きつけられ数回跳ねる。

 空中で体勢を整えると地面に足をつき、そのまま芝生の上を滑った。

 勢いが止まり、完全に静止したアミミの額に血が滲む。


 イェーレは立ち上がり、再び獰猛な笑みを浮かべ臨戦体制に入った。


 アミミは再び刀を構える。

 先程は空中での攻撃に、いなすことすら敵わなかった。

 力は圧倒的に相手が上。技術で凌ぐことはできるだろうが、それもいつまでも保たない。体力が尽きていずれ攻撃を受けきれなくなる。

 自分に切れる手札は少ない。身体能力で劣る以上、技や駆け引きで応じるしか勝ち目はないと自覚する。


 そして再びの猛攻が開始される。

 爪の一撃一撃を刀で受け切るが、防御を貫いてアミミの体へダメージを蓄積していく。このままではジリ貧。横薙ぎの一撃を体を沈めて躱しながら、前転で続く攻撃を避ける。すぐさま背後に刀を回し、イェーレの回し蹴りを凌いだ。


「さっきから防御しかしねぇのか。もうお前には飽きちまったぜ。だからさっさと死んじまえよ」


 イェーレが片手を後ろに引いた体勢で静止する。まるで弦が限界まで引き絞られた弓のように、全身に力を溜め込んでいるのが分かった。

 次の一撃は凌ぎきれない。


 アミミは鞘に刀を収めると抜刀の構えを取った。


「はっ! その技は通用しねーって分かってんだろ。言っとくが、あたしはこの状態でも動けるぞ」


 アミミは静かに息を吐く。そしてイェーレの一撃が飛び出す前に刀を振るった。

 だがイェーレは言葉通り、腕を後ろに引き絞った状態でバックステップを踏む。


「だから効かねーって言ってーー!?」


 背後に飛び退ったイェーレの体を、アミミの一刀が切り裂いた。イェーレの体から鮮血が舞う。

 しかしギリギリで体を捻ったことで、何とか致命傷は免れていた。こと戦闘においては既に、イェーレの勘の冴えは予知に近いレベルに達しつつあった。

 しかしそれは相手の動作などから次の行動を予測するもの。イェーレの獣人ならではの特性を持ってしてできる芸当だが、今回は相手の動作と攻撃位置が噛み合わない。それが逆に、イェーレの勘を狂わせる要因となっていた。

 今までとはまるで違う攻撃に、心の中で焦燥が広がっていく。迂闊に飛び出せばやられる可能性さえ感じられた。


 アミミが再び刀を納める。

 イェーレは身構え、どんな攻撃にも対応できるよう身構えた。


 繰り出される一閃。

 アミミの刀が空を切る。

 お互いの間には三間ほどの距離がある。アミミの刀では到底届くはずもない距離。しかしその距離が今や意味のないものだとイェーレは理解している。

 極限の集中の中で、アミミの振るった刀の行先を追いかけた。


 変化は……なかった。

 アミミは彼我一刀を、使わなかった。


 それこそがアミミの策であり、この戦いの活路であった。


 アミミがイェーレに勝つ方法は2つ。ひとつは相手が避けられない速度で彼我一刀を放つ。しかしこれはイェーレの速度が上回っているため、今のアミミでは及ばない。

 もうひとつは、彼我一刀をブラフに相手の隙を突くこと。基本の能力で劣っているアミミがイェーレを倒すには、最早この方法しかなかった。


 技を知られて通用しないと思い知らされたアミミが、考えた末に至った結論。

 彼我一刀はあくまでひとつの技でしかないが、しかしその使い方やタイミング次第で次手が無数に広がる一手だった。

 アミミは冷静に、現状を把握し王手をかけるまでの道筋を構築していく。


 納刀した刀を再び振り抜く。

 今度は一閃がイェーレを襲う。しかし予期していたためギリギリでその攻撃を受け止めた。

 すぐに肉薄しようと動き出すが、それよりアミミの動作の方が早い。続け様の一閃が放たれた。

 斬撃はイェーレの進行方向。このまま進めば切り刻まれると急制動をかける。位置とタイミングを巧みにコントロールすることで、こちらの動きを阻害する一手だった。


(この攻撃、近づけないじゃないか)


 イェーレはあっという間に膠着状態にまで持ってきた目の前を相手に、苛立ちを感じていた。圧倒的優位に立っていた状況が少しずつ覆されようとしている。

 戦いよりも何よりも、イェーレが欲しているのは勝利。勝つことこそが全てであり、その過程はどのようなものでもいい。だから追い詰められる今の状況が許せなかった。


(もういい。余力を残すのはやめだ。さっさとこいつを片付けて、ババアと2人であっちを殺る)


 イェーレは全身から闘気を発する。両手両足の筋肉が肥大し、服が張り裂けそうなほどパンパンに膨れ上がる。剥き出しになった牙が鋭さを増し、鋭利さを増した爪が妖しく光る。


「お前はさっさと殺られろ。ここで終わりだ」


 まるで獣の唸り声のような声音が力を感じさせる。

 肥大した体と立ち昇る闘気が周囲の空間を歪ませた。


 イェーレはその場で地面に向けて攻撃を加える。

 突然の不可思議な行動に、一瞬アミミは何をしているのか理解ができなかった。弾かれた土塊が向かう先は噴水。土塊は噴水にぶつかり、灯っていた魔石灯ごと粉々に砕いた。

 その光景を見てイェーレの意図を察する。


 続けての土塊がアミミに向け打ち出されると、刀と体捌きで全てを凌ぎ切った。しかし背後の屋敷にぶつかった土塊が、屋敷を照らす魔石灯を破壊せしめた。

 土塊が着弾する前、光が消えるまでの僅かな間で、アミミは彼我一刀を放つ。咄嗟の攻撃。位置を計算する余裕すら与えない状況に、しかしそれを予期していたイェーレはアミミの剣閃を危なげなく躱した。

 そして全ての光源が光を失った。


 唐突に訪れた暗闇。

 人間は暗闇に不慣れだ。しかし獣人であるイェーレにとっては逆。彼女の獣人としての特性は夜目が効く。おあつらえ向きに、月すら雲に隠れてくれた。

 光源のないこのフィールドはいまや、猫化の獣人であるイェーレにとっての独壇場。そして闘気を解放した今の速度は、先ほどまでの比ではない。

 今この場に至っては、初見殺しの最強の暗殺術。


 アミミは完全にイェーレの姿を見失った。振り切られた刀が虚しく天を衝くだけ。だが、それももう終わりだ。

 一瞬で背後に回ったイェーレは、迫る小さな少女の背中を眺めながら、束の間の殺し合いを懐かしんだ。

 初めは大した相手ではないと考えていたが、予想外に食らい付き、最後は自分に迫る勢いを見せた。だが今回の任務はまだ残っている。さっさと殺して任務の達成に臨まなければ、後で何を言われるか分かったものではない。

 生きていれば今よりもっと強くなっただろう小さな命が失われることに、些か名残惜しさを感じながらも、イェーレはその背中に自らの爪を突き立てた。


「残影、煌刃」

「⁉︎」


 目の前にいたはずのアミミの姿が霞んで消えた。そしていつの間にかイェーレに相対したアミミが、続け様に刀を斬り下ろす。だが肉体が限界まで強化された今のイェーレは不意をついた一撃すら躱し切った。

 しかし次の瞬間、アミミの刀は強烈な光を撒き散らした。


 突然の閃光に、暗闇に慣らしたイェーレの瞳がアミミの姿を見失う。

 だがスピードは自分が上。任意の場所を切る剣技も、納刀から抜刀の一連の動作に移る前には避け切れる。足に力を込めアミミが納刀する前に動き出す。


「彼我一刀」


 気づけばイェーレは膝をついていた。切り上げの勢いで血が舞い飛ぶ。自らの血を見て自分が斬られたのだと理解した。

 しかし今の一瞬では納刀して抜刀するまでの時間はなかったはず。今のイェーレの速さであれば、その隙に避けることは十分すぎた。


 視界が再び開けた時、アミミの姿を見て悟る。


「はは。お前、刀納めなくてもそれ使えんのかよ」


 その言葉を残してイェーレは意識を手放した。


「返す刀でこの技を放ったのは初めてでござるよ。拙者にとってもできるかどうか、賭けでござった」


 アミミは戦いが終わったことを理解すると、刀の血を飛ばして鞘に収める。そして深く息を吐いた。


「感謝するでござる。お主との戦いで、拙者は少し強くなれたでござるよ」


 そう小さく感謝の言葉を述べた。


「それにしても」


 パタパタと羽音を響かせながら、ワシがアミミの肩に着地する。


「お主も結構な初見殺しでござるな」

「カァ」


 そうしてアミミとワシは、お互いの健闘を讃えあうのだった。


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