34.聖女再び
リロイの店を後にした俺たちは、再び往来の波に身を投じた。
時刻は夕刻に差し掛かろうという頃合い。まだ陽は出ているが、徐々に地平の彼方へとその一端が飲み込まれつつある。
それでも種々多様な人種が行き交うこの都市は、さすが貿易都市だと改めて感じさせられる。
この世界では夜が長い。時間的な意味ではなく比喩的なものだ。それは街路灯など夜間に出歩けるだけの設備が整っていないところも多いためである。加えて元の世界に比べ治安が悪く、そこらにゴロツキがいたり、大きな都市になると大体スラムがひとつや2つは存在している。
夜にランプや蝋燭を持って出歩こうものなら、襲ってくださいと言っているようなもの。そう言った意味で、夜間暗い中出歩くのは避けられており、必然的に人々の夜は長くなるのである。
勿論冒険者達が集まるような町では遅くまで店が開いていたり、俺のクラン本拠地である交易都市も治安や町中の整備が行き届いているため、夜でも客商売が盛んに行われている。
それなりに栄えた町では十分に安全が配慮された上で、夜でも商売がなされているのだ。
そしてこのエウレタリアも例に漏れず、街路灯が等間隔で並んでいた。魔石灯と呼ばれる種類のもので、術者が魔力を注ぐことで7、8時間は灯りが灯り続ける優れものだ。
ただし魔力を込めるのは人の手が必要なので、これくらいの時間になると魔石灯に魔力を注ぎ込むべく専門の職員が町中を回る。まるで昔のガス灯に火をつける点消方のようである。
今も魔石灯に灯をつけるべく、職員の姿がちらほらみられた。
そんな光景を眺めながら、しかし特に目的地もないので、とりあえず俺たちはホテルへと足を向ける。
「あっ!」
少し進んだところでアミミが声を上げた。
何事かと俺たちは足を止めてアミミを見る。
「そういえば屋台に寄るのを忘れていたでござる」
確かにアーリアおすすめの食事処へいく時に屋台の話はしていたが、食事を終えてからすっかり忘れていた。
何せあの店で3人はしっかりと別メニューまで平らげていたのだから。俺ひとりその光景を眺めるだけと言うのは、やや心にくるものがあった。
「お前さっきも2皿分くらい食べてたろ。晩飯食べれなくなっても知らねーぞ」
「それは問題ないでござる。あの甘い香り、絶対美味しいやつでござる。甘いものは別腹だと昔の偉い人が言ってたでござる」
昔の偉い人。一体どんな言葉を後世に残しやがったんだ。
しかも絶対それ元の世界の人間だろ。
どこの国の人間か知らないが、同郷の人間の残した言葉に若干の同族嫌悪を感じながら、しかし気にしないようにする。
「ダメでござるか?」
アミミは潤んだ目で俺を見上げつつ、小動物のように小首を傾げた。おかっぱ頭の髪がさらりと重力に傾く。艶めく黒髪が光を反射し、赤らんだ頬が妙に情熱的だった。
残念なことに、相手がアミミである以上色っぽさはこれっぽっちも感じないが。
とは言え自分より年下のそう言う仕草に、兄心がくすぐられるのか、どうにも心が揺り動かされてしまう。きっとこういうところがヘイスに年下の子女に甘いと言われる所以だろう。
「アミミはこう言ってるが、どうだ?」
今俺とアミミはあくまでリーゼの護衛。
そんな中勝手な行動を取ることはできない。まあ頼む時点でもう勝手な行動なのだが、しかしリーゼは笑って頷いた。
「お嬢様が問題ないと言うなら、護衛の私も従わざるを得ないな。ではその屋台とやらに行ってみよう」
「場所は町の入り口からまっすぐ進んだ場所でござるよ。ここから大体の位置なら匂いでわかるでござる」
「お前の鼻一体どうなってんの?」
若干の呆れを含みながら、俺は力なく突っ込むことしかできなかった。
何せアーリアも一瞬涎を拭っていたので、どうやら行く気は満々のようだ。
女子は甘いものに弱いと言うが、この世界でもそれは同様で、アーリアのような武人であっても変わらないらしい。ついでにやっぱりアーリアも女の子なんだなと妙に納得してしまった。
「トール君。今変なことを考えなかったかな?」
俺の視線に気づいたのか、アーリアはニコリと満面の笑みを俺に向けて来る。その笑顔の下は全く笑っていないのが透けて見えた。
この後思った通りに話をしたが、勿論アーリアに打たれて俺は屋台へと引きづられていった。
その時のアーリアは、少しだけ頬に朱がさしていたが、きっと夕日に照らされてそう見えただけに違いない。
「やっぱり美味しかったでござるな!」
「さすがアミミですね」
アミミとリーゼが仲良く手に持ったクレープを頬張りながら、お互いに頷き合う。その表情はとても楽しげだった。
アミミが見つけたと言う屋台。
そこには元の世界と遜色ない、クレープが売られていた。名前はクルプーと記載されていたが、恐らくクレープが訛ったものだろう。
具材もアプーやイチゴなどの果実、そこに純白の生クリームが乗せられている。チョコレートは流石にないようだが、バナナのような果実も見受けられ、色とりどりの果実が鮮やかだった。
かと思えばしっかりと惣菜クレープも置かれているらしく、ボアの肉を煮つけたものや、フレーク状にしたエッギルの肉と野菜を合わせてくるんだものまで用意されている。
晩飯は本日宿泊予定のホテルに食堂があるとのことなので、小腹を満たす程度にひとりひとつずつクレープを購入した。
今更ながらに思うが、アミミはいいとしてもこの世界の女子は健啖家な人間が多い気がする。それも世界の仕組みの違いが関係しているのかもしれないが。
勿論戦闘職である冒険者などは食事でエネルギーを賄う分大食漢になるのだと思う。しかしギルド職員の受付嬢のような普通の女性と以前食事をした時は、そんなことはなかった。
つまりある程度レベルが高いとそう言う傾向になるのではないかと考えている。
とは言えリーゼのような貴族のお嬢様も結構な量を食べているので、絶対とは言えないが。大食漢はどこにでもいるということか。
そんなこんなで仲良くクレープを食べながら先行く2人を眺めながら、俺とアーリアも隣り合わせでその後を追う。
ホテルまでの道行は既に共有されているので、2人も迷うことはないだろう。
「すまないな。私ひとりの護衛ではこうもお嬢様を楽しませることはできなかったと思う」
「まあ護衛としちゃいささか失格かもしれないがな。けどアミミも満足そうなんで良かったよ。旅をしてる間は同世代と関わる機会なんて少ないからな」
そんなことを話しながら、俺はアルティスのことを思い出す。
赤い髪が特徴的な自称聖女。まだアミミと近い年齢の女の子で、アンデッドロードを倒す際にお互い力を合わせた。
まあアルティスは主に見学で、実際に戦ったのはゲロカスコンビだったが。
とは言え彼女らと別れてはや数日。ノノもこの旅についてこれず、男と一緒の旅でアミミがどう思っているのか。正直なところ、不安も多い。
小さい子の面倒くらいなら妹の面倒を見ていたので問題はないが、侍童女とは言えやはり年頃の女の子。男の俺では色々とカバーできないことや悩みなんかもあるだろう。
だが肝心な時に頼れるものがいない。
そう言った点では、今リーゼのように歳の近い同性がいるのは色々と話ができることも多いのではと思う。
護衛なので短い期間ではあるが、その間だけでも普通の関係性でいて欲しいものだ。
アーリアも心強い。俺よりきっと年齢は下だろうが、どこか頼れるお姉さん感を匂わせる。何故か俺より年下だろうが『君』付で呼ばれるし。
2人は周囲の色々な店を見て目を輝かせている。こういう光景を見ると、普通の女の子だと改めて感じさせられた。アミミは主に飲食店に対して目を輝かせていたが。
「トール君達はどうして旅を?」
「ずいぶん突っ込んだ質問をするんだな。まあいいが。……そうだな。俺は世界を見て回りながら色々な料理を食ってみたいからだな」
「料理を……。それはまた面白そうなことを考える。村間、町間、都市間を行き来するだけでも、相当に労力がかかるというのに」
アーリアの言う通り、交通網や移動手段が発達していないこの世界にとっては、遠方への旅は非常に困難を極める。
商人のように交易で資金を得るならまだしも、旅をしながら旅費を稼ぐのは並大抵のことではない。初めから十分な資金を用意していればいいのだが、そんなことができるのは貴族や豪商のように金を持っている奴らだけ。
庶民がおいそれと真似しようと思っても真似できることではない。
ただ冒険者であれば話は別。冒険者は一ヶ所に留まらず、各町を流れるものも多い。そして多くの街に冒険者ギルドは存在し、小さなことでも何かしら依頼となる困りごとがあるものだ。
例えば庭の雑草を狩って欲しいや屋根の修理をして欲しい、薬草を取ってきて欲しい、村の周辺に住み着いた獣を討伐して欲しいなど。
簡単に言えば冒険者とは何でも屋。何も魔獣を狩るだけが冒険者の仕事ではない。
ただ魔獣は人々に被害を及ぼすことが多いため、討伐依頼=冒険者の仕事と思われることも多いと言うだけの話だ。
「まあ資金はあるから問題はないさ。それに冒険者であればどこに行っても何かしら金になる仕事はある。困ったら冒険者ギルドに行けば資金の足しにはできるからな」
「何だかそう言う自由な旅というのは面白そうだな」
そう言うアーリアの表情はどこか物憂げだった。
リーゼの護衛、貴族の側仕え。自由にならない自分の生き方に苦悩しているのだろうか。
考えたところで分からないし意味はない。俺は無理矢理自分の妄想を振り払った。
すぐにいつも通りのキリッとした表情に戻ったアーリアは、再び旅の話を振ってくる。
「次はどこに行く予定なんだ?」
「そうだな。アミミとはまだ話してないが、次の目的地はアールシェイドにでもしようかと思ってる」
「アールシェイド。砂漠の自治区域か。あそこには独特な風習や、様々な掟があると聞く。そして砂漠という過酷な環境ならではの料理も多いそうだな。途中の過酷な環境を考えるとあまりお勧めしないが、君とアミミ君なら問題ないのだろう」
「俺もアールシェイドにいった事がないからガイドは必要だけどな。けど行ったことがない、見たことがない景色を自分の目で見るってのが、旅の醍醐味だからな。世界にある色々な景色を自分の目で見るってのは、そこそこ感動できるぞ」
「そう……か。それはちょっと羨ましい。私もいつか、そう言う旅をしてみたいものだ」
今度は先程のような憂いはなく、しっかりと前を見据えた表情だった。美しく凛とした、そんな言葉が彼女には似合う。
アーリアにとってそのいつかがいつになるかは分からないが、きっとその時隣にはリーゼも一緒なのだろうと、それだけは分かった。
「トール殿」
「何だ?」
俺がアーリアの横顔を眺めていると、アミミから声がかかる。
眉を顰めてどこか不服そうだ。
「アーリア殿に見惚れるのは良いでござるが、さっきから呼んでいるでござるが」
失敬な。別に見惚れているわけではない。
ただ凛々しい横顔が美しかっただけだ。
とまあそんなことは口に出さないが。
「はいはい。で、どうしたんだ?」
「えと、あれをみて欲しいでござるが……」
アミミはどこか歯切れの悪い言葉で指を刺した。
少しずつ沈みかけた陽のせいで、周囲は魔石灯がすっかり灯っている。魔石が放つ光が周囲を柔らかく包む中、往来の人間側あまり近寄らな場所。ぽっかりと穴が空いたような空間がそこにあった。
そこには檻が設置されており、中には数名の人間が囚われている。中にいるものは皆力無くうなだれており、その瞳に生気は感じられない。
この町にもあるのかと少々驚くが、あれは紛れもなく奴隷。しかも周囲の人間が気にかけていない事からも、これが容認された光景であることがわかる。
交易都市では物品のような形あるものだけでなく、労働力のような形ないものまで売買の対象になる。もちろん就職やバイトなどと言った軽い話ではなく、それよりももう少し悪辣ではあったが。
それが奴隷。借金や犯罪を起こしたことで人としてのの権利を売った者達。
「あれは奴隷だ」
「奴隷でござるか?」
「ああ。金がなくなって最終的に自分自身を売った人間だ」
俺もあまり奴隷と言うのは好まないが、しかしこの世界で生きていくにはやむを得ない事もある。もちろん騙されて奴隷にさせられたり、我が子を売ると言う胸糞悪いことが起きているのも事実。
だがそれらの人間に手を差し伸べられるほど、俺の手のひらは大きくない。
この世界で生きてきて、今でこそ不自由はないが、一歩間違えればあの檻の中にいたのは自分だったかもしれない。
「いえ、奴隷云々ではなくーー」
アミミが言葉をつづけようとして、何が言いたいのか理解した。いや、あちらの方から理解させられたと言えばいいだろう。
「ああ゛ーーーーーーー!?!? トーーーールぅぅぅぅ!!! だーーーずーーーーげーーーでーーーー!!!!!」
檻の中から伸ばされる手。ボロ衣を纏った赤髪の少女は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、必死に懇願する。
そう。その檻の中にいたのである。俺とアミミが知る人物。
「何やってんだ? アルティス」
俺とアミミは半眼になりながら、自称聖女の少女を見るのだった。
少し見ないうちに変なことになってる聖女様。
はてさて、聖女様は助かるのか?それとも奴隷としてムフフな展開になるのか?
次回を乞うご期待。




