29.新たなクエスト
翌朝。
窓から差し込む朝日に顔を顰めながら、アミミは目を覚ました。直ぐに自分が今ベッドに寝ていることを認識すると、昨日のことを思い出す。
初めは薄ぼんやりとしていた記憶が、しばらくすると徐々に像を結び始めた。確か襲撃者たちを撃退した後、矢に射抜かれた肩をアーリアが治療してくれると言った。そこまで思い出して、しかしその後がどうなったか思い出せない。
実際アミミは意識がなかったのでそもそも記憶がないのだが、それでもどうなったかを考える。
結局答えが出ないことに悶々としながらも、ひとまず今の状況を理解することに頭を切り替えた。
木造りの部屋にはベッドの他に水差しの乗ったテーブルや服をかけるための壁掛けなどがある。逆に言うとそれ以外のものは何もない、簡素な作りになっていた。
壁掛けにちょうど自分の着物がかかっているのを見て、アミミは今の自分の防御力が非常に心許ないことに気づく。胸にサラシは巻いているがそれだけの様だ。
だが着物を取るにはベッドから素早く出て戻らなければならない。何故なら窓が開け放たれているから。
外に気配はない。大丈夫。今飛び出せば誰にも見られることなく着物を取れる。大丈夫。大丈夫。
意を決したアミミはベッドから飛び出すと、
「春雷」
神速の動きで壁際まで移動し、素早く着物を回収。一瞬で窓から中を覗けるエリアを越えてベッド脇まで戻ってきた。そしていそいそと着替えを始める。
しかし一体今の状況はなんなのか。ただ自分がこうして無事なところを見ると、襲撃者は撃退できたと言うことなのだろう。
4人の襲撃者と村人を操っていた人間。それらを始末した事で問題は解決したのだと判断する。
そんなことを考えながら上着を羽織っていると、キィと音を立てて扉が開かれた。
そこに立っていたのはいつ通りの格好をしたトール。
2人の視線が交錯し、一瞬の静寂が訪れる。
「悪い。着替え中だったか。朝メシできたから着替え終わったら早くこいよ」
それだけ言ってぱたんとドアを閉めた。
アミミは数秒間、上着を羽織った半裸の状態で動きを止めたまま、直ぐに自分の今の格好を再確認する。みるみるうちに顔を赤くすると、声にならない悲鳴を上げた。
服を着付け村長宅の居間に来たアミミは、トールの姿を見つけるや否やげしげしとその足を蹴りつける。ダメージは全くなく、寧ろアミミの方が痛みを被っているが、しかし止めることはできない。
何より自分の半裸を見て、なんの反応も見せなかったトールに対して怒りが沸々と湧いてくる。
自分はこんなに恥ずかしい思いをしているのに、何故トールは全く平気なのか。その反応の薄さに、理不尽だとわかりつつも行き場のない感情をぶつけるしかなかった。
「悪かったって。それに俺はロリコンじゃないから、別にお前の体見ても欲情なんてしないから安心しろ」
そのトールの一言に、今までとは別種の怒りが爆発し、ますますトールを蹴る足に力が込もる。
そんなアミミの様子を見て、アーリアは助け舟を出した。
「今のは間違いなくキミが悪いよ」
「俺が悪いのかよ」
勿論トールにではなくアミミへの助け舟だ。
「当たり前だ。乙女心を無碍に扱う輩はどの世界でも害悪だよ」
「ううむ……」
納得できないながらも、しかし自分の言葉でアミミを傷つけたのは間違いないようだ。トールは改めてアミミに謝罪をした。
「アミミ。すまなかった。ノックもせずにお前の部屋に入った俺が全面的に悪かった。だから許してくれ」
「それは勿論悪いでござる。でもそういうのではないでござるよ。トール殿はもうっ! もうっ!」
「……」
トールはどうすればアミミの機嫌が治るのか見当もつかなかったので、堪らずアーリアに助けを求めるが、アーリアは肩をすくめるだけで何も口にはしなかった。
暫くして体力を消耗したアミミは、肩で息をしながらトールから顔を背けると、朝食の置かれた空いた席へと座った。
トールはアミミのその態度に溜息をつきつつ、自分も空いた席へと座る。
同様にアーリア達も着席した。
「ひとまず朝食を取ろうか。スープも冷めてしまっては美味しくなくなるからね」
アーリアの一声で皆が朝食に手をつける。
朝食はパンと芋のポタージュスープ、村で取れた野菜のサラダだ。
アミミは未だ機嫌が悪く、無言でただ黙々と朝食を取る。トールはその様子を気にしながらも、しかし何を言えばいいか分からず黙ったままだった。
そんな2人の様子にアーリアは苦笑を浮かべる。
「そう言えばアミミ君は昨日の顛末を知らないだろう。あの後何があったか、それと今後について説明させてくれ」
アミミはその言葉に食事を取る手を止め、アーリアの方へと顔を向けた。
「アミミ君は昨日のことをどこまで覚えている?」
「トール殿が離れてから襲撃してきた残りの3人を討ち取ったところまでは覚えているでござる」
「そうか。キミは敵からの矢で毒を受けてしまった。処置をするため私が鎮静の魔術をかけた事で、意識を途絶えさせたのだろう」
「物凄く眠くなったのは覚えているでござる」
アミミはアーリアの言葉に頷きを返した。予想はしていたが、あの時の眠気はやはりアーリアが原因だったのかと納得する。
「そのまま矢を抜いてしまっては多くの血を失っていただろうからね。それにかなりの痛みもあった筈だ。あの時はそれが最良だと判断した」
「アーリア殿。感謝するでござる」
きっと自分ひとりなら矢を引き抜いてそのまま動けなくなっていただろう。状況の把握と行動と、足りないものが多すぎることを実感させられる。
「トール君を庇うつもりはないが、アミミ君が意識を失っている間、彼はずっとベッドのそばでキミを見守っていたんだよ。キミはトール君にとても愛されている様だね」
その言葉にアミミはさっとトールの顔を見た。が、トールはただ無表情でスープを啜るだけだった。
否定も肯定もしないその態度に、アミミはその言葉が真実だったのだろうと判断した。すると先ほどまで胸のあたりでモヤモヤしていたものがすっと消えていった気がした。
笑顔になったアミミを眺め、アーリアは柔らかい笑みを浮かべる。どうやら今の言葉でアミミの機嫌は直った様だった。
「で、トール君には既に話してあるんだが、私たちと一緒に首都セレスタリアまで来て欲しいんだ。勿論護衛という形でだが」
その言葉を聞いてアミミは首を傾げる。確かに昨日の襲撃は自分とトールで何とか撃退に成功したが、そもそも馬車の護衛に他に冒険者たちがいたはずだ。
そのことを口にすると、アーリアは特に感情を浮かべることなく淡々と答えた。
「彼らは昨日の襲撃で命を落とした様だ。村長諸共、部屋で殺されているのが見つかったよ」
「!」
アーリアの回答にアミミは目を見開いた。
彼らも冒険者。不足の事態に対応できるだけの実力を備えているはずだが、それでも命を失ってしまった。
アミミから見ても決して彼らが弱い冒険者たちだと思わなかった事から、この依頼が非常に困難を極める可能性を感じ取る。
僅かながらの不安を瞳に浮かべながら、アミミはトールを見た。
アミミの視線に気づいたのか、トールはその後を引き継ぐ。
「俺も聞いたのはそこまでだ。肝心な話を聞いていないが、その依頼の危険性と報酬はどうなんだ。勿論、そこで謀る様な真似をすれば、仮に引き受けても即座に依頼は中止だ。それとできるだけの情報を出せ。じゃなきゃ引き受けるものも引き受けられないからな」
トールの問いかけにアーリアは黙り込む。
暫く考えた後、静かに口を開いた。
「分かった。だがここで聞いたことは他言無用でお願いしたい」
「最もだな。で、相手は何で、俺たちにどうして欲しい」
無遠慮なトールの言葉にも不快感を示す事なく、アーリアは淡々と今回の件を説明する。
「もう分かっていると思うが、護衛の対象はこちらにおわす、リーゼシュタット・フォン・レイシェント様。依頼内容は首都セレスタリアまでの護衛。そして出来るなら、セレスタリアでの護衛だ」
アーリアの紹介で少女はキュッと居住まいを正す。真剣な表情でトールとアミミに視線を向けた。
トールは瞑目しながら静かに呟く。
「期間は?」
「セレスタリアに着くまでの道中と、向こうについてからはおおよそ1週間ほどだ」
「なら10日程度か。相手は?」
「恐らく闇クランの連中だ」
「……闇クラン。それは俺たち個人に頼むより、冒険者ギルドか国に持ちかける話じゃないのか?」
「……」
アーリアはその問いに応える事なく、ただトールを見つめるのみだった。
クランは各国に共通して存在するギルドが統括管理を行っている。冒険者ギルド以外にも商業ギルド、鍛冶ギルド、医療ギルドなど、様々な職業の上にそれを管理するためのギルドが存在している。それら職業で商売を行うには、須くギルドに所属して許可を得る必要があった。
しかし中にはギルドに所属せず不正に商売を行う人間がいる。身元の保証が確かでない者や、かつてギルドに所属していたが追放された者、後ろ暗い理由を持つ者など理由は様々だ。それら非正規の人間達を総じて闇と呼び、複数人が徒党を組んだ場合に闇クランと呼ばれる。
つまりはギルドに所属しない違法集団だという事だ。
ギルドの中に暗殺者ギルドと言うものは存在しない。今回襲撃してきた者達は、動きや手際から考えても間違いなくその道のプロだ。
そういう奴らは国の暗部で動くもの達か、闇クランが違法な依頼を請け負うパターンがほとんどだ。そして今回は後者だという事なのだろう。
本来であれば闇クランが動く様な話はギルドを通して複数人の冒険者が依頼を受けて対応する、或いはクランが合同で対処するケースが多い。何故なら相手は組織だって行動しているからだ。
俺も以前クランのクエストで闇ギルドの討伐に参加したことがあるが、その際もかなりの人数を集めて対応した。闇クランの人間はひとりでも逃せばまた組織を立ち上げる可能性がある。
不用意に力を削るのではなく、殲滅する必要があるのも闇クランの厄介な点だ。
また闇に落ちる者は手練れが多いことからも、個人で立ち向かうには非常に危険が大きい相手であった。
「あんたも分かってるだろ? 闇クランの危険性が」
アーリアは何も答えない。
闇クランの悪行は挙げれば枚挙にいとまがない。そしてその残忍性も一級品だ。その危険性や残忍さもピンキリはあるが、それでも大抵は世のため人の為からかけ離れていることが多い。
一方アミミは、闇クランがなんなのか知らないため、2人の話にポカンとした表情を浮かべていた。
「トール殿。よく分からないのでござるが、危険な相手ということでござるか?」
「ああ。現に俺も、昨日村人を操っていたやつを取り逃した」
「何と!」
アミミはその言葉に驚きを隠せなかった。
ミスリルの巨人の時も、今回の襲撃でも、トールはいつでも余裕を持って敵と相対していた。アミミからしてもその底は一向に見えず、まだまだ力を隠していることを感じさせるものだった。
そんなトールが取り逃してしまうほどの実力を持つ相手が属している。それだけでこれがどれだけ危険なクエストなのかをアミミは理解した。
「事情があって大事にはできないってところだろうが、それじゃ護れるものも護れないぞ。相手は組織だ。アーリアが強いのも分かるが、個の力では対抗できる限界がある。その上で受けろというのは、その娘に死ねと言ってるのと同じだぞ」
「!」
トールの言葉にリーゼシュタットは表情を強張らせた。不安を浮かべながらも、しかしそれを無理やり押さえ込んでいるようだった。
アミミはリーゼシュタットの表情に、ある種の覚悟を見た。死を受け入れているわけではないが、それと隣り合わせであることを認識している様な表情。
勿論トールもその様子を理解しており、年端もいかない少女がそんな表情を見せる現実に嘆息する。
トールはアミミはに目を向けた。アミミもすぐに気づいて、トールを見つめ返す。
その幼い瞳には確かな覚悟が宿っており、この依頼に対する答えが決まっている様だった。
トールは優しく、そして厳しい言葉をかける。
「アミミ。お前はどうしたい?」
それはアミミに決断を促す言葉。
その決断に、己が責任を持てと言う言葉。
気持ちだけでは何も救えない。力だけでも救えるものは僅かだ。トールはそれを知っている。今まで自らの判断で数えきれない失敗を重ねてきたから。
アミミにはきっと、そんな経験がほとんどないのだろう。その純真な瞳を見れば明らかだ。
この依頼を受ければきっと、人の暗い部分を多く見ることになるだろう。ともすればその瞳を黒く汚してしまうかもしれない。
しかしトールはアミミの覚悟を見て、それがどんな結果を齎すか見届けることを課した。そしてアミミもまた、そのことばからとトールの意図を察し、そして答えを口にする。
「拙者はこの依頼、引き受けたいでござる」
その言葉にアーリアとリーゼシュタットは目を見開いた。
ここまでの話で何ひとつ、この依頼が引き受けるに値する価値などないと理解しているからだ。報酬以上に危険が大きすぎる。下手をすれば命を失いかねない。
そんな依頼に対して、アミミが引き受けたいと意見を言った。驚くのも無理はない事だった。
そんなアミミの反応にトールは嘆息すると、白々しい笑みを浮かべた。
「うちのお姫様がこう言ってるんでな。仕方ないから引き受けてやるよ」
「……すまない、トール君。ありがとう、アミミ君」
そうしてアーリアとリーゼシュタットは深々と頭を下げた。2人ともに肩を小さく振るわせながら、暫くの間頭を上げることはなかった。
「所で報酬の話だがーー」
アーリア達が頭を上げた後のトールの言葉に、アミミはこれが冒険者かと感心と呆れが綯交ぜになった、複雑な表情を浮かべたのは言うまでもない。




