33.水晶館
食事を終えた俺たちは軽く町を散策することにした。
流石の賑わい、往来の人々に紛れてゆっくりと歩を進める。
「あまりこのあたりの地理には明るくないんだが、何かおすすめの店とかはあるか?」
俺はグルメガイドのネタとなる情報がないかアーリアに訊ねた。
グルメガイドは別に食べ物だけを載せてもいいが、周辺の情報もあると、見た人たちがこの町に訪れたい理由が増える。この世界はまだまだ情報が手に入りにくい環境なので、少しでもそう言った部分を俺の作ったガイドマップで補えればと思った。
アミミの地図も合わせて載せれば旅行ガイドみたいな感じになりそうだが、それはそれでいいのではと思う。
「この辺りだと武器屋があるな。あと防具屋も中々の品揃えだ」
何となく嫌な予感がしたので、俺はさらに訊ねてみる。
「他には?」
「そうだな。私がよく使っている道具屋もこの辺りだ。見に行くか?」
思った通り。
どうやらアーリアおすすめの店というのは、冒険者が好むような店ばかりのようだ。護衛ということも影響しているのだろうが、きっとアーリアは脳筋タイプに違いない。
「もう少し落ち着いた店とかはないか? おしゃれな雑貨屋とか」
「雑貨屋? 普段そのような店にはあまり行かないからな。旅の合間に立ち寄る程度ではそう言った店にはあまり立ち入らないのだよ」
なるほど。確かに買い物に来ることが目的でなければ、大して周辺の店を見回ることもない。
アーリアの立場なら武器や防具、道具類が揃えられれば十分なのだろう。脳筋なんて言ってすまなかった。心の中で謝っておく。
とは言え他に何もないのも困りものだ。どうしたものか。
「ならあの店を見ても構いませんか?」
リーゼが指さしたのは一軒の店。そこそこ年数が経っているであろう外観は、この街路にあってよく周囲の風景と馴染んでいた。
窓際には小さなクリスタルの置物が並べられており、窓から差し込む陽の光に照らされている。どうやら何か動物を模した置物のようだ。遠目にもその技量の高さが窺えるというもの。
しかし開け放たれた扉から覗くのは、カウンターで店主が頬杖ついている姿だ。どうやら他に客はいないようだ。
「そうですね。ではあの店に参りましょうか」
三人でリーゼを囲むように移動しながら、人混みをかき分け店の前へとたどり着いた。
店内にはやはり客がおらず、店主は暇を持て余しているようだ。
眼鏡をかけた優男で、やや頬もこけて不健康そう。目元の隈も目立っているが、何より目立つのはぴんと先が尖った長耳だ。どうやらこの店主はエルフのようだ。
エルフは森の妖精と謳われる部族で弓を得意とするものが多い。さらに頭の回転が速く長生きできることから、知識量も普通の人間より豊富なことが多かった。
そんなエルフの店長は、頬杖つきながらチラリとこちらに視線を移す。
そしてはぁとため息をついた。
よく分からない反応をするなと思いながら、俺たちは店の中に足を踏み入れる。すると店主の表情がみるみる明るくなり、耳をぴょこぴょこさせながらカウンターを乗り越えて駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ〜! いやー、久々のお客さんだよ君たち!」
その反応だけですでに帰りたくなってくる胡散臭さだ。しかしリーゼは微笑みながら店主と会話している。
「このお店はどう言ったお店なのですか?」
「ああ。これは失礼。つい嬉しすぎてはしゃいでしまいました、可憐なレディ」
「まぁ。お上手ですね」
リーゼと一緒にいると、会話の内容が大人びているため10歳と思えなくなってくる。これが貴族の実力ということか。
「いえいえ。この店はですね、水晶細工のお店です。水晶を様々な形にカットし、ペンダントや細工物、置物に加工して販売しております。例えばこれです」
「小さいでござる。これは鳥でござるか?」
「鳥のようですね」
男が取り出したのは鎖に繋がれた小さな青い水晶。ただの水晶では無く鳥のような形に成形されており、くるくると回転するたび光が乱反射してキラキラと輝いた。
「そちらのお嬢さんも興味を持ったようですね。その通り。これは鳥を模したペンダントなんです。ちょうど着物のお嬢さんの肩にいる、その鳥のような感じですね」
「カァー」
アミミの肩にいるワシに気づいた店主が、笑みを浮かべながらペンダントとワシを交互に比較する。ちなみにワシとは食事処を出たところで合流済だ。
確かに小さくわかりにくいが、よく見るとペンダントトップに付けられた水晶はしっかりと鳥とわかるように細かい細工がなされていた。羽を広げた形で、その一枚一枚が細かく刻まれている。
勿論羽毛の一本一本まで細かにというわけではないが、それでも元のサイズが小さい水晶でここまで細かな造形を作り出すのは驚きだ。
「私はこのような動物を模した置物を、水晶を使って作っているのです。窓際や棚にも色々と飾っているので、よかったら手に取ってみて行ってください」
「わぁ」「おおぅ!」
アミミとリーゼは煌びやかな置物に興味を持ったのか、それぞれ思い思いの造形のもとへと向かっていった。
リーゼは棚に置いてあるペンギンのような動物の置物を手に取って様々な角度から眺めている。
アミミは窓際の少々大きめの水晶、あれはアングリーベアだろうか。元の世界の木彫りのクマより禍々しい迫力の彫像を繁々と見ていた。
「それにしても見事な細工だな。この店は長いのか? 店は結構年季が入っているようだが」
俺は店内を見回しながら尋ねる。外観と同じく、店内の壁や棚、天井は趣や年代を感じさせる。しかし決して汚れているではなく、古さを感じさせながらもよく手入れが行き届いていた。
「いえ。始めてから3ヶ月くらいです。このお店は空き店舗になっていたところを借りているんですよ。ですが中々売れ行きは良くなく、もう店をたたもうかと悩んでいたところです」
店主は頬を掻きながら自嘲気味に答えた。そのまま視線を街路へと向けて、どこか遠い目をしながら口を開く。元から暗かった店主の表情がさらに沈んで見えた。
「店先まではお客さんもくるんですが、何故か店内まで入って来ないんです。こうして商品を見てもらったのも久しぶりのことで」
一見すると商品の魅力はとてもあると思う。それを見もしないで帰られるとしたら、余程入りづらい要因があるのだろうか。
店内を繁々と見回す。そして改めて店長に視線を移した。
「うん。問題はあんただろうな」
「私……ですか?」
この店長、頬杖ついていたのはまだいいのだが、明らかに顔色が悪い。頬もこけて不気味と言えなくもない風貌だ。
水晶をディスプレイしているからか、幻想的な雰囲気にしたいのだろう。店内の明かりはランプひとつだけということもあり、より暗い印象を与える。
一見すると黒魔術の儀式道具を扱っているように見えなくもない。水晶という組み合わせがまたそのイメージに拍車をかけていた。
それと、これはどうしようもない問題だが、彼がエルフだからというのもあるだろう。
エルフは亜人の一種と考えられているため、どうしても忌避感を抱く者も一定数いる。
そんな種族的特徴まではどうしようもないが、それでも店主を明るく見えるようにするだけでも効果はあるはずだ。
「ほい。これを飲め」
俺が空間収納から取り出したのは体力増強のポーション。怪しげな黄色い液体がなみなみ入ったフラスコのような瓶を店長に渡した。
店長は無理矢理渡された怪しげな薬を、目を白黒させながら眺める。
「これは……まさか体力増強のポーションですか?」
さすがエルフ。ポーション類はそのほとんどが薬草などを原料として作られている。そしてエルフは薬草に関する知識が非常に豊富だ。
そもそもポーションの作り方はエルフから流れてきたとさえ言われているため、寧ろ知っていて当然だったかもしれない。
「その通りだ。さすがエルフだな」
俺のエルフという言葉に店主は若干表情を曇らせるが、すぐに元の困惑した表情に戻る。
「ですが、これはおいそれと買えるような代物ではありませんよ」
「一杯あるから気にするな。と言っても気にするんだろうがな。まあこれは俺の気まぐれだとでも思ってくれ」
「しかしーー」
「いいんだ。代わりと言っちゃ何だが、あまり距離を置かないでもらえると助かる。まだまだエルフに対して忌避の視線を向けるものも多いと思うが、皆が皆そんなわけじゃないからさ。これだけいいものを作ってるんだ。だから堂々とここで商売して、次またきた時にもっとデカくなった店舗を俺たちに見せてくれ」
「冒険者さん……。私はリロイと申します。お名前を伺っても?」
「俺はトール」
「拙者はアミミでござる!」
何故か横から飛び込んできたアミミが俺を押しのけ元気よく声を上げる。
「ははは。本当に面白い方々だ。ですが、私もそういう出会いに憧れてこの町に来たのです。そして今日は良き出会いに恵まれた。精霊王様に感謝いたします」
リロイは胸に握り拳を当てて瞑目した。きっとこれがエルフなりの神への祈りなのだろう。
ちなみにエルフは神を信仰しておらず、精霊信仰なので祈る対象は精霊王というわけだ。
他にも便りや息災を伝えたい時などは風の精霊、健康を祈る場合は火の精霊など、願いによって対象が異なるのも面白い風習である。
暫くして目を開けると、先ほどまでの暗い表情は幾分かマシになっていた。どうやら気持ちによるところも大きかったようだ。
「私はリーゼと呼んでください」
「私はアーリアだ」
「トールさん、アミミさん、リーゼさん、アーリアさんですね。覚えました」
すかさず自己紹介するあたり、リーゼは社交性が高い。流石だな。
「じゃあさっさとそれ飲んでくれ。それと、この店は陽光が中まで取り込めないから雰囲気自体が暗い。もう少し店内を明るくしないとお客が怯えて寄り付かないぞ」
パチンと指を鳴らすと天井から吊り下がったランプの灯が強くなり、店内を照らす光が広がった。別に何か魔法を使ったわけではない。元々使われていた魔導ランプの光量を調節しただけだ。
それだけで光を反射して店内の水晶がキラキラと光り輝いた。
「綺麗でござるな」
「色とりどりの光が眩いです。何とも幻想的な光景ですね」
2人の語彙力の違いを噛み締めながら、今度アミミに勉強を教えてやろうと決意する。
「これは……」
「暗いランプでも魅力的だがな。客商売ならまずは入りやすい見せ方をしないと」
「いやはや手厳しい。ではお言葉に甘えまして、こちらも頂きます」
リロイはポーションを一息に呷ると息を吐く。
飲み終わったリロイの表情は劇的に変化していた。改めてその表情を見ると、痩けた頬は艶々、ふっくらと様変わりしており、目の下の隈も無くきりりとした目元になっていた。
眼鏡のブリッジを押し上げ位置を調整すると、先程の暗い印象を与えた優男が、理知的なメガネ男子に生まれ変わっていた。
エルフということもあり元々容貌が非常に整っている。先ほどまで3徹後のサラリーマンだったのが図書館のイケメン司書といった雰囲気に様変わりだ。
「これが同一人物だとは俄かに信じられんな」
アーリアが驚きのあまり絶句するほど、先程の風貌が嘘のように変わっていた。
「いえいえ。私は昔から近所では評判の美男子でしたからね。これくらい普通ですよ」
そう言いながら長い髪の毛をサラッと靡かせる。勿論キメの目線も外さない。
「何だか無性に腹が立つな」
「私は感謝しておりますよ。トールさんには色々とお世話になって、何だか気持ちが軽くなったようです」
そう言いながらリロイはくるりと体を回転させ、キラキラと身体中で光を反射する。
全くイケメンオーラを振りまきやがって、親切にしたことを若干後悔しそうになった。
「え、えっと。お店、開いてますか?」
店の入り口を潜ってきたのは妙齢の女性2人組。茶髪にボブカットの女性と、薄紫色のウェーブの掛かった長髪の女性。共に若干頬を赤く染めながらおずおずと店内の様子を伺っている。
女性たちに気づいたリロイが俺たちに礼を告げ駆け寄る。
「はい。絶賛営業中ですよ」
「え、ええええとーー」
リロイの美貌に当てられたのか、女性たちはますます顔を赤らめて爆発しそうな雰囲気だ。だがどうやら接客はうまく行っているようで、次第に動揺もなくなりスムーズに会話が成立してきた。
するとアミミが俺の隣にピタッとよってくる。
「トール殿、残念でござったな」
「どうせ俺はイケメンじゃねーよ」
「そんなことないでござる。拙者はリロイ殿よりトール殿の方が好みでござるよ」
「私もです」
そう言ってリーゼも俺の隣に寄り添ってくる。
童女たちに囲まながら、慰められる大人とはなんとも滑稽な姿だ。2人の好意に、俺はますます複雑な気持ちになるのだった。
「先程はすみませんでした」
接客が終わったのか、女性たちは2人仲良く店内を見回っている。手の空いたリロイは俺たちの方に戻ってきたわけだ。
「別に構わないでござるよ」
「どうしてお前が言う」
ぺしりとアミミの頭に軽くチョップを落とす。
「いえ。トールさん達には色々とお世話になってばかりで、お礼のしようもありません。ですので、気持ちばかりのお礼としてこちらを差し上げます」
そう言ってリロイが差し出したのは、最初に見せてくれた鳥を象ったペンダントだった。
青、赤、黄、緑と4色それぞれのペンダントが差し出される。
「エルフの言い伝えでは鳥は幸運を運ぶものなのです。それぞれの水晶にも意味があり、赤は健康、青は勉学、黄は金回り、緑は平穏と言われています。あなた方にこれらの幸運が舞い込まんことを願っております」
アミミが青、アーリアが赤、リーゼが緑をそれぞれ手に取る。
「…………」
3人の女性陣の視線が黄色のペンダントと俺を交互に行き来する。これ絶対わざと残したやつに違いない。
俺は渋々黄色のペンダントを受け取った。
「トールさんは黄色ですか。ではお金持ちになったら再びこの店にお越しください。今度はちゃんと買ってもらいますから」
そう言ってリロイは朗らかな笑みを浮かべた。さすが商売人。随分と強かだ。
店に入った時とは大違いな様子に、つられて俺も笑みをこぼす。アミミ達も揃って、皆笑顔になっていた。
「すみませーん」
「はーい」
また別の客が入ってきたようだ。
リロイは今一度俺たちに深く頭を下げると、新たに店内に足を踏み入れた客のところへと小走りに向かった。
俺たちはほっこりした気分を抱えながら、店を後にするのだった。




