31.エビフライ&ハンバーグ
目の前に出された料理。
熱々に熱された鉄板の上におわすのは大きな塊。その塊を覆い尽くさんばかりにたっぷりと黒い濃厚なソースがかけられている。鉄板に落ちたソースがじゅうじゅうと音を立てながら、熱気と共にうまそうな匂いを周囲にバラまいていた。
その塊の隣には狐色の衣を纏った一本の棒状のもの。キメ細やかな衣が細長い体をびっしりと覆っており、先端からは赤い尾を露出させている。まだ熱が残っているのか表面はパチパチと油が爆ぜていた。
それは見間違えようもないほどに、ハンバーグとエビフライ。元の世界で子供の大好きを詰め込んだような一品だ。ハンバーグに国旗はついていないが、それがあればお子様にも受けること間違いなし。
しかしそこそこ長くこちらの世界で暮らしていたが、今まで知ることがなかったのはどう言う訳だ。
アーリアの言ではこの店は新しいと言うほどの年数ではないそうだし、それであればもっと広まってもいい気はする。となると、味がそこまででもないのだろうか。
「これがフライブルクだ。挽いた肉をこねて塊にした後、時間をかけて丁寧に焼く事で旨みを内部に閉じ込め、食べた瞬間口の中で閉じ込められた旨みが広がるのだ。表面にかかったソースもまた絶品で、様々な具材の旨みがこれでもかと溶け込んでいる。さらに隣の揚げたものはこの地域では珍しい海産物を使っている。表面のサクッとした食感とその表層を抜けた先にある噛み応えのある身が非常に相まっており、この肉に掛かった黒いソースにつけて食べてもいいし、別に盛られたやや酸味のある白いソースにつけて食べても美味しいのだ。さあぜひ食べてみてくれ」
アーリアの熱弁に俺たちは口を開けてポカンとする。料理を持ってきたウサギの亜人も苦笑いを浮かべていた。
ウェイトレスはパンの入ったバスケットをテーブルに置くと、『ごゆっくり!』と全力の応対で次のテーブルへと注文を取りに去っていった。
改めてフライブルクという料理名を考えると、ハンバーグとエビフライ、この2つの料理の後ろの文字が取られたのだろうことが容易に推測できた。
エビフライのフライと、ハンバーグもとい、ハンブルグのブルグが訛ってブルク。この両方を合わせてフライブルクという訳か。
「さあさあ。熱いうちに食べてみてくれ。お嬢様もどうぞ」
俺はアーリアの勧めに従って、ナイフとフォークを手にハンバーグへと切り込みを入れる。流石にミンチになっているので何の肉かまでは判別できないが、恐らく魔獣の肉だろう。
切った断面からは特に肉汁が溢れることはなく、見れば肉がぎっしりと詰まっている。前の世界でハンバーグは中に空間があってふっくらした方が肉汁が溢れ出て美味しいと聞いたことがあるが、このフライブルクはそうでは無いようだ。
俺は一口大に肉を切り分けると、期待を込めながらそのかけらを口へと運ぶ。濃厚なソースが舌の上に広がり、小さな肉がその上を転がった。俺の歯が肉の断面をギュッと押し潰す。
ほわぁーーーーーーーーーー
柔らかい。ミンチにしているからそれは当然だ。だが肉。しっかりと肉。噛めば噛むほど肉!
先ほど断面から肉汁が溢れない理由が分かった。溢れ出るべき肉汁が、全てこのミンチの中に詰め込まれているのだ。だから噛むほどに肉の旨みが口中に広がり、濃厚な脂が溶け出してくる。しかし脂はソースに絡め取られてだらだらと口の中に残ることなく胃の中へと落ちて行く。
ごくりと音を立てて飲み込むと、一瞬の余韻が広がり、しかし全ての旨味が食道を通っていったのが感じられた。
「何じゃこりゃぁ! 美味しすぎるでござるぅ!」
隣に座るアミミがその場にいる他の面々の気持ちを代弁する。ちょっと口が汚いので後でお説教だ。
しかし思わずそんな言葉が口をつくほどこの肉は美味い。だから俺はアミミを攻めやしない。アミミがいなければ俺が口にしていたかもしれないから。だからと言って説教は不可避である。
俺は叫びたくなる気持ちを抑えつつ、次にエビフライへと取り掛かる。ナイフでさっと切り分けると、サクリと音を立てて細かな衣が飛び跳ねた。切り分けた断面は赤い。どうやら俺が知るエビとは違うようだ。名前そのものがエビでは無いし、こちらの世界での呼び名も知らないので、そもそもが全く違う食材なのかもしれない。
フォークを刺しただけでしっかりした弾力が手に伝わってくる。
俺はフライを恐る恐る口に運んだ。
サクリ。ブシャァ。
どこかの果物の妖精が発する言葉のように、旨みの飛沫が口の中に振り撒かれた。肉とはまた違った海の旨み、と言うのだろうか。
エビよりも濃厚で濃い味わいが暴れまくっている。さっと別添のホワイトソースを追加で口の中に運ぶと、爽やかな酸味が濃厚な旨味をまろやかにしてくれた。タルタルソースより甘味と酸味が強く、このフライの強すぎる身の旨味と合わせることで絶妙なバランスとなる。
「美味しぃっ! こんなのお城でも食べたことがありませんわ。この衣も軽くて美味しいですが、何より中の具材が素晴らしいです。噛んだ時の弾力は物凄いですが、その表皮を抜けるとサクリと言ってもいい歯切れが心地良いです。極め付けはその味。恐らく何も下味はつけていないのでしょう。ですがこの身にはギュッと旨味が詰まっていて、噛めば噛むほど舌の上に旨味の暴力が襲いかかってきます。味付けなんて必要ない。仄かに漂う磯の香りと蓄えた栄養分だけで十分。ただその身を食べるだけで一品の料理と化してしまう、これはそんな食材です」
……何このお嬢様。
どこぞの評論家かと思うような解説に、正直驚きを禁じ得ないのだが。というよりさらっとお城とか言ってるが、この国でお城を持っているのは公国のトップであるインダール公だけなので、さりげなく正体をバラしてしまっている気がするんだが。
いや、ひょっとすると他国の可能性もある。深入りすると面倒なので、今のは聞かなかった事にしよう。
「そうでしょうお嬢様。私も最初にここの料理を食べた時は同じような反応をしましたよ。本当にここの料理は素晴らしいのです」
アーリアもリーゼの反応に納得している。
同じような反応って、一体今までどのような食生活を送ればこの様に饒舌な言葉が飛び出すのだろうか。
アミミなんて『美味しいでござる!』しか言わないぞ。とても同じくらいの年齢に感じられないんだが。
「そう言えばリーゼは今いくつなんだ?」
「ね、年齢……ですか? 今年で10……になります」
まだ俺は警戒されているのか、どこか恐る恐ると言った言葉遣いでリーゼは答えた。先程までの言葉遣いを聞いた後では違和感しか感じない。
と言うかアミミより2歳も年下なんだが。そっちの方が受け入れ難い事実だ。
「美味しいでござる!」
……まさに頭の中の想像通りの声をあげてアミミが叫ぶ。ほんと語彙力ないなこいつは。
「ふむ。トール君はあまり態度に出ないのだな。この料理を食べると大抵アミミ君やお嬢様のような反応をするものだが」
「……まあ2人の反応を見て冷静になった、と言う感じだ」
「ははは。そうか。確かに周りが大袈裟な反応をすると、途端に自分を振り返って冷静になることはあるな。だが美味い料理の前では時に理性などかなぐり捨てる事も必要だぞ。裸に、そう、裸になれ! 抑圧された理性を解放させれば新たな扉が見えるはずだ。つまり美味いものは美味いと素直に口にすればいいと言うことだ」
途中アーリアが何言っているのかちょっと分からなかったが、美味いものは美味いと言えばいい。それには俺も同意できる。
俺はもう一口肉を口に運び料理の旨味を噛み締める。美味い。目を閉じて舌にだけ意識を集中させると、より素材の味を楽しめる気がした。
口の中だけで小さくうまいと呟く。
ふと周りのテーブルを見ると、店内は混雑しているが、俺たちと同じようにフライブルクを頼んでいる客はいない。
そもそもこれだけ美味しければもっと町中で同系列の店が流行っててもいいし、国外で広まっていてもおかしくない。何よりこの店にももっと客が押しかけるのではないだろうか。
俺はそんな疑問をアーリアに尋ねてみる。
すると返ってきたのはひどくシンプルな答え。
「うむ。このフライブルク、とびきり美味いのだがやや値が張ってな。まず食材となる魔獣が珍しいのだ。肉の方はドッグブルと言う大型のイヌの様な魔獣で、北方の山岳地帯に生息している。あの辺りは峻険な山々と年中氷雪に覆われているため、専門の狩人でなければ狩猟が困難だ。そしてこのフライの方は、南洋の海域にのみ生息するというディープブラッド。Bランク相当に数えられる魔獣だが、海という特殊なフィールドに加え、かなり深い場所にしか生息できない為、討伐難度はAランクに指定されている。その為確保が非常に難しく、日に一皿用意できるかどうか。今日は事前にこのくらいの日程で店に来ることを伝えていたので4人分用意してもらえたが、突然訪ねてもまず食べることはできないだろう」
「ちなみにこの一皿でおいくらでござるか?」
「金貨1枚だ」
「ぶふっ!」「そ、それは高そうでござるな……」
俺は口の中の物を思わず吹き出しそうなるのをすんでのところで堪える。
アミミはちゃんと理解できていないらしいが、金貨1枚と言えば、元の世界で一皿10万円。高いなんてものじゃない。コース料理でも数万円すれば高級だ。それが一皿、しかも内容はエビフライとハンバーグ。
確かに美味さでいうと他では味わえない料理だったし、先程の話を聞けば高いだけの理由は納得できる。また食べたいかと言われれば正直食べたい。勿論それは俺がそれを食べられるだけの金があるから。
だが庶民にとっては別だ。これだけの金額を払って一皿を食べるなら、数ヶ月の食費に使うし、もっとグレードを落とした店を何軒も回る方がいいだろう。
うまさ=食べたいには直結しない。外食には金額と味の妥協がついて回らざるを得ないのだ。
元の世界の某有名グルメサイトでは、高い店は評価も高いが、安い店でももっと評価が高いところも多い。それは金額と味の妥協の末に、それぞれの人が持つ評価基準をどれだけ上回れるかが影響するからだ。すなわち、食べる者の懐事情とうまさの評価基準はある程度相関する。
高い=うまいは当たり前。多くの人は安い=うまいを求めてしまう。金銭的余裕から高い店はそもそも評価対象外になる者が多いからだ。
もし庶民が普通に高級店に通えてしまえば、それが味の評価基準として成立してしまう為、安くてそれなりの店に満足できなくなる。だが果たして、それは幸せなのだろうか。
つまり何が言いたいかと言うと、この世界でも庶民が食べられる範囲の店は限られており、その中で店ごとに創意工夫を凝らしてうまい料理を提供している。俺の目指すグルメガイドは庶民をターゲットとしている為、このフライブルクを掲載するのは難しいだろう。
とは言えそういった料理があることを知って、興味を持ってもらうことも必要だ。憧れというものは様々な行動の原動力になりうるからだ。
「アーリア。他の料理も頼んでいいか?」
「む。他の料理か。フライブルクで満足できなかったと言うのか?」
「いや、これはめちゃくちゃ美味い。けど珍しすぎてそうそう食べられないだろ。だからまた今度来た時に食べられるメニューがあれば、それを食べに来れるかと思っただけだ」
「ふむ」
まあ実際はグルメガイドにこの店を載せるには他の料理がないと難しいからと言う理由だったが。アーリアにそこまで説明する必要はないだろう。
フライブルクはインパクト担当として、もう1、2品くらいは紹介できる料理が欲しいところだ。
「ははは。すまんが私はフライブルク以外の料理を知らん。だからレリィに聞いてくれ」
他のメニューを食べたことがないとは、逆になぜこの店に来る様になったのかを教えてほしい。
とにかくアーリアは力にならないので、名指しされたレリィに聞く事にする。とは言えレリィって一体誰だ。
すると先程の会話が聞こえていたのか、俺たちの席に料理を届けてくれたウサギ耳の亜人がひょっこりと現れた。
「呼ばれました⁉︎」
「呼んだでござる!」
いきなり声を張り上げられたので、丁度背中を向けていたリーゼがびくりと体を震わせる。何故か呼応したアミミの声にも反応してさらに体を跳ねさせていた。
「丁度こちらのトール君がこの店の他のおすすめ料理を知りたいと言ったのでな。教えてもらおうと思った」
「わっかりました! 他のおすすめ料理、教えちゃいますよー!」
そうしてレリィから他のおすすめ料理を教えてもらう。
ディープブラッドに比べ安価に仕入れられる魚介類を用いたフライ盛り合わせや、海と陸の魔獣肉をミンチにして混ぜ合わせたものを、小麦粉を水で溶いた生地に混ぜ入れて焼いたクレープの様な料理。そしてピルケスでも食べたエッギルの煮込み。
そのうち各店のエッギルの煮込み比較なんて企画を行ってもいいかもしれない。
レリィの紹介してくれた料理はいずれも美味しそうで、余裕があれば注文してみたいものばかりだ。だが今は支払いがアーリア持ちで、すでに金貨1枚の料理を食べている。これ以上強請っては強欲に過ぎると言うものだ。
今度来た時にでもまた頼むとしよう。
「折角だし料理も頼むか?」
アーリアの提案に一瞬心が揺れる。だがクエストの報酬まで結構な額をもらう約束をしている。何でもかんでもクレクレではそれこそ冒険者の品位が下がると言うものだ。今更感はあるが。
「いや。これ以上迷惑をかけるのもなんだ。遠慮しておくよ」
「拙者は頼みたいでござる!」
「ああ。構わないぞ」
あれ? せっかく遠慮したのに意味ないぞ。
アーリアもそれで良いのかと突っ込みたくなったが、快諾したところを見ると問題ないのだろう。
まあアーリアが問題ないのならお言葉に甘えさせてもらおう。
「トール殿はいらないでござるから3人分で良いでござるか?」
「え?」
「そうだな。トール君は良いみたいだから、3人分で十分だろう。お嬢様はいいですか?」
「あれ?」
「そうですね。私も食べてみたいですから、3人分にしましょう」
「あれれー?」
「では3人分ご用意いたします!」
言うや否や、レリィはピューッと厨房の方へとかけていく。
3人はこれから来る料理にワクワクしているのか、楽しそうに話をしていた。
暫くして料理が運ばれてくる。
俺は3人の食事風景をつまみに、フライブルクのソースを綺麗に平らげたのだった。




