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28.襲撃②

 男を真正面に見据えながら俺も剣を構える。ブロードソードと呼ばれる幅広の剣だ。

 刀で戦うことも考えたが、拳を使う相手なら、攻撃を避けるよりも幅広の剣で受け止めるほうがリスクが低い。回避能力は落ちるものの、背後に護衛対象がいることを考えれば剣の方が妥当だろう。


「アミミ。村人達は任せた。俺はこいつを相手する。アーリアはその娘を守ってやれ」

「この少女に村人を任せても良いのか?」

「アミミはこれでも侍だ。冒険者で言えばBランク以上の力は持ってる」

「それは驚いた。では小さき侍ガールよ。私はこの場から動けない。村人のことは任せるぞ」

「承知でござる!」


 そうしてアミミは村人の鎮静化に、アーリアは少女の護衛にそれぞれ回った。

 俺は目の前の相手に剣を向ける。


「相談は終わったか?」

「ああ。お前の相手は俺がさせて貰う」

「そりゃあ良かった。男なら遠慮なくぶっ殺せるからな」


 獣人の男は踏み込むと背後に土煙を撒き散らしながら俺へと肉薄する。大した瞬発力に、俺は少しだけ瞠目した。

 男の拳が振われ、俺を狙い撃つ。

 まるで弾丸のような速さで打ち出された拳は、しかし当たれば遥かに高い威力を伴って俺の胴体へと打ち込まれる。

 だが拳が俺に到達することはない。間に剣を挟み込むことで男の拳を受け止める。


 暗がりで見えにくいが、手を手甲か何かで覆っているのだろう。金属と金属がぶつかり合う音があたりに響く。

 男は再び自分の拳を受け止められたことに、焦りではなく寧ろ喜悦の表情を浮かべる。その反応はこの敵対者がある種の狂人である事を物語っていた。

 こう言う手合いは禍根を残すと後々厄介だ。この場で仕留める方がいいだろう。


「オラオラ。どうした!」


 今度は連続で拳を振るう。

 しかし俺はその全てを剣で受け止め、往なし、弾く。その度甲高い金属音があたりに響くが、今現在それに文句を言ってくるもの者はいない。どうやら村人全員が操られているようだ。


 時折操られた村人が農具を振りかぶってアーリアに襲いかかるが、アミミが間に入ってあしらっている。

 峰打ちで弾き飛ばされた村人は、しかし吹き飛ばされた側から立ち上がり、また集団の中の一人としてアーリアたちに向かって歩みを進める。

 いくら峰打ちとは言え、このまま続けていては村人の体力がもたないだろう。今はまだ大の男共を相手にしているようだが、これが女子供、果ては老人にでもなれば単純な殴打でさえ致命傷だ。

 出来るだけ速やかに操っている人間を見つけ出し、村人を解放する必要もありそうだ。


 なかなか突破できない俺の防御に苛立ったのか、男は少しだけ腰を低く落とすと、今までとは比べ物にならない速度で拳を突き出した。


 ふっーー


 拳から伝わる圧力がそれまでの比ではない。

 恐らく瞬間的な爆発力を伴った拳。剣での防御が厄介と見て、武器破壊の攻撃に切り替えたのだろう。

 このまま剣で攻撃を受ければ剣をへし折られる可能性が高い。武器屋で買った使い捨て前提の安物の剣ではあるので、折れること自体に抵抗はないが、それによる隙が生じかねない。

 俺は男の拳に真横から剣を叩きつけた。僅かに軌道を逸れた拳が俺の顔近くを通り過ぎる。拳から生み出された風圧が俺の髪を揺らした。


 男は拳をいなされたことに驚愕を露わにしたが、すぐさま次の攻撃に移るため腰を捻りもう一方の拳に力を乗せる。

 が、その拳が振われる前に、男は体をくの字に折れ曲げた。そのまま数歩後ろへと後退りし、膝をついてその場に蹲る。


 口から涎を垂らしながら俺を睨みつける男に、俺は静かに歩み近づいた。





 男は何が起こったかわからなかった。

 先ほどまで自分が拳を振るい、目の前の黒髪の男は剣で防御に徹するだけ。些か防御が硬いことに苛立ちを感じもしたが、自分の方が優位に立ち回っていたはずだ。

 久々に男は、自身が高揚感で満たされていくことに気づいた。

 それに反して男の思考は非常に明瞭だった。手を休めることなく攻撃を繰り出し、どうすれば黒髪の男の防御を突破できるのか。

 フェイントを入れ攻撃の強弱をつけ、油断を誘い時には隙を見せる。そうして甘くなった防御を突き崩すべく、特大の一撃を打ちかます。


 全ては自分の手の上のはず。強者が弱者を葬るのに全力を尽くし、また弱者も全力で争い屠られる。その……筈だった。


 自分の攻撃が弾かれたところまでは知覚できた。しかし次の瞬間、気づいたら腹に強烈な痛みが駆け抜けた。

 思わず黒髪の男から後退してしまう。

 自身のプライドを考えればそんな腑抜けたことはあり得ないと断じただろう。だが身体は雄弁にその結果を物語っていた。

 男は、後退させられた。


 間違いなく何らかの攻撃を受けた。だが男は剣で自分の腕を弾いた。剣士である以上、そこから次の攻撃に移るにしても、剣を引く隙ができるはずだ。しかしそんな素振りは微塵も見られなかった。

 であれば、あの男にこれだけの威力を持った攻撃は出来るはずもない。


 だがそれは通常の剣士であったらの話。

 男は視線を向ける。そこには片手で剣を逆手に携え、もう片方の手は握り拳を作っている。

 その居住まいに男は見覚えがあった。


 過去男はさまざまな敵と相対したことがある。それはひとえに自身の力を高めるため。数多の敵を葬った中に、同じ様な闘法を取る相手がいたことを思い出す。

 それは宮廷騎士が、防御に重点を置いて戦った際見せた闘法。片手の剣を盾の様に使い相手の攻撃を無効化し、もう一方の拳で相手を攻撃する。威力の高い剣ではなく拳で敵対者を無力化すると言う、宮廷式護帝拳術。盾を失った騎士が、それを補う様行う戦い方だった。

 あの時騎士を殺すことは出来たが、ターゲットを始末するには至らなかった。護りきられてしまった。

 唯一自身が辛酸を舐めさせられたクエストで、今でも心に深く刻み込まれている。


 目の前の男もその時と同じく、護帝剣術を使っている。

 しかし以前より確実に自分は強くなった筈だ。それが男の拳一撃で、後退させられてしまった。それはつまり、相手が自身より格上である事を意味していた。


 自分の頭の中で激しく警鐘が打ち鳴らされる。このまま戦えば無事では済まない。

 しかしそれは男の欲求を抑えるには、あまりにも小さな理由。

 さしたる役目も果たすことはなく、男は口を拭いながら静かに立ち上がり、そして拳を構える。


 その顔には今日最大の喜びに満ちた表情が浮かんでいた。ひとり子供を攫ってくるだけ。詰まらない、他愛もないクエストだと思っていた。

 だがこうして強者と出会えた。それも恐らく、自分が今まで戦った中で最も強い相手。望外の喜びであり、人生最後には相応しい。


 せめて一撃を叩き込む。それさえ叶えば本望。

 その緊張感を感じ取ったのか、目の前の男が言葉を発する。


「あんたは根っからの悪人であり、根っからの武人の様だな」


 ならーー


 そう言って、黒髪の男は剣を上段に構えた。護りの剣ではなく攻撃の剣。自分の覚悟を汲み取ってくれたのか。


 何という喜び、何と言う吉日。今日という日に感謝を、神に、全人類に叫びたい。この感情を少しでも誰かに話してやりたい。

 だからこそこの拳は雄弁に語る。目の前の男にだけ向けた、自分の全てのメッセージを。


 ふっと男の姿が揺れ、黒髪の男との距離をゼロにする。先手必勝、攻撃こそ最大の防御。より早く、より激しく、この拳を相手に叩きつけた方が勝つ。

 そして男の拳は、目標に届くことなく空を切った。何をされたかは気づかなかった。ただひとつ、自分が斬られたことだけは気づくことができた。


 男の胸から下が袈裟掛けに切られ、上半身はずしゃりと地面に横たわる。夥しい血液が溢れ出て、見る見る男の体を赤く染めていった。


 男は動けない体で空を見上げる。今まで強さのみを追い求め、空の景色なんて気にかけたことはなかったが、その時ばかりは妙に美しく思えた。消えゆく灯火で、男は唇を動かす。


「ああ。なんていい日だ……」


 それが獣人の暗殺者、グレア・ペイルの生涯最後の一言となった。





「トール殿……」

「……一先ず敵のリーダーっぽいヤツは倒した。他に弓を射ったヤツと村人を操っているヤツ。最低でも2人以上は残っている筈だ。油断はするな」


 アミミは小さく頷くと油断なく刀を構えた。

 俺も周囲に気を配りながら、残る敵の気配を探る。

 周りにいる中で一際気配が大きい、つまり実力のある人間は3人。いや、極端に薄いがもうひとり、計4人がいる様だ。


 先程の男がやられて若干動揺が走っている様だが、それでも引く気はないらしい。


「アミミ。気配から村人以外で3人、強い奴がいる。そいつらの相手を任せても大丈夫か?」

「拙者でも気配をよめる相手、早々遅れはとらぬでござるよ。それにアーリア殿もいるから問題ないでござる。トール殿は村人を操っている人間を追うでござるか?」

「ああ。済まないが少し任せた」

「承知でござる」


 そしてトールは人垣を超えて宙を舞うと、そのまま暗闇に溶け込んだ。


「トール殿が移動したからか少し相手の緊張が緩んだでござるな。そのまま時間をかけてくれれば有難いのでござるが」


 言ったそばから暗闇に乗じて矢が放たれる。それはアーリアを狙ったものだったが、アミミが難なく弾き落とした。


 続けて左右から再び矢が放たれ、アミミは一閃、返す刀でもう一本の矢を弾く。矢が届かないことが分かったからか、今度は村人たちが幽鬼の様に近づいて来た。

 いくら歩みが鈍いとはいえ、大勢に囲まれてしまっては対処が難しくなる。そしてあまり手荒な真似ができないとなると、無力化するのも難しい。


 すぐ近くまで来ていた男が農具を振り下ろした。刀で受け止め男の腹を蹴り飛ばす。数人を巻き込んで少し離れた場所まで吹き飛んだ。

 その隙をついて再度、今度は三方向から一斉に矢が飛来する。


「斬波! 春雷!」


 ほぼ同時に飛来した2本は斬波による水の防壁により弾き飛ばした。捌くのが遅れたもう1本は、勢いを落とすことなくアーリアめがけて飛ばされる。

 しかしそこからアミミは尋常ではない速度で矢に追いつくと、アーリアの間に入り込み刀の切り下ろしで矢を砕いた。


 春雷は高速移動を可能にする歩法で、気闘法の基本のひとつである。雷の属性を身に帯びることで移動速度を上げる、基本であり奥義である技術だった。

 通常のアミミの移動速度では到底矢に追いつくことなどできないが、一瞬だけ移動速度を上昇させる事で矢を追い越し無力化した。

 しかし春雷は達人でも長時間の連続使用は非常に負担が大きいため、瞬間的な移動に限定し小刻みに使うのが一般的だ。アミミの春雷ではそこまでの練度がないため、どうしても連続使用は難しい。

 その為同じ様な攻撃が繰り返されると対応が厳しくなってくる。


 トールから託されて大丈夫と返事した以上、そう簡単に下手を打つわけにはいかない。自身の中にじわりと焦燥が広がるのを感じた。

 取れる手段は2つ。こちらから打って出るか、或いはトールが戻るまで耐え忍ぶか。


 前者は相手との距離を詰める以上、短時間での制圧は難しい。相手は3人、しかしお互いが対極の方向に陣取っており、いずれかひとりへの攻撃では他2人の攻撃を食い止めることができない。

 かと言って耐え忍ぶにしても、春雷の繰り返しの負荷に体が耐えられない。


 考えを巡らせているアミミに再度の矢が飛ばされた。時間差で全てを食い止めることが難しい、計算された攻撃。

 出来るだけ広範囲に斬波の飛沫を広げて2本の矢を迎撃しつつ、もう一度春雷で加速し今度はアーリアの背後の矢を防ぐ。


「侍ガールよ。キミが無理し過ぎずとも、私も十分対応できる」

「だ、大丈夫でござる!」


 無理をしているのが見えたのか、アーリアから声がかかる。

 確かにアーリアにひと時の防御を頼むのもひとつだった。間違いなく、アーリアの方が腕は立つ。それはアミミも理解していた。だがそれをしてしまえば、この場を任された自分の立場がない。

 アミミはトールからの期待に応えようとするあまり、気持ちが空回りしていた。その所為で本来の力を出しきれないでいることに、本人すら気づいていない。


 それから数度、同じ様な攻撃を弾きながら、村人を牽制する。幸いなことに女子供や老人はあまり向かってこなかった。

 しかし状況は圧倒的に不利。そもそも人数の差が多すぎる。村人に対して気を配りつつも、いつ来るかわからない矢の攻撃を警戒するというのは、思った以上に気力、体力が消耗する作業だった。

 知らぬ間に疲労が溜まり、精神がすり減らされ、そして訪れる致命的なミス。


 再び放たれた矢にアミミは反応する。


「くっ。春雷ーーっ⁉︎」


 膝が折れる。次の足が出ない。

 ペース配分、力の分配。戦闘経験の乏しさが露呈した瞬間だった。自らに迫る矢は弾き返せる。だがアーリアに迫る矢までは対応できない。


 咄嗟の判断。

 意識などしていなかったが、その無意識が逆に雑念を払い、不要な情報をアミミの中から排除した。


 “彼我一刀”


 どうあっても届かない距離を一刀で詰める。離れた矢を斬撃で弾き返し、そしてもう1本を弾き飛ばす。

 残った1本は自らの研鑽の足りなさが招いた結果。甘んじて受け入れた。

 矢は嫌な感触を残して深々と肩に突き刺さる。しかし今のアミミにはそんな痛みを感じる余裕がないほど、意識が一点に集約されていた。


 敵の位置は把握している。その姿は見えている。

 空にいるワシが、夜目を効かせて3人の襲撃者の姿を完全に捉えていた。

 であれば、今のアミミにとって距離は無意味。

 一刀、二刀、三刀と続け様に3度、その場で刀を振るい、そして全ての襲撃者をその場に斬り伏せた。

 暗闇から小さく襲撃者たちの悲鳴が聞こえる。手加減はしていないが死んではいないだろう。今のアミミに出せる精一杯は、その程度の威力。

 自身の未熟を改めて、深く実感する。


 しかしまだことは終わっていない。まだ周囲には村人が、彼女たちを襲おうと控えているのだから。

 1人が襲い掛かろうと一歩を踏み出す。

 アミミは満身創痍の状態で身構えた。が、村人はアミミに襲いかかることなく、糸の切れた操り人形の様にその場に倒れる。他の村人も皆一様にバタバタとその場で意識を失っていった。


 どうやらトールが村人を操っていた人間を倒した様だと、アミミはそのことにほっと安堵のため息を吐いた。

 と同時に襲ってくる激しい痛み。先ほど刺さった矢はまだアミミの肩から生えたままだ。額に脂汗を浮かべながら、少しでも痛みを和らげようと矢に手をかける。

 しかしその手は慌てて遮られた。


「そのまま抜くと痛むだろう。それにどうやらこの矢、毒が塗られている様だ。鎮静の魔術をかけてから処置をした方がいい」


 そう言ってアーリアはアミミの肩に手を当てる。触れられた瞬間激痛が走るが、一瞬後には痛みが和らいでいくのを感じた。それに合わせて徐々に意識が遠のいていく。


「安心するといい。キミが少し眠っている間に処置は完了しているから」

「ア、アーリア、殿……」


 アミミはその眠気に抗おうとするが、しかし徐々に瞼が下りてくる。やがて耐えきれずに意識を手放すと、力なく横たわったアミミをアーリアが優しく抱きかかえた。


「この歳で、末恐ろしい。それだけに脅威でもあるけれど……。今は彼もいることだし、余計なことはせずこのあどけない寝顔を癒してあげることにしよう」


 アーリアの独り言は側にいた少女だけが聞いていた。

 そうしてアーリアは、幼き少女を伴い、アミミを村長の家へと運び込むのだった。

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