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27.襲撃①

 歓迎の宴を終え、俺たちは村長の邸に招かれていた。


 外観からして村長の邸は広かった。まず2階建てで、正面から見て左右にも部屋があるようだ。ここから奥行きまでは分からないが、恐らく部屋が続いているのだろう。

 一般人の家で2階建てと言うのはこの世界には少ない。王都や交易都市の様な栄えた町では見られるようにはなってきたが、まだまだ村単位では平家の家ぐらいしかないのが普通だ。

 いくら村長の家とは言え2階建ての邸とは、この村で村長がかなりの権力を保有していると言うことだろうか。


 入り口をくぐると外観から想像した通り、奥にも部屋が続いていた。入り口すぐに居間があり、現在は火が灯っていない暖炉が設えられている。

 中央に脚の低いテーブルが置かれ、周囲に8人くらいは座れるだろうソファーが並べられていた。


「まずはこちらでお待ち下さい。今お部屋をご用意いたします。お部屋は3部屋まで用意できるのですが、如何いたしましょう?」

「なら俺たち3人は同じ部屋でいいぞ」

「私とこの娘も同じ部屋でいい」


 各々が同じ部屋で良いとの返事を返した。

 俺は一応アミミに同意を求めるため顔を見るが、アミミは全く気にした風もなく村長に答えた。


「構わないでござるよ」

「いや、それ普通俺が言うとこじゃ?」

「別にどちらが言っても同じでござろう。どちらにしろおーけーでござるし」


 何処か府に落ちないが、まあアミミが構わないなら言う通りなので何も文句はない。


「では順番にお部屋までご案内いたします。まずはお三方からどうぞ」


 そう言って冒険者3人を引き連れ村長は奥へと進んでいった。後には俺とアミミ、アリアーナと謎の幼女が残される。

 ソファに腰掛けながらただ無言で座っているだけ。沈黙が妙に重苦しかった。

 そんな中アミミだけはいつも通りの調子だった。


「トール殿。喉が乾いたでござる」

「……お前、最近俺のこと便利な道具かなんかだと勘違いしてない?」

「そんな事ないでござる。トール殿は拙者の先生でござる。でもノノ殿はトール殿のこと便利って言ってたでござる」

「次会ったら一発殴っとくか」


 なんとなく話題をそらされた気がしないでもないが、取り敢えずアミミのおねだり通り俺は空間収納から果実の絞り汁を取り出した。グラスも取り出し水袋から中身を移す。

 グラスに黄色い液体が並々注がれると、遅れて甘い香りが鼻腔を刺激した。


 これはオレゴンという果実のジュースだ。味はほぼオレンジジュース。

 何だかんだ言われて差し出してしまうあたり、俺はやっぱりアミミに甘いのだろう。


「忝いでござる。トール殿」


 そうして向ける笑顔に毒気を抜かれる。どうやら年下に甘いのは俺の性分らしい。


 オレゴンの甘い匂いに誘われたのか、向かいに座る幼子も鼻をひくつかせていた。

 邸の中でもローブを被り込んでおりその相貌は窺えないが、明らかに興味をしてしているのは分かった。


「お前も飲むか?」


 その言葉にびくっと幼子の肩が跳ねた。アーリアが警戒したような表情で俺を睨みつける。


「おいおい。そんな怖い顔で睨むなよ」

「貴様が安全であると言う保証はないからな。警戒するに越したことはない」


 険のある物言いで言い放つアーリアは、一層目に力を込めてこちらを牽制していた。


「お主も飲んでみるでござるか?」


 アミミが幼子の側まで進んで自らの飲みかけのジュースを差し出す。俺は飲みかけ差し出すなよと心の中で突っ込んだ。

 アーリアは俺への意識を強めすぎたのだろう。アミミの動きにまで警戒心が回っていなかったようだ。まあアミミが気配なく近づきすぎと言うのもあるのだが。


 あまりの出来事にアーリアは腰の剣に手をかけようとしたが、それは幼子の行動で止められた。

 幼子は頭を覆うフードを取ると、アミミの手からグラスを受け取る。


 フードから現れたのは長い栗毛の愛らしい少女だった。焦げ茶色の円な瞳が手に持ったグラスを目にして揺れている。

 年齢はアミミより少し幼いくらいだろうか。取り敢えずドワーフのおっさんみたいなのが出てこなくてホッとした。


 栗毛の少女は両手で持ったグラスを傾けこくりと喉を鳴らす。アーリアはその様子にどぎまぎしていた。

 恐らく毒でも入っていないか緊張しているのだろう。だが先程アミミが飲んでいるので、毒が入っていないのは実証済みだ。そもそも毒なんか入れていないし。


「おいしい……」


 鈴を転がしたような澄んだ声が少女の口からぽつりと紡がれた。表情も先ほどより柔らかくなっている。

 アーリアは少女のその反応に、先ほどまでの焦燥を押し込めた。


「信用しろとは言わないが、もう少し険を解いてくれても良いんじゃないか?」

「……分かった」


 アーリアは剣にかけようとした手を再び引き戻し、居住まいを正した。


「あんたがその娘を護衛してるだろうことは態度から察するが、気を張りっぱなしじゃもたないぞ?」

「……貴様にどうこう言われる筋合いはない」


 どうやら俺は嫌われてしまったようだ。まあ俺が彼女でも信用の置けない相手にこの状況では、同じような態度をとったかもしれないが。

 俺は新しいグラスにジュースを注ぐと、少女に差し出した。アミミの分は既に返してもらっていたので構わないだろう。

 アミミはお代わりを欲しそうに俺にグラスを差し出すが、俺はそれを無視する。


「しかしあんたらはもう村を抜けて次の町に進んでると思っていたが。あんたの機嫌が悪いのもそれが原因か?」


 俺の言葉を聞いて、アーリアは苦虫を噛み潰したような表情になる。どうやら図星のようだ。

 俺は紅茶のセットを用意し、2人分の紅茶をカップに注いだ。そのうちのひとつをアーリアに差し出す。

 アーリアは初め警戒したが、俺が一口含むと、警戒は解けたようだった。


「同じティーポットから注いだ紅茶だ。毒は入ってないだろ?」

「方法はいくらでもあるだろうが……。しかし私がいつまでも警戒していては話が進まないからな。有り難く頂くとしよう」

「分かったなら冷めないうちに飲め。疑り深い騎士さん」

「…………」


 アーリアは渋々、黙ったままこくりと紅茶を飲む。

 僅か、アーリアは目を見開くともう一口飲み込んでカップをソーサーに置いた。そしてほっと息を漏らした。


「うまいな」

「だろ? この茶葉、俺のお気に入りなんだ」


 そう言って俺も自分の分を飲もうとすると、ソーサーにおいてあるはずの俺のカップがなくなっていた。隣を見るとアミミがずぞぞぞぞと紅茶を啜っている。

 俺はゲンナリしながら顔を前に向き直した。


 その一部始終を目撃していたアーリアと少女は、俺たちのやりとりを見て笑いを堪えきれなかったようだ。


「ふふ。キミたちは愉快だな」

「あははは」


 言いたいことは色々あるが、アミミのおかげで場が和んだようなのでお叱りはまた別の機会にとっておこう。


「少しは穏やかになったところで。一体何があったんだ?」

「……君の言う通り、元々私たちはこの村を通過して、今日には次の野営地まで進む予定だったんだ。だが次の町へ行くまでの街道で崖崩れが発生したそうなんだ。私はそれでも進むと進言したんだが、御者と護衛の冒険者は今日はこの村に残ると決断した。村長がいうには明日には街道を塞いでいる土砂も取り払われるらしい。歓迎会を開くというのも、この村での滞在の決め手になったのだろう」


 崖崩れか。

 確かにそれなら馬車で移動しても通れないので至極真っ当な気はする。しかしその話には気になる点も多かった。

 まず第一に、問題の土砂崩れだ。ここ数日、天気は晴れが続いていた筈だ。雨が降って地盤が緩んだならともかく、この地域で雨も降らずに土砂崩れなど、あまり想像ができない話だ。

 あり得るとすれば、誰かが意図的に土砂崩れを発生させたか、或いは村長の言が偽りか。

 第二に、この村の村人たちの態度だ。突然来訪した旅人に対し、いくら何でもこの厚遇は異常だ。この村ならもっと多くの旅人や商人が通るだろうし、その全てにこの様な歓迎を行っていては、村は立ち行かなくなる。旅人の話への興味があったとしても、いささか度を超えているような気がした。

 その他にも色々と話がうまくまとまりすぎており、不審な点が多い。まるで何者かが俺たちをこの村に止めようとしたかのような意図を感じる。


 考えすぎであれば良いが、仮にもしそれが真実だとしたら、恐らくはアーリアの連れている少女が関係しているのだろう。


 アーリアに俺の考えを話したところ、アーリアも同じ可能性を思っていたのか、その意見に同意した。勿論最後の少女を狙っているという部分は割愛して、であるが。


「そう言った意図を感じるのは確かだ。その何者かは、私たちを……この場に留め置きたいのだろう」


 私たちを、で区切った言葉は、その先は語られなかった。やはりアーリアも分かっているのだろう。だが今はまだそれを話せない状況にある。


 アーリアの事情はさておき、俺たちとしても嫌なことに巻き込まれた感があるので、何とか回避したいところではあるが。


「そう言えば村長殿は遅いでござるな」


 アミミのその一言に、俺とアーリアはソファから勢いよく立ち上がり得物を抜いた。アミミも遅れて異常事態に気づきすぐに動く。

 少女だけが何が起こったのか分からずおろおろしていた。


 次の瞬間、村長宅の扉が勢いよく蹴破られる。同時に今に通ずる窓も破られ、いずれもから複数人の村人が雪崩れ込んだ。


「おいおい。冗談じゃないんだが」

「キミたちも戦えるだろう。悪いが戦闘中は手を貸してやれそうもない」

「構わんよ。自分の身は自分で守る。それよりあんたはその娘を護ってやれ」


 アーリアはその言葉に頷き、少女を自分のそばへと引き寄せた。


 しかし問題は村人たちだ。全員が虚な目をしてこちらを見ている。男女問わず、手には鋤や鍬など農具を武器に構えていた。

 明らかに何者かに操られている様子だ。裏で意図を引いている奴がいるのは間違いない。


「ひとまず外に出るぞ。ここじゃあうまく立ち回れない」

「分かった」「承知でござる」


 アーリアとアミミが同時に答え、俺は魔法を発動させる。


 エアプレス。

 魔法名を口にすると、風の塊が居間にいた数人の村人を入り口の扉に押し込んで外へと弾き飛ばした。その際扉や枠組みも巻き込んで吹き飛ばしてしまったが、今は気にしているときではない。

 目の前に空いた空間を俺たちは走り抜ける。

 そして外に飛び出すと、そこには周囲を埋め尽くす夥しい数の村人達だった。


 やはりどに村人虚な目で無表情、そして男女だけでなく老人や子供までもが農具を手に俺たちを待ち構えていた。


 いよいよただ事ではないと周囲を見渡すが、どうやら何処にも逃げ場はないようだった。

 そして感じる、その中に潜む複数の手練れの気配。


「どうやら敵さんは村人だけに任せて戦う訳じゃないらしいぜ」

「む。他に刺客が潜んでいるのか」

「どうやらそのよう、だ!」


 そう言い切る前に、何処からか放たれた矢が俺目掛けて射られた。咄嗟に手に持った剣で弾き返す。

 直ぐ射られた方向を見るが、既に気配を殺して移動したようだ。姿は見つけられなかった。


 予想以上に厄介な相手のようだ。この暗闇で正確にこちらの急所目掛けて矢を射れるだけの能力。即座の気配の殺し方。十中八九、プロの暗殺者だろう。

 俺に第一射を射掛けたのは、俺が男だからか口封じか。どちらにしろ、簡単には逃してくれなさそうだ。

 さらに厄介なのが、恐らく敵の中で最も強いのがその暗殺者ではないということだ。つまり、それだけの実力を持つ暗殺者を従えるだけの力の持ち主が、今この場にいるということだ。


 出来ればとんずらこきたいところだが、このままアーリア達を見捨てるのも忍びない。それにアミミは絶対協力するというだろう。

 少しくらい、こいつの先生としてカッコいいところを見せてやるのも悪くないか。

 俺は周囲への警戒を続けながら、そんな事を考えていた。


 すると村人達の中からひとりの男が姿を表す。

 獰猛な赤い瞳に獣のように鋭利な牙。そして頭には狼のような獣耳。獣人属と呼ばれる、獣の特性を宿した亜人だった。

 明らかに周囲の人間と比べて身に纏う覇気が違う。恐らくこいつが今回の騒動の主導者だろう。


「おいおい。聞いてた話と違うぞ。餓鬼をひとり攫ってくるだけの簡単なお仕事って聞いてたのによ。餓鬼が2人いるじゃねぇか」


 その双眸がアミミと少女を射抜く。それだけで少女はヒッと小さな悲鳴を上げてアーリアにしがみ付いた。

 アミミは何とか堪えたが、それでも緊張が拭えない。何故ならこの男はアミミより確実に強かった。


「なあアーリア。あれはお前の知り合いか?」

「そんな訳ないだろう。こんな時に冗談など笑えないぞ」


 俺の軽口はすげなくあしらわれる。


 男は無遠慮に俺たちの方へと歩み寄ると、酷薄な笑みを浮かべた。


「まあかまやしねぇか。2人いるなら2人とも攫えばいいんだからな。だからてめえらは俺に殺されろ」


 瞬間、男は数メートルの距離を一瞬で詰めると、俺目掛けて襲い掛かった。体重を乗せた拳をまっすぐ撃ち放つ。

 俺はその拳を、剣の腹で真正面から受け止めた。


 ギィンと鈍い音が辺りに響き渡り、男の腕がそこで止まる。だが直ぐに追撃がもう一方の腕から放たれる。男の拳と体の間にすかさず剣を割り込ませ、強烈な拳を何とかいなす。

 そんなやり取りを数合交わし、再び男の拳が叩き込まれる前に風の弾丸を男の体に撃ち放った。


「!」


 見えないはずの弾丸は、しかし男に当たる寸前で躱される。

 男はそのまま体勢を立て直すため、後ろに飛び退った。


「ひひゃぁ! くだらねぇ任務だと思ったが、存外楽しめそうじゃねぇか」


 男はぺろりと鋭い牙の間から舌を覗かせる。

 そして腰を深く落とし、拳を構えた。


「さぁ、楽しもうぜっ!」


 そして男は獰猛な赤い瞳を暗く光らせた。

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